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(「台湾リスク」と世界経済)第5回 中台間海上輸送の現状と東アジアへの影響

Maritime Transport between China-Taiwan and its Impacts on East Asia

PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002000983

2024年4月

(5,639字)

はじめに

台湾側の貿易統計で、中国と台湾の貿易について計上されたのは、1991年7月からである。しかし、それより以前の中台間貿易は一旦香港に輸出され、そして香港から中台それぞれに再輸出される形での貿易、つまり間接貿易で成り立っていた。中国との海上貿易は1997年1月から外国船舶会社が所有する外国船籍の定期船に限定し、かつ第三国を経由した場合のみ、台湾政府は中国からの貨物の輸入を認めることとなった。このことからわかるように、中国と台湾の貿易を海上輸送の点から見ると、少なくとも台湾が中国から海上輸送で輸入する場合には、第三国を経由し、しかも中台の船舶会社は従事できない状況であった。つまり、中台間の直接往来ができない状況であった。これは、直接の通航ができない「三通」の問題のひとつであった1。この三通は2008年12月に解禁されたことで、中台間で直接輸送が可能となった。

世界の海運最大手の1社、台湾・エバーグリーン社のコンテナヤード(大阪港)

  1. 世界の海運最大手の1社、台湾・エバーグリーン社のコンテナヤード(大阪港)

中国はすでに独自の軍事防衛ラインとして第1列島線と第2列島線(図1)を設定しているが、とくに第1列島線は台湾海峡やバシー海峡を含んでいることから台湾有事が起きた場合には台湾における海上輸送や港湾に多くの影響が起きることが想定される。また、第1列島線は中国側が独自に設定しているものの、日本や韓国など他国にも影響がある。そうしたことも踏まえ、本稿では海上輸送に焦点を当て、東アジアにおける海上輸送の現状を把握し、中台間における海上輸送の現状を考える。そして、想定される台湾有事の東アジア海上輸送への影響を考える。

図1 中国が設定した第1列島線および第2列島線

図1 中国が設定した第1列島線および第2列島線

  1. (注)左側の線が第1列島線、右側の線が第2列島線
    (出所)U.S. Department of Defence(Public Domain)(原出典はOffice of the Secretary of Defense [2006] “Annual Report of Congress: Military Power of the People’s Republic of China 2006” )
東アジアにおける海上輸送

東アジアは海上輸送がもっとも活発な地域のひとつである。表1は2021年における世界の港湾取扱量の上位20港を示している。中国の港湾が10港、韓国の港湾が2港入っていることが分かる。また、上位50位までに拡大すると、中国は21位以降にランクされている港はない一方、韓国では3港(蔚山、仁川、平沢)、日本では4港(名古屋、千葉、横浜、北九州)、台湾の高雄港といった港湾がランクされる。上位50港のうち、20港が東アジアの港湾であることを考えると、中国を中心に東アジアでは海上輸送が活発に行われていると言えよう。

表1 世界の港湾取扱量上位20港湾(2021年)

表1 世界の港湾取扱量上位20港湾(2021年)

  1. (出所)国土交通省港湾局ウェブサイト。原出典は“Shipping Statistics Yearbook 2019”

また、コンテナの取り扱いに限定した場合も、同じ傾向が言える。表2は2022年における各国・地域別のコンテナ取扱量上位15カ国・地域を示したものである。表からわかるように、中国は最大のコンテナ取扱い国であり、約2億6900万TEUという他国を圧倒する取扱量であった。ほかの東アジア諸国・地域では韓国は2850万TEUで第4位、日本が2252万TEUで第6位、香港が1657万TEUで11位、台湾が1469万TEUを取扱い第13位であった。コンテナ取扱量からも東アジア諸国・地域では海上輸送が活発に行われているということが言えよう。

表2 各国・地域別コンテナ取扱量(2022年)

表2 各国・地域別コンテナ取扱量(2022年)

  1. (出所)UNCTAD STATより筆者作成

中国をはじめとする東アジア諸国・地域における貨物取扱量の多さからは、この地域では活発な海上輸送が行われているということが言える。その状況を示したのが、図2である。この図は船舶の位置情報をリアルタイムで提供しているMaritime Trafficにおける2024年2月11日20時30分の状況を示したものである。この図では緑が貨物船、赤がタンカーを示しており、多くの船舶が台湾周辺を航行していることが理解できよう。なお、これは2種類の船舶の状況のみを示しており、旅客船や漁船などのほかの種類の船舶を追加すると、より多くの船舶が台湾海峡を航行していることが分かる。

また、この図のもうひとつの特徴として、中国の海岸線に沿っても多くの船舶が運航されていることが理解できる。これらの船舶の多くは中国国内向けに輸送している船舶であり、中国国内の物流を支えている。こうしたことから、多くの船舶が航行している台湾海峡は中国の海上輸送における非常に重要な海峡であるということが言えよう。

図2 Marine Trafficにおける台湾海峡の船舶運航状況(2024年2月11日20時30分)

図2 Marine Trafficにおける台湾海峡の船舶運航状況(2024年2月14日20時30分)

中台間における海上輸送の現状

次に、中台間の海上輸送における現状を把握する。図3は数値が明らかになっている2010年から2022年までの中台間における就航数と平均総トン数を示したものである。2010年の年間就航数は7000隻であったが、その後2015年にかけて9500隻まで増加し、その後減少に転じて2022年には8000隻を下回る水準となっている。一方、中台間の輸送を行っている船舶の大きさを示す平均総トン数を見ると、2010年は1万3500トンであったが、増減を繰り返しつつも全体としては徐々に増加し、2022年には1万8000トンの水準となった。就航している船舶数が年々減少している一方で、1隻当たりの平均総トン数が増加していることは、中台間を就航している船舶が徐々に大型化した結果、就航数は減少したと考えるのが妥当であろう。

図3 中台間の船舶就航数と平均総トン数の推移

図3 中台間の船舶就航数と平均総トン数の推移

  1. (出所)『台湾港務公司年報』(各年版)より筆者作成

つづいて、中台間における海上輸送をついて見る。図4は中国から台湾の港湾に入港した貨物量と台湾に入港した貨物全体に対する中国が占める割合を示したものである。貨物を運ぶ船舶には、最速で輸送可能なコンテナ船のほか、石炭や穀物などを梱包せずに大量輸送するバルク船、原油などを輸送するタンカー、天然ガスを輸送するLNG船、自動車船などがあげられる。図4はそのすべての種類の船舶で輸送された貨物量を合計したものである。2010年には2500万トンの水準であったが、一度は減少に転じて増加し、2014年には2010年と同じ水準なった。その後、再度減少に転じ、2019年には1500万トン台まで落ち込んだ。2020年からは再度増加に転じて2022年には2000万トンの水準に戻ったが、2010年の貨物量までは回復していない状況である。一方、台湾に入港した貨物全体に占める中国の割合で見ると、2010年の15.4%が一番高く、それ以後は10%台前半にとどまっている。一国の割合としては高いと考えられるが、2022年における海上貨物として台湾に最も多くの貨物を入港しているのはオーストラリアの3843万トンであり、中国はそれに続く貨物量である。

図4 中国から台湾への入港貨物量と割合(単位:万トン、%)

図4 中国から台湾への入港貨物量と割合(単位:万トン、%)

  1. (出所)『台湾港務公司年報』(各年版)より筆者作成

一方、図5は台湾の港湾から中国へ輸送された貨物量を示したものである。もっとも多かったのが2010年であり、1200万トンを超える量であった。しかし、それ以降は前年より減少することが多く、2014年には1000万トンを切る水準となり、その傾向は数年続いた。2017年からは前年比で増加したが、2022年には2010年以降でもっとも貨物量が少ない状況となっている。しかし、2022年における中国への出港貨物量は807万トンで他国よりも多く、中国に次ぐアメリカへの出港貨物量は中国より170万トン少ない633万トンである。中国への出港貨物量は減少傾向であるが、中国が最大の出港貨物国である。また、全体に占める割合を見た場合、ほとんどの年で20%前後の割合を占めている。このことは、台湾から外国へ輸送される貨物では中国がもっとも重要な相手先あると言ってもよいであろう。

図5 台湾から中国への出港貨物量と割合(単位:万トン、%)

図5 台湾から中国への出港貨物量と割合(単位:万トン、%)

  1. (出所)『台湾港務公司年報』(各年版)より筆者作成

図4と5を比較した場合、中国から台湾への入港貨物量は台湾から中国への出港貨物よりも2倍前後の多さであることが分かる。このことは、船舶によっては台湾から中国に輸送される貨物がない、片荷の状況になっていることを意味する2

台湾有事で想定される影響

台湾から見て、中国との間では多くの貨物が海上輸送されている。中台間における物流を考慮すると、台湾有事が起きた場合、まずこれらの貨物が輸送できなくなるという直接的な影響だけではなく、様々な影響が考えられる。

まず、議論に入る前に、海上輸送における慣行について説明する。船による輸送は紀元前から行われてきた。そのため、公海は万有の共有物であり、いかなる国も領有や属地的な管轄権を行使することができない「公海自由の原則」がある。一方で、沿岸国には領海や排他的水域が確定されており、領海には沿岸国の主権が及び、排他的水域では沿岸国は天然資源の探査、開発、保存および管理等のための主権的権利などが認められている。しかし、主権が及ぶ領海でも、沿岸国における平和、秩序および安全を害さないことを条件として沿岸国に対して事前通告なく領海を外国船舶が通航することができる無害通航が認められている。そのため、船舶は無害である限り、航行を妨げられることはない。

その慣行を踏まえると、台湾有事が起きた場合、中台のどちらかが一方的に無害通航である船舶の通航を禁止することは慣行上できないと言える。ただし、台湾海峡は幅が狭いところでも130㎞であり、排他的経済水域(200海里、約370㎞)には収まる。そのため、特定の海域を通航しないように、という注意喚起をすることは可能であろう。その一例として挙げられるのが、2022年8月にナンシー・ペロシ・アメリカ下院議長が訪台し、離台直後に中国軍が開始した軍事演習である。この時、中国軍が始めた軍事演習に対し、台湾側は航路情報を発表し、中国軍が演習を行うと指定した海域を臨時に回避する航路をとるよう勧告を出している(『日本船主責任相互保険組合』ニュースNo.1183)。この時、出された周辺図が図6である。この赤い枠が、中国軍が演習を実施するとした海域を示している。

図6 中国の軍事演習時に台湾側が発表した注意喚起の地図

図6 中国の軍事演習時に台湾側が発表した注意喚起の地図

  1. (出所)Notice to Mariners, Maritime and Port Bureau,
    MOTC, August 3, 2022より熊谷聡作成

台湾有事が起きた場合には、おそらく中国側が航行している船舶に危害を加えないようにするために、台湾海峡の通航や海域を避けるように各国の船舶に連絡する可能性がある。一方で、各国の船社は台湾海峡における状況が悪化した時点で、台湾海峡を避けるルートに変更する可能性が高い。というのは、ロシアによるウクライナ侵攻が起きた時に、ウクライナ当局は直ちに国内の港湾を2022年2月24日に閉鎖した。これを受け、欧州系の船社であるマースク社(Maersk)、MSC社(Mediterranean Shipping Company)、CMA-CGM社などは同日からウクライナ発着の貨物引き受けを停止し、当局からの通知があるまで船舶のウクライナ寄港を中止する方針を明らかにした(『日本海事新聞』 2022年2月28日付)。また、他の主だったコンテナ船社もウクライナ発着の貨物を引き受けず、オデーサ港などウクライナの港を抜港(寄港取りやめ)し、運航を続けた(池上2022)。

ウクライナ侵攻による例からわかるように、台湾有事が起きた場合には船会社が航行ルートを変更する可能性が十分考えられる。しかし、この変更によって、輸送コスト増や輸送時間に変更が生じ、海上輸送が混乱することが予想される。とくに、コンテナ輸送は2港湾間の直接輸送ではなく、複数の港湾間を輸送する定期輸送を行っている場合が多い。そのため、定期輸送に大きな影響を与えることが予想される。航行ルートについては、台湾海峡や台湾周辺を避ける形で運航した場合でも、世界最大のコンテナ港湾である上海港、寧波舟山港など中国の港湾、韓国の釜山港は寄港が可能と思われる。しかし、台湾海峡沿いにある港湾は中国、台湾に関係なく影響を受けることが予想される。台湾海峡側にある中国の港湾のうち、アモイ港、福州港、泉州港の3港湾は世界トップ100に入るコンテナ取扱量をもつ。これらの港湾では確実その影響を受けることになろう。

また、台湾有事が起きた場合、中国国内に限定しても、航空機や車両に比べても大量に、かつ廉価に貨物を輸送できる国内向け船舶に影響を及ぼすことは間違いないであろう。これは、国際的な海上輸送の混乱だけではなく、中国の国内物流にも影響を与えることにもなり、ひいては中国の国内経済混乱の一因になることが考えられる。さらに言えば、多くの漁船も沿海で活動している。こうした漁船も影響を受けることは間違いなく、中国や台湾の漁業にも影響を与えることになる。

すでに指摘したように、中国は第1列島線と第2列島線を設定している。第1列島線に限定しても、その範囲は非常に広い海域を含んでいる。そのため、中国側が台湾有事を仕掛けた場合、中国はおそらく台湾海峡を封鎖し、国内外の船舶を航行させないことが考えられる。一方で、外国船舶は日本や韓国への運航があるため、台湾海峡を避けつつも、運航自体は続けるのではないか。また、台湾海峡付近の港湾は中台とも封鎖される可能性があるが、台湾海峡から離れている上海港などの中国側港湾は運営が続くと考えられる。結果的に、中国側の主要港湾と外国との輸送が途絶えることは考えられない。しかしながら、中国と台湾間で有事が起きた場合、中台とも海上輸送に与える影響は甚大である。そのため、中国側にとってみれば簡単に実行できないのではなかろうか。

おわりに

2024年2月14日、台湾が実効支配する金門島の沖合で台湾当局による追跡を受けた結果、中国漁船が転覆し、2人が死亡する事故が起きた。この事故の原因をめぐっては中台双方で応酬が起きた。この原稿執筆時点ではまだ収束できない状況である。

このような偶発的な事故をきっかけに中台間の衝突が起きる可能性もある。海上輸送は中台間の輸送に限らず、一度に大量に、そして廉価に輸送できる手段である。すでに指摘したように、中国側が一方的に台湾との衝突を引き起こすことは、自国の海上輸送にも大きな影響を与える可能性があることから、簡単にはできないであろう。しかし、偶発的な衝突から台湾有事が起きる可能性は十分にある。その場合、中国、台湾とも海上輸送における影響は甚大になる可能性があり、それが国際貿易、世界経済にも波及するであろう。蔡英文が総統に就任してから海上輸送を含む中台間の交渉ができていない現状は、頼清徳副総統が5月20日に新総統として就任する後も続くと考えられる。こうした状況下において、台湾有事による海上輸送における影響が世界にどのような影響を与えるか、考えておく必要があろう。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
  • 筆者撮影
参考文献
著者プロフィール

池上寬(いけがみひろし) 大阪経済法科大学経済学部准教授。1997年1月から2023年3月までアジア経済研究所勤務。専門は経済を中心とした台湾の地域研究、アジアにおける国際物流。おもな編著に、『アジアにおける海上輸送と中韓台の港湾』(2013年)、『アジアの航空貨物輸送と空港』(2017年)(いずれもアジア経済研究所)、「台湾のコンテナ港湾戦略と主要港の概要」男澤智治・合田浩之編著『東アジアの港湾と貿易』(2024年、成山堂書店)など。


  1. 「三通」の残り2つは中国との直接の「通信」と「通商」である。
  2. 航空貨物で見た場合には全く逆になる。台湾最大の空港である台湾桃園国際空港における2022年の中国との航空貨物取扱量は、航空貨物ターミナルベースで中国からの輸入貨物は6万167トンであった一方、台湾から中国への輸出貨物は8万6935トンとなり、台湾からの輸出の方が多い。半導体を代表とする精密品など付加価値が高い製品は航空機で輸送されていると考えるのが妥当であろう。