アラブ世界における民主主義の展望

IDE Policy Brief

No.1

リサ・アンダーソン
2012年2月

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独裁政治が続くと思われていたアラブ世界の政治状況は劇的に変化を遂げました。多様性や活力を有する複雑なものになったのです。この地域の民主主義の展望はどのようなものになるのでしょうか?

多くの地域では、当初は経済的な不満が抗議行動に重要な役割を果たしたものの、全体としては、これらの抗議行動はリベラルな一般参加型のものでした。市民権を求める戦いだったのです。

しかしながら、こうした共通の要素があったとしても、「アラブの春」では各国が通っていく道は大きく異なっています。なぜでしょうか?

これまでのところ、アラブの春を生き残った体制には、その生き残りに貢献した次のような2つ、場合によっては3つの特徴が見られます。

  1. 多額の歳入を管理している政府は、反対派を拡散、あるいは抑制することができました。たとえば、この地域の大規模な石油またはガス輸出国などといったレンティア国家(分配国家)の政府は、抗議者をおとなしく従わせ、同時に支配力を強化するために資源を配分して、政治的抗議行動があっても存続することができます。サウジアラビア、アルジェリア、そしてオマーンは、いずれの体制もこのアプローチをとりました。しかしながら、リビアではこの方法は失敗し、これが体制が生き残る唯一の手段ではないことを明白に示しています。
  2. タイミングが重要です。抗議者の要求に対して迅速に、かつ断固とした態度で対応することで、体制が存続する可能性が高まった例もあります。チュニジア、エジプト、イエメン、およびリビアの指導者たちがもっと迅速な対応をしていたならば、最終的に行うことになった譲歩が1週間でも早ければ、これらの4カ国は、おそらく現在も体制が存続していたでしょう。これに対し、ヨルダン、モロッコ、そしてオマーンの国王は、内閣総辞職や改革の約束に関して比較的機敏に対応して、体制の崩壊という、より深刻な状況を回避できたと考えられます。
  3. 君主制は、指導者が政策の失敗から距離を置き、政府を解散することによって体制の生き残りを可能にする有益なかたちかもしれません。モロッコ、ヨルダン、サウジアラビア、およびオマーンの国王が、他の国では大統領の失脚を招いた抗議行動を乗り切ることができたのは、君主としてのこうした地位によると解釈できるでしょう。しかしながらアルジェリア政府がアラブの春を乗り切った例を見ると、上記の2要因、すなわち、政府の資力と指導者の機敏な対応が、より強力であるかもしれません。

これに対して、崩壊した体制、あるいは現在崩壊への道を辿っていると思われる体制はどうでしょうか? エジプトやチュニジアがその政府の枠から抜け出して、比較的容易に新しい体制を立て直しているのに対し、リビアやイエメンでは、内戦がいまだに決着を見ていなかったり、シリア国民が自分たちの指導者から残忍な攻撃を受けている現状をどのように説明したらよいのでしょうか。

  1. 国家として強い足場を有している国は、体制を放棄することが脅威となりにくくなります。エジプトやチュニジアでは、大統領が退任したり憲法が改正されても、国民が自国の分割やそこに住む権利に対する危機感を持つことはありませんでした。
  2. これに対し、治安維持当局の正当性に対して疑問が持たれているような、国家として脆弱な国は、体制の変化が国家の崩壊を伴います。そのために、国家が、自分たちの地域、家族、部族、あるいは宗派に対立する存在で、そこに一体感を抱く国民がほとんどいないリビアでは、体制の破綻が国家そのものの崩壊を引き起こしたのです。そしてこのような状況が、政治的な日和見主義や政治連合の乱立を招いて、国家の迅速な再建を妨げることになります。同様
    に、イエメンでは、体制の崩壊によって、同国の各種族間の関係を話し合ってきた主要な機会が失われる危機に直面しています。
  3. 体制が国家建設自体を一大事業として掲げる国では、体制のアイデンティティーが国家そのもののアイデンティティーと緊密に結びついています。したがって、体制を倒そうとすることは、国家そのものへの挑戦と解釈されます。このような国では、近代的な インフラストラクチャーの一部の要素が、体制とその協力者によって構築されており、国家軍や行政の正当性を認める国民も存在します。しかしながら国家の基盤が強い国の体制と異なり、軍の忠誠は国ではなく、国を建設した体制に誓われており、政府が崩壊して国家建設プロジェクトが喪失した場合、体制の支持者が失うものはとても大きくなります。そのために、シリアの例に見られるように、国内の強力な支持者から後押しされて、反体制派に対して厳しい抑圧が行われる可能性があります。
  4. 国家としての基盤が脆弱であるほど、外国による介入が多くなる場合があります。介入する国の利害関係によって、体制を支持したり、弱体化したりするのです。リビアにおける抵抗運動を支援するNATOの介入からバーレーンの体制へのサウジアラビアによる支援まで、国境を越えた介入者の存在は、特に国家が脆弱であるアラブ諸国の政府に対する抗議運動の成否を決する上で重要なものとなっており、今後もこうした状況が続くと考えられます。

以上のような状況は、2011年のアラブの春にどのような意味を持っているでしょうか? エジプトとチュニジアについては、楽観的な予想を支える十分な要因が見られます。強力な国家基盤、国家に属する堅固なアイデンティティーを有する国民、そして、体制の変化と、より開かれて透明性のある、そして責任ある政府の持続可能な組織の構築という、困難な仕事をやり遂げる明るい見通しを持てる経験豊かな政治指導者たちです。

一方、国家の崩壊に直面している国々、特にリビアにとっては、国の再建は極めて困難な作業になります。国家以外のアイデンティティーが強まり、軍事衝突によって一般市民の相互関係がこれまで以上に損なわれてしまったからです。国家組織を再建し、自らの機能
に責任を持ちうる体制を建設するためには、国際社会による協力が必要になるでしょう。しかしながらこうした支援を受け取る側は、仮に支援を必要としていても、その提供に疑いの目を向けて、快く思わない可能性が高いのです。

国家の建設を目的としてきた体制に関しては、国際コミュニティーは自国政府に弾圧される国民をいかに救うか、という問題に向かい合うことになります。こうした状況はシリアだけではなく、過去のアルジェリアやイラクについても見られます。これらの国々の政
府は、自らの利益を守るために非人道的な行為に至るでしょう。それに代わる指導者や体制には明確に脅威を感じているからです。米国がイラクで見せたように、こうした状況における国際社会による介入は、何らかの利益を得られると期待できる行為であると同時に、困難なものでもあります。

今日、アラブ世界は、ますます多様化して複雑な情勢を見せています。そこには、より透明性の高い責任ある政府の樹立の見通しが高い地域があるとともに、安定した民主主義の樹立以前に一貫性のある正当な国家の建設が必要な地域もあります。幸いなことに、より良い政府を作ることを目的としたプロセスが、ようやくこの地域全般で始まっています。

本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。