発展途上国研究奨励賞

第28回「発展途上国研究奨励賞」(2007年度)受賞作品

ジェトロ・アジア経済研究所は、1963年以来、発展途上諸国の経済などの諸問題に関する優秀図書、論文の表彰を行ってきました。1980年度に創設された「発展途上国研究奨励賞」は、発展途上国に関する社会科学およびその周辺分野における調査研究の優れた業績を評価し、この領域における研究水準の向上に資することを目的としています。

今回、選考の対象となったのは、2006年1月~12月までの1年間に公刊された図書、論文など開発途上国の経済、社会などの諸問題を調査、分析したものです。各方面から推薦のあった54点のなかから、6月4日(月)の選考委員会で次の作品に授賞が決定しました。

     

表彰式は7月2日(月)に、当研究所で行われました。

第28回(2007年度)受賞作品

『台湾における一党独裁体制の成立』

『台湾における一党独裁体制の成立』
松田康博 (防衛庁防衛研究所主任研究官)著
出版:慶應義塾大学出版会 2006年12月発行/ISBN 4-7664-1326-1 /7,350円

『韓国の教育と社会階層—「学歴社会」への実証的アプローチ—』

『韓国の教育と社会階層—「学歴社会」への実証的アプローチ—』
有田伸 (東京大学大学院総合文化研究科准教授)著
出版:東京大学出版会 2006年3月発行/ISBN 4-13-056211-8 /6,510円

受賞の言葉(松田 康博氏)

思いがけず、伝統あるアジア経済研究所の発展途上国研究奨励賞を授かることができ、感激の極みである。心から感謝申し上げたい。

「君はなぜ政治史のようなすでに死んだ学問をやっているのかね」と面と向かって言われたことがある。歴史学は時代全体の文脈を研究する学問であり、政治学はかつてマスター・サイエンスと呼ばれていた。それが今やインテリから「絶滅危惧種」扱いされている。東アジアでは自由化や民主化にともない、膨大な公文書が公開されている。かつて極端に資料不足だった時代に比べれば、絶好の時代が到来したはずである。ところが、脚光を浴びる研究成果には社会史や文化史が多い。

私は、政治史研究の劣勢は、氾濫する資料を前にして、研究者がパロキアリズムの城に立てこもったせいだと考えている。全体を俯瞰することを忘れた学問は必ず衰退する。私は「大胆に全体像を提示し、細密画のように描く」よう自分に言い聞かせて、台湾における一党独裁体制の全体像を明らかにしようとしてきた。

「台湾研究をしていると損をするよ。中国研究とみなされないからね」と言われたこともある。ただ、一瞥していただければわかるが、拙著には台湾研究と中国研究の境目がない。台湾海峡という空間の壁と、1945年および49年という時間の壁は意識して取り払った。これらの壁を外さねば、台湾や中国の歴史を等身大に理解することはできないと考えたからである。 これまで、中国や台湾を研究してきた先達の多くは、時間的・空間的境界線をひき、一部だけを研究対象としてきた。守備範囲の堅守は基本動作であるが、私は学者こそリスクを冒して大胆に既存の枠をはみ出すべきだと考えている。拙著の受賞は、こうした研究アプローチへの激励だと思う。今後も研鑽を続けたいし、これまで支えてくださった方々に改めて深謝したい。

松田 康博氏 略歴

1965年 北海道で生まれる
1988年 麗澤大学外国語学部中国語学科卒業
1990年 東京外国語大学大学院地域研究研究科修士課程修了
1992年 防衛庁防衛研究所 助手
1994年 日本国在香港総領事館専門調査員
1997年 慶應義塾大学大学院法学研究科政治学専攻博士課程単位取得退学
1999年 防衛庁防衛研究所 主任研究官
2003年 慶應義塾大学 博士(法学)取得
2007年 防衛省防衛研究所 主任研究官

主要著作

  • (共編著)家近亮子・唐亮・松田康博編『5分野から読み解く現代中国』晃洋書房 2005年。
  • (単著)『台湾における一党独裁体制の成立』慶應義塾大学出版会 2006年。
  • (共編著)家近亮子・松田康博・段瑞聡編『岐路に立つ日中関係—過去との対話・未来への模索—』晃洋書房 2007年。

論文

  • (単著)「中国の対台湾政策—一九七九~一九八七年—」『国際政治』(日本国際政治学会)112号、1996年5月。
  • (単著)「台湾の大陸政策(1950-58年)—『大陸反攻』の態勢と作戦—」『日本台湾学会報』(日本台湾学会)4号、2002年7月。
  • (単著)「中国の軍事外交試論—対外戦略における意図の解明—」『防衛研究所紀要』第8巻第1号、2005年10月。
  • (単著)「中国の安全保障政策決定過程—党・国家・軍を統合する決定メカニズムの模索—」『問題と研究』35巻4号、2006年7-8月号、2006年9月。
受賞の言葉(有田 伸氏)

私が本格的に韓国社会研究をはじめてからわずか十数年しか経っていませんが、この間、研究をめぐる状況は大きく変化しました。当初、韓国の社会階層に関する実証研究は数少なく、利用できるデータも限られていたのに対し、今では大規模な社会調査データに高度な統計技法をあてはめた高い水準の研究が韓国内において次々と生み出されています。

この変化に何とかついていこうと必死にもがいてきたのですが、同時に、自らの研究の方向性に関しては悩みも少なくありませんでした。「最新の研究は非常に精緻である反面、扱う問題は限定されている場合も多い。専門領域における研究の進展をふまえながら、同時に、韓国を外側から眺める地域研究者として『韓国社会とは何か』という大きな問いに答えていくにはどうすればよいのだろうか…?」

本書は、この問いをめぐって悩みに悩んだ末の産物です。本書の「無節操に無理やり間口を広げて韓国を理解していく」という試みは、もとより浅学な私にとって時に手に余るものでした。それでも、このたび大変に名誉な本賞を賜ったことで、試みの方向自体はあながち大きく間違ってはいなかったのかな、と安堵している次第です。

この間、日本社会も大きく変化しました。経済格差や教育機会格差が大きな社会的イシューとなり、「不平等問題」の表れ方も韓国とかなり似通ってきました。またこの問題に限らずとも、現代社会が共通して抱える諸問題の解決策を考える上で、他の社会の経験を包括的に把握し、参照することの重要性はますます高まっています。問題の一面のみを切り取るのではなく、歴史的、文化的背景をふまえつつ幅広い視角から対象の理解を試みる地域研究者に対して、実践的な水準においても、大きな期待がかけられているのを感じています。

これからも紆余曲折はあるでしょうが、これらの意義を視野に入れつつ、前に進む努力だけはたゆまず重ねていきたいと思います。みなさま、本当にどうもありがとうございました。

有田 伸氏 略歴

1969年生まれ
1992年 東京大学文学部社会学科卒業
1996年~1997年 ソウル大学社会科学部社会学科研究生
2002年 東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程単位取得退学
2005年 東京大学博士(学術)
2000年 成蹊大学アジア太平洋研究センター特別研究員
2002年 東京大学大学院総合文化研究科講師.同助教授を経て,2007年より同准教授

主要著作

  • 『学歴・選抜・学校の比較社会学』(共編著)東洋館出版社 2002年
  • 『アジア中間層の生成と特質』(分担執筆「韓国における中間層の生成過程と社会意識」)アジア経済研究所 2002年
  • 『東アジアの階層比較』(分担執筆「韓国における職業評定の分析」)中央大学出版部 2005年
  • 『韓国の教育と社会階層』(単著)東京大学出版会 2006年
  • 『経済危機後の韓国』(分担執筆「職業移動を通じてみる韓国の都市自営業層」)アジア経済研究所 2007年

論文

  • "The Growth of the Korean Middle Class and Its Social Consciousness," The Developing Economies 61(2), 2003
  • "Impact of Globalization on Social Mobility in Japan and Korea," (with Yoshimichi SATO) International Journal of Japanese Sociology 13, 2004
  • "A Comparative Study of Occupational Aspirations in Korea and Japan," KEDI Journal of Educational Policy 2(1), 2005
  • 「経済危機後の韓国における教育達成意欲と『教育機会の平等』」『現代韓国朝鮮研究』 6号 2006年
最終選考対象作品

選考委員会で最終選考の対象となった作品は受賞作のほか、次の3作品でした。

  • 今井健一、渡邉真理子著「企業の成長と金融制度(シリーズ現代中国経済4)」(名古屋大学出版会)
  • 加茂具樹著「現代の中国政治と人民代表大会-人代の機能改革「領導・被領導」関係の変化-」(慶応義塾大学出版会)
  • 山本博之著「脱殖民地化とナショナリズム-英領北ボルネオにおける民族形成-」(東京大学出版会)
選考委員

委員長
中兼和津次(青山学院大学国際政治経済学部教授)

委員
遠藤 健(朝日新聞社論説委員)
寺西重郎(日本大学商学部教授)
原洋之介(政策研究大学院大学教授)
白石 隆(ジェトロ・アジア経済研究所長)