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発展途上国研究奨励賞

発展途上国研究奨励賞

第39回「発展途上国研究奨励賞」(2018年度)受賞作品

ジェトロ・アジア経済研究所は、1963年以来、発展途上諸国の経済などの諸問題に関する優秀図書、論文の表彰を行ってきました。1980年度に創設された「発展途上国研究奨励賞」は、発展途上国・新興国に関する社会科学およびその周辺分野における調査研究の優れた業績を評価し、この領域における研究水準の向上に資することを目的としています。

今回、選考の対象となった作品は、2017年1月~12月の1年間に公刊された図書、論文など発展途上国・新興国の経済、社会などの諸問題を調査、分析したものです。大学や出版社等から推薦された31点の中から次の1点が受賞作品として選定されました。

写真:左から佐藤理事、家永真幸 氏、田中明彦選考委員長

左から佐藤理事、家永 真幸 氏、田中 明彦 選考委員長

講演中の家永 真幸 氏

表彰式は7月2日(月曜)に、ジェトロ・アジア経済研究所にて開催されました。

第39回(2018年度)受賞作品

書籍:国宝の政治史

『国宝の政治史―「中国」の故宮とパンダ』 (東京大学出版会)
著者 家永 真幸 東京女子大学 現代教養学部国際社会学科 国際関係専攻 准教授

受賞の言葉(家永 真幸 氏)

このたびは、由緒ある発展途上国研究奨励賞に拙著をご選出たまわり、まことに身に余る光栄です。選考委員、アジア経済研究所の先生方をはじめ、ご関係者の皆様に心より感謝申し上げます。  

本書は、「故宮文物」と「パンダ」の政治利用の歴史を論じたものです。前者は今日の台北観光の目玉の1つである「国立故宮博物院」の収蔵品の総称、後者は日本でも人気の白黒の動物です。両者はともに、ときに「中国」の「国宝」と呼ばれてきたシンボルです。これらに「中国」という国家を代表させる価値観は、実は大陸時代の中華民国において形成され始めました。

その後、中華民国は1949年に台湾に移転してしまい、大陸には中華人民共和国が誕生します。一方、台湾では台湾住民を基盤とする民主化が進み、今日に至ります。そのため、故宮文物やパンダがいかなる「国」の宝なのかをめぐる解釈は、これまでの歴史の中で複雑に交錯してきました。本書はその歴史を調査することで、「国宝を国宝たらしめてきた政治力学」を明らかにし、ひいては「中国」の近代国家建設を「対外関係」と「国民統合」の両面から通観できるような視座の提示を目指しました。  

本書の執筆過程で筆者に最も手応えがあったのは、中華民国の南京国民政府が1930年代後半に至るまで、パンダにほとんど価値を見出していなかった、という史実を発掘した点です。その後、パンダは「外国人がありがたがっている」事態への対応として、急速に中国を代表するシンボルに浮上していきます。その経緯からは、かつての清朝の宮殿であった北京の紫禁城に、新国家である中華民国の博物館として「故宮博物院」が成立する過程とも、多分に共通点が見出されました。

故宮文物もパンダも、それらを国家が囲い込んで国外への「流出」を防ぐとともに、適切な「管理」を施すということが、ある種の「文明国標準」だと認識されました。そのことが背景となり、両者は中華民国という国家のコレクションに組み込まれて行きます。両者はその後、冷戦下での中国分断国家問題や、台湾の民主化・本土化過程の中で、さまざまな政治的争点を形成してきました。しかし、「それら美術品や動物は適切な管理能力を持つ文明国によって排他的に管理されるべきだ」という価値観は、いまだに台湾海峡両岸で共有されているように見えます。近年、グローバル化にともないヒト・モノ・カネ・情報の「越境」は活発化していますが、地球を有限個の「文明国」によって切り分ける思考法を私たちが乗り越えるには、まだ時間がかかるのかもしれません。

本書では、故宮文物とパンダの共通性を強調するあまり、とりわけ前者について多くの含蓄を論じ漏らしてしまったのではないかという反省があります。少なくとも、故宮文物が象徴する「中国歴代王朝からの継承」、「革命による清朝皇室からの接収」、「共和国建国にともなう一般公開」という3つの側面は、もっと丁寧に腑分けして論じるべきでしたが、力が及びませんでした。また、「伝統の継承」と「文明国標準の採用」の間でどのように折り合いをつけるかという問題は、本書が扱った「国宝」形成という狭い事例にとどまらず、もっと幅広い領域で見られるものです。とりわけ、土地やモノの「所有」や、政治における「民主」・「自由」といった概念は、その重要な焦点であり続けているように思えます。これらの問題も射程に入るところまで議論を高められるかどうかが、本書の向後の課題となります。

略歴

1981年 東京都生まれ
2004年 東京大学教養学部卒業
             東京医科歯科大学教養部准教授(2012~18年)を経て、
2015年 東京大学大学院総合文化研究科より博士(学術)取得
2018年4月より 東京女子大学現代教養学部准教授

主要著作
  • 「馬英九政権の文化政策と両岸関係(2008-16年)」松田康博・清水麗編『現代台湾の政治経済と中台関係』晃洋書房、2018年。
  • 『パンダ外交』メディアファクトリー新書、2011年。
  • 「故宮博物院をめぐる戦後の両岸対立(1949-1966)」『日本台湾学会報』第9号、2007年。

最終選考対象作品

最終選考の対象となった作品は受賞作品のほか、次の1点でした(所属・肩書は出版当時)。

  • 『権威主義体制と政治制度―「民主化」の時代におけるエジプトの一党優位の実証分析』 (勁草書房)
    著者:今井 真士 文教大学国際学部非常勤講師

選考委員

委員長
田中 明彦 氏(政策研究大学院大学学長)

委員
上田 元 氏(一橋大学大学院社会学研究科教授)
栗田 禎子 氏(千葉大学文学部教授)
高原 明生 氏(東京大学法学部・大学院法学政治学研究科教授)
藤田 幸一 氏(京都大学東南アジア地域研究研究所教授)
深尾 京司(ジェトロ・アジア経済研究所長)