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エルドアンの初黒星――トルコ2024年統一地方選挙

Erdogan’s first defeat: 2024 General Local Elections in Turkey

PDF版ダウンロードページ:https://hdl.handle.net/2344/0002000984

2024年4月

(4,831字)

トルコで2024年3月31日に実施された統一地方選挙では、予想に反して野党第1党の共和人民党(CHP)が勝利し、与党の公正発展党(AKP)は次点にとどまった。2002年以来すべての選挙で勝利してきたAKPにとって初の敗北である。本稿ではこの選挙結果の原因と、それが次回2028年大統領・国会選挙にどのような影響を及ぼしうるのかを考察する。

なぜ注目された

2024年3月31日に実施されたトルコ統一地方選挙は、トルコ国内で大きな注目を集めていた1。そのわけは2つある。第1に、トルコの政治体制がさらに権威主義化する可能性があったためである。2023年の大統領・国会同時選挙では、野党連合が敗北し、連合は瓦解した。今回の選挙で野党の弱体化がさらに進むことも見込まれていた。

前回の2019年統一地方選挙では、野党が善戦している。政治的影響力の大きい全81県庁所在市の市長選挙では2、与党市長から野党市長への交代が10市で起きたのに対し、野党市長から与党市長への交代が起きたのは5市だけだった、なかでも野党はイスタンブルとアンカラを与党から新たに勝ち取ることで、イズミルと合わせて3大市政を制した。よって今回の選挙では、これら野党市政を死守できるかも焦点であった。

第2に、選挙結果がエルドアン政権への信任度を映し出す鏡となり、次回2028年の大統領選挙でのエルドアンの出馬あるいは後継擁立に影響を与える可能性もあった。統一地方選挙は本来、地元で人気のある与野党候補どうしの戦いである。それをレジェップ・タイップ・エルドアン大統領は今回の選挙で、自分の代理人と野党候補のあいだの戦いという構図に変えた3

このような構図をエルドアンがあえて望んだ理由は、単なる中央政府によるテコ入れではない。有力な後継者候補の台頭に対する警戒である。エルドアンは、国会議員の4選禁止というAKP党規を維持して有力者台頭の芽を早くからつんできた。

2018年に集権的大統領制に移行してからは、党外の人物を閣僚に多数登用したため、党内で強い支持基盤を持つ後継者は育っていない。新政権閣僚の多くがエルドアンに近い党人やテクノクラートで占められている。

統一地方選挙の候補者選択でも、イスタンブルなどの大都市の市長として実績を上げて後継者となる潜在力を持つ人物を、エルドアンはあえて選ばなかったのである。エルドアンは、有力候補者を擁立しなくても自分が後押しすれば勝たせることができると信じていたとみられる。

意外な結果とその原因

今回の統一地方選挙では、野党は連合を組まなかったため連携が弱く、前回2019年より苦戦を強いられた。これに対し、与党連合のAKPと民族主義者行動党(MHP)は連合を維持して選挙区調整をしたため野党より有利な立場にあった(AKPは、大統領選挙で過半数を獲得する必要上、2018年以来MHPと与党連合を形成している)。

表1 2024年統一地方選挙結果(2019年、2023年との比較、%)

表1 2024年統一地方選挙結果(2019年、2023年との比較、%)

(注)*得票率が1%台である大統一党(BBP)を除いた
(出所)国内新聞報道選挙結果より筆者作成

しかし選挙結果は表1で見るように、2つの直近選挙と比べて与党連合が得票率を大きく減らした。2019年統一地方選挙から10.3%、2023年国会選挙からも5.2%、それぞれ減らした。その結果、81県の各県庁所在市のうち、与党連合下だった50市のうち20市が野党市政に転じた。野党市政下だった31市のうち与党に明け渡されたのは3市でしかない(表2と図1参照)。これにより野党下の県庁所在市は48と過半数に達したが、その7割以上の35市は野党第1党のCHP市政である。

表2 県庁所在市長選挙結果(全81県別)

表2 県庁所在市長選挙結果(全81県別)

(出所)国内新聞報道選挙結果より筆者作成

図1 県庁所在市長選挙結果(全81県別)
(野党が与党から獲得した市政は赤色)

図1 県庁所在市長選挙結果(全81県別)(野党が与党から獲得した市政は赤色)

(注)黒丸は、2023年地震被災11県
(出所)国内新聞報道選挙結果より筆者作成

エルドアンの初めての敗北の原因は3つある。第1に、2023年選挙時よりも経済はさらに悪化した。インフレ率の上昇が続き、給与所得者の購買力が低下した。2023年5月の前年同期比インフレ率は39.6%だったのに対し、2024年3月は68.5%だった。またこの間、公務員給与と最低賃金は引き上げられたのに対し、退職者年金の引上げは実現しなかった。これにより年金生活者が政権から離反したことは、Metropoll社やPanoramatr社の選挙直前アンケート調査報告からもうかがわれる。

AKPは2002年の政権樹立以来、消費者の今後の経済状況に対する期待を示す消費者信頼指標(下限が0で上限が200)が90以上だと選挙で好成績を残すことが知られている4。最近だと図2で見るように、2017年、2018年、2023年の選挙月の消費者信頼指標はいずれも90を超え、AKPは全面勝利している。

図2 消費者信頼指標と与党の選挙実績

図2 消費者信頼指標と与党の選挙実績

(注)与党AKPは2002年の政権樹立以来、消費者信頼指標(下限が0で上限が200)
が90以上だと選挙で好成績を残すことが知られている
(出所)トルコ中央銀行ウエブサイトのデータより筆者作成

2023年5月は、その1年前までは60台のどん底だった消費者信頼指標を、大規模なバラマキと中央銀行によるトルコリラ買い支えにより90台に引き上げて辛勝した5。だが、今回の選挙では再度のバラマキの財源は残っていなかった。2023年6月の経済政策正常化宣言(「3選エルドアンのトルコ──『経済合理性への回帰』」IDEスクエア、2024年2月)の後もトルコリラ買い支えは続いたが、消費者信頼指標は79にしかならず、(それが81だった)2019年統一地方選挙よりも大きな敗北に終わった。

第2に、2023年2月トルコ南部大地震への政府の対応に対する有権者の最終審判が下った。地震被災11県では、2023年5月大統領選挙では政権による復興への期待からか、2018年大統領選挙と比べた与党連合票の落ち込みは他の県に比べて少なかった(図3)。与党連合の支持率が非被災地平均よりも低下したのは2県にとどまっていた。しかし今回の選挙ではそれが9県にまで増えた。そして与党連合下の8つの県庁所在市政のうち3つが野党市政に転じた(前掲図1)。

図3 地震被災11県における与党支持減少*

図3 地震被災11県における与党支持減少

(注)*与党連合得票率変化は、それぞれ2018年大統領選挙、2019年統一地方選挙からの変化
(出所)国内新聞報道選挙結果より筆者作成

政権は被災地に30万戸の住宅建設を約束していたが、震災1年後にその2割も完成しておらず、大半の住民はコンテナでの生活を余儀なくされている。なお、被災県の1つの県庁所在市(ハタイ広域市)では野党から与党への市政交代がおきた6。野党現職市長は震災対応のまずさが批判され、再選は危ぶまれていた。すなわち、震災に関する有権者の政権評価は、当初は復興への期待により高まっていたが、震災発生から1年後に復興への幻滅に即して下されたと言える。

第3に、与党支持者の多くはこれまで、経済などに対する不満を野党支持ではなく棄権により表明してきた。この傾向は、国政選挙よりも、政権交代の「危険」がない地方選挙で顕著だが、今回はさらに強く現れた。投票率は2019年統一地方選挙と比べて6.1ポイントも低下した。

ただし今回、与党支持者の不満の受け皿となる政党も台頭した。それが新福祉党(YRP)である。YRPはAKPと同様、福祉党(RP)を源流とする宗教保守的な政党で、AKPの倫理的堕落と経済悪化に不満を持つ元AKP支持者を引きつけてきた。

YRPは2023年大統領・国会選挙では政治的取引により与党連合に参加したが、今回の選挙では潮時と見て与党連合から離脱した。2023年大統領・国会同時選挙では3%だった支持率を今回6%に倍増させ、第3党に躍り出た。2023年の1年間でAKPは党員数を約20万人減らしたのに対し、YRPは10万人近く増やしAKPに脅威を与えている7。YRP党首はRP党首の子息で、エルドアン後の宗教保守潮流の指導者となる潜在力を秘めている。

イスタンブル攻防戦

エルドアンの代理人と野党の対決という構図は、トルコ最大都市イスタンブルにおいてもっとも顕著となった。そこでは2028年大統領選挙の前哨戦が展開された。エルドアンは「イスタンブルを制すものがトルコを制す」と述べてきたが、それにはもっともな理由がある。

第1に、イスタンブルはトルコ経済の中心(GDP=国内総生産の3割を占める)で、同市の連結予算はGDPの4%に相当する(東京都の連結予算はGDPの2%)。2019年までのAKP市政では、この予算をめぐり、入札や発注の不透明性、イスラム教団など特定の団体への手厚い補助金支給、公営企業の会計操作などが指摘されてきた。エルドアン政権にとっても、イスタンブルはぜひとも奪回すべき市政だった。

第2に、トルコ人口の5分の1を擁するイスタンブルは、雇用機会を求める移民を国内各地から集めた。そのためトルコ有権者の縮図ともなっている。国内で最大のクルド人口を擁するのも、トルコ南東部のクルド地域ではなく、イスタンブル広域市である。そのため、イスタンブルの投票行動は、トルコ全土の投票行動を反映する。イスタンブルで勝てなければトルコ全土でも勝てない。

選挙戦当初、CHP候補のエクレム・イマモール現市長は、官僚出身のAKP候補であるムラト・クルムに2、3ポイント程度の差しかつけていなかった。だが、選挙活動に不慣れでイスタンブルに対する知識も無いクルムが失言を繰り返したのに対し、イマモールは地下鉄の新設や延伸、1ドルで定食を提供する市民食堂の開設、幼児母親用の割引メトロカードの導入、学生寮や保育園の増設といった、これまでの実績を訴える選挙遊説や街頭対話をAKP支持者の多い選挙区を中心に行った。

劣勢となったクルムの応援演説に合計17人もの閣僚が駆けつけ、エルドアン自身もイスタンブルで集会を行ったが、かえってクルムの頼りなさを浮き彫りにした。結果は12ポイント差でのイマモール勝利だった。

エルドアン大統領の「代理人」を破って再選されたエクレム・イマモール・イスタンブル広域市長

エルドアン大統領の「代理人」を破って再選された
エクレム・イマモール・イスタンブル広域市長

イスタンブルに次いで注目されていたアンカラ広域市では、多様な社会扶助サービスの実績で人気を誇るCHPのマンスル・ヤヴァシュ市長が、AKP候補の2倍の得票率で勝利した。イスタンブル、アンカラともに広域市議会は、これまで与党連合が過半数を占め、市長の様々な提案に抵抗していた。今回の選挙ではCHPが両市で過半数議席を獲得し、市政運営への障害が軽減された。注目されるのは残る障害、すなわちエルドアンが広域市事業の着工や入札などの承認を引き続き拒否するかどうかである。

2028年に向けて

今回の選挙では、エルドアンは自身を前面に立てて戦うというリスクを冒した。その理由は後継者台頭への警戒と強い自信だった。だが結果として、有権者としてみれば、地方選挙へのエルドアンや閣僚による介入を目の当たりにして反発を感じたのに加え、能力未知数の与党候補者に地方行政を任せられないと判断したのだろう。経済悪化が続きバラマキ財源も枯渇しているにもかかわらず、中央政府が地方選挙にここまで関与したのは得策ではなかったと言えよう。

経済状況を立て直せていない理由は、2023年6月に始まった経済政策の正常化が小出しにしか進まなかったことである。経済引き締めは利上げのみに依存していた。しかも1回の利上げ幅が小さいため、市場の信頼を得ることができないうえ、引き締めの痛みを感じる期間を延ばす結果となった。

選挙後、エルドアンは与党の中央執行委員会で、自分を含めて誰もが選挙結果の責任を逃れられないと述べ敗北を認めた。同委員会ではまた、経済引き締め政策に選挙敗北の責任を求める声も出た。だがエルドアンは、経済司令塔のメフメト・シムシェク財政国庫相を擁護し、経済政策正常化の路線を続ける姿勢を示した。エルドアンにとっては4年後に経済が再建されていることが必須であり、今回新たな政策転換でリスクを取ることは賢明ではないと考えているのだろう。

今後の展開についてみると、過去にも統一地方選挙での与党敗北が次の総選挙での政権交代に繋がった例はある(1989年→1991年、1994年→1995年)。今回の与党敗北では与党支持者の棄権の傾向が顕著であり、与党AKPから野党への大幅な支持転換ではなかった。次期2028年の大統領・国会選挙では、AKPが経済再建によって棄権者を取り戻す道は残されている。

だがAKPが経済再建に失敗すれば、イデオロギー的に近く、しかも、組織力を強めているYRPに、さらには各地市政で社会福祉行政の実績を積んだCHPに、支持者を奪われる可能性は充分にある。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
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著者プロフィール

間寧(はざまやすし) アジア経済研究所地域研究センター中東研究グループ主任研究員。博士(政治学)。最近の著作に、“From activism to resilience: the Turkish constitutional court in comparative perspective,” in Kubicek, P. ed. Reflections on the Centenary of the Republic of Turkey, Taylor & Francis Limited, 2023、『エルドアンが変えたトルコ──長期政権の力学』作品社(2023年)、『トルコ』(シリーズ・中東政治研究の最前線1)(編著)ミネルヴァ書房(2019年)など。


  1. 中央集権的なトルコでは地方行政において中央統治と地方自治が併存している。中央政府が県と郡に内務官僚である県・郡知事を任命して中央が地方を統治する一方、県会議員、市会議員、市長、町長は選挙で選ばれる(イスタンブルなど広域市が存在する県では、広域市長、市会議員[一部が広域市会議員に]、市長、町長)。
  2. 県庁所在市は、人口・予算規模が大きいことから、他の市よりも政治経済的重要性が高い。県庁所在市でも人口規模が特に大きい18市は広域市と呼ばれ、市政でありながら、(行政区画である)県全領域で地方自治を実施する。
  3. エルドアンは大統領として憲法上最後となる3期目に入ったが、今回の選挙戦のさなか、「現行の法によれば自分の任期は最後」としてあえて憲法改正の必要性を匂わせている。
  4. Ozan Gündoğdu,“Mayıs 2023’te ekonomi iyi miydi?,” Birgün, 5 Nisan 2024.
  5. ちなみに財政規律を重視するAKPは政権樹立以降、選挙前のバラマキをそれまでは行っていなかった。 
  6. 集計不正の疑いを理由に、野党が異議申し立てを行っている。
  7. Partilerin üye sayıları açıklandı: Yeniden Refah sürprizi,” YetkinReport, 9 Şubat 2024.
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