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(グローバルサウスと世界)第4回 ブラジルは戻ってきた――返り咲いたルーラ大統領の外交

Brazil is Back: The Diplomacy of the Returning President Lula

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/0002000021

2023年10月

(5,970字)

国際社会に「ブラジルは戻ってきた」

ブラジルを含む「グローバルサウス」と称される国々は、近年、再編が進む国際秩序における第三勢力として注目を集めている。とくに、2022年のロシアによるウクライナ侵攻をきっかけに、拡大路線を強める中国との関係も含め、世界各国の外交姿勢が以前より問われるようになった。2023年5月に日本で開催された主要7カ国(G7)サミットには、ブラジルやインドなどのグローバルサウス諸国が招待され、ウクライナのゼレンスキー大統領が電撃的に来日して出席したこともあり、外交舞台での各国の対応や立ち位置への関心が高まった。

ブラジルでは2022年10月に大統領選挙が行われ、史上最僅差ながら左派の労働者党のルーラ元大統領が現職大統領のボルソナロに勝利した1。当選したルーラは、大統領就任前の2022年11月、エジプトで開催されたCOP27(国連気候変動枠組条約第27回締約国会議)に参加し、環境問題に取り組む国際社会に「ブラジルは戻ってきた」(O Brasil voltou)とアピールした。“南米のトランプ”とも称されたボルソナロ大統領が任期中、外交や環境問題に消極的だったため、ルーラ新大統領の発言はボルソナロ政権への暗示的な批判であるとともに、新政権の外交姿勢を表明するものとして注目された。

2023年1月に3度目となる大統領に就任したルーラは、政権発足100日を記念するイベントも「ブラジルは戻ってきた」というタイトルを付して開催した。このイベントでルーラ大統領は、キーワードの「ブラジルは戻ってきた」を外交以外のさまざまな分野でも使い、20回以上も繰り返しながら演説した。外交に関しては、「世界のすべての国との良好な関係を再開しながら、積極的で誇り高い外交政策を有するよう、ブラジルは戻ってきた」と主張した。また、グローバルな課題である環境問題に関しては、「持続可能性と気候変動への取り組みにおいて、ブラジルは世界の基準に戻るだろう」と述べた2

2010年の退任から13年ぶりに大統領へ返り咲いたルーラのもと、ブラジルはグローバルサウスの一角に挙げられ、国際社会でのプレゼンスを再び高めている。本稿では、G7やBRICS(ブラジル・ロシア・インド・中国・南アフリカ)首脳会議などの重要な外交舞台において、ルーラ大統領が行ってきた主な言動を概観する。それらをもとに、変化する世界の勢力図におけるルーラ外交について考察し、ブラジルの課題について本稿が注目する点を指摘する。

13年ぶりに戻ってきたルーラ大統領の外交

ルーラは政権を発足させた2023年初めから活発に外交を行っている。年初からの主要な外交舞台における言動からは、ルーラ大統領が国際舞台に“ブラジルを戻した”ことが見てとれる3

大統領就任後に初訪問した米国での発言(2月10日)

バイデン大統領との首脳会談において、ロシアのウクライナ侵攻は「はなはだしい国際法違反」との文言を載せた共同声明を発表した。しかし、ウクライナ支援に関しては米国と歩調を合わせず、CNNのインタビューに「戦争に加わりたくない」と語り武器供与を拒否した4

大統領就任後の中国初訪問(4月13~15日)

米国とEUはウクライナでの戦争を煽るのは止めるべきであり、和平の道を模索する国々でグループを結成すべきだと主張した5。上海にある新開発銀行(NDB、いわゆるBRICS銀行)を訪問し、「IMFが発展途上国を窒息させ続けることはできない」「世界の国々がドルで貿易を行う必要があるのか疑問だ」と述べ、現行の国際金融システムを批判した6。また、「我々ブラジルは、中国との戦略的パートナーシップのレベルを引き上げ、貿易の流れを拡大し、中国とともに世界の地政学のバランスを取りたい」と述べ、中国との関係強化により、再編が進む国際秩序での影響力を拡大させたい意向を示した7。帰路に訪問したアラブ首長国連邦では、「戦争をやめることよりも始めることの方が簡単だ。なぜなら、今回の戦争はウクライナとロシアの両国が始めたものなのだから」と発言した。戦争勃発時に表明した「両国が始めた」との見解を繰り返すなど、ロシア寄りとも思われる言動を行った8

日本・広島でのG7サミット(5月21日)

ウクライナのゼレンスキー大統領と共同セッションで一度だけ同席し、両大統領はほぼ向かい合わせの正面に座った(写真1)。ただし、ゼレンスキー大統領が登場した際に各国代表が次々と挨拶したのに対し、ルーラ大統領は席を立たずに書類に目を通していた。ルーラ大統領はウクライナの領土一体性の侵害に言及し、紛争解決の手段としての武力行使を断固として拒否するとしてロシアを非難した。しかし同時に、中ロへの敵対ブロックの形成をけん制するとともに、多極的な世界秩序への移行には国際協力が必要だと強調し、自身のこれまでのポジションを堅持した。G7サミット最終日の記者会見では、ブラジルをはじめ中国やインドなどのグローバルサウスは和平を議題にしたいが、G7諸国が戦争を望んでいると強く批判した9

写真1  日本で開催されたG7共同セッション(2023年5月21日)

写真1  日本で開催されたG7共同セッションで対面に座ったルーラ大統領(右端)
とゼレンスキー大統領(左端)(2023年5月21日)

ロシアのプーチン大統領との電話会談(5月26日)

ブラジルはウクライナ戦争を解決すべく、中国、インド、インドネシアなどと共に和平交渉に関与する意思があると改めて表明した。ただし、招請されたロシア来訪については、謝意を表しつつ「今はロシアを訪問できない」と辞退した10

南アフリカで開催されたBRICS首脳会議(8月22~24日)

中国主導で欧米諸国に対抗するようBRICS加盟国の拡大が協議されたことに対し、「我々はG7、G20、米国の対抗勢力になることを望んでいるわけではない。我々自身を組織化し、これまで存在しなかったものを作りたい」との立場を表明した(写真2)。ただし、BRICS首脳会議の最終日、アルゼンチン、エジプト、エチオピア、イラン、サウジアラビア、アラブ首長国連邦という、中国とより親密な6カ国の新たな加盟が発表された11

写真2  南アフリカで開催されたBRICS首脳会議。(2023年8月24日)

写真2  南アフリカで開催されたBRICS首脳会議。前列左4人目からブラジルのルーラ大統領、中国の習近平国家主席、南アフリカのラマポーザ大統領、インドのモディ首相、ロシアのラブロフ外相。イランやサウジアラビアの高官、インドネシアのジョコ大統領(前列右端)、BRICS銀行総裁のルセフ元ブラジル大統領(前列右から2番目)なども参加し開催された(2023年8月24日)

インドで開催された20カ国・地域(G20)サミット(9月11日)

国際刑事裁判所(ICC)による逮捕状の問題からG20サミットを欠席したプーチン大統領に関して、2024年にG20議長国となるブラジルとして、「プーチン大統領は我が国を問題なく訪問できる。私が大統領在任中にブラジルに来るのであれば、プーチン大統領が逮捕される理由はない」と発言した。しかし、この発言に批判が集まったこともあり後日、「逮捕するかしないかを決めるのは司法であり、政府でも議会でもない。ただ私としては、米国やロシアが加盟していない国際刑事裁判所になぜブラジルが加盟しているのか調べたいと思う」と述べ、トーンをやや後退させた12

国連総会での演説(9月19~20日)

演説の冒頭で取り上げたのは気候変動、世界における貧困や格差などブラジルが影響力を持ちうるテーマであり、「ブラジルは戻ってきた」とのフレーズを使いながら、多国間主義の外交姿勢を強調した。しかし、戦争や平和に関する内容を取り上げたのは演説の終盤であり、パレスチナ問題、ハイチ危機、イエメン紛争、グアテマラの政治不安など11カ国の名前を先に挙げた。「ウクライナ戦争は、国連憲章の目的と原則を普及できていない私たちの集団として無能さを露呈した」と最後の事例として取り上げ、国連の問題と関連させるかたちで言及した13。またルーラ大統領は、国連総会の翌日にゼレンスキー大統領と初めて会談を行い、和平を提案できる国々でグループを形成する必要性という今までの持論とともに、「ロシアが行ったような領土占領が二度と起きぬよう」と述べ、ウクライナへの配慮を示した14

大統領就任以降の外交をめぐる言動には、世界の勢力図が変化するなかでグローバルサウスの一角として、国際社会に“戻ってきたブラジル”の影響力を強めようとするルーラ大統領の姿勢が表れていよう。このようなルーラ大統領の外交は、政権一期目と二期目と同様、ブラジル外交の伝統である多方位的な多国間交渉をベースにしながらも、大統領主導による独自外交を再び試みているものだといえる(子安 2023)。

ただし、13年ぶりに大統領の座に戻ってきた現在の国際社会の情勢は、とくにロシアのウクライナ侵攻により、ルーラが2003年から8年間政権を担った頃とはかなり異なっている。大統領に返り咲いたルーラの外交は、国連総会の演説でみられたように、多国間主義にもとづいて和平への賛同を取りつけることが難しいこともあり、ブラジルが「南」の利益を代表しながら国際社会での影響力を高められるような環境や貧困・格差などの問題を優先しているといえよう(Gateno 2023)。

グローバルサウスと従属論

「グローバルサウス」(川村 2023)の観点からブラジルを「世界」の中で捉えるときに想起されるのが、主にラテンアメリカ地域から発せられた開発理論である「従属論」(カルドーゾ&ファレット 2012)である。従属論では、世界資本主義経済システムの中枢である「北」に対して、周辺の「南」は構造的に低開発の状態にとどめ置かれる。従属論のなかにもさまざまな見解があるが、主唱者のひとりである社会学者のカルドーゾは、「北」との構造的な従属関係を変化させることで「南」も周辺から中枢へ移行していくことが可能だと唱えた。そのカルドーゾは、ブラジルの大統領を1995年から8年間務め、自らの理論の実践を試み、経済の安定の実現や21世紀初頭の発展の礎を築いた。

「南」の低開発や貧困問題への関心が強いルーラ大統領は、8月のBRICS首脳会議で次のように述べている。「我々は常に、あたかも地球の貧しい地域であり、まるで存在していないかのように扱われてきた。我々は常に二流であるかのように扱われた。しかし今、我々は重要な国になれることに気づき始めた」「気候問題について話すとすれば、今日交渉できる力があるのは誰か? それはグローバルサウスである。発展の可能性、成長の可能性について話したいなら、それはグローバルサウスである。我々は存在し、自らを組織していて、欧州連合、米国、すべての国と対等な条件で交渉のテーブルに座りたい、と言っているだけである。我々が望んでいるのは、政治的決定の観点から世界をより平等にする新しいメカニズムを作り出すことなのだ」15。これらの発言は、低開発を強いられたグローバルサウスの一員であり、中枢への接近が可能とする従属論者を輩出したブラジルの、現大統領としての意志を込めたものだといえよう。

「戻ってきた」ブラジルの課題

周辺の「南」は、資本主義経済のなかで、中枢である「北」への従属的な構造から長きにわたり低開発の状態に置かれてきた。ルーラ大統領は自身が貧困層出身なこともあり、グローバルサウス諸国の結束や組織化により、「世界をより平等にする新たなメカニズム」の構築を試みていると考えられる。ただし、ブラジルの現状に関する課題として、経済における過度な「一次産品への依存」という、従属論で脱却が目指された状況が再び顕在化している点が挙げられる(Carrança 2023)。

一次産品である「農牧業と鉱業」の合算が国内総生産(GDP)に占める割合、および、「鉱業以外の第二次産業」、とくに生産性の高い「製造業」が占める割合の推移を、20世紀半ばからまとめたのが図1である。ブラジルをはじめとするラテンアメリカ諸国は伝統的に「一次産品への依存」が高く、その脱却を目指して1960~80年代に輸入代替工業化を推進した。その結果、GDPに占める「農牧業と鉱業」の割合は低下して「鉱業以外の第二次産業」の割合が増加し、1970年前後には「ブラジルの奇跡」と呼ばれる高度経済成長を達成した。その後、1980年代の「失われた10年」といわれる経済危機の後、1990年代に経済が自由化されると「鉱業以外の第二次産業」の割合は急激に低下した。21世紀初頭になると、「新しいブラジル」(Fishlow 2011)といわれる発展期を迎えたが、その背景には高度経済成長を遂げる中国への鉄鉱石や大豆などの一次産品輸出の増加があった。そのため、「新しいブラジル」においてGDPに占める「鉱業以外の第二次産業」の割合に大きな変化はなく、それどころか2021年になると、より生産性の高い「製造業」の割合を一次産品の「農牧業と鉱業」が上回る状況となった。

図1 ブラジルの農牧業と第二次産業(部門別)の対GDP割合の推移

図1 ブラジルの農牧業と第二次産業(部門別)の対GDP割合の推移

(出所)ブラジル地理統計院(IBGE)のデータをもとに筆者作成

従属論の観点からは、「中枢」への一次産品輸出の増加が「周辺」の低開発を助長させることが懸念される。ブラジルは、中国と貿易や投資などの関係を深めるほど、自国経済における一次産品の比重が高まり、低開発の状態にとどめ置かれる可能性が高くなるのである。周辺から中枢へ移行した中国との関係をどう構築するかという点は、ルーラ外交が直面する重要な課題のひとつである。今回のBRICS首脳会議において、中国が欧米に対抗するかたちで加盟国拡大を主導したのに対し、必ずしも賛成ではないブラジルは、拡大を認める代わりに、ブラジルの国連常任理事国入りを中国が支持するよう持ちかけた。中国が実際にそれを支持するか否かは、両国の関係性をはじめ、今後の国連改革や拡大BRICSの影響力を左右するかもしれず、ブラジルの今後を占う試金石のひとつとなるだろう。また、ブラジルだけでなく南米地域全体においても、中国の経済的な影響力が増大しており、地域大国のブラジルにとって中国との関係は期待と懸念が混在する課題である(深沢 2023)。

ウクライナ戦争で問われるブラジルの安全保障観

最後に、ウクライナ戦争の和平交渉におけるブラジルの役割について指摘しておく。ブラジルは軍事的脅威にさらされていない南米のグローバルサウスである。この点はとくにウクライナ問題をめぐるルーラ大統領の外交姿勢に表れている。和平の仲介役に名乗り出る一方、ウクライナにクリミア半島の断念をも提案したルーラ大統領に対し、「世界をもっと広く理解すべきである」「ブラジルは誰とも戦争しているわけではない」と、ゼレンスキー大統領は批判的な発言をした16。「誰かがアマゾンを侵略したら黙認するか」という、ウクライナのラテンアメリカ担当大使が示したような視点17が、軍事的脅威にさらされていないブラジルには欠けているように見受けられる。

ブラジルが「戻ってきた」現在の世界には、戦争中でなくとも軍事や紛争の危険を抱えている国や地域が少なくない。国家安全保障に関わる問題にどこまでコミットし貢献できるか、グローバルサウスの大国としてルーラ大統領に問われる外交力のひとつだといえる。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
(インデックス写真の説明/ブラジルのルーラ大統領[右から4人目]、インドのモディ首相[中央]、米国のバイデン大統領[左から4人目]の主導により、インド開催のG20で発足した「世界バイオ燃料同盟」[2023年9月9日])
参考文献
著者プロフィール

近田亮平(こんたりょうへい) 地域研究センターラテンアメリカ研究グループ長。東京外国語大学より博士号(学術)。専門はブラジル地域研究、都市社会学、社会政策。主な著作に、『躍動するブラジル――新しい変容と挑戦』(編著)アジア経済研究所(2013年)、The Housing Movement and the Urban Poor in São Paulo: Agency, Structure, and Institutionalization, Lexington Books(2020年)など。


  1. ルーラ(大統領:第一期2003~06年、第二期2007~10年)とボルソナロ(同:2019~22年)の肩書は選挙当時のもの。
  2. Presidência da República(大統領府)“DISCURSO do presidente da República, Luiz Inácio Lula da Silva, em evento alusivo aos 100 dias de gestão do Governo Federal.” April 10, 2023.
  3. 固有名詞のない主語はルーラ大統領。年が付されていない場合は2023年。
  4. 米・ブラジル、民主主義擁護で一致 ウクライナ支援は溝」『日本経済新聞』2023年2月11日。
  5. 訪中のブラジル大統領、米国に『戦争をあおるな』」CNN.co.jp 、2023年4月16日。
  6. 深沢正雪「中国に近寄るルーラの思惑とは 『世界統治を変えるためのパートナー』」『ブラジル日報』2023年4月25日。
  7. Harris, Bryan and Joe Leahy “Lula vows partnership with China to ‘balance world geopolitics’.” Financial Times, April 15, 2023.
  8. ルーラ『ウクライナとロシア双方が悪い』」『ブラジル日報』2023年4月18日。
  9. 深沢正雪「ルーラはG7で“罠”にはまった?!――なぜゼレンスキーと会わなかったのか」『ブラジル日報』2023年5月30日。
  10. ブラジル大統領、プーチン氏と電話会談 ウクライナ和平など巡り」ロイター、2023年5月27日。
  11. Um Brics mais amplo, confuso e autoritário.” O Estado de São Paulo, August 26, 2023.
  12. Verdélio, Andreia “G20 no Brasil: Lula diz que Justiça decidirá sobre prisão de Putin.” Agência Brasil, September 11, 2023.
  13. Presidência da República “Discurso do presidente Luiz Inácio Lula da Silva na abertura da 78ª Assembleia da ONU.” September 19, 2023.
  14. “Lula discute guerra com Zelenski e se concentra em outros temas com Biden.” O Estado de São Paulo, September 21, 2023.
  15. Presidência da República “Lula: BRICS não querem ser contraponto a G7 ou G20, mas propor multilateralismo mais representativo.” August 22, 2023.
  16. Martins, Américo “Zelensky diz à CNN que Lula deveria ter ‘uma compreensão mais ampla do mundo‘.” CNN Brasil, August 6, 2023.
  17. 大統領外交顧問がウクライナ訪問」『ブラジル日報』2023年5月12日。
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