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コラム

アジアトイレ紀行

第8回 ウズベキスタン――トイレをめぐる新米研究者の冒険記

Uzbekistan: Adventure of a novice researcher about toilets

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/0002000868

2024年3月
(4,688字)

トイレに関する現地語講座

頻出単語──トイレ
ウズベク語 Hojatxona ホジャットホナ
ロシア語 Туалет トゥアリェット

例文──トイレはどこですか?
ウズベク語 Hojatxona qayerda? ホジャットホナ カイェールダ 
ロシア語 Где туалет?  グヂェ トゥアリェット

お腹を壊す覚悟

「お腹は強いですか?」と訊かれたのは、ウズベキスタン研修という聞き慣れない言葉に吸い寄せられるように応募した、ゼミの面接の時だった。当時大学2年生だった筆者はなぜ胃腸の状態を心配されるのだろうと訝しく思ったのだが、面接官である先輩のゼミ生達は意味ありげに含み笑いをしていた。聞けばどうやら、ウズベキスタン料理は肉が主流で香辛料や油分が全体的に多く、研修中にお腹を壊すゼミ生がいるらしかった。あるいは、バラエティに富んだ食文化ゆえ、どの料理も絶品すぎて食べ過ぎてしまうことも理由なのかもしれない。いずれにせよ、筆者は日常生活でお腹を壊すことはほとんどなかったため、お腹は弱くはないと答えて無事にゼミ選考を通過した。

とはいえ多少の心配もあり、念のためにお腹を壊す覚悟を決めることにした。万一お腹を壊した場合、頼みの綱となるのは現地のトイレである。温水洗浄便座や自動で開閉する蓋、夜間ライトなどの日本で見かけるハイテクな機能はこの際諦めるとしても、お腹を壊した時に不快なく利用できるトイレがあることを切に願った。どのようなトイレが待ち受けているのだろうかという期待と不安が、何度も脳裏に浮かんでは消えた。思い返せばこの時が筆者とウズベキスタンのトイレをめぐる冒険の幕開けであった。

トイレットペーパーに敗れる

トイレとの対面に緊張しつつ、初めてウズベキスタンの地に降り立ったのはある夏の日だった。筆者にとっての現地のトイレ第一号は、宿泊する大学の寮に備え付けられた洋式トイレであった。便利な機能は何一つ付いていないが、排泄するには何ら問題のない素朴なトイレだ。トイレそのものよりも、便器の近くで息絶えて動かない小さなゴキブリの存在や個室の扉がうまく閉まらない建付けの方が問題といえた。とはいえ、トイレを使用するには特に不満はなく、密かに安堵したのを覚えている。

ここからは、その後のウズベキスタン滞在の経験も織り交ぜつつ、現地のトイレ事情を紹介したい。首都タシケントではホテルやショッピングモールなどの新しい建物の中にあるトイレは洋式が多く、清潔に保たれている印象だ。一方、街中の飲食店や公衆トイレでは和式トイレにも似た形状の便器が主流といえる。トルコ式トイレとも呼ばれ、本連載第5回のトルコのケースでも紹介されているように和式トイレとは逆方向に跨ぐ、つまりドアの方を向いてしゃがむものである。

いずれの形状にせよ、使用済みのトイレットペーパーは紙詰まりを防ぐため、便器の横に置かれたゴミ箱に捨てる。ホテルなどの外国人が多く利用する場所では、「紙は水に流さないでください」との注意書きを見かけることもある。大学の寮のトイレも同様にフタなしのゴミ箱が設置されていた。日に日に溜まっていく使用済みの紙をながめることは新鮮な気持ちでありながらも、少しの勇気を必要とした。一方、近代的なホテルやレストランなどではゴミ箱が設置されていないトイレも見かける。清掃が行き届いているうえ、トイレのデザインや空間も洗練されており、日本のトイレ空間と遜色ない。

また、ウズベキスタンはイスラーム圏であるため、排泄部位を洗うためのハンドシャワーを備えた個室も見かける。男子トイレには丸っこいデザインが特徴の壁掛け型の小便器もあるが、ほとんどは高い位置に設置されており、子どもには使いづらい。

タシケントの街を歩いていると、公園やバザール(市場)、観光地などの主要な場所で公衆トイレを発見する。建物自体に大きく太い文字で「トイレ」と書かれていたり、トイレが地下にある場合には「トイレ」と書かれた看板が出ていたりする(写真1参照)。どちらも非常に目立ち、遠くからも存在が確認できるため、トイレを探し回らないで済むというメリットはある。ただ、トイレの存在感が強すぎるという印象も拭えない。街中ではバリアフリートイレが併設された公衆トイレも増えているようだ。

写真1 バザールの中にある公衆トイレ。ウズベク語とロシア語で「トイレ」と書かれた看板が出ている(2023年8月24日)

写真1 バザールの中にある公衆トイレ。
ウズベク語とロシア語で「トイレ」と書かれた看板が出ているが、これでも控えめな方である(2023年8月24日)。

さて、公衆トイレの中へ入ると管理人が常駐している(写真2参照)。トイレの使用料として2000スム(日本円で25円ほど)払うと、トイレットペーパーを一片くれる。有料だからといって清潔かといえば、そうでもないのが実情だ。場所によっては強烈な臭いが漂っているところもある。ここで興味深いのは2000スムという使用料である。タシケントのメトロは改札を出なければ一律2000スムで乗り放題であるし、500ミリリットルのペットボトルの水も3000スムほどで購入できる。トイレの使用料は良心的であるものの、メトロの運賃やペットボトルの水の価格と比較すると割高に感じてしまうのは筆者だけだろうか。また、建物の中に管理人室がないタイプもある。誰にも見つからずに公衆トイレを使用し、足早に立ち去ろうとすると、トイレの番人がどこからともなくやって来て必ず2000スム徴収される。トイレに入る時にはいなかった番人が、出ると必ず待っている。無料だ、ラッキーなどと考えてはならない。

写真2 男子トイレと女子トイレの間に管理人室のある公衆トイレ(2023年8月31日)

写真2 男子トイレと女子トイレの間に管理人室のある公衆トイレ。
窓口で使用料として2000スム支払う(2023年8月31日)。

筆者にとって大きな問題は、トイレットペーパーであった。公衆トイレで渡される紙や、一部のホテルや飲食店のトイレに備え付けられた紙は厚紙のように硬い。くすんだ色をしており、表面はあろうことかざらざら、ごわごわしている。拭き心地は決して良くはない。日本の真っ白で柔らかなトイレットペーパーが恋しくなることは言うまでもない。もちろん品質の良いトイレットペーパーも売ってはいるが、価格もそれなりにする。スーパーマーケットなどで天井に届きそうなほど高く積まれているのはざらざらタイプのトイレットペーパーであり、広く流通しているといえる(写真3参照)。それゆえ、おしりを慎重に優しく拭かなければならない。そんなこととは露知らず、毎日ゴシゴシと拭いていた筆者は痛い目に遭い、しばらく元気のない日々を過ごすことになった。幸いにもお腹を壊すことはほとんどなかったのだが、まさかトイレットペーパーに敗北するとは想像もしておらず、かなり落ち込んだ。試しにお土産として日本に持ち帰ったこともあるが、渡された友人の何とも渋い表情が今でも鮮明に思い出される。

写真3 スーパーマーケットで山積みにされたざらざらタイプのトイレットペーパー(2023年9月5日)

写真3 スーパーマーケットで山積みにされたざらざらタイプのトイレットペーパー。
6個で9900スム(日本円で120円ほど)(2023年9月5日)。
郷愁誘うトイレ

タシケントから列車に乗って農村地域に移動すると、トイレ空間にも変化が見られる。街中のホテルやレストランなどでは都市部と同様に水洗トイレが設置されている印象だが、個人宅のトイレとなると状況は少し異なる。筆者が調査でお世話になっているA夫妻の家では、そもそもトイレ空間は生活空間とは切り離され、屋外に石のブロックなどで造られたトイレ小屋が建っている(写真4参照)。換気のために小さな窓が付いていたり、上部に隙間があったりする。扉はうまく閉まらないこともあるが、天井からぶら下がった豆電球で明かりを灯すことができる。ここでは洋式・和式トイレに加え、新たな形状のトイレが出現する。それは、穴である。コンクリート張りの区画の中央に、細長い形の穴がポツンと空いている(ここでは仮に穴トイレと呼ぶ)。汲み取り式のトイレゆえ、嫌な臭いも漂っている。A夫妻宅以外の家のトイレを拝借したことがあるが、このような穴トイレが広く見られた。

写真4 家の土地の一角に建てられた立派なトイレ小屋(2023年9月2日)

写真4 家の土地の一角に建てられた立派なトイレ小屋(2023年9月2日)

筆者のように日本で1990年代後半に生まれたぎりぎりのZ世代であれば、初めての穴トイレに驚き、不快感を表すこともあるかもしれない。しかしながら筆者は九州の片田舎出身であり、祖父母の家のトイレは汲み取り式のいわゆる「ぼっとん便所」であった。穴トイレには慣れていたのだ。確かに、小さい頃は暗くて底の見えない大きな穴に恐怖を覚え、嫌悪感を抱いていた。様々なトラウマについては本連載第2回の日本のケースに共感の嵐である。ウズベキスタンの農村で思いがけず穴トイレと再会し、懐かしいあの頃の記憶がまざまざと思い起こされた。この穴の中に入れば、遠ざかってしまった祖父母の家の便所にたどり着くことができるだろうか、などと郷愁にかられているのだから何とも不思議である。穴トイレは快適とはいえないが、少しの時間であれば問題なく使用できた。

さて、コロナ禍を経て数年ぶりに調査地に戻ると、A夫妻の孫の結婚に伴い、別の土地に孫夫妻の新しい家が建っていた。外観はモダンでかっこよく、内装もお洒落だ。天井に設置された照明器具からはBluetooth機能によって音楽が軽やかに流れている。ウズベキスタンでは結婚式などの人生儀礼を祝福することは非常に重要視され、結婚した子どもや孫のために家屋を建設することは親の役目であり、誇らしいこととされる。トイレは果たしてどうだろうか。案内してもらうと、石のブロックで造られた立派なトイレ小屋が見えてきた。しかし、扉を開ければ穴トイレである。一方、A夫妻宅も改装していたのだが、屋内に水洗の洋式トイレが設置されていた。

そもそもウズベキスタンの衛生設備(トイレ)は三つに分類される(UNICEF 2023)。①下水道に接続された水洗トイレ、②埋設した便槽と接続した簡易水洗トイレや非水洗トイレ(どちらも汲み取り式トイレ。穴トイレは非水洗トイレの一種)、③足場のない落とし込み式のトイレやバケツ式のトイレなど、である。国内の人口の17%は①を、77%は②を、6%は③を使用している。しかし、それらの普及状況は都市と農村で大きく異なり、タシケント市では人口の94%が①にアクセスできる一方、その他の地域では5~16%(A夫妻が住む地域は10%)の人しか①にアクセスできない。農村地域では排水処理システムがほとんど構築されていないことから、多くの人が②(もしくは③)の簡易な設備のトイレに頼らざるを得ない実情があり、公衆衛生や環境汚染の観点から大きな問題となっている。

A夫妻宅のトイレに話を戻すと、筆者は、A夫妻宅に孫の新居よりきれいなトイレが設置されたと思って驚いたが、もしかしたらどちらも②の汲み取り式トイレだったのかもしれない(詳細は未確認)。最も衛生的な①の設置は下水道の整備状況という外部要因に依存することから実現が難しい可能性がある。そうであれば、屋内に簡易水洗トイレを導入したり、屋外に立派なトイレ小屋を建設したりすることは、どちらも個人の裁量が及ぶ範囲のなかで汲み取り式トイレの環境を改善する戦略といえよう。今後ウズベキスタンのトイレがどのように変化してゆくのか、生活排水の処理問題も含め、揺れ動くトイレ文化に興趣が尽きない。

便器バザール

ウズベキスタンに足を運べば、至る所でバザールを見かける。旬の野菜や果物から加工食品、衣料品、家の建材など、生活に必要なありとあらゆるものが売られている。例えば、電化製品が集積するタシケントのマリカ・バザールには、冷蔵庫や洗濯機、エアコン、暖房器具などがどこまでも果てしなく展示・販売されている。筆者はまだ訪れたことはないのだが、トイレの便器が集まるバザールもあるという。どのようなタイプのトイレが並んでいるのだろうか。どのような人達が購入していくのだろうか。トイレ空間もトータルでコーディネートしてくれるのだろうか。早く訪れなければならないと、期待に胸が高鳴る。筆者とウズベキスタンのトイレをめぐる冒険は、まだ始まったばかりだ。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。

写真の出典
  • すべて筆者撮影
参考文献
著者プロフィール

土居海斗(どいかいと) アジア経済研究所地域研究センター研究員。専門は中央アジア地域研究および移行経済論。中央アジアや旧ソ連・中東欧諸国の人々の主観的ウェルビーイングに関心を寄せている。おもな著作に“Heterogeneous Impacts of Community-Level Trust on Life Satisfaction in Transition Countries: Perspectives on Institutions and Regional Diversity,” Applied Research in Quality of Life, 18, 2895-2934, 2023など。

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