発展途上国研究奨励賞

第33回「発展途上国研究奨励賞」(2012年度)受賞作品

アジア経済研究所は、1963年以来、発展途上諸国の経済などの諸問題に関する優秀図書、論文の表彰を行ってきました。1980年度に創設された「発展途上国研究奨励賞」は、発展途上国に関する社会科学およびその周辺分野における調査研究の優れた業績を評価し、この領域における研究水準の向上に資することを目的としています。

今回、選考の対象となったのは、2011年1月~12月までの1年間に公刊された図書、論文など開発途上国の経済、社会などの諸問題を調査、分析したものです。各方面から推薦のあった49点のなかから、6月6日(水曜)の選考委員会で受賞作品が決まりました。



表彰式は7月2日(月曜)に、ジェトロ本部で行われました。

第33回(2012年度)受賞作品
『台湾の国家と文化 —「脱日本化」・「中国化」・「本土化」』 (勁草書房)

台湾の国家と文化 —「脱日本化」・「中国化」・「本土化」 』 
菅野敦志(公立大学法人名桜大学国際学群講師)著
出版:勁草書房 2011年11月発行/ISBN978-4-326-30204-8 C3031/5,200円+税

受賞の言葉(菅野敦志氏)

このたびは第33回「発展途上国研究奨励賞」をいただく幸運にあずかりましたこと、また、多くの候補のなかから拙書を選出していただきましたことに心から御礼を申し上げます。

昨年度、私は早稲田大学大学院アジア太平洋研究科へ提出した博士論文が基となる研究を文化政策篇『台湾の国家と文化』と言語政策篇『台湾の言語と文字』の二冊に分けて刊行いたしました。幸いにも出版助成をいただくことができ、無事刊行にこぎつけられただけでも十分に嬉しい出来事でありました。ですから、まさか最初の著書となる『台湾の国家と文化』が、このような名誉ある賞に選定していただけることになるとは当初まったく予想しておらず、今でも信じられない気持ちでおります。

私が台湾研究に関心を寄せることとなったそもそものきっかけは、父親の転勤に伴い、1991~93年の2年間を台北で過ごした高校時の経験にあります。当時は1987年の戒厳令解除から5年も経っておらず、台湾社会全体が大きな変化を遂げていた時期でありました。

16歳であった当時の私にとって、とりわけ興味深く感じられたのは台湾人の若者の自己認識でした。知り合った現地の同年代の友人は、自己紹介の際に自身を中国人や台湾人と言ったり、人によってまちまちでした。そうしたアイデンティティの“ばらつき”は、確固たるナショナル・アイデンティティをもって彼/彼女らに接していた私には理解しがたく、すっきりしない何かが残りました。振り返ってみれば、その時覚えた“しこり”のようなものが研究の原点・出発点であったのかもしれません。

本書では、台湾が日本の植民地統治を脱した1945年から、戒厳令が解除される1987年までの42年間を、「脱日本化」・「中国化」・「本土化」(台湾化)というキーワードを軸にし、国民統合に主眼が置かれた文化政策の変遷について検証を行いました。そうした時系列での分析を通じて、戦後台湾におけるナショナル・アイデンティティが「上からの国民化」を通じていかにして再構築が試みられ、それが国内/国際環境の変化を受けつついかなる変容を遂げていったのかという点に焦点を当てて考察いたしました。

従来、文化政策は専ら文化人類学や文化経済学の領域で論じられてきたといえますが、本研究では国民統合と文化政策の重要性をむしろ歴史学・政治学の観点から提起することを試みました。おそらくそのような点も新規性として評価していただけたのではないかと思います。

日本の地域研究の伝統と強みは、一次史料を重視した手堅い実証研究にあると感じております。私自身、本研究を完成させるうえで、台湾のみならず、中国やアメリカの図書館・アーカイブへ幾度も足を運んだことで、多くの有用かつ価値ある史料を手に入れることができました。堅実な地域研究の手法を手ほどきして下さった恩師の後藤乾一先生に感謝の意を表するとともに、台湾研究の奥深さと面白さが本書を通じて他分野・他領域の方々に幾らかでも伝わったとすれば、これ以上の喜びはありません。

今回の受賞は、本書に対する学術的な評価の一方、若手研究者に対する激励の意味も込められていると理解しております。アジアの隣人が経験してきた歴史、そして今後の行方について、他者の視点を大事にしながら引き続き相互理解に資する研究を進めて参りたく思う所存です。

現在の勤務先である名桜大学は、美しい名護湾が一望できる高台に位置しており、最上階にある私の研究室の窓からは、遥か海の向こうに台湾が浮かぶ方角を望むことができます。本書の校正作業で精神的に苦しい時、いつも窓の外から眼下の海を眺め、台湾を想いながらやる気を奮い立たせていたのをつい先日のことのように思い出します。

研究者としてスタートラインに立ったばかりの私にとって、ここからが本当の正念場であるといえますが、今回の受賞は非常に大きな励みとなりました。選考委員の先生方には改めて心からの御礼を申し上げます。

<菅野敦志氏 略歴>

1975年 山形県生まれ
1998年 上智大学文学部新聞学科卒業
2003年 早稲田大学21世紀COE「現代アジア学の創生」研究員・研究助手
2005年 早稲田大学アジア太平洋研究センター助手
2007年 早稲田大学大学院アジア太平洋研究科国際関係学専攻博士後期課程修了、博士(学術)
2008年 中央研究院近代史研究所訪問研究員
2009年 早稲田大学アジア研究機構台湾研究所次席研究員〈研究院講師〉
2011年 名桜大学国際学群専任講師

<主要著作>

  • (単著)『台湾の国家と文化—「脱日本化」・「中国化」・「本土化」』(勁草書房、2011年)。
  • (単著)『台湾の言語と文字—「国語」・「方言」・「文字改革」』(勁草書房、2012年)。
最終選考対象作品

選考委員会で最終選考の対象となった作品は受賞作のほか、次の5作品でした。

  • 宇佐見耕一著『アルゼンチンにおける福祉国家の形成と変容 —早熟な福祉国家とネオ・リベラル改革』(旬報社)
  • 駒形哲哉著『中国の自転車産業 —「改革・開放」と産業発展』(慶應義塾大学出版会)
  • 長岡慎介著『現代イスラーム金融論』(名古屋大学出版会)
  • 廣田義人著『東アジア工作機械工業の技術形成』(日本経済評論社)
  • 小川さやか著『都市を生きぬくための狡知』(世界思想社)
選考委員

委員長
長田 博(帝京大学経済学部教授)

委 員
酒井啓子(東京外国語大学大学院総合国際学研究科教授)
杉村和彦(福井県立大学学術教養センター教授)
広瀬崇子(専修大学法学部教授)
牧野文夫(法政大学経済学部教授)
白石 隆(ジェトロ・アジア経済研究所所長)