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コラム

国際移動:アフターコロナをみすえて

第5回 アフターコロナのベトナム人技能実習生――「ニューノーマル」へ移行できるか

Vietnamese Technical Intern Trainees after COVID-19: Towards a New Normal?

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00053545

2022年12月
(4,778字)

日本では、この10年で技能実習生1と呼ばれる外国人労働者が急増し、全国各地で広範な経済活動に組み込まれている。彼らの存在、そして、現在その多くがベトナム人であることなどは、コロナ禍以前から徐々に知られるようになっていた。しかし、技能実習生の存在が広く世間に印象づけられたのは、コロナ禍による国際移動の制限の下で彼らの多くが帰国困難に陥り、職や住居を失って路頭に迷ったり、犯罪に手を染めたりする様子が繰り返しメディアで伝えられたことによる。そのようななかで、国内でも技能実習生の受入れにかかる制度見直しの機運が高まっている。コロナ禍によって顕在化した問題の多くは、根本的に実習生の送出し・受入れの制度とその運用に関わっていると考えられるからである。

本稿ではベトナム人技能実習生に焦点を当て、日越双方における労働者の送出し・受入れ制度の見直しや運用改善にかかる近年の主な動きを振り返り、コロナ禍以後の技能実習生の送出し・受入れのあり方について考えてみたい。

ベトナム人技能実習生――利益の合致か摩擦の種か

日越両国は長きにわたり経済分野を中心に緊密なパートナー関係を築いてきた。とりわけ昨今急速に注目度が高まっているのが労働分野の両国の結びつき、すなわちベトナム人労働者の日本での就労である。日本では2012年12月に成立した第二次安倍政権の下で外国人労働者の受入れが拡大してきたが、なかでも顕著なのが技能実習生、なかんずくベトナム人実習生の増加である(図1)。2012年から2019年にかけて国内の外国人労働者の総数は100万人近く増えたが、同期間にベトナム人労働者は37万人以上増えており、そのうち技能実習生の増分は18万人余りであった2。2012年には技能実習生全体の1割弱に過ぎなかったベトナム人実習生は、2017年に中国人実習生を抜いて最大のグループとなり、2019年には全体の5割以上を占めるに至っている。

図1 国籍別技能実習生数の推移(ストック)

図1 国籍別技能実習生数の推移(ストック)

(注1)各年10月末日時点。
(注2)インドネシアの数値は、2017年以前は「その他」に含まれる。
(出所)厚生労働省「『外国人雇用状況』の届出状況」各年版より筆者作成。

ベトナム側の数値をみても、日本への労働移動の拡大は突出している。2012年には日本で就労する人は正規のルートで海外就労するベトナム人労働者の約1割であり、送出し先の順位でも日本は台湾、マレーシア、韓国に次ぐ第4位であった。しかし、その後日本への送出しが急増した結果、2018年には日本は台湾を抜いてベトナム人労働者の最大の送出し先となった。2019年には海外就労する労働者のうち日本への渡航者は54%を占めた。年間の労働者送出し総数も、2012年から2019年にかけて、約8万人から15万人超へと7万人以上増えている。

日本経済が労働力不足に悩む一方、ベトナム政府は労働者の雇用創出や所得・技能の向上などを目指して「労働力輸出」を推進している。近年のベトナム人労働者の日本への流入は、大きくいえばこのような双方の利益が合致したことに起因するものである。しかし、日本企業がベトナム人技能実習生を短期間に大量に受け入れることですべてがうまくいったのかというとそうではない。2016年には早くも技能実習生の失踪件数においてベトナムはワースト1位となっている。しかも失踪者に占めるベトナム人実習生の割合は年々増大しており、2019年には全失踪者の約7割がベトナム人実習生であった3。ベトナム人の不法残留や刑法犯の件数も増加している。2019年の来日外国人による犯罪の統計によれば、刑法犯として検挙されたベトナム人の総数は1244人で中国人の1451人に次ぐ第2位であるが、在留資格別でみてみると、刑法犯として検挙された技能実習生の63%、留学生の38%がベトナム人で、どちらも第1位であった4

このような状況にコロナ禍が追い打ちをかけた。新規入国者が激減したことや帰国困難に陥った技能実習生等に対する在留資格上の特例措置が取られたことなどからベトナム人不法残留者の数は上げ止まったが、帰国困難者の困窮を背景にベトナム人による犯罪は増加した(図2)5。特に2020年に群馬県や埼玉県などで家畜や果物などの大量盗難が相次いだ事件に関連して元技能実習生を含むベトナム人グループが窃盗などの疑いで逮捕(後に不起訴)されたことは大きな注目を集め、一部でベトナム人労働者や外国人労働者一般に対する反感を招くことにもなった。

図2 来日外国人の刑法犯検挙人数

図2 来日外国人の刑法犯検挙人数

(出所)国家公安委員会・警察庁(2022)に基づき筆者作成。
日本側のイニシアチブ

このような状況を前に両国の関係者が手を拱いていたわけではない。窮地に立つ実習生らに支援の手を差し伸べてきた個人や団体、企業などの活動はもとより瞠目すべきだが、ここでは実習生の失踪を減らすための方策、特にベトナム人実習生の高い失踪率の主要な背景と考えられる派遣前費用の問題に関する動きを取り上げる6。ベトナム人実習生は、日本へ渡航する前に借金をして高額の派遣前費用を支払っているケースが多く、実習先で期待した賃金が得られない懸念が生じた場合などには、失踪して不法就労へ流れる誘因が強く働くとみられるのである。

まず日本側の動きについてみると、第1に、ベトナム人実習生が負担する派遣前費用の実態の解明が進んだ。京都大学の安里和晃准教授は、2017年に法務省が3000人近い失踪技能実習生から失踪理由等の聴取を行った際に得られたデータを用いて、失踪したベトナム人実習生が支払っていた派遣前費用が中国、インドネシア、フィリピンからの実習生のそれよりも高いことを明らかにした(安里 2021)。また、出入国在留管理庁は、2021年12月から2022年4月にかけて、在職中の技能実習生約2000人を対象に支払い費用に関する実態調査を行っているが、その結果においてもベトナム人実習生の負担する費用が相対的に高額であることが確認された7

第2に、実際に失踪者を多く出しているベトナムの送出し機関からの新規受入れ停止措置が発動された。送出し機関とは、労働者を海外に派遣する事業を行うための免許を受けた企業である。技能実習制度の適正な実施と技能実習生の保護を図ることを目的として2017年に設立された外国人技能実習機構(OTIT)は、2019年に出入国在留管理庁が発表した「失踪技能実習生を減少させるための施策」に基づき、2021年6月、失踪者を多く出しているベトナムの送出し機関5社からの実習生の新規受入れを停止する措置を取り、注目を集めた。この5社はいずれも大手の送出し機関であり、2018年に日本へ派遣した労働者は合計8000人を超えていたと推定されている8

第3に、ベトナム人労働者をはじめ、日本に来る外国人労働者の権利をよりよく守ることを目指すさまざまなプロジェクトが始動している。主なものとしては、まず2019年に毎日新聞社と在日ベトナム人協会が主催する「ベトナム人の留学・就労・在留を支援する広報啓発事業(KOKORO PROJECT)」が始まった。同プロジェクトが運営するウェブサイトは、日本に来るベトナム人留学生や技能実習生等が過大な派遣前費用を支払うことがないよう、具体的な体験談の紹介などを通じて啓発に努めている。もうひとつは、2020年に国際協力機構(JICA)が中心となって設立された「責任ある外国人労働者受入れプラットフォーム」(JP-MIRAI)である。JP-MIRAIは、ベトナム人技能実習生の「手数料」問題に関する公開研究会を開催するなど、多くの企業関係者や専門家の参加を得て、外国人労働者受入れに関する情報共有や課題解決のための検討を行っている。

ベトナム側のイニシアチブ

同時期にベトナム側でも重要な変化があった。2006年に制定された「契約による海外派遣ベトナム人労働者法」(「海外派遣法」)が2020年に改正され、2022年初めから施行されたのである。

2020年法による主な変更点は労働者が送出し機関に支払うこととされる料金に関わっている。2006年法によれば、送出し機関は労働者から就労斡旋にかかる費用をサービス料として徴収しうるほか、特に送出し機関が労働者を受け入れる企業から契約(労働者提供契約)を獲得するために仲介者を利用した場合には、当該仲介者に支払った費用(仲介手数料)の一部または全部を労働者から回収しうることとされていた9

2020年法は、まず、送出し機関が労働者から仲介手数料を回収することを禁止した。また、サービス料については送出し機関は労働者だけでなく受入れ企業側からも徴収しうることとし、受入れ企業側がその一部ないし全部を支払った場合には、その分を労働者から徴収してはならないと定めた。さらにこの点につき、2020年法の施行規則は、日本への技能実習生の送出しの場合、日本の受入れ企業から監理団体10を通じて送出し機関に支払われる「送出し管理費」がサービス料に充当されることを明記している。サービス料の上限は、1年契約で賃金1カ月分、3年以上の契約で賃金3カ月分と基本的に従来と変わりない11が、これを労働者に請求するに当たっては送出し管理費相当分は差し引かなければならないと解される。

また、これまで労働者はサービス料・仲介手数料のほかにもさまざまな実費を負担することが多かったが、2020年法の施行規則は、これらの実費の受入れ企業側による負担についても若干の定めを置いている12。例えば受入れ側は労働者のベトナムでの日本語等事前教育費用として最低160コマ分、1万5000円を負担することに加え、特に介護分野の技能実習生の場合は渡航前の日本語教育費用の全額、最低10万円を負担することとなった。また、ベトナムと就労場所との間の往復航空券料金のほか、日本における通勤交通費を受入れ側が負担することも明記された。これまでも技能実習生受入れに関する費用の多くを受入れ企業が負担していたケースもあるが、全体としては、今回の制度改正により(もし規定通りに履行されれば)企業の受入れコストは増加すると予想される。

ベトナム人労働者受入れの「ニューノーマル」へ?

以上にみた通り、日本側とベトナム側ではともに派遣前費用にかかる問題が認識されており、しかもベトナム側では既にこれに対処する改正法が施行されている。それでは、アフターコロナの技能実習生の送出し・受入れは、これまでと比べて、労働者と雇用者の間の、あるいはそれに送出し機関を加えた三者間の責任や負担のより公正な配分に基づき、結果として労働者にとって負担の少ないものになると期待できるのだろうか。

実際には派遣前費用の問題ひとつをとっても事情はそれほど単純ではない。2006年法とその施行規則には多くの矛盾や曖昧な点があったが(石塚 2018)、2020年法の下でもそれらがすべて解決されたとはいえない。労働者が正規の送出し機関に採用されるために非公式なブローカーを頼り、紹介料などを支払っている場合もある13。送出し機関が日越両国の関係者に支払うさまざまな「非公式な費用」が労働者に転嫁されている可能性も無視できない14

大事なことは、今後もこの問題に関心をもち続け、改革の手を緩めないことである。昨今日本では技能実習制度そのものの見直しの議論も本格化しているが、当面は現行制度の運用の実態を引き続き明らかにし、改善していく取組みが重要である。例えばベトナムでは、現在、JICAの支援により、技能実習生の求人情報を透明化するシステムの開発が進められている。同システムは、労働者がしばしば情報へのアクセスの欠如から非公式なブローカーに頼らざるを得ないという状況を解消することを目指している。このような1つひとつの改革努力の積み重ねが、労働者の権利がよりよく守られる形でのベトナム人実習生の受入れという「ニューノーマル(新しい常態)」につながっていくことを期待したい。

(付記)本記事はアジア経済研究所「人の移動に関する総合研究・発信プロジェクト」の成果の一部です。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。

参考文献
  • 安里和晃(2021)「斡旋手数料の国際比較と斡旋構造――技能実習制度を中心に」 JP-MIRAI『技能実習生「手数料」問題研究会』報告資料。
  • 石塚二葉(2018)「ベトナムの労働力輸出――技能実習生の失踪問題への対応」『アジア太平洋研究』(43)(成蹊大学アジア太平洋研究センター)。
  • 軍司聖詞(2019)「ベトナムにおける外国人技能実習生送出しの実際と送出機関の事業的特徴――ハノイ市元国営・民営送出機関のヒアリング調査」『農業経済研究』91(1), 35-40。
  • 国家公安委員会・警察庁(2022)『令和4年版警察白書 統計資料』。
著者プロフィール

石塚二葉(いしづかふたば) アジア経済研究所新領域研究センター・ガバナンス研究グループ。専門はベトナム地域研究(政治・行政)。おもな著作に、『ベトナムの「第2のドイモイ」――第12回共産党大会の結果と展望』(編著)アジア経済研究所(2017年)など。


  1. 技能実習生とは、技能、技術などを実習を通じて習得するために日本の企業等と雇用関係を結んで最長5年間日本で就労する途上国の労働者である。現在、政府は、東南アジア、南アジア、中央アジアの14カ国と技能実習に関する二国間協力覚書を結んでいる。技能実習制度は、途上国への技能等の移転による国際協力の推進を目的として掲げているが、実際には、多くの場合、中小企業の人手不足の解決策として機能しており、制度の目的と実態の乖離が指摘されている。
  2. もうひとつの主要なグループはアルバイトで就労する留学生である。就労するベトナム人留学生もこの7年間で13万人近く増加している。
  3. 出入国在留管理庁「技能実習生の失踪者数の推移(平成25年~令和4年上半期)」。
  4. 警察庁「令和元年における組織犯罪の情勢」第3章(来日外国人犯罪情勢)統計データ。
  5. 2021年に刑法犯で検挙されたベトナム人は1908人と2012年以来最多となった。
  6. 技能実習生の失踪の背景としては受入れ企業における労働環境など日本側の問題も重要であると考えられるが、ここでは技能実習生のなかでもベトナム人実習生の失踪率が高い原因に絞って議論を進める。
  7. 出入国在留管理庁「技能実習生の支払い費用に関する実態調査の結果について」(2022年7月26日公表)。前述の安里准教授の分析によれば、ベトナム人失踪技能実習生が支払った派遣前費用は平均約103万円であり、中国(約84万円)、インドネシア(約41万円)、フィリピン(約22万円)を上回っていた。在職中の技能実習生を対象とした出入国在留管理庁の調査の結果では、ベトナム人技能実習生が来日前に支払った費用総額の平均は約69万円とされ、他国出身者の場合との比率は概ね安里准教授の分析結果と同様であった。
  8. 「ベトナム大手5社の実習生、受け入れ停止へ 失踪多数で」(『朝日新聞』2021年6月13日)。OTITのウェブサイトによれば、2022年12月5日時点で、ベトナム政府により日本への技能実習生送出しに携わることを認められた「認定送出機関」の総数は509社に上る。
  9. 海外派遣法によれば、送出し機関は、受入れ国側と労働者提供契約を締結し、その内容に従って労働者の初歩的選抜を行い、労働者の技能・外国語訓練やオリエンテーション教育、労働者の出国手続き、派遣された労働者の権利・利益の保護などの責任を負うこととされる。
  10. 技能実習には企業単独型と団体監理型があり、団体監理型では、監理団体の許可を受けた商工会や中小企業団体などの非営利団体が、受入れ企業の依頼を受けて、労働者の採用や受入れ手続きの支援、技能実習の監査・指導などを行う。団体監理型は海外と直接のつながりをもたない中小企業が利用しやすい制度であり、2021年末では技能実習生の在留者数ベースで98.6%が団体監理型となっている(国際人材協力機構「外国人技能実習制度とは」)。
  11. ただし、2006年法のガイドラインによる「3年契約で3600ドル」という上限は、2020年法の施行規則には規定されていない。
  12. これまで受入れ側の費用負担については、労働力輸出を管轄する労働傷病兵社会省海外労働管理局が発出した送出し機関宛て公文(ガイドライン)に規定があったが、文書の形式が同省の通知(省令)に格上げされ、内容も若干拡充された。
  13. 海外派遣法は、送出し機関が労働者を直接採用しなければならず、採用に当たって選抜料を徴収してはならないと定めているが、実際には送出し機関は労働者を集めるためにさまざまな組織や個人による紹介や仲介という方法をとっていることが少なくない(石塚 2018, 軍司 2019)。
  14. 前述の出入国在留管理庁資料「技能実習生の支払い費用に関する実態調査の結果について」によれば、ベトナム人技能実習生が送出し機関に支払った費用のうち、派遣手数料や事前教育費、保証金などに分類されず、名目が不明であった費用は全体の4分の1を占め、調査対象の6カ国(ベトナム、中国、インドネシア、フィリピン、ミャンマー、カンボジア)の出身者のうちで最大であった。

今回と同じテーマの関連コラム『新型コロナと移民』(2020-2021年)もぜひお読みください。