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EU対カンボジア――特恵関税をめぐる攻防――

第4回 特恵関税はやめていいのか?

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00051575

2020年2月

(3,232字)

ポイント
  • EUのEBA協定には、カンボジアが人権や労働者の権利を尊重する条件がある。
  • EUは、カンボジアにおける政治的権利の否定、市民社会と労働組合に対する規制、砂糖産業における経済的土地営業権1を、問題視している。
  • EUはEBA協定の一部停止を決定した。

写真:解党処分を受けた救国党のサム・レンシー元党首(左)とフン・セン首相(右)

解党処分を受けた救国党のサム・レンシー元党首(左)とフン・セン首相(右)
一般特恵関税制度とは?

今回は、EUは特恵関税制度をやめていいのか、という基本的な問題を考えていきたい。

EUのEBA協定は、一般特恵関税制度(GSP)の一例である。GSPは、特別な経済的事情を考慮して、開発途上国に対して有利な税率を適用する制度である。一方、世界貿易機関(WTO)のルールは、加盟国を差別しない最恵国待遇を原則としており、GSPはこれと矛盾する。WTOには「授権条項」と呼ばれる規定があり、これによってGSPに対する法的根拠が与えられ、開発途上国のみ優遇する例外が認められている。

こうした背景の下、各国はGSPを自由裁量で導入することができる。

特恵関税を与える国は、開発を目的としたGSPであれば、受益国と対象の品目を選ぶことができる。特恵供与国は、GSPの仕組みをいつでも変更また停止することができる。GSPを与える引き換えに、受益国が良いガバナンスなどの特定の条件を守ることも要求できる。

そもそも、先進国がGSPを開発途上国に与えないことも自由である。したがって、EUがカンボジアに対するEBA協定を停止することは、制度的に問題はないと筆者は考えている。

一般特恵関税制度の停止は経済制裁なのか?

EBA協定の停止は制度的に問題がないとはいえ、カンボジアに対する事実上の経済制裁である、ともいわれる。この点について考えたい。

はじめに、EUがEBA協定を停止することは、カンボジアの輸出に対する優遇的な措置をやめることである。一方、カンボジアがEU市場に輸出することを禁止するわけではない。また、カンボジアの輸出品のみに、追加的な関税を課すわけでもない。

つまり、EBA協定の停止は、貿易アクセスを制限する経済制裁を意味しない。

実際にEBA協定が停止されても、カンボジアからEUに輸出することができる。カンボジアはWTOに加盟しているので、他のWTO加盟国と同じ関税率を適用されることになる。

例えば、カンボジアの縫製企業は、縫製品に対する約12パーセントの関税を支払えば、EUに輸出できる。つまり、関税面でみれば、他のWTO加盟国の輸出企業と同じ環境になる。

一方、EUとEBA協定を結んでいる他の受益国であるバングラデシュやラオスなどは、縫製品の輸出が無関税である。これらの受益国と比較して、カンボジアからの輸出は関税の面で不利になる。この点に限れば、事実上の経済制裁といえるかもしれない。

EBA協定における人権と労働者の権利に関する条件

EUのGSPには、人権と労働者の権利に関する条件がある2。もし受益国でこうした権利の侵害が深刻となれば、EUは特恵貿易をどのような範囲でも停止することができる。

例えば、特恵措置の全面停止は、特恵関税をすべての品目で取りやめることである。一方、部分的な停止は、一部の品目で特恵関税を取りやめるが、その他の品目では継続することである。特恵関税を一時的に停止して、後で再開することもできる。

2019年2月、EUは、カンボジアへのEBA協定を停止する手続きを始めた。政治的権利の否定や、市民社会と労働組合に対する制限的行為、砂糖産業における経済的土地営業権3など、に対する懸念が背景である。

EUがカンボジアへの特恵関税の停止措置を開始した段階で、EUは、懸念する事項をカンボジア政府に伝えたうえで、政府が十分な対応をとるのか、慎重に見極めようとしていた。こうした手続きの目的は、EUが問題視している人権や労働者の権利に対する侵害について、カンボジア政府が対応する猶予を与えることである。EUは、カンボジア政府がGSPにおける人権と労働者の権利に関する条件を守り、特恵関税を継続することを目指していた。

米国の一般特恵関税制度と比べて

人権などの条件があるEUのEBA協定は、開発途上国にとって他の先進国のGSPより不利なのだろうか。カンボジアの主要な輸出市場である米国のGSPと比べてみよう。

米国も、1970年代から開発途上国に対するGSP制度を始めた。現在、122カ国に対して3500品目以上を無関税としている。43の後発開発途上国については、さらに1500品目が無関税である。

一方、米国のGSPは、特定の品目を無関税の対象とすることを禁止している。この禁止対象の品目は、GSPの受益国となっても、米国市場に無関税で輸出することができない。具体的に挙げられている品目には、繊維製品、縫製品、時計、靴、作業用手袋、革製衣服などがある。これらの品目に該当する輸出製品は、ほとんど無関税とならない。

縫製品は、労働集約的な工業製品で、途上国の代表的な輸出品である。開発支援を目的としていながら、米国のGSPは、そうした縫製品を除外している。そのため、カンボジアから米国に縫製品を輸出する際に、多くの品目で通常の関税を支払っている。

EUのEBA協定は、武器と弾薬を除く全品目で無関税を供与しており、米国のGSPに比べると、途上国の開発をより重要視している、といえそうだ。

(以下、次号)

写真の出典
  • Nov Povleakhena/VOA Khmer, Cambodian Prime Minister Hun Sen (R) talks to the press with Sam Rainsy (L) president of the Cambodia National Rescue Party (CNRP), after the National Assembly vote to select the members of National Election Committee in Phnom Penh, Cambodia on April 9th, 2015(Public Domain).
著者プロフィール

田中清泰(たなかきよやす) アジア経済研究所開発研究センター研究員。博士(経済学)。専門は国際経済学、開発経済学。最近の著作は、"Agglomeration Economies in the Formal and Informal Sectors: A Bayesian Spatial Approach" (with Yoshihiro Hashiguchi) Journal of Economic Geography, Vol.20, Issue 1, 2020, "Do International Flights Promote FDI? The Role of Face-to-face Communication"Review of International Economics, Volume 27, Issue 5, 2019,など。


  1. 経済的土地営業権とは、産業として農業用地の開発を目的とした土地の長期借地契約を指す。
  2. 以下を参照。Ionel Zamfir, 2018, "Human rights in EU trade policy: Unilateral measures applied by the EU," European Parliamentary Research Service.
  3. カンボジアではサトウキビのプランテーションが大規模に開発され、EU市場に無関税で輸出できる制度を活用して、砂糖の輸出が増えてきた。このプランテーション開発に経済的土地営業権が使われてきたが、現地住民の土地強奪など、深刻な人権問題を引き起こしてきたと批判されている。例えば、次の記事を参照。"Europe’s ‘blood sugar’," Politico, April 3, 2017.
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