発展途上国研究奨励賞

第30回「発展途上国研究奨励賞」(2009年度)受賞作品

ジェトロ・アジア経済研究所は、1963年以来、発展途上諸国の経済などの諸問題に関する優秀図書、論文の表彰を行ってきました。1980年度に創設された「発展途上国研究奨励賞」は、発展途上国に関する社会科学およびその周辺分野における調査研究の優れた業績を評価し、この領域における研究水準の向上に資することを目的としています。

今回、選考の対象となったのは、2008年1月~12月までの1年間に公刊された図書、論文など開発途上国の経済、社会などの諸問題を調査、分析したものです。各方面から推薦のあった44点のなかから、6月2日(火曜)の選考委員会で受賞作品が決まりました。

   

表彰式は7月2日(木曜)に、当研究所で行われました。

第30回(2009年度)受賞作品
所有と分配の人類学 — エチオピア農村社会の土地と富をめぐる力学

所有と分配の人類学 — エチオピア農村社会の土地と富をめぐる力学
松村圭一郎(京都大学大学院人間・環境学研究科助教)著
出版:世界思想社2008年2月発行/ISBN978-4-7907-1294-7/4,830円

受賞の言葉(松村圭一郎氏)

発展途上国研究奨励賞という歴史ある賞を賜り、また今回、文化人類学のフィールドワークにもとづく民族誌を評価いただけたことに、心から感謝いたします。

私は、1998年にエチオピアの調査をはじめて以来、同じ村に通い続けてきました。人類学的な調査が、人びととの信頼関係を築いてはじめて可能になる、ということもありますが、行くたびに新しい出来事に遭遇し、わからないことが増える、というくり返しでした。『 所有と分配の人類学 』は、ひとつの村に生きる人びとの暮らしと彼らが経験してきた歴史を記述する、とてもミクロな研究です。ただ、このエチオピアの村の調査を、ある地域社会を理解するためだけのものに終わらせたくない、という思いも抱き続けてきました。たとえアフリカの農村研究であっても、日本で生活するわれわれがそこから学び、考えるべきテーマをとりだすことができる。それを自らの課題としてきました。

おおまかには、西洋近代と非西洋社会という二元論をのりこえる試みといえるかもしれません。最初にあえて日本での経験をあげて、エチオピアの事例と日本のわれわれの問題が同一線上で考察できることを示そうとしました。現在も、近代的な「私的所有権」を批判的に検討する議論が重ねられています。拙著は、非西洋社会に私的所有とは異なる所有概念/制度がある、という従来の視点ではなく、エチオピアであれ、日本であれ、複数の所有のかたちがコンテクストごとに並存していることに注目しました。所有を固定した制度、あるいは文化に根ざした概念ととらえるのではなく、日常的な実践に即して動態的に理解する重要性を示したものです。

「所有と分配」というテーマは、分野をこえた広がりのある問題です。今後も、人類学的な方法論にこだわりながら、異なる分野の方にもお認めいただける研究を目指して努力していきたいと思います。

松村圭一郎氏 略歴

1975年 熊本生まれ
2005年 京都大学大学院人間・環境学研究科文化・地域環境学専攻博士後期課程修了
現在 京都大学大学院人間・環境学研究科助教
  博士(人間・環境学)
専攻 文化人類学

主要著作

「社会主義政策と農民‐土地関係をめぐる歴史過程—エチオピア西南部・コーヒー栽培農村の事例から」『アフリカ研究』61:1-20, 2002.
「土地の「利用」が「所有」をつくる—エチオピア西南部・農村社会における資源利用と土地所有」『アフリカ研究』68:1-23, 2006.
「市場経済とモラル・エコノミー—「売却」と「分配」をめぐる相互行為の動態論」『アフリカ研究』70:63-76, 2007.
「所有と分配の力学—エチオピア農村社会の事例から」『文化人類学』72(2):141-164, 2007.

選考委員

委員長
絵所秀紀(法政大学比較経済研究所長)

委 員
小島麗逸(大東文化大学名誉教授)
末廣 昭 (東京大学社会科学研究所長)
豊田利久(広島修道大学経済科学部教授)
脇阪紀行(朝日新聞社論説委員)   
白石 隆(ジェトロ・アジア経済研究所所長)