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3選エルドアンのトルコ──「経済合理性への回帰」

Turkey in Erdogan’s Third Term: “Return to Economic Rationality”

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/0002000854

2024年2月

(5,001字)

レジェップ・タイップ・エルドアン大統領は2023年5月の大統領選挙で、3選を果たしたものの、経済政策の失敗から苦戦を強いられた。エルドアンが新内閣で経済の司令塔に任命したメフメト・シムシェキ財務国庫相は、経済合理性への回帰を宣言した。果たしてトルコ経済の正常化は起きているのか。本稿は過去半年の金融政策を中心に概観してこの問いに答える。

エルドアン大統領(2023年3月)

エルドアン大統領(2023年3月)

経済人事

トルコ経済は2018年の通貨危機以来、為替相場下落とそれに伴うインフレが慢性化した。エルドアンが、中央銀行に金利引き下げの圧力をかけ続けてきたためである。経済理論によれば金利が下がれば資金需要の増加によりインフレ傾向になるはずだが、エルドアンはその逆に「金利が下がればインフレ率は下がる」と主張した。

実際には、金利が下がると資金需要増に加え為替相場下落(輸入物価が上昇)により、インフレが進んだのである。中央銀行はエルドアンの主張と経済の現実の間の辻褄を合わせるため、手持ちのドルを売ってトルコリラ為替相場を支える市場介入を続けた。その外貨準備は枯渇し、新たな経済危機が懸念されるに至った。

そのため、選挙後に経済政策の転換が起きるのかが注目された。前政権では唯一の経済専門閣僚が2021年12月に排除されて以降不在となっていた。エルドアンは2023年6月の組閣にあたり、2人の経済専門家を閣僚に登用した。

財務相や経済担当副首相を歴任し、国際金融界の信頼が厚いメフメト・シムシェキを財務国庫相に、経済開発相や経済担当副首相を歴任したジェヴデット・ユルマズを経済官庁の調整役として副大統領に、それぞれ任命した。また中央銀行総裁には米国プリンストン大学の博士号を取得し、米国大手銀行役員を務めたハフィゼ・ガイイェ・エルカンをシムシェキの求めに応じて任命した。

エルドアンは選挙前からトルコ経済への国際的信用を回復するため、シムシェキの復帰を望んでいたが、当人は固辞していた。彼は今回の復帰に当たり、自分以外の経済専門家の入閣と、1年半をかけて政策金利を25%にまで引き上げることをエルドアンにのませたとも報道された。

シムシェキは財務相だった2018年、政策金利をインフレ率以上に維持する金融政策を主張してエルドアンと対立して政権から外された経緯がある。エルドアンが今回はシムシェキをどれだけ支えるかが関心を集めた。

「合理的基本への回帰」

シムシェキは就任時の会見で、「透明性、一貫性、予見性、国際規範準拠を原則とする。トルコは合理的基本に戻る以外に選択肢はない」と宣言した。これは、彼の前任者がエルドアンの低金利政策を正当化するために名付けた「非主流(ヘテロドックス)経済政策」1を批判し放棄する旨の宣言だった2

非主流経済政策はそれぞれに矛盾する3つの柱からなっていた。1つ目は「競争的為替相場」、つまりは実質為替相場の切り下げによる輸出増加と、それによる経常収支の赤字削減である。しかし実際には輸入増が輸出増を上回って貿易収支が悪化し、経常収支赤字も拡大、想定とは逆の結果をもたらした(図1)。為替相場は名目値では切り下がったものの、エネルギーなどの輸入物価が急上昇、それによりインフレが急進し、実質為替相場が異常に切り上がったためである(図2の棒グラフ)。

図1 貿易収支と経常収支

図1 貿易収支と経常収支

(注)直近12カ月間の移動平均値(平準化した値)
(出所)トルコ中央銀行ウェブページのデータより筆者作成

図2 トルコリラ実質為替相場上昇率(%)(2019年1月~2023年11月)

図2 トルコリラ実質為替相場上昇率(%)(2019年1月~2023年11月)

(注)対前年同期比。実質為替上昇率=消費者物価上昇率-名目為替下落率。
(出所)トルコ中央銀行ウェブページのデータより筆者作成

2つ目は為替相場急落を抑えこむための為替保護定期預金である。トルコリラ定期預金者の為替差損分を政府が補償する仕組みである。市場でのドル買いを抑えることを狙っていたが、歳出拡大と大口預金者への税金再分配につながった。

隠された3つめの柱は、ドル売りによるトルコリラ為替相場維持である。為替保護定期預金だけで為替相場下落を食い止められないためである。為替保護定期預金が導入された2021年12月、同預金が為替相場を維持する効果を演出するために、大幅なドル売り介入が行われた。その後も2022年3月から毎月10億ドル程度のドル売りが継続されていたことを、セルヴァ・バズィーキの試算は示している3

シムシェキの合理性への回帰とは、政策金利をインフレ率を上回る(実質プラスの)水準に引き上げて、相矛盾する3つの柱をなくすことを意味する。実質金利がプラスになれば、低利融資により加熱していた消費や不動産投資が沈静化する。このような需要鈍化は、インフレを低下させるとともに、輸入減少を通じて経常収支赤字を縮小させる。本来、金融政策は中央銀行が担うものだが、経済政策の司令塔として金融政策の正常化を支持する立場を明らかにし、外国投資家の信頼を得る狙いがあった。

エルドアンは今回、シムシェキの主張をある程度飲まざるを得なかったが、エルドアン自身は経済政策の転換あるいは継続について言明していない4。エルドアンの最大の関心は、シムシェキの国際的信用を利用して外資の流入を促し、2024年3月の統一地方選挙までは経済危機を防ぐことであり、シムシェキに抜本的な経済改革を任せたわけではないとの観測もあった。

中央銀行では2023年7月末に中央銀行副総裁に3名の経済学者が、12月下旬に通貨政策決定会議委員にも経済学者が委員として、それぞれエルドアンに任命され、通貨政策決定における経済学者の比率が高まった5。ただし中央銀行の3名の新副総裁のうち1名は、2017年以来エルドアンの経済顧問を務めていた。またエルドアンは6月末の中央銀行総裁任命と同時に、自らに忠実だった中央銀行前総裁をシムシェキには知らせずに銀行整理監督局長官に任命し6、中央銀行や市中銀行の管理監督に当たらせている。これらの人事は、大統領による監視が続いていることをうかがわせる。

マイナス金利とドル売り介入

政策金利はこの半年で、どの程度正常化したのか。中央銀行は総裁交替後、政策金利を段階的に引き上げたものの、依然として実質マイナス金利の状態は続いている(図3)。貸出金利も、それまで規制で金利上限が設定されていたが、それが撤廃されず、上限が引き上げられるにとどまった。

図3 実質金利はマイナス

図3 実質金利はマイナス

(注)金利は、トルコ中央銀行の政策金利である1週間レポ金利。インフレ率は消費者物価上昇率。
(出所)トルコ中央銀行ウェブページのデータより筆者作成

政策金利はまだ実質マイナスであるとはいえ、その引き上げは、国債や株式に投資する間接投資の流入をある程度は増加させた。図4が示すように、間接投資の流入は選挙後に増加に転じた。この動きを受けて中央銀行の外貨準備総額は12月8日の週までに選挙時から400億ドル増の1400億ドルに達した。しかし通貨スワップを除いた純額では依然としてマイナス410億ドルである7。これは、選挙時のマイナス600億ドルと比べて200億ドル程度しか外資準備が純額で積み上がっていないことを意味する8

図4 直接投資と間接投資(2001年1月~2023年10月)

図4 直接投資と間接投資(2001年1月~2023年10月)

(注)直近12カ月間の移動平均値(平準化した値)
(出所)トルコ中央銀行ウェブページのデータより筆者作成

外貨準備の純額増分が総額増分の半分でしかない背後には、ドル売り介入の継続がある。小出しの金利引き上げでは、トルコリラ相場を充分に支えられなかったのである。中央銀行は2023年5月の選挙直後はドル売り介入(トルコリラ買い支え)をやめたかに見えた。トルコリラ為替相場は、トルコのインフレ率を市場原理に従って反映する形で、6月に6%、7月に8%、それぞれ前月比で低下した。しかし8月以降、トルコリラ為替相場低下の動きはほぼ止まった(図2)。このときに中央銀行がドル売り介入を再開していた9

ドル売り介入は外貨準備だけではまかなえないため、中央銀行は市中銀行からも外貨を集めている。公開市場操作において、市中銀行が保有する国債ではなくドルを担保として市中銀行にトルコリラを供給しているのである。その結果トルコリラの市場への供給が膨らみ、金利引き下げ圧力となっている10。このように、金利・為替政策では不透明かつ相矛盾する仕組みがまだ残っている。なお、為替保護定期預金については中央銀行が2024年1月以降の新規受け付けを中止したことで、廃止への道筋がついた。

インフレ率格差

非主流経済政策によるインフレ上昇を覆い隠す役割を担っていたのは、国家統計局だった。国家統計局が推計する公式インフレ率は、特に同政策が続いていた2020年以来、市場で観察される物価上昇率よりもかなり低いことが批判されてきた。インフレ率を参考にして決まる賃金や年金の改訂率が実際のインフレ率以下に抑え込まれるため、勤労者や年金受給者の間での不満は高まってきた。

トルコでは賃金労働者の半数以上が最低賃金ないしそれ以下の水準で働いている。2023年12月に発表された最低賃金改定率は49%と、12月の年間インフレ率64%を15ポイント下回った。最低賃金上昇率が公式インフレ率にさえ追い付かない状態は長く続いている。特に過去5年、最低賃金では4人家族の食費しかまかなえない状態だった(図5)。労働者の多くは長時間労働や副職従事に迫られている。

図5 最低賃金の飢餓ラインに対する比率

図5 最低賃金の飢餓ラインに対する比率

(注)Türk-İşの定義する飢餓ラインとは、4人家族がアンカラで健康な生活のために必要な食費。
2018年から2022年までは最低賃金が飢餓ライン以下だった。
(出所)“Yıllara Göre Açlık sınırı ve Yoksulluk Sınırı,” Bilgilerim.
元データはトルコ労働組合連合(Türk-İş)のウェブサイトに掲載された貧困・飢餓ライン報告書。

図6が示すように、国家統計局の全国インフレ率は従来、イスタンブル商工会議所の推計したイスタンブルのインフレ率にかなり一致していた。それが2020年以降、それよりも低くなっている11。これを問題視した経済学者達の「インフレ調査グループ」が市場調査に基づいてインフレ率を報告するようになった。その値は、イスタンブル商工会議所の値よりもさらに高く、国家統計局の統計値の約2倍である。

図6 消費者物価上昇率統計値における「格差」(%) (2014年1月~2023年12月)

図6 消費者物価上昇率統計値における「格差」(%) (2014年1月~2023年12月)

(注)前年同期比
(出所)トルコ中央銀行ウェブページのデータより筆者作成

実は国家統計局では2020年から22年までの間、インフレ統計値を低めにさせる圧力に抵抗したと見られる4人の長官が連続して更迭されている12。新政権発足後の2023年6月以降、国家統計局のインフレ値はイスタンブル商工会議所の値に近づきつつあるが、12月になっても10ポイントの格差が残っている。経済政策策定に必要な統計作成でも「合理性への回帰」は道半ばである。

財政改革の欠如

エルドアンは6月末の大統領令で政府部門の歳出節約を命じ、シムシェキも7月中旬に政府部門の震災対策費を除くすべての項目で歳出削減するとの通達を出した。7月上旬にほとんどの商品の付加価値税(一般税率18%、軽減税率8%)がそれぞれ2ポイント引き上げられた。9月に発表された次期3年中期計画では政府投資の「合理化」として歳出の見直しを宣言している。

しかし2024年国家予算では、歳出が過去10年の平均である対GDP比22%を大きく上回る同27%に膨らんだのに対し、歳入は過去10年の平均である対GDP比20%と同様の21%にとどまり、財政赤字はGDPの6.4%と、公正発展党政権期で最大規模に達した。

その原因は2023年2月の震災や5月大統領・国会選挙前の財政拡張のみならず、歳出削減や税収拡大の欠如に求められる13。増税は所得水準とは関係ない間接税に集中している。直接税である所得税や法人税、さらにはエネルギー、建設部門への優遇税制には手が付いていない。大統領府の予算も前年比85%と、以下に見る予想インフレ率をはるかに上回る率で増加している。

中期計画は、インフレ率を2023年末に65%、2024年末に33%と予想した。インフレ率を1年で半減させるためにはさらなる緊縮政策が必要となる。しかし、現行の実質金利はマイナスのままで、中央銀行は金利引き上げが終わりに近づいたとの声明を出している。2024年1月の45%への引き上げが最後になると見込まれている。また中期計画では2024年に4%という通常の経済成長を見込み、エルドアンも経済成長では譲歩しないと明言している14

抜本改革は統一地方選挙後か

実質金利がマイナスのまま利上げが終わり、財政政策の後押しも不充分な状態で、インフレ率を1年で半減する計画には、経済学者から疑問が寄せられている15。かつての2001年通貨危機後の経済改革では、実質金利を10%台と高く維持するとともに財政改革を実施することで、外国直接投資の流入による高い経済成長とインフレ率の一桁への低下が実現した16

エルドアン大統領第3期目、シムシェキとエルカンの登用で、トルコ経済は正常な方向に向かった。ただし、本稿のデータが示したように、エルドアンが彼らに経済改革を任せたかどうかには疑問が残る。実質金利のプラス化や財政改革など国民の痛みを伴う改革が避けられているのは、2024年3月統一地方選挙を配慮した戦略のためなのか、それとも既得権益に切り込む抜本的改革をそもそも好まなかったのか。それは、統一地方選挙後に本格的な対インフレ政策と構造改革が実現されるかで判明することになろう。

(2024年1月9日脱稿)

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
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参考文献
著者プロフィール

間寧(はざまやすし) アジア経済研究所地域研究センター中東研究グループ主任研究員。博士(政治学)。最近の著作に、“From activism to resilience: the Turkish constitutional court in comparative perspective,” in Kubicek, P. ed. Reflections on the Centenary of the Republic of Turkey, Taylor & Francis Limited, 2023、『エルドアンが変えたトルコ──長期政権の力学』作品社(2023年)、『トルコ』(シリーズ・中東政治研究の最前線1)(編著)ミネルヴァ書房(2019年)など。


  1. Bakan Nebati'nin 'Artık heterodoks politikalar var' sözleri ne anlama geliyor?Cumhuriyet, Ocak 5, 2023.
  2. İbrahim Güran Yumuşak, “Türkiye’nin Yeni Ekonomi Programı: Fırsatlar ve Tehditler,” Kriter, Sayı 64, Ocak 1, 2022.
  3. We estimate the CBRT's stealth currency market interventions at $256 billion Jan 2022-Nov 2023,” Selva Baziki (@SelvaBaziki) / X, Dec 14, 2023.
  4. 金利引き上げではなく「物価安定のための金融引き締めと融資縮小」が経済運営当局により実施されているという表現を、9月に3年中期計画が発表された後に用いている。
    Erdoğan: Fiyat istikrarının sağlanması için parasal sıkılaşma ve kredi sıkılaşması tedbirleri ekonomi yönetimimizce hayata geçiriliyor,” Forex, Eylül 26, 2023.
  5. 通貨政策決定会議は、中央銀行総裁、副総裁、委員からなる。
  6. Erdal Sağlam, “Bomba kulisi: Şimşek, Kavcıoğlu atamasını Resmi Gazete’den öğrenmış,” 10Haber, Haziran 10, 2023.
  7. TCMB'nin swap hariç net rezervi geçen hafta eksi 41,1 milyar dolar olurken net rezervleri 38,2 milyar dolar olarak kaydedildi,” Bloomberg HT, Aralık 14, 2023.
  8. TCMB'nin swap dahil net rezervi eksi 0,2 milyar dolara düştü,” Bloomberg HT, Mayıs 25, 2023.
  9. 注3参照。
  10. Fatih Özatay, “Doğalı dururken suni yollarla döviz rezervini artırmak,” Ekonomim, Aralık 7, 2023.
  11. イスタンブル商工会議所のような公的職業組織は、法律により設置された市民社会組織の一つであり、半官半民の性格を持つ。
  12. TÜİK'e başkan dayanmıyor: Bir yılda üç başkan gitti,Sözcü, Ocak 29, 2022.
  13. M. Coşkun Cangöz, “2024 BÜTÇESİ: MART KAPIDAN BAKTIRIR…,” Türkiye Ekonomi Politikaları Araştırma Vakfı, Aralık 2023 N202355.
  14. Erdoğan 'Orta Vadeli Program'ı açıkladı: 'Tek haneli enflasyonu hedefliyoruz,Cumhuriyet, Eylül 6, 2023.
  15. Selva Demiralp, “Orta Vadeli Program'ın artıları ve eksileri neler?” BBC, Eylül 7, 2023.
    Burcu Aydın Özüdoğru, “OVP’nin anlattığı Türkiye hikayesi,” Ekonomim, Eylül 8, 2023.
  16. 間 (2023, 第2章)参照。
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