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(グローバルサウスと世界)第8回 BRICSには加盟せず、OECDへの加盟を目指すインドネシア外交のしたたかさ――「自主・積極外交」のレガシー

Indonesia’s “Free and Active” Diplomacy: Choosing not to Join BRICS, but to Join OECD

PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002000985

2024年5月

(6,031字)

インドネシアの外交を形容する文句としてこれまでしばしば使われてきたのは、「アセアン(ASEAN──東南アジア諸国連合)の盟主」であった。それが最近は、「グローバルサウスの代表」という言葉も使われるようになりつつある。

そのきっかけとなったのは、2022年にロシア・ウクライナ戦争が勃発したなかで開催された20カ国・地域(G20)の議長国を務めたことだった。2023年にも、加盟国拡大による影響力増大を目指すブラジル・ロシア・インド・中国・南アフリカのBRICSには加わらず、自由な国際経済秩序を構築するための国際協力機構である経済協力開発機構(OECD)に加盟申請するという独自の外交方針を示して注目された。今回は、こうした独自外交をインドネシアの歩んできた歴史とそこから導かれてきた伝統的な外交原則という視点から考えてみる。

G20議長国で示されたインドネシアの外交力

2022年のG20では、軍事侵攻を進めるロシア、それを擁護する中国と、ロシアを非難するアメリカ、欧州、日本など西側諸国とが激しく対立した。各種の大臣会合では、ロシアの閣僚が発言しようとすると西側の代表が退席する事態が頻発した。また、ロシア非難の文言を盛り込むかどうかで合意できず、各種会合では共同声明を一度も出すことができなかった。

ここで独自の外交力を発揮したのが、議長国となっていたインドネシアである。インドネシア政府は、西側諸国によるロシア排除の要求を一貫して拒否した。軍事侵攻に対しては交渉による平和的解決を呼び掛けつつ、G20は経済協力を話し合う場であって対立を持ち込むべきではないとの立場を貫いた1

ロシアが出席すれば会議をボイコットすると西側諸国が表明するなか、外交当局は、各国首脳のサミット参加を取りつけるべく奔走した。2022年6月、ジョコ・ウィドド(通称、ジョコウィ)大統領はドイツで開かれた主要7カ国(G7)サミットに参加した後、自らウクライナの首都キーウを訪問してゼレンスキー大統領と会談した。さらに、その足でモスクワに飛んでロシアのプーチン大統領とも会談し、両首脳にG20サミットへ出席するよう求めた。両国の首脳を直接訪問したのは、アジアの首脳としてはジョコウィが初めてであった。

11月にバリ島で開催されたG20首脳会議では、そうしたインドネシアの外交努力が結実した。西側諸国は、ロシア側の出席を理由にボイコットすることはしなかった。ゼレンスキー大統領はオンラインで参加して、ビデオ演説を行った。また、外交当局によるぎりぎりの交渉により、実現は難しいと思われていた首脳宣言の採択にもこぎ着けた。ロシアのウクライナ侵攻後に開かれた主要な国際会議では、対立によって共同宣言の採択が見送られ続けていたことから、首脳宣言の採択を成し遂げたインドネシア政府の努力に各国は賞賛を送った2。サミット終了後、レトノ外相は、「インドネシアは常に架け橋となってきた。その結果として各国から信頼を得ている」と胸を張った3

写真1 G20バリ首脳会議に参加するジョコウィ大統領(前列左)とアメリカのバイデン大統領、 欧州連合(EU)のウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長(2022年11月16日)

写真1 G20バリ首脳会議に参加するジョコウィ大統領(前列左)とアメリカのバイデン大統領、
欧州連合(EU)のウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員会委員長(2022年11月16日)
BRICSに「加盟しない」という選択

2023年もインドネシア独自の中立外交が光った1年だった。同年8月、ジョコウィ大統領はケニア、タンザニア、モザンビーク、南アフリカを歴訪した。各国首脳との会談でジョコウィ大統領は、「バンドン精神こそ私がアフリカ訪問に携えてきたものである」と述べて4、1955年に新興独立国29カ国を集めてインドネシアのバンドンで開催された「アジア・アフリカ会議」と、冷戦下で東西両陣営のどちらにも属さない第三世界諸国が進めた「非同盟運動」以来の歴史的つながりを強調した。

歴訪の最後に訪れた南アフリカでは、BRICS首脳会議にジョコウィ大統領が出席した。ジョコウィは、「今日私がここにいるのはインドネシアのリーダーとしてだけではなく、グローバルサウスの仲間のリーダーとしてでもある」と演説し、自らの出席の意義を説明した5

ただし、この首脳会議で主要な議題となっていたBRICS加盟国の拡大にインドネシアは応じなかった。この会議の前には、サウジアラビアやアルゼンチンとならんでインドネシアも有力な新規加盟国の候補だった。ブラジルのルーラ大統領はインドネシアの加盟を支持するとのコメントを出していたし、南ア外相もインドネシアは加盟に興味を示している国のひとつだと発言していた6。ロシアやインドのメディアも、インドネシアを新規加盟国の候補にあげていた7。しかし実際には、ジョコウィ大統領は「時期尚早」として加盟申請を行わなかった。

インドネシア政府は、BRICS加盟によるメリットとデメリットを慎重に検討した結果、メリットが小さく、デメリットの方が大きいと判断したのである。政府内には、反帝国主義や反植民地主義の価値観を共有しており、BRICSがグローバルサウスによる新しい世界秩序の構築の軸になるという期待や、新しい輸出市場の開拓につながるという意見もあったようだ8。しかし、中国の影響力がさらに拡大することに対する懸念や、加盟国間の意見の対立や不確かな将来像などの問題点を指摘する声が政府内でもあがった。BRICSに加わることでアメリカと対立する中国・ロシア寄りとみなされる危険性がある、BRICSが先進国の代替となることはない、などの冷静な判断も示されたことで、加盟には慎重な姿勢をとることになったのである9

BRICSに「加盟しない」という選択には、インドネシアの考える「グローバルサウス」のあり方がよく表れている。インドネシアにとってグローバルサウスとは、ノース(先進国)との対抗関係のなかに位置づけられるものでも、ノースによって作り上げられた世界秩序を変革する国際的主体として定義されるものでもない。グローバルサウスといっても決して一枚岩の存在ではなく、そこには多様な国々が含まれていることが認識されている。そうした国々の間で覇権争いが起こる可能性についてもインドネシアは敏感に感じ取っている。

そうしたグローバルサウスの多様性を前提としつつ、いまの国際政治経済秩序にサウスの国々の考え方や利害をいかに反映させるかが重要な外交的課題だ、というのがインドネシアの認識なのである。その課題の解決に向けて奔走することがインドネシアの外交的役割であり、そうした外交力が自らに備わっているという自負がインドネシアにはある。また、そうした役割を果たすことで、自らの経済発展と国際的地位の向上を達成することができる、というのが政府の考え方なのである。

写真2 南アフリカで開催された2023年BRICS首脳会議に出席したジョコウィ大統領(2023年8月24日)

写真2 南アフリカで開催された2023年BRICS首脳会議に
出席したジョコウィ大統領(2023年8月24日)
OECDに「加盟する」という選択

ノースとサウスの橋渡しをすることで自らの国力を向上させるという外交姿勢がよく表れたのが、2023年に表明された「OECD加盟」の方針である。BRICS首脳会議に先立つ2023年7月、アイルランガ・ハルタルト経済担当調整相は、インドネシア政府としてOECDへの加盟を申請することを明らかにした。同年8月にはマティアス・コーマンOECD事務総長がジャカルタを訪れた際に、ジョコウィ大統領が加盟の希望を直接伝えている。8月以降は関係閣僚がOECD加盟国に対して加盟申請への支援を要請するなど、加盟に向けた動きが加速した。

OECDは日米欧など38カ国が加盟しており、「先進国クラブ」とも称される。ただし、最近では新興国の経済力が増したことに対応して、チリ(2010年)、コロンビア(2020年)、コスタリカ(2021年)など非欧米諸国の参加も増えてきている。インドネシアは2007年から「主要パートナー」となっており、マクロ経済政策や税制、投資環境などに関して政策協議を行っている。

2024年2月には、OECDがインドネシアとの加盟協議開始を正式に決定した10。現在アジアからの加盟国は日本と韓国のみで、仮にインドネシアが加盟すればアジアでは3番目、東南アジアからは初となる。

グローバルサウスの新興国が台頭するなか、OECDとしてはそうした国々を取り込むことによって政策提言などの影響力を保持しようとしている。一方で、インドネシアとしても、ジョコウィ政権が掲げる建国100年の2045年までに先進国の仲間入りを果たすという目標を実現するために、OECDと協力しながら経済改革を進めることができる。

先進国クラブに足場を築くことができれば、グローバルサウスの利害を国際経済秩序に反映させるというインドネシアの狙いも実現することができる。それによって、国際社会におけるインドネシアの発言力はますます大きくなるし、グローバルサウスのなかにおけるインドネシアの立ち位置もますます高まることになる。「OECDに加盟する」という選択は、インドネシアの中立外交、橋渡し外交の原則とまさに一致するのである11

インドネシアのOECD加盟という動きは、グローバルサウスを取り込みたいOCEDと、ノースとの協力をバネに先進国入りに弾みをつけたいインドネシアの思惑がうまくかみ合ったものだといえるだろう。

写真3 アジア・アフリカ会議が開催された建物はいま 「アジア・アフリカ会議博物館」となっている

写真3 アジア・アフリカ会議が開催された建物はいま
「アジア・アフリカ会議博物館」となっている
「自主・積極外交」のレガシー

こうしたインドネシア外交のしたたかさは一朝一夕に作られたものではない。インドネシアは、国土は大きいとはいえ、国力という点では、政治的にも経済的にも先進国には劣っていると言わざるをえない。そこで、大国に支配されがちな国際関係でインドネシアが存在感を示すために指針としてきたのが、「自主と積極」という外交原則である。つまり、特定の国との同盟関係に依存することなく、大国からの干渉を排除して外交の「自主」性を維持すると同時に、「積極」的な外交を展開することでインドネシアの国際的な地位を高めていこうというのである。

インドネシアの自主・積極外交が最初の輝きをみせたのが、1955年4月に開催されたアジア・アフリカ会議である。その後、開催地の名前から「バンドン会議」とも称されるようになった同会議の成功は、旧植民地国家が国際社会の一員であることを世界的に認知させることにつながった。また、この会議を成功に導いたインドネシアは、新興独立国の雄としての地位を確立した。

さらに、東西冷戦下で資本主義陣営にも社会主義陣営にも属さないことで国家の自立を守っていこうとする非同盟運動にもインドネシアは積極的に関与した。その結果、スカルノ大統領は、中国の周恩来首相、インドのジャワハルラール・ネルー首相、エジプトのガマール・アブドゥル=ナセル大統領、ユーゴスラビアのヨシップ・ブロズ・チトー大統領と並ぶ、「第三世界」のリーダーと認知されるようにもなった。

スカルノを大統領の座から引きずり下ろしたスハルトも「自主・積極外交」を放棄することはなかった。スハルト大統領が積極的に取り組んだのは、ASEANを柱に据えた地域外交だった。経済開発を推し進めていくためには地域の平和と安定が必須であるとの認識の下、インドネシアは東南アジアの近隣諸国との関係改善を図るとともに、地域の安定装置としてASEANの設立と運営に積極的に関わった。ASEAN事務局をジャカルタに誘致したことはその表れであるし、ASEANの運営原則として内政不干渉や全会一致を掲げたのは、地域内での政治的な信頼醸成が第一義であるというインドネシアの考えを反映したものであった。そうしてインドネシアは、「ASEANの盟主」としての立場を確立していったのである。

1997年のアジア通貨危機と1998年の民主化によって国内問題に注力せざるをえなかったインドネシアが再び外交力を発揮し始めたのは、2004年以降のことである。その年に史上初の国民による直接選挙によって大統領に就任したスシロ・バンバン・ユドヨノは、「自主・積極」の原則に立ち返って、全方位善隣外交を積極的に展開した。ASEANを中心とした地域外交を軸足にしつつ、多国間外交の場における国際協調の実現が外交方針の柱に据えられた。こうした外交努力と国内の政治的安定、経済回復の実績が認められたことで、インドネシアは東南アジアから唯一のG20メンバーに選ばれたのだった。

特定の国との同盟関係に依存することなく大国からの干渉を排除して外交の自主性を維持すると同時に、積極的な外交の展開を目指す。G20議長国としての活躍や、BRICS非加盟、OECD加盟の外交にみられたように、そうした中立外交の原則は現在のジョコウィ大統領にも引き継がれている。

2024年10月に新しい大統領に就任するプラボウォ・スビアントがこの外交原則をはたして引き継ぐのか。それは政権が発足してみないと分からないことではある。しかし、4月に習近平国家主席の招待で中国を訪問したプラボウォが、バランスをとるために自らの意思でそのまま日本も訪問したという事実をみるかぎりは、自主・積極外交の原則は新政権にも引き継がれそうである。

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特集「グローバルサウスと世界」の終わりにあたって

特集「グローバルサウスと世界」では、2023年8月から8回にわたって、注目を集める「グローバルサウス」の国々の外交姿勢をみてきました。分断の深まる国際社会のなかで米欧、中露のどちらの陣営にも与しないという意味では共通にみえるグローバルサウスの国々の外交も、それぞれの地政学的・地経学的な立場、それぞれの国の歴史や国力、その時々の国の指導者の思想や思惑などによってその内実は大きく異なることが、各国の分析からは分かりました。「グローバルサウス」という言葉によって覆い隠されてしまいがちですが、そこに含まれる国々による外交は非常に多様である、ということが今回の特集から分かった重要な示唆でしょう。その多様性からは、グローバルサウスを一体のものとして扱うことがいかに危険かということも分かります。

一方で、グローバルサウスの先進国に対する姿勢に共通点があるようにみえるのも確かです。その背景にあるのは、グローバルサウスの多くの国々が植民地支配を受け、独立後も欧米資本による経済的支配や国内対立への政治的介入を受けてきたという共通の経験を有しているという点です。そうした経験から、グローバルサウスの多くの国々の間には先進国に対する根強い不信感がいまでも存在する、ということは忘れてはならないことでしょう。

影響力を増しつつあるグローバルサウスの国々と付き合っていく際には、こうした共通性と多様性の両面を理解する必要があるのではないでしょうか。

アジア経済研究所は、1960年の設立以来、一貫して「グローバルサウス」の国々を研究対象としてきました。それらの国々を研究する際に研究員が大事にしてきたのが、研究対象の国の歴史を理解することと、現地の視点に立つことでした。現代のグローバルサウスを理解するうえでも、こうした研究姿勢の重要性は変わらないと考えています。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
  • 写真1 Office of the President of the United States.(Public Domain)
  • 写真2 Laily Rachev, BPMI Setpres(インドネシア大統領府ウェブサイト)
  • 写真3 筆者撮影
著者プロフィール

川村晃一(かわむらこういち) アジア経済研究所海外調査員(インドネシア・ジャカルタ)。専門はインドネシア政治研究、比較政治学。おもな著作に『教養の東南アジア現代史』(共編著)ミネルヴァ書房(2020年)、『2019年インドネシアの選挙──深まる社会の分断とジョコウィの再選──』(編著)、アジア経済研究所(2020年)など。

書籍:教養の東南アジア現代史

書籍:2019年インドネシアの選挙──深まる社会の分断とジョコウィの再選──


  1. Mahdi Muhammad et al., “Indonesia Tegaskan Sikap Imparsial[インドネシア、公平な姿勢を明確にする],” Kompas, 25 March 2022.
  2. “Spirit Kolaborasi G20 Runtuhkan Ego dan Sekat[G20の協力の精神がエゴと壁を破壊した],” Kompas, 20 November 2022.
  3. Deonisia Arlinta et al., “Debat Panas Warnai Kesepakatan Deklarasi Bali[激しい議論がバリ宣言の合意に表れる],” Kompas, 17 November 2022.
  4. Presiden Jokowi Lakukan Rangkaian Kunjungan ke Afrika[ジョコウィ大統領、アフリカ歴訪を行う].”(大統領府ウェブサイト、2024年4月13日閲覧)
  5. Pidato Presiden Republik Indonesia pada Konferensi Tingkat Tinggi (KTT) BRICS ke-15[第15回BRICS首脳会議におけるインドネシア共和国大統領演説].”(大統領府ウェブサイト、2024年4月13日閲覧)
  6. Kris Mada, “40 Negara Berminat Gabung BRICS[40カ国がBRICS加盟に関心],” Kompas, 22 Agust 2023.
  7. Kris Mada and Bonifasius Josie Susilo Hardianto, “BRICS Perlu Arab Saudi dan Indonesia[BRICSはサウジアラビアとインドネシアを必要としている],” Kompas, 23 August 2023.
  8. Rizal Sukma, “Indonesia dan BRICS[インドネシアとBRICS],” Kompas, 31 August 2023.
  9. Irfa Ampri, “Manfaat dan Risiko Indonesia Bergabung di BRICS[インドネシアがBRICSに加盟するメリットとリスク],” Kompas, 29 August 2023; A Prasetyantoko, “BRICS dan Fragmentasi Global[BRICSと世界の分断],” Kompas, 29 August 2023.
  10. 北松円香・押切智義「OECD、インドネシアと加盟協議 アジアに拡大」『日本経済新聞』2024年2月22日。
  11. Naldo Helmys, “Geopolitik Aksesi ke OECD[OECD加盟の地政学],” Kompas, 31 October 2023.
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