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コラム

途上国研究の最先端

第51回 妻が外で働くことに賛成だけど、周りは反対だろうから働かせない

I personally support my wife working outside the home, but I won’t let her do so because I believe other husbands are against women working outside the home

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00052820

2021年9月

(2,405字)

今回紹介する研究

Leonardo Bursztyn, Alessandra L. Gonzalez, David Yanagizawa-Drott. 2020. "Misperceived Social Norms: Women Working Outside the Home in Saudi Arabia," American Economic Review 110(10): 2997–3029.

中東および北アフリカ(MENA)諸国、南アジア諸国では、女性が外で働く割合が圧倒的に低い。共通項として、イスラム教徒が多いことを挙げられるが、インドは大多数がヒンドゥー教徒であり、宗教だけで説明できる現象でもない。女性が外で働くことを恥と思う感覚は、なにもMENA諸国、南アジア諸国地域に限ったことではなく、戦前の日本の女工に対する社会の見方を思えば理解できるだろう。戦前までさかのぼらなくても、いまだに一部の人たちには、妻が働くなんて、という考え方があるようだ。また、外で働く女性をよく思わないことは、今は女性の社会進出が比較的進んでいると思われるアメリカですら、1920年代ごろまではみられた(Goldin 2006)。本研究は、サウジアラビアに根強い、女性が外で働くことを恥と思う伝統的な社会通念が、簡単な情報を与えるだけで変化しうることを実証した。
周りの仲間たちは女性が外で働くことをよく思っていないのでは?

サウジアラビアの女性の労働参加率は15%(ちなみに国際平均は47%)、本研究のデータで、結婚している女性のうち外で働く率はたったの4%という低さである。家父長制の根強いサウジアラビアでは、妻が外で働くことの最終的な決定権は夫がもっていることが多いため、この数字だけをみると、ほとんどの男性は妻が外で働くことに強く反対しているようにみえる。しかし、本研究のデータでも、より一般的なArab Barometerデータ1においても、女性が外で働くことに賛成の男性は8~9割である。

では、なぜ外で働く女性がこれほどまでに少ないのだろうか。本研究の仮説は、多くの男性は個人的には妻が外で働くことに賛成しているものの、自分の周りの仲間たちは反対しているだろうと間違って認識しており、したがって自分も妻を外で働かせない、という意思決定にいたっているというものである。個人的には8~9割の男性が賛成しているため、正しい認識は、自分の周りの仲間たちも8~9割は賛成している、ということである。しかし、4分の3の男性は、その割合を過小評価している。このような現象は、社会心理学で「多元的無知」とよばれる。

介入実験と結果

メインの介入実験はとてもシンプルだ。予め募った35歳までの既婚男性500人を、30人ずつのグループセッションに招待し、女性が外で働くことに対して賛成しているかどうかをほかの労働市場に関する質問と合わせて、他人には答えが分からないようなかたちで聞く。このとき、同じセッションに参加している自分以外の29人うち、どのくらいの割合の男性が、女性が外で働くことに賛成と答えたと思うかも聞く。もともと、雪だるま式サンプリング、すなわち、知り合いを紹介してもらうようなかたちで、参加男性を募っているため、同じセッションに参加している男性のうち、15~29人は知り合いであり、仲間の意見を想像して答えているような感じだろう。

そして、彼らを半分は処置群、半分は対照群にランダムに分け、処置群の男性には、同じセッションに参加していた自分以外の29人のうち何割が、女性が外で働くことに賛成と答えたか、正しい数値を教える。500人のうち、87%が匿名かつ個人的には賛成だったため、正しい数値は、セッションによって多少は異なるだろうが、87%前後になるはずである。前述のとおり、4分の3の男性がその数値を過小評価していたので、処置群の男性のうち、およそ4分の3は、正しい情報を与えられたことで自分の認識の誤りを正すチャンスが与えられたことになる。

最後に、参加男性すべてに、(i)5ドルのアマゾンギフトカードか、(ii)実際の会社のオンライン求人情報サービスに妻を登録するか、のどちらかを選ばせて、実験は終了である。

結果は、対照群の男性のうち(ii)を選んだのは23%だったのに対し、情報を与えられた処置群の男性は32%と、実験によって36%も妻を外で働かせる登録の上昇効果が得られた。

ライトタッチ介入実験が大きな効果をもたらす可能性

本研究で実施されたランダム化比較試験(RCT)は、何らかの思い込みや間違った認識に対し、正しい情報を与えるだけ、という非常にシンプルなものでライトタッチRCTともよばれる。外的妥当性を主張しにくいという欠点はあるが、費用が安価で済み、RCTとして実施しやすいこともあり、同様の手法を用いる研究は増えつつある。

ライトタッチRCTと言えるほど簡易ではないが、情報を与えるという介入や、新しい情報が普及することで、根強い社会規範に大きな変化を与えうるという研究はいくつかある。たとえば、インドのRCTでは、データ入力やコールセンターなど若い女性向けの新しい就業機会ができたという情報を与えられた農村で、女性の労働参加率や教育水準、初婚年齢が上がった、という効果がみられた(Jensen 2012)。

本研究の結果は、ちょっとした情報が、何百年、場合によっては何千年と続いてきた根強い社会規範や通念に影響を与える可能性を示唆しており、ある意味ロマンがある。しかし、このようなライトタッチRCTが、本当にそのような大きな影響をもたらしうるかについては、今後も実証研究の積み重ねが必要だろう。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
参考文献
著者プロフィール

牧野百恵(まきのももえ) アジア経済研究所開発研究センター研究員。博士(経済学)。専門分野は開発経済学、家族の経済学。著作に"Dowry in the Absence of the Legal Protection of Women’s Inheritance Rights" (Review of Economics of the Household, 2019) "Marriage, Dowry, and Women’s Status in Rural Punjab, Pakistan" (Journal of Population Economics, 2019) "Female Labour Force Participation and Dowries in Pakistan" (Journal of International Development, 2021)等。

書籍:Dowry in the absence of the legal protection of women’s inheritance rights

書籍:Marriage, dowry, and women’s status in rural Punjab, Pakistan

書籍:Female labour force participation and dowries in Pakistan

  1. https://www.arabbarometer.org/ Arab Barometerは、中立的な機関として、MENA諸国の世論調査データを公開している。
【特集目次】

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