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中国の空は青くなるか?――資源エネルギーから見た低炭素社会への道――

 
第1回 中国の空を汚しているもの

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050426

森永 正裕

2018年6月

はじめに

少し前の話になるが、2014年の暮れ、“鳥の巣”と称される北京五輪スタジアムで、ブラジル代表対アルゼンチン代表のサッカー国際親善試合がおこなわれた。当時、FCバルセロナのチームメイトであったブラジル代表のネイマールとアルゼンチン代表のメッシの直接対決と言えば、サッカーファンならずとも、その貴重さは理解できるだろうか。習近平国家主席がサッカー好きなのは有名な話だが、北京っ子にもサッカーファンは多く、そう簡単には見られない世界最高峰のゲームに北京の街は何日も前から期待に沸いた。

ところが、試合の2日ほど前から北京の空はとてつもない濃霧に包まれた。2日前の時点で大気汚染の程度を示す指標である空気質量指数(Air Quality Index: AQI、後述)は400近く。同指標では300以上が健康な人にも重大な悪影響を及ぼす「厳重汚染」であり「すべての者は屋外活動を中止」とされる。400近くというのは大気汚染が深刻と言われる北京でもめったに見ない相当の悪さだ。「メッシが出場を拒否」という噂も流れ、試合開催そのものにも懸念が広がった。

そして試合当日を迎える。朝は引き続きAQIは300を超えていたが、濃霧も昼過ぎから消え始め、試合開始時刻の午後8時には、AQIはなんと18まで下がった。奇跡の風が吹いたのである。無事にメッシも出場、風が吹いて桶屋ではなくサッカーファンが喜んだ。

北京に長期滞在した者ならば、どれだけひどい大気汚染が発生しても長くて2~3日耐えれば青空に戻ることを感覚的に知っている。風さえ吹けば汚染物質を含んだ霧もあっという間に飛散する。完全な無風状態が3日間も続くことはまずない。日本では「人間の住む町ではない」といった極端な報道もあったと聞くが、一年中汚染された濃霧に包まれている訳ではない。

写真:北京の空の様子

左:2015年10月2日撮影(AQI 10程度) 右:2015年12月1日撮影(AQI 300程度) 北京建国門長富宮オフィスビルより撮影

とは言え、やはりAQIが300を超える日などは外出する気にはなれない。実際、大気汚染による健康への被害も指摘されている。米国の独立研究機関、健康影響研究所(Health Effects Institute: HEI)が2018年4月に発表した報告書『State of Global Air/2018』によれば、大気汚染に起因すると推定される死亡者数は、2016年に全世界で約610万人、国別では中国が約158万人と最多だ。期間限定で滞在している我々外国人駐在員よりもむしろ、ずっと中国で暮らしてゆかねばならない中国国民から、より効果的な対策を政府に求める声が大きい。

筆者は2017年暮れまで3年間、北京で資源・エネルギー関連の業務に携わってきた。本連載では、深刻と言われる中国の大気汚染は改善に向かうのか?すなわち、中国は低炭素社会へ向かうのか?という問いに対して、資源・エネルギーの視点から現状と課題を考察してみる。

第1回目となる本稿では、中国における大気汚染の状況をおさらいすると共に、そもそも中国はどれくらい二酸化炭素(CO2)を排出しているのか、という点について、CO2排出と大きく関連するエネルギー消費を交えながらその現状を概観する。

大気汚染の指標と健康への影響

まず、大気汚染物質の種類や指標を整理しておこう。冒頭で触れた大気汚染の程度を示すAQIは、いくつかの国で独自に設定しているが、世界で主に活用されるのは中国と米国のものである。中国においては環境保護部が、米国においては環境保護庁(Environmental Protection Agency: EPA)がその算出式を定めている。いずれも、硫黄酸化物(SOx)、窒素酸化物(NOx)、一酸化炭素、およびPM2.5やPM10と呼ばれる微小粒子状物質など、複数の汚染物質の濃度から算出される総合指数である。

中国の大気汚染源として多くの人が耳にしたことがあるであろうPM2.5とは、直径2.5μm(マイクロメートル)以下の微小粒子状物質を指す。PMはParticulate Matterの略である。PM10は直径10μm以下の微小粒子状物質を指す。春先に多くの日本人を悩ますスギ花粉が直径約30μmであり、PM2.5はその約1/12ということになる。環境省が在中国日本大使館を通じて現地在留邦人に注意喚起をおこなった資料によれば、PM2.5レベルの微小な粒子は、吸引すると肺の最奥へ到達し血管へも侵入する可能性があるという。

中国の大気汚染物質の最大の排出源であると市民から認識されているのが、家庭、職場の暖房用や工場での燃料用に使われている石炭焚きボイラーからの排気である。ただし、健康への被害がより深刻と指摘されるのはこれら一次排出物質ではない。家庭や工場からの石炭由来の排気のほか自動車や船舶等の排ガス、工事現場の粉塵、黄砂など複合的な一次排出物質が大気中で化学反応を起こし、その反応により二次生成粒子が形成される。この二次生成粒子が、発がん性も指摘される微小粒子状物質PM2.5の主な正体であり、特に健康へ悪影響を及ぼす主要因との分析結果が公表されている。世界保健機関(WTO)の下部組織である国際がん研究機関(International Agency for Research on Cancer: IARC)も、PM2.5に代表される大気汚染物質の発がんリスクを、たばこやアスベストと同じ最高レベルに分類している。前述の二次生成粒子には、硫酸塩、硝酸塩のほか重金属類(ヒ素やカドミウム等)も付着しているとの分析もある。

中国は他国と比してPM2.5に起因する大気汚染が圧倒的に多いこともあり、中国が発表するAQIの算出式では米国のものよりPM2.5の比率が高くなっている。例えば、米国方式の「AQI=100」であればPM2.5濃度はおよそ35μm/㎥だが、中国方式の「AQI=100」であればPM2.5濃度はおよそ75μm/㎥である。すなわち、同じAQI値であっても中国が発表する値においてはより健康被害が重大だ、ということになるので注意が必要だ。

政府による対策と計画

中国で大気汚染対策に関する法整備がなされたのは比較的古く、1987年に公布された「大気汚染防治法」に遡る。その後、SOxを主眼として総排出規制と規制地区の設置など対策が進められた。2000年代に入り、自動車等の排ガスに関する基準と規制が導入され、また「第十一次五ヵ年計画」でSO2の、「第十二次五ヵ年計画」でNOxの総排出量削減目標が掲げられた。

2008年の北京オリンピック開催前より、在中国米国大使館が北京市のPM2.5濃度の観測および公表を開始した。当時、中国政府が発表する大気汚染指数(Air pollution index: API)の算出方法ではSO2、NOxおよびPM10の数値のみを指標とし、PM2.5の数値は考慮されていなかった。そのため、中国政府が発表する大気汚染の状況と米国大使館の発表する評価値が一致せず、北京市民も米国大使館の発表する数値を参照するという状況が生じた。それを受けて国家環境保護部が2011年11月に新たに導入したのが、PM2.5の評価も加味するAQIであり、これにより中国政府の発表値も市民の感覚に近いものとなった。

公表される指数は実態に近づき、各種の汚染防止対策が実行に移されたものの、大気汚染は一向に改善されず、2013年1月には華北一帯で観測史上最悪の大気汚染に見舞われた。この時は、通常最高500で表されるAQIが観測域を超え表示不能となり、「75μm/㎥以下」が基準であるPM2.5濃度は北京市内の複数個所で約10倍の700μm/㎥超を記録した。この前代未聞の汚染悪化を受けて2013年9月に国務院が急きょ決定、発表したのが「大気汚染防止行動計画」(いわゆる「大気十条」)である。

「大気十条」は、10条の基本方針と35の実施項目から構成される(表1)。ここに掲げられた各種対策は、主に以下の4つの内容に分類することができる。すなわち、(1)エネルギー構造改革(石炭を中心とした化石燃料からクリーンエネルギーへのシフト)、(2)産業構造改革(産業におけるエネルギー利用の効率化・省エネ化)、(3)イノベーション(低排出を実現する技術水準の向上)、(4)ガバナンスの向上(各種規制の導入と遵守、意識改革)、の4点だ。

表1「大気汚染防止行動計画」(「大気十条」)

表1「大気汚染防止行動計画」(「大気十条」)

(出所)中国国務院発表(2013年9月)

2013年1月に大規模汚染が発生する直前、2012年10月に環境保護部が発表した「第十二次五ヵ年計画期間における重点区域の大気汚染対策計画」では、対策費用として計3500億元の予算を投入するとされたが、その後1年も経たず発表された「大気十条」では投入予算が1兆7000億元まで引き上げられた。

大気汚染が特に深刻な京津冀地区(北京市・天津市・河北省)については、2016年7月に「京津冀大気汚染防止強化措置(2016-2017年)」が発表され、2017年3月には「京津冀及び周辺地区2017年大気汚染防止行動方案」が、同8月には「京津冀及び周辺地区2017-2018年秋冬季大気汚染総合対策強化行動方案」と立て続けに発表された。さらに、それらとほぼ時期を同じくして厳格な問責規定や検査規定も策定され、「是が非でも目標を達成すべし」との政府の不退転の姿勢が示される形になった。また、2017年3月の全人代における「政府活動報告」のなかで李克強首相は「青空防衛戦」という新語を用い、大気汚染対策への決意を述べている。ここにきて中国政府が対策に本腰を入れ始めたのは確かだ。

改善傾向にある大気汚染
「大気十条」をはじめとする各種対策が奏功し、ここ数年で中国の大気汚染は一定の改善傾向にある。2013年から17年にかけ北京市の「重度汚染(AQI300以上)」年間日数は58日から23日まで減少、京津冀地区のPM2.5年間平均濃度も106μg/m3から64μg/m3まで減少した(表2)。

表2 北京および周辺地域の大気汚染改善状況

表2 北京および周辺地域の大気汚染改善状況

(出所)北京市環境保護局等の発表による。

2018年に入り、上述の成果に対して「青空防衛線に大勝利」との政府発表、報道も多くみられた。確かに改善傾向にはあるものの、目標として国が定めるPM2.5基準値は平均濃度「35μg/㎥」(AQI=50相当)であり、いまだ隔たりは大きい。WHOが基準値とする「10μg/㎥」と比べれば隔たりはさらに大きい。これを達成するためには引き続き大気汚染改善に向けたより一層の取り組みが求められるのは言うまでもない。

また、2017年末に大きく改善した背景には、2016年から17年にかけて立て続けに発表された前述の政府方針の強制力がある。明確な問責規定も定められたことで、各行政単位に課せられた改善目標が達成できないと、責任者の首が飛ぶこともあり得る状況であった。地元政府の強制的な石炭禁止令により、気温が氷点下にもかかわらず暖房が使えない小学生たちの凍える姿をメディアが報じ物議を醸した事例もある[注1]。すなわち、大気汚染の改善に民政を犠牲にしている例もあるわけで、この強制力が弱まれば、大気汚染の改善が逆行する可能性も秘めている。

手を緩めることは避けたい政府は、2018年初から大気汚染改善の成果を大々的に喧伝すると共に、2月には「青空防衛三年作戦」の開始が発表された[注2]。この作戦で強調されたのは、産業やエネルギー分野での構造調整である。長期的な大気汚染の改善のため、マクロ的なエネルギー消費抑制と排出効率の向上を実現し、低炭素社会を目指すとされた。言うまでもなく、エネルギー消費やCO2排出は大気汚染と密接に関係する要素である。次節では中国におけるエネルギー消費や CO2排出の現状について、時系列推移と国際比較から見てみよう。

中国は高排出国なのか?
中国は2000年以降、10%前後という急速な経済成長を遂げるとともにエネルギー消費も増加を続けた。2000年に米国の約半分であった中国の一次エネルギー消費量は、2009年に米国を抜いて世界一となり、2016年には米国の約1.5倍となった(図1)。世界全体の一次エネルギー消費量に占める中国の割合は2016年で23%だが、同年の世界人口に占める中国の割合は約19%、世界総生産(GDP)に占める中国の割合は約15%であるから(図2)、人口比および経済規模比で見ても世界平均と比べて中国のエネルギー効率は低い状況にある。

図1 世界各国の一次エネルギー消費量の推移(単位:千兆ジュール)

図1 世界各国の一次エネルギー消費量の推移(単位:千兆ジュール)

(出所)IEA統計より筆者作成。

図2 一次エネルギー消費・人口・GDPの中国が世界に占める割合(2016年)

図2 一次エネルギー消費・人口・GDPの中国が世界に占める割合(2016年)

(注)TOE=石油換算トン(Tonne of Oil Equivalent)。(出所)BP統計およびIEA統計より筆者作成。

また、エネルギー消費量の増大に伴いCO2排出量も急増した。世界のCO2排出量に占める中国の割合は2000年の約14%から2013年には約28%まで増加したが、2014年以降は減少に転じている(図3)。また、単位GDPあたりのCO2排出量も2005年をピークに減少を続けている(図4)。世界最大の高排出国と呼ばれた中国であるが、エネルギー消費量や経済規模と比較した排出効率はここ数年改善傾向にあると言える。

図3 世界と中国のCO2排出量の推移

図3 世界と中国のCO2排出量の推移

(出所)BP統計より筆者作成。

図4 中国のGDPあたりCO2排出量の推移

図4 中国のGDPあたりCO2排出量の推移

(出所)BP統計およびIMF統計より筆者作成。

図5は、単位人口及び単位GDPあたりの一次エネルギー消費量とCO2排出量をそれぞれ示したものである。傾向として、人口あたり一次エネルギー消費とCO2排出量はいずれも高所得国ほど世界平均を上回り、低所得国ほど下回る。逆に、単位GDPあたりでは、高所得国ほど世界平均を下回り、低所得国ほど上回る。また、図中の中国やロシアなど中所得国と言われる国はいずれの値も世界平均を上回るという傾向がある。

図5 人口・GDPあたりのエネルギー排出量・CO2排出量

図5 人口・GDPあたりのエネルギー排出量・CO2排出量

(出所)BP統計およびIEA統計、世銀統計をもとに筆者作成。

中国は、一次エネルギー消費量、CO2排出量ともに絶対量では世界で最大であるが、人口あたりの量は米国や日本よりはるかに少ない。一方、GDPあたりの量は米国や日本を大きく上回る。そして、人口およびGDPあたりのエネルギー消費とCO2排出は、いずれも世界平均を上回っているが、これは先述の中所得国に見られる傾向を代表している。

2016年の一次エネルギー消費量(石油換算トン、Tonne of Oil Equivalent: TOE)あたりのCO2排出量は、中国が2.99トンで、全世界の同2.52トンを上回っている。また図2と図3で示した通り、2016年の中国のエネルギー消費量が世界に占める割合が23%であるのに対して、CO2排出量は27%強である。これらをまとめると、中国では一次エネルギー消費あたりのCO2排出量は世界の平均と比較して割高、すなわち依然として高排出国であることが分かる。

COP21における自主目標

中国の大気汚染は、短期的には政策等の諸要因により小幅な改善と悪化を繰り返すことはあるものの、ここまでに述べた通りマクロ的には改善に向かう傾向にあり、その要因となるエネルギー消費の伸び率も減速、CO2排出も既に減少に転じている。中国政府がマクロ的な大気汚染の改善と低排出化へ自信を持っていることは、2015年11月にパリで開かれた気候変動枠組条約第21回締結国会議(COP21)における習近平の講話に表れている[注3]。習近平は「中国は2030年にCO2排出をピークアウトさせ、2030年までにGDPあたりのCO2排出量を2005年比で60~65%削減する」との自主目標に関する宣言をおこなった。世界最大のCO2排出国の元首によるこの発言は、地球規模での温室効果ガス削減に大きな影響を与えるものとして世界から注目されるところである。

写真:COP21で講話をおこなう習近平国家主席

COP21で講話をおこなう習近平国家主席

本稿の図3や図4で示した通り、中国ではCO2排出量は既に減少を始めており、今後再び上向くことがなければ、2014年でピークアウトしたことになる。また、GDPあたりCO2排出量も、統計上は2016年には既に2005年比で56%まで減少している。すなわち、COP21において習近平の掲げた自主目標は、既に達成されている可能性があり、決して高いハードルを自らに課したわけではない。とはいえ、2030年をターゲットとしている以上、それまでに再び排出量が増加しては目標達成にならない。付け焼刃ではなく、持続可能なエネルギー構造と産業構造の実現にむけた改革を継続することが求められる。

まとめ

「中国の空は青くなるか?」と銘打った本連載の第1回目では、中国の大気汚染の実態と政府による対策、エネルギー消費とCO2排出の現状を概観し、既に一定の改善傾向がみられることを示した。一方で、更なる改善を目指すため、大気汚染対策、低炭素社会の実現において最も重要と言える要素がエネルギー構造改革、すなわち化石燃料からクリーンエネルギーへのシフトであり、国全体の根本的なエネルギー構造転換を達成しない限り社会の低排出化は実現しない点も指摘した。

そこで次回は、中国のエネルギー構造の現状と、政策としてのエネルギー構造改革について解説する。

(つづく)

著者プロフィール

森永正裕(もりながまさひろ)。ジェトロ・アジア経済研究所研究企画部研究企画課長。1996年、北京大学へ短期留学。2006~2010年、ジェトロ上海事務所にて知的財産権事業担当。2014~2017年、(独)石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)北京事務所長。合計で8年近く中国の空の下で暮らす。

写真の出典


  • 北京建国門長富宮オフィスビルより撮影:筆者撮影。
  • COP21で講話をおこなう習近平国家主席:By ConexiónCOP Agencia de noticias (9-COP21_Xi Jinping, Presidente de China) [CC BY 2.0 (https://creativecommons.org/licenses/by/2.0)], via Wikimedia Commons.
【連載目次】

(世界を見る眼)中国の空は青くなるか?――資源エネルギーから見た低炭素社会への道――