IDEスクエア

世界を見る眼

(グローバルサウスと世界)第7回 ベトナム――曖昧戦略に生き残りをかけるインド太平洋の「スイングステート」

Vietnam: A “Swing State” in the Indo-Pacific Embracing Strategic Ambiguity for its Survival

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/0002000813

2024年1月

(5,431字)

ベトナム外交における「曖昧戦略」

ベトナムは、グローバルサウスの一員を積極的に自任こそしないものの、その一角としてしばしば名前が挙がる国のひとつである。グローバルサウスを米中対立など「世界経済の分断」状況のなかで中立的な立場を維持し、それによって経済的利益を得ている国々と捉えるならば、ベトナムの行動様式はまさにそのような特徴に当てはまるようにもみえる。

もっともベトナムにとって、経済的利益が目的であるかどうかはさておいて、国際社会における「曖昧なポジション取り」は今に始まったことではない。その背景には、隣接する大国であり、イデオロギー上の「友」である中国との間では南シナ海の領域主権をめぐる緊張を抱える一方、南シナ海問題を契機として協力関係が進むアメリカとの間では政治体制の違いが不安要素として残るというベトナムの二律背反的な立場がある。このような意味では、「曖昧戦略」は少なくとも過去20年にわたりベトナムの対外・安全保障政策の要となってきたといえるが、近年の国際情勢の不透明化を受けて、その内容には微妙な、しかし重要な変化が生じている。本稿では、2023年のベトナムの政治・外交における主要な出来事を振り返りつつ、ベトナムの「曖昧戦略」の変容と現在位置を明らかにすることを試みる。

急展開をみせた2023年の対外関係

2023年1月、ベトナムでは、国家元首であり党内序列第2位のグエン・スアン・フック国家主席が辞任に追い込まれるという出来事があった。ベトナム共産党(以下、党と略称)は、2021年末以来、コロナ禍絡みの2つの大規模汚職事件の摘発に力を入れており、その責任追及が、事件当時、行政府の長(首相)を務めていたフック国家主席にまで及んだ形であった。

この辞任劇は国外の観察者の間でも波紋を呼んだ。ベトナムは党指導部内の高い一体性にもとづく政治的安定を誇ってきたが、そのトップリーダーのひとりが事実上解任されたことは、水面下での権力抗争激化の表れ、ひいてはベトナム政治の不安定化の兆候ではないかと注目が集まったのである。

さらにこの辞任をベトナムの対外姿勢の変化と結びつける分析もみられた。フック国家主席の辞任に先立ち、2人の副首相が、同じ汚職事件に関する管理責任を理由として辞任して(ないし、させられて)いる。この2人は「西側」諸国で教育を受けたテクノクラートであり、フック国家主席と並んで「親欧米」の指導者とみられていた。近年、南シナ海の領有権をめぐる中国との緊張の高まりを受けて、ベトナムはアメリカをはじめとする地域・世界の主要国と安全保障面を含む多面的な協力関係の構築を推進してきたが、3人の幹部の相次ぐ辞任は、ベトナムの「西側」離れを示唆するものとみられたのである。

後者のような分析は、最近の国際情勢下におけるベトナムの振る舞いを踏まえたものでもあった。ロシアのウクライナ侵攻開始以来、2022年中だけでもこの問題に関する国連総会決議が5回採択されているが、ベトナムは、中国、インドなどと共に、これらの決議に一貫して棄権ないし反対し、ロシアを非難しない姿勢を保っていた。また、2022年10~11月にはベトナム共産党のグエン・フー・チョン書記長が中国を訪問した。これは、習近平国家主席が、10月の中国共産党第20回党大会での総書記3選後、初めて迎える外国首脳の来訪となった。近年、健康不安のため、外遊から遠ざかっていたチョン書記長にとっても、この訪問は2021年1月に書記長に3選されて以来初めての外遊であり、両首脳は会談後、長文の共同声明を発表して両国関係の緊密さをアピールした。国際社会の分断の様相が深まるなかでのベトナムのこのような行動は、歴史的にも、また政治体制や安全保障などの面においても、ベトナムにとっては中国やロシアとのつながりが深いことを国際社会に改めて印象づけていた。

ベトナム国家主席府前で開催された歓迎式典で並ぶバイデン 米大統領とグエン・フー・チョン書記長(2023年9月10日)

ベトナム国家主席府前で開催された歓迎式典で並ぶバイデン米大統領とグエン・フー・チョン書記長(2023年9月10日)

風向きの変化が訪れたのは2023年3月末頃のことであった。3月27日、アメリカの戦略国際問題研究所(CSIS)のウェブサイトに、東南アジアの専門家であるマレー・ヒーバートによる「バイデンはベトナムの党書記長を招待すべきだ」と題した記事が掲載された。同記事は、ベトナムが、最近、これまで留保してきたアメリカとの外交関係の格上げに前向きになっていることを強く示唆していた。同月29日にはチョン書記長がバイデン大統領と電話会談を行い、両国の協力関係を促進することで合意し、相互に訪問を招待しあった。4月中旬にはブリンケン国務長官が就任以来初めてハノイを訪問し、チョン書記長らベトナム首脳陣と会談した1

続いて6月末には、ベトナム共産党対外委員会のレ・ホアイ・チュン委員長が訪米してブリンケン国務長官らと会談し、ここで両国関係格上げの主要なシナリオが描かれたとみられる。そのポイントは、第1に両国関係を一気に「二段階」格上げすること、そして第2にその格上げを合意・発表するためにバイデン大統領がベトナムを訪問することであった。「二段階」というのは、2013年に宣言された越米の「包括的パートナーシップ」を「包括的戦略的パートナーシップ」に格上げすることを指す。

ベトナムは2001年にロシアとの間で「戦略的パートナーシップ」を結んで以来、30カ国との間でパートナー関係を宣言している。このパートナーシップには3つのレベルがあり、最も高いレベルからそれぞれ「包括的戦略的」「戦略的」「包括的」パートナーシップと呼称される。どの呼称を適用するかは極めて政治的な問題であり、たとえば2008年、中国との間では、下位の段階を経ずに最初から最高位の「包括的戦略的パートナーシップ」(正確には「包括的戦略的協力パートナーシップ」)の構築が宣言されている。

2022年12月まで、ベトナムの「包括的戦略的パートナー」は、中国、ロシア、インドの3カ国のみであり、このこともベトナムにとって中国やロシアとの関係が最重要であることを端的に示すものとみられていた。他方、2013年に初めて合意された越米間のパートナー関係が、当初見込まれた「戦略的パートナーシップ」ではなく「包括的パートナーシップ」にとどまったのは、ベトナム指導部内の慎重意見に加え、特にベトナムの対米接近を警戒する中国への配慮があったと考えられる。この数年、アメリカ側は改めてベトナムに対し両国関係の「戦略的パートナーシップ」への格上げを働きかけていたが、ベトナムは消極的であった。ところがここへきてベトナム側の態度が急変したのである。

9月、バイデン大統領は、多忙なスケジュールを縫って、ジャカルタでのASEAN首脳会議に出席する代わりに2日間のベトナム訪問を行い、チョン書記長とともに越米「包括的戦略的パートナーシップ」の構築を宣言した。ベトナムはその後、11月には日本との間でも「包括的戦略的パートナーシップ」への関係格上げを実現している。2022年12月に同様の関係を宣言した韓国を含め、ベトナムの「包括的戦略的パートナー」は6カ国となり、その顔ぶれから受ける印象は大きく変化した。日米韓3カ国との間でそれぞれ発表された共同声明では、経済安全保障や国防分野での協力強化がうたわれ、国際問題に関する認識の共有が確認されるなど、当事国が互いに連携することで国際情勢の不透明な先行きに対処しようという意図がうかがわれる。「包括的戦略的」の呼称は単なる社交辞令にはとどまらないようである。

政策的背景──「パートナー」と「対象」

この一連の矢継ぎ早な外交関係格上げは、第一義的にベトナム側のイニシアチブによるものと考えてよいだろう。その政策的根拠については、2022年12月、党機関誌『共産雑誌』に掲載されたダン・ディン・クィー前外務次官の論文が手がかりとなると思われる2。同論文の分析の主な対象は、ベトナムの対外・安全保障政策における「パートナー」と「(闘争)対象」という概念である3

この2つの概念は、2003年の第9期党中央委員会8号決議という文書で提示され、同文書に代わる2013年の第11期党中央委員会28号決議でも踏襲されており、党の対外政策において重要な位置を占めている。「新たな情勢下の祖国防衛戦略に関する決議」という同じタイトルをもつこれら2つの文書によれば、「パートナー」とは、ベトナムの独立・主権を尊重し、友好関係と平等・互恵の協力関係を樹立・拡大する者と定義される。「対象」とは、社会主義祖国建設・防衛事業におけるベトナムの目標に対する妨害を企み、行う者である。「パートナー」とは協力関係の拡大を目指すべきだが、「対象」とは断固闘争しなければならない。ただし、両文書は、ある国がベトナムの「パートナー」か「対象」かは分野や状況によって異なりうることにも留意している。すなわち、「対象」であっても協力可能な分野もありうるし、「パートナー」であってもその利益がベトナムの利益と矛盾する状況もありうると考えられるのである。

この一見シンプルな2つの概念の導入は、ベトナムが冷戦期以来の「友か敵か」の二分法にもとづく世界観を改め、地域や世界の各国とより微妙で多様かつ柔軟な関係を構築することを可能にするという意味をもっていたとみられる。換言すれば、それはイデオロギーではなく国益にもとづくプラグマティズムがベトナムの対外関係を規定することを示すものであった。現実世界の文脈に即していえば、それは、ベトナムが必要に応じて、(イデオロギーを異にする)アメリカとも協力する一方、(イデオロギー的に近い)中国とも対決する選択を行うことを政策的に根拠づけるものとなったと解される。

クィーの論考は、この2つの概念にさらなる検討を加えている。8号決議と28号決議では、「パートナー」と「対象」を国などの「実体」として捉える観点と、特定のイシューや状況における「行為」を通じて捉える観点が併存している。過去20年間のベトナムの経験から、クィーは以下のような3つの結論を導く。第1に、ベトナムは、実際に「パートナー」と「対象」を区別するにあたって主として「行為」を基準としてきた。第2に、常にベトナムの目標を尊重し、ベトナムと利害を共有する国も、常にベトナムの利益を侵害する国も、現実には稀である。第3に、「実体」にもとづいて「パートナー」と「対象」を判別するアプローチは、特に中国やアメリカという大国との関係における複雑な問題を論じる際に相反する意見が残っている現状において、指導部内の合意形成を困難にしてきた。

このような教訓を踏まえ、クィーは、さまざまな分野における大国間の競争や対立が今後一層激しくなると予想されるなかで、ベトナムは、「パートナー」と「対象」を「行為」にもとづいて判別すべきであると述べている。そうすることは現実に適合的であるし、対外政策における合意形成を容易にするからである。

これは要するに、ベトナムにとって、ある国が「パートナー」であるか「対象」であるかはもはや主要な問題ではないという考え方であろう。このように考えるならば、中国もアメリカもベトナムと利害が一致する点と異なる点があるが、ベトナムは、いずれの場合も基本的に同じように、協力を促進し、不一致を解消すべく行動すればよいということになる。

最終的にどのような規定となっているのかは明らかでないが、「パートナー」と「対象」をより柔軟にとらえるという方針は、実際に2023年10月の第13期党中央委員会第8回総会で承認された模様である。このような方針変更はそれ自体非常に微妙で曖昧なものにみえるが、現実のベトナムの外交関係の展開をみれば、その実務的な意義は小さくなかったことがうかがわれる。「パートナー」「対象」概念の微調整は、ベトナムのアメリカなどとの関係格上げを後押しし、結果として国際社会におけるより「中立的」なポジション取りを可能にしたと考えられるのである4

「スイングステート」の試練

しかし、話はそこで終わらない。中国は、ベトナムにとって最も重要なパートナーという地位を簡単に手放すつもりはなかったようである。バイデン大統領の来訪が公表された頃から、今度は習近平国家主席がベトナム訪問を計画しているという情報が流布し始めた。この来訪は12月半ばに実現し、チョン書記長は今度は習国家主席とともに両国関係のさらなる格上げを発表した。ただし、中国側が、両国は包括的戦略的協力パートナーシップの深化を基礎に、(中国が提唱する)「運命共同体」を共に構築することを宣言したと述べているのに対し、ベトナム側では、両国は包括的戦略的協力パートナーシップの深化のため、「未来共有共同体」を構築することに合意した、と微妙に異なる表現を用いている。さらにその数日後には、在越アメリカ大使館の報道官が、越中関係強化は越米関係の発展に影響しないという見方を明らかにした。

ベトナムをめぐる大国間の綱引きは今後も継続しそうだが5、ベトナムはその外交能力を駆使して、自らの国益を最大限実現すべく、曖昧なポジションを取り続けようとするだろう。ベトナムが「インド太平洋のスイングステート6」とも称されるスタンスを保っているのは、その地政学的重要性に加え、国家と体制の存亡をかけた曖昧戦略の帰結でもあるのである。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
  • Adam Schultz, The White House.(Public Domain)
参考文献
著者プロフィール

石塚二葉(いしづかふたば) アジア経済研究所新領域研究センター・ガバナンス研究グループ長。専門はベトナム地域研究(政治・行政)。おもな著作に、『ベトナムの「第2のドイモイ」──第12回共産党大会の結果と展望──』(編著)アジア経済研究所(2017年)など。


  1. 2022年7月には、予定されていたブリンケン長官のベトナム訪問が直前にキャンセルされているが、これは同時期にロシアのラブロフ外相がハノイを訪問したためであったともいわれる。
  2. 同誌ウェブ版では2023年1月掲載。7月には同論文の英語版も公開されている。
  3. ここでいう「パートナー」は、上述の「戦略的パートナー」等とは異なる一般的な概念である。
  4. 現実問題としてベトナムの安全保障戦略に占めるロシアの位置づけが変化しつつあることも、このような政策転換を促した要因のひとつであったと思われる。
  5. ロシアのプーチン大統領もベトナム訪問を検討しているといわれる。
  6. アメリカで4年に1度の大統領選のたびに勝利政党がかわりやすい激戦州で、振り子のように揺れることからこのように呼ばれる。スイングステートでの結果が全体の勝敗を決するため、大統領候補はこれらの州に人員や資金などを重点的に投入して選挙運動を展開する(Nikkei 4946.comより)。ベトナム自身は、スイングステート的な身の処し方を「竹外交」として定式化している。
この著者の記事