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新型コロナウイルス感染症を通してみるモザンビーク社会

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051790

2020年7月

(7,519字)

感染拡大に向き合う社会

モザンビークでは3月22日に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の最初の症例が報告されて以来、6月30日までに感染者数889人、死者6人が報告されている1。初期こそ報告される症例数は少なく、感染経路の特定が可能であったが、4月にクラスターが発生し、5月に入ってからは首都・地方を含めた複数の都市で市中感染が発生しはじめた。6月第2週以降には報告される症例数が倍増する間隔が短くなり、拡大のスピードは世界で8番目となっている2。モザンビーク社会は今まで以上に感染の拡大が懸念される新たな局面に入っている。

4月6日に同国保健省は、重篤患者が多数出た場合に備えて国内15カ所に586床の療養施設を整えたことを報じたが、最初の症例が報告された3月下旬の時点で国内の公的医療機関にある人工呼吸器は全国合わせてもわずかに34台にすぎなかった3。医療体制が極めて脆弱なモザンビークで重篤患者が発生した場合、受けられる治療は限られている。6月28日にフィリッペ・ニュシ(Filipe Nyusi)大統領は、3月20日に発令して以来30日ごとに更新してきた国家非常事態宣言を今一度更新した。その際の会見では「(感染拡大の)予防が我々にできる唯一の手段だ」と述べている4

緊迫した状況ではあるが、そのなかで耳目を引くのは負の側面だけではない。モザンビーク社会の各所では、限られた財源の範囲内で地道な活動が展開されている。本稿では、2020年1月からの半年間を対象に、モザンビークの政府と社会による新型コロナウイルス感染症への取り組みについて紹介したい。

感染症と財政難に対する認識が導き出した迅速な初動

途上国の類例に漏れず、モザンビーク社会には以前から死に至るリスクのある感染症が身近にあった。三大感染症の一つであるマラリアでは、2018年の第1四半期だけで480人、2019年の同時期には360人が亡くなっている5。新型コロナウイルス感染症に関しては、中国との間で人の往来が活発化して久しいだけに、アフリカに持ち込まれるのは時間の問題であるという認識が早くから持たれていた。

モザンビークも含めた多くのアフリカ諸国が迅速な初動対応をとった背景には、脆弱な医療体制に対する危機意識と活発な人の移動に関する共通認識がある。それを具現化しているのが、2016年1月に設立されたアフリカ連合の公衆衛生機関であるアフリカ疾病予防管理センター(Africa CDC)である。この設立に先立って、アフリカ諸国は2014年から2016年にかけて西アフリカで1万人以上を死に至らしめたエボラ出血熱の感染拡大を経験しており、これがAfrica CDC設置を後押しした。Africa CDCは、エボラ出血熱の感染拡大の経験が新型コロナウイルス対策にも有益であるという認識のもと、アフリカでの症例が確認されていない2月5日の段階で、アフリカ大陸をカバーする地域横断的タスクフォースを設置した6

感染症対策に関する上記の共通認識のもと、各国政府は1月下旬から対策を講じ始めた。モザンビークでは1月23日に保健省が主要な入国経路における水際対策の強化を発表した。これを皮切りに、注意喚起と空港における検温や問診などの予防措置が行われ、感染拡大地域からの渡航者については自主隔離が促された7

隣国南アフリカでの症例報告とマプトで高まる緊張感

初動から1カ月ほどの間、モザンビークでは症例が確認されることなく過ぎた。保健省は2月24日の会見で、感染拡大を引き起こす可能性のある渡航者の流入は南アフリカなどと比べると少なく、世界保健機関と同様に、モザンビークのリスクは低いとみていると、やや楽観的な見解を示していた8

しかし、3月5日に隣国南アフリカのダーバンで同国最初の症例が確認されると、南アフリカとの間で人の往来が頻繁である首都マプト周辺の人々の緊張感は一気に高まった。モザンビークから南アフリカへの人の動きは極めて活発である。南アフリカへ向かう移民のなかには生活の基盤を南アフリカに置く労働移民もいれば、日々、買い付けに行く越境貿易商も多い。

その後、南アフリカでは3月26日から都市封鎖が実施され、食料品店や薬局など不可欠なサービスを提供する事業者だけが営業を継続した。南アフリカで都市封鎖が始まる直前・直後、7000人とも2万3000人とも言われる移民がモザンビークに帰国した9

マプト市長夫人の感染告白をめぐる市民意識の醸成

南アフリカで最初の症例が報告された3月5日の時点で、マプトの市民の懸念は、南アフリカからマプトへと感染が拡大するのではないか、というものだった。その最中、3月22日にモザンビーク最初の陽性者、続く24日に第2、第3の陽性者が報告された。1人目の陽性者が75歳の男性で3月中旬に入国したイギリスからの帰国者ということが公表されるや否や、政権与党モザンビーク民族解放闘争(Frelimo)のマプト市長エネアス・コミシェ(Eneas Comiche)であろうという憶測がとんだ。

実際のところ、コミシェ市長は3月10日にロンドンで開催された水と気候に関する首脳会議に参加し、13日にモザンビークに帰国していた。会議参加者のうち、コミシェと隣席していたモナコ公国アルベール2世大公(Albert II)が3月19日に陽性となったことを公表し、同日中に会議主催者からマプト市に連絡があった。市長および随行団メンバーは翌20日に検査を受けたが、帰国直後の無症状期間に大統領やFrelimo幹部からなる政治委員会、閣僚議会、州知事、国会議員など同党員を中心に23人との接触を持っていた。党内が一時騒然となったことは間違いない。

コミシェが症例第1号となる可能性が出た3月20日に、ニュシ大統領は国家非常事態宣言を発令し、感染拡大を予防するための対策を発表した10。その内容は、幼稚園から大学まですべての公立・私立教育機関の休校、渡航者に対する2週間の隔離、50人以上が参加するイベントの禁止、公私全機関に対する感染予防努力の義務付け、新規の短期査証の発給停止と発給済み短期査証の取り消しなどであった。

ただし、コミシェ市長の感染が公表されたのは、第1号の症例報告からほぼ1カ月が過ぎた4月19日である11。3月24日に相次いだ2件の症例について、第2の症例は第1の症例との濃厚接触者である70代のモザンビーク人女性、第3の症例は南アフリカ人女性であると発表された。保健省は医療行為上の守秘義務を重んじ、個人名を公表せずにいたが、首都圏では感染の拡大を懸念する雰囲気と様々な憶測が一挙に広がりつつあった。

第2・第3の症例が保健省から報告された数時間後、市中を不確かな情報が飛び交う状況のなか、民間放送局のテレビ番組である臨時ニュースが流れた。コミシェ市長夫人であるルシア・コミシェ(Lúcia Comiche)が民間放送局へ直接電話をかけ、自らが第2の症例者あることを告げたのである。臨時ニュースでは電話口で話す市長夫人ルシアの落ち着いた肉声が流された。それは言わずもがなコミシェ市長の陽性を示していた。

この時点でコミシェ市長の感染を公表しないという方針は、医療行為上の守秘義務というよりも、Frelimoの要人の間での感染拡大の可能性に対する動揺を表面化させまい、という党の政治的判断に基づいていた。市長夫人が自らの感染を伝えるために、Frelimoの影響力が及ぶ国営放送局ではなく、政党からの独立性が強い民間放送局を選択したのもこれを鑑みてのことである。党の判断に従って沈黙を貫く市長に対して、周囲にあろう圧力をものともしない市長夫人の行動は、ソーシャル・メディア上で多くの市民から称賛された12。称賛の多くは、近年権威主義化するFrelimo幹部の妻という立場よりも、準公人であると同時に一市民としての立場を重んじた態度を評価していた。

メガ・プロジェクトにおけるクラスター発生

3月20日に国家非常事態宣言が発令され、4月2日には「新型コロナウイルス感染症拡大防止・抑制措置法(法令第12/2020号)」が施行された。同法は入国時や感染者との接触から2週間の自主隔離、事業所の出勤者数を3分の1以下にしたうえで15日ごとの交代制とすること、60歳以上の高齢者や基礎疾患のある者、妊婦については出勤を免除するなど配慮すること、スポーツジムやバーなど一部施設の閉鎖、生鮮市場の営業時間を午後5時までに短縮、主要入国地点を除く国境の閉鎖を定めている。

奇しくもその翌日、北部の液化天然ガス開発に携わるフランス石油大手トタル関係者の間から北部地方初の感染が報告された。4月8日にはトタル社のモザンビーク副代表が関係者およそ500人の自主隔離を行い、保健省との協力のもとすべての作業員が検査を受けることを発表した13。近年プラント建設が進む開発地域の周辺では、過激派テロによる襲撃と政府軍・外国民間軍事会社による鎮圧の応酬が続いていることから、現場の閉鎖性は高かった。案の定、ここでの感染はクラスターを形成し、5月13日時点では74例、国内症例の71%を占めた14

こうした特殊閉鎖的な空間におけるクラスターの発生にとどまらず、感染は市中にも広がり、5月末までに国内10州すべてで感染者が報告された。6月初頭には地方最大の人口を抱えるナンプラ州都でも市中感染が報告され、6月末時点で報告された症例数は889例に上っている。政府は国民に対し感染防止への一層の努力を呼び掛けている。

市民社会組織、文化政策にみる社会資本

モザンビークでは非常事態宣言が発令され、感染症拡大防止・抑制措置法によって社会経済活動が大幅に抑制されることになったが、南アフリカで当初取られた都市封鎖と比べると緩やかである。それというのもインフォーマル・セクターでの就労者が9割とも言われるモザンビークにおいて経済活動が実質停止される移動制限は、収入減や失職を生み、貧困層の生活の困窮に直結するからである。

インフォーマル・セクターの就労者が大半を占める卸売市場や露天商は営業活動を続けている。マプト市内の卸売市場で取り扱う商品の主な仕入れ先は、感染の拡大が続く南アフリカである。6月1日から南アフリカのロックダウンが緩和された直後、両国国境にはトラックの長蛇の列ができた。南アフリカでは6月末現在も感染が急激に拡大しており、6月30日時点の感染者はアフリカ最大で15万1209人、死者2657人に上る。モザンビークで6月に確認された症例のいくつかは南アフリカからの帰国者であった。インフォーマル・セクターについていえば、「事業所の出勤者数を3分の1に」という法的措置の効果は、それだけでは期待できない。

どうすれば実効性のある感染防止策を実施できるのか。ここで大きな役割を果たしている活動を2つ紹介したい。その一つが、複数の現地NGOによる活動である。NGOメンバーは予防手段となる手の洗浄液を持参し、地元の仕立屋が作ったマスクと石鹸のセットを対象者の生活の現場に届けている。対象とする人々は露天商や卸売市場での就労者、庶民の移動手段である乗り合いバス利用者、貧困層の居住地域の住民である。こうした人々には感染予防のための石鹸を購入する経済的余裕はなく、手を洗うための清潔な水へのアクセスすら容易ではないからだ。地道な活動が政府の呼びかけと生活者の間の溝を埋めている。

写真:マプト市内の卸売市場で感染予防について啓蒙活動に向かうNGOメンバー(2020年5月上旬)。

マプト市内の卸売市場で感染予防について啓蒙活動に向かうNGOメンバー(2020年5月上旬)。

写真:大統領府や各国大使館が立ち並ぶ目抜き通りから数百メートル入った住宅密集地で地域住民の手洗いをするNGOメンバー(2020年5月上旬)。

大統領府や各国大使館が立ち並ぶ目抜き通りから数百メートル入った住宅密集地で
地域住民の手洗いをするNGOメンバー(2020年5月上旬)。

もう一つの活動は、文化政策を通じた実践である。モザンビーク文化観光省は国内の若手アーティストやミュージシャンを登用し、3月20日の非常事態宣言から間もない同月25日以降、予防に効果的な手洗いなどの映像を官民複数の放送局を通じて流し始めた。さらに5月8日には、文化観光省とマプト市の第三セクターである文化施設の主導のもと、UNESCOや南アフリカ系金融機関ABSAなどの後援を得て、活動停止の危機に瀕した芸能分野への支援と感染拡大防止を架橋した「お庭でアート(Arte no Quintal)」企画を立ち上げた15。この企画は、文化観光省の公式サイトを通じて出演者を公募し、通常であれば生演奏で賑わう文化施設のステージ設備と国営放送の機材を使って収録を行い、インターネットで無料配信するというものである。企画が「お庭でアート」と銘打つように、視聴者には外出を控えつつも、換気のよくない住宅密集地の家屋の中で過ごすのではなく、庭先で楽しんでほしいというメッセージが含まれている。

プログラムの間、公用語と複数の主要民族言語で感染拡大予防を呼びかけるメッセージが示される。マコンデ語で「手を消毒しましょう」と標記され、「私たちはアートを通じて結ばれている」「あなた自身と他者を守るために」と続く。

モザンビークの機関のみならず、フランスを筆頭にヨーロッパ系の文化交流センターといった他国の出先機関も、早くから同様の企画を立ち上げている。これらの機関と参加アーティストらは、危機に際してアートに何ができるのかを自ら問いかけながら、音楽、コンテンポラリー・ダンス、朗読、演劇と多岐にわたるコンテンツを提供している。配信されたコンテンツの再生回数は多いものだと3000回、4000回に上り、その数は配信当日以降も伸び続け、数百のコメントが残る16。最貧国であろうと都市部であれば今や多くの人々が動画を視聴できる携帯電話を持っている。感染の拡大が懸念される都市部で行動範囲が広い若年層の外出自粛を促す効果を生んでいることがうかがえる。

おわりに
モザンビーク政府が新型コロナウイルス感染症への対策に融通できる財源は限られている。この厳然たる事実に対する政府の認識が感染拡大を抑えるための迅速な初動を促した。政府は喫緊の課題である医療体制を整えるために財源確保から始めなければならない一方で、同地では手持ちの財源・社会資本が感染拡大の予防のために大いに活用されている。そこには財源の乏しい途上国ならではの工夫、フットワークの良ささえ感じられる。一方の市民は、政府に多くを期待はできないことは経験上、熟知している。現地NGOが牽引する形で、あるいは文化政策というアプローチに主体的に関わりながら予防に努める都市部住民の市民意識が際立っている。冒頭に記したとおり、現地は感染拡大が懸念される新たな局面に入っている。危機に際して浮き上がるモザンビーク社会の特徴とはどのようなものか。引き続き、今後の動向も注視していきたい。
写真の出典
  • Cooperativa de Educação Ambiental Repensar提供。
参考文献
著者プロフィール

網中昭世(あみなかあきよ) アジア経済研究所地域研究センター・アフリカ研究グループ所属。博士(国際関係学)。著書に『植民地支配と開発――モザンビークと南アフリカ金鉱業』山川出版社(2014)など。


  1. ジョンズ・ホプキンス大学のデータベースより。
  2. MOZAMBIQUE 489 News reports & clippings, 14 June 2020: Our World in Data.
  3. "Moçambique tem 34 ventiladores funcionais no sistema público de saúde - ministro", SAPO Notícias, 21 Março 2020.
  4. "PR moçambicano prorroga estado de emergência com alívio de algumas medidas", SAPO Notícias, 28 Junho 2020.
  5. "Malaria Killed 360 People Between January and April in Mozambique", All Africa,13 May 2019.
  6. Africa CDCウェブサイトより。
  7. "PALOP adotam medidas para travar coronavirus", Deutsche Welle, 25 Janeiro 2020.
  8. "Watch: No COVID-19 cases in Mozambique – AIM report", Club of Mozambique, 25 February 2020.
  9. "23,000 returned from South Africa in last 24 hours – O País", Club of Mozambique, 26 March 2020.
  10. "Coronavirus Mozambique closes schools, suspends visa issuance – President", Club of Mozambique, 20 March 2020.
  11. Macamo, José "Eneas Comiche afirma que é primeiro caso de COVID-19 no país", O País, 20 Abril 2020.
  12. "Lúcia Comiche aplaudia nas redes sociais", Carta de Moçambique, 25 Março 2020.
  13. "One Case of COVID-19 in Cabo Delgado", All Africa, 3 April 2020; "Covid-19: Total coloca todo o projecto de gas de quarentena em Afungi (Palma)", Carta de Moçambique, 9 Abril 2020.
  14. "Covid-19 spreads to Palma town neighboring Mozambique LNG project", Zitamar, 14 May 2020.
  15. "Ministra da Cultura e Turismo lança iniciativa que visa apoiar artistas", O País, 8 Maio 2020.
  16. モザンビーク文化観光省Facebook公式ページを参照されたい。
この著者の記事
【特集目次】

新型コロナウイルスと新興国・開発途上国