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(「台湾リスク」と世界経済)第4回 世界の半導体工場となった台湾と地政学リスク――集中から緩やかな分散へ

Taiwan’s semiconductor industry under the geopolitical risks: from concentration to gradual dispersion

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/0002000981

2024年4月

(5,527字)

1949年以降、台湾海峡を隔てて中華人民共和国と中華民国が並立した状態が続いている。近年、この状態が不安定化するかもしれないという懸念が高まり、国際政治や安全保障の観点からだけではなく、台湾が世界の半導体生産を担っているという経済的な理由からも、国際的に大きな関心を呼んでいる。

半導体は現代の「産業の米」と言われるほど、多くの工業製品にとって欠かせない部品である。パソコンやスマートフォンといったエレクトロニクス製品はもちろんのこと、自動車もいまでは多くの半導体を搭載している。しかも、半導体は今後、さらに多様な工業製品に、より多く使われる趨勢にある。世界の半導体生産が集中している台湾をめぐる紛争が発生すれば、半導体の供給が止まり、世界の工業生産はストップしてしまうのではないかという不安が生じているのである。

実際のところ、こうした台湾半導体産業にかかわる地政学的リスクは、どの程度、重大なのだろうか。今回の特集における本稿の役割は、その検討に資するため、世界の半導体産業における台湾の重要性を確認することである。

写真1 新竹科学園区にあるTSMCの工場のひとつ

  1. 写真1 新竹科学園区にあるTSMCの工場のひとつ
半導体の種類、生産工程、企業形態

まず半導体の種類には、世界半導体市場統計(WSTS)の分類にしたがえばマイクロ、ロジック、メモリ、アナログ、ディスクリート、オプトエレクトロニクス、センサー等がある。このうちマイクロ、ロジック、メモリ、アナログが集積回路(IC)とされる。2023年においてICは半導体市場の80%あまりを占めている1

マイクロとロジックはともに情報を処理する半導体である。メモリは情報を記憶する。アナログはアナログ信号を処理・制御する。2023年のIC生産において、それぞれ41.4%、18.1%、21.2%、19.2%を占めている2。台湾が重要な役割を果たしているのはマイクロとロジックである。以下では、マイクロとロジックを合わせて、ロジック半導体と呼ぶことにする。

次に、半導体の生産工程は大きく3つに分かれる。回路の設計、回路をシリコン等のウェハー上に成形する前工程、ウェハーをダイに切り分け、それをパッケージングする後工程である。

もともとはひとつの企業がすべての工程を内製していた。こうした形態の企業をIDM (integrated device manufacturer)と呼ぶ。現在もサムスン電子をはじめとするメモリ半導体を生産する企業はIDMである。

一方、ロジック半導体では1980年代以降、分業化が進行した。設計のみを行い、製造を行わないファブレス企業が出現し、製造を受託するファウンドリ・ビジネスが発達した。1987年にはファウンドリのみを行う世界初の企業として、TSMC(台湾積体電路製造)が設立された。企画立案した張忠謀(モリス・チャン)は会長に就き、ロジック半導体におけるファブレスとファウンドリのプレゼンスの拡大を牽引していくことになった。

写真2 APECに台湾の代表として参加したTSMCの創業者・張忠謀氏(中央)

  1. 写真2 APECに台湾の代表として参加したTSMCの創業者・張忠謀氏(中央)

2000年代に入ると、IDMの多くが製造技術の開発や工場の新規設立から撤退し、つまりファブライト化し、設計に重点を置いた経営に転換した。今日、ロジック半導体を主力とする企業のなかで、IDMの形態を保っているのはインテルのみである。そのインテルですら、近年はTSMCへの委託を増やしている。しかし、インテルは同時にファウンドリにも力を入れているので、状況は複雑である。現在の主な企業の形態を整理すると表1のようになる。

表1 ロジック半導体の企業形態

表1 ロジック半導体の企業形態

  1. (出所)筆者作成
ロジック半導体における大きなプレゼンス

続いて世界の半導体産業における台湾の重要性を、重層的にみていきたい。まず図1に世界の半導体産業の売上高の国別の構成を示した。2022年、2023年ともにアメリカが第1位である。台湾は2022年、19.1%を占め、韓国についで第3位であった。2023年は世界的な半導体不況のため、全体で14.8%減少しているが、特にメモリ半導体の落ち込みが大きかったため、韓国の売上高が激減した。その結果、落ち込み幅が小さかった台湾が第2位に浮上し、全体に占める割合も20.4%に上昇した。

図1 世界の半導体産業の売上高(国別)

図1 世界の半導体産業の売上高(国別)

  1. (注)売上高は世界の74社をもとにしている
    (出所)グローバルネット(2023)より筆者作成

前述のように、台湾はロジック半導体の生産において、大きなプレゼンスを持っている。図2に示すように、台湾は世界のロジック半導体の売上高において、2022年は33.9%、2023年は33.7%を占め、アメリカに次いでいる。アナログ半導体においても、ヨーロッパと第2位を争っているが、第1位のアメリカとの差は大きい。メモリ半導体における比重は小さい。

図2 世界の半導体の種類別の売上高(国別)

図2 世界の半導体の種類別の売上高(国別)

  1. (注)売上高は世界の74社をもとにしている
    (出所)グローバルネット(2023)より筆者作成
ファウンドリ市場におけるヘゲモニー

台湾の重要性をより的確に理解するには、ファウンドリに注目する必要がある。前述したように、現在、ロジック半導体の前工程はファウンドリが主体になっている。図3にロジック半導体におけるファウンドリのプレゼンスを示した。付加価値ではないのでラフなイメージを示すにとどまるが、ファウンドリの重要性がわかるだろう。

図3 ロジック半導体生産のなかのファウンドリ

図3 ロジック半導体生産のなかのファウンドリ

  1. (注1)ロジック半導体の2022年の生産額は、図2では2059億米ドル、WSTSによると2557億米ドル。
    (注2)TrendForce(2022a; 2022b; 2023a)によると、2022年の毎四半期のファウンドリ上位10社の売上高を合計すると1339億米ドル。ただし、これにはアナログ半導体などの売上高も含まれる。
    (注3)ファウンドリは近年、先進的パッケージも行っている。
    (出所)筆者作成

台湾はファウンドリ市場において、圧倒的なシェアを持っている。世界初にして最大のファウンドリ専業メーカーであるTSMCは、図4に示すようにファウンドリ市場の6割近いシェアを持っている。これに聯華電子(UMC)、世界先進積体電路(VIS)、力晶積成電子製造(PSMC)を加えると、台湾企業のシェアは3分の2に達する。TSMCとUMCは海外にも工場を持っているが、主として台湾で生産を行っているので、生産地でみた比重もこれに近いと考えられる。このようにファウンドリにおいて大きなプレゼンスを持つことから、台湾は世界的に重視されているのである。

図4 ファウンドリ市場のシェア(2023年第3四半期)

(出所)TrendForce(2023b)より作成

  1. (出所)TrendForce(2023b)より作成
圧倒的な大きさを持つ先端半導体の生産能力

製造技術の水準に分けてみると、台湾の重要性がいっそう際立つ。図5に示すように、世界の半導体関連企業の多くが加盟するSEMIの資料によれば、台湾は製造プロセスにおける回路の線幅が40nm(ナノメートル)以上や10~32nmといったレガシー半導体においても大きな生産能力を持つが、10nm未満の先端半導体の生産能力においては6割という大きなシェアを持っている。

図 5 ロジック半導体の生産能力(2022年)

図 5 ロジック半導体の生産能力(2022年)

  1. (出所)経済産業省商務情報政策局(2023)。原資料はSEMI, “World Fab Forecast”

さらにファウンドリに限定すると、台湾が占める比重はいっそう大きくなる。 半導体関連情報の収集および分析を行っている台湾の調査会社トレンドフォースは、ファウンドリの生産能力をレガシー半導体と先端半導体(先端半導体に10nm台も含まれる)を分けて示している (TrendForce2023c)。それをもとに作成した図6によれば、台湾はレガシー半導体においても世界最大の生産能力を有しているが、先端半導体においては3分の2を上回り、プレゼンスの大きさがいっそう顕著である。

図6 2023年におけるファウンドリのレガシー半導体と先端半導体の生産能力(国別)

図6 2023年におけるファウンドリのレガシー半導体と先端半導体の生産能力(国別)

  1. (注)レガシー半導体は線幅28nm以上のプロセス、先端半導体は16/14nmおよびそれ以下のプロセス。
    (出所)TrendForce(2023c)より筆者作成

先端半導体において台湾が大きな生産能力を有するのは、TSMCが半導体の製造技術の開発においてリードしてきたからである。線幅10nm未満の先端半導体の製造にはEUV(極端紫外線)を用いた露光装置が使われる。TSMCは世界に先駆けてこの装置を用いて先端半導体の量産を実現した。インテルやサムスン電子もTSMCの後を追っているが、TSMCはリードを保っているとみられている。

展望──地政学的リスクをにらみつつ、緩やかに分散が進行

こうしたロジック半導体の製造の台湾への集中、特に先端半導体における集中は、グローバリゼーションのなかでTSMCをはじめとする台湾企業が努力を重ねた結果である。世界をリードしてきたアメリカ半導体産業ではファブレスが台頭し、また多くのIDMがファブライト化し、設計に重点を置くようになった。同時に製造は海外に委託するようになり、台湾がその受け皿となったのである。したがって、こうした分業体制は経済的に、あるいはビジネスとして極めて合理的だったといえる。

しかしながら、台湾海峡が不安定化し、地政学的リスクが顕在化すると、こうした分業体制は最適なものではなくなってしまった。仮に工場が破壊されず、人的被害がなかったとしても、紛争によってグローバルなサプライチェーンが途絶されれば、台湾の半導体生産は停止する。TSMCの劉徳音(マーク・リウ)会長が2022年8月にCNNのインタビューで述べているように3、海外からの材料や補修部品の供給がストップすれば、TSMCの工場は短期間のうちに操業停止を余儀なくされるだろう。

しかも、台湾は電力供給においても脆弱である。半導体産業は多くの電力を消費する。台湾は火力発電の比重が大きく、それは石炭や天然ガスの輸入に依存している。輸入が止まれば、電力の供給も困難になると考えられる。

台湾における半導体生産が停止した場合に生じる影響の大きさは、既に述べたとおりである。さらに、TSMCが大きなシェアを占める先端プロセスの主要な顧客の顔触れをみれば、より実感できるかもしれない。スマートフォン用半導体のアップル、クアルコム、メディアテック、パソコンないしサーバー用CPUのインテル、AMD、AIに欠かせないGPUのエヌヴィディアといった企業が名をつらねている。つまり、TSMCの生産に支障を来せば、iPhoneをはじめとするスマートフォンや、各種パソコンは店頭から消え、AIの進化はストップする。先端半導体だけではなく、TSMCをはじめとする台湾企業は、自動車などに用いられるレガシー半導体の製造でも大きなシェアを占めているので、世界の工場の多くが操業停止に追い込まれる恐れがある。

こうした僅少かもしれないが無視できないリスクを考えれば、各国はなんらかの対応をとらざるをえない。日米欧の対策は自国の半導体産業の強化であり、とりわけTSMCの誘致であった。TSMCはそれを受けて、アメリカ、日本、ドイツに工場を建設することを相継いで決定した。

これはTSMCにとっても重大な戦略の転換であった。TSMCはこれまで、台湾に集中的に工場を建設してきた。それが最も効率的だったからである。一方、海外では1990年代にアメリカに1カ所、米中対立以前に中国の上海と南京の2カ所にしか工場を設立していない(シンガポール工場はフィリップスが主導)。TSMCがこうした戦略を転換したことは、効率性をある程度、犠牲にしても、一定の分散が必要であると判断したことを意味する。加えて、台湾における土地、水、電力、人材といった資源の制約も考慮されたとみられる4

こうして半導体生産は分散が進み、台湾の比重は小さくなると考えられる。トレンドフォースは2027年のファウンドリの生産能力の分布を図7のように予測している。図6と比較すると台湾の比重が減少している一方、先端半導体の生産国として日本が登場していること、先端半導体における発展を抑えられた中国がレガシー半導体でシェアを拡大していることが注目される。

図7 2027年におけるレガシー半導体と先端半導体の生産能力(国別)

図7 2027年におけるレガシー半導体と先端半導体の生産能力(国別)

  1. (注)レガシー半導体は線幅28nm以上のプロセス、先端半導体は16/14nmおよびそれ以下のプロセス。
    (出所)TrendForce(2023c)より作成

分散の趨勢は明らかだが、台湾で生産する経済合理性も完全に無視することはできない。実際、図7が示すように、台湾のシェアの低下と日米欧への分散もラディカルに進行するわけではない。このように、台湾海峡の不安定化が想定を超えて進まないかぎり、今後の立地の分散は経済合理性と地政学的リスクを勘案しながら緩やかに進行し、台湾の重要性は維持されると考えられる。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
参考文献
著者プロフィール

佐藤幸人(さとうゆきひと) アジア経済研究所研究推進部。経済学博士。主に台湾および東アジアの産業発展や台湾の経済と社会の関係を研究。主な著作として、『台湾ハイテク産業の生成と発展』(岩波書店、2007年)、『東アジアの人文・社会科学における研究評価──制度とその変化──』(編著、アジア経済研究所、2020年)など。


  1. WSTSウェブサイト
  2. 同上。
  3. Rishi Iyengar, “The next frontier in the tech battle between the US and China,” CNN Business, August 9, 2022.
  4. EDITED TRANSCRIPT(2330.TW - Q4 2022 Taiwan Semiconductor Manufacturing Co Ltd Earnings Call [Chinese, English])に記載された魏哲家CEOの発言。
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