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(2022年中国共産党第20回党大会)第2回 「習近平一強体制」と人民解放軍――個人支配の強化と党軍関係

The Emergence of “Strongman Politics” under Xi Jinping and the People’s Liberation Army: Personalization of Power and Party-Military Relations in China

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00053527

2022年12月

(5,104字)

習近平への権力集中という謎

10月に行われた第20回党大会において総書記習近平の続投が確定し、習近平政権第三期目が始まった。大会の前から「ほぼ確実」とされたものが現実になっただけであるが、その意味は決して軽くない。今回の党大会の結果は、改革開放以降、中国のエリート政治を安定させてきた一つの制度が崩壊したことを公にした。その制度とは、リーダー間の権力分有、および権力継承のあり方を決めていた集団指導体制である。

集団指導体制という観点に立ってみれば、習近平政権誕生後の10年間、中国政治に起きた最たる変化は習近平個人への権力集中である。改革開放以来、集団指導体制を規範として掲げ、しかも一定の制度化に成功してきた中国共産党において、なぜ習近平個人への権力の集中がこれほど迅速かつ広範囲に進んだのか。そしていわゆる「習近平一強体制」の確立と継続は、いかなる政治的、政策的含意を持っているだろうか。

本稿は、習近平と人民解放軍の関係に焦点を当て「習近平一強体制」の形成とその含意について考えてみる。焦点となるのは中国における党軍関係の制度、とりわけ軍統制の仕組みと実態である。本稿の主張は次の3点である。第一に、中国の党軍関係の制度は、リーダー個人の軍統制に対する排他的な権限を保障している。第二に、軍における習近平の迅速な権力掌握は10年前の胡錦濤の「全面引退」の結果であり、習近平は軍事改革の断行を通じて影響力の最大化を図ってきた。最後に、軍における習近平個人の権力強化は、軍統制の制度基盤をかえって弱体化させる可能性を孕んでいる。

人民解放軍による抗日戦争70周年記念の大規模な軍事パレード(2015年)

人民解放軍による抗日戦争70周年記念の大規模な軍事パレード(2015年)
中国の統治体制と軍統制の仕組み

政治体制や政府形態にかかわらず、諸国の政治リーダーが直面する軍統制の核心的課題は、いかに軍を強く、また同時に弱くさせるかである。前者はあらゆる脅威への軍の対応能力を高めることを意味し、後者は政治経済の安定を脅かさないよう軍の影響力を制限することを意味する。背後には、政治リーダーと軍がそれぞれ異なる利益と思想、情報を持っている状況があり、それが軍統制を難しくする基盤的要因となる1

では中国は、こうした政軍関係の「根本問題」をいかに解決してきたのだろうか。その鍵は党の権威の維持と軍の自律性の保障にある。中国は共産党が国家をリードする党=国家体制(party-state)を採る。軍は党の決定を執行する統治組織の一部であり、党が軍の役割を決め、権限を委任する。他の国家組織と軍の関係、さらに経済社会と軍の関係を定義するのも党であり、こうした意味で中国における政軍関係の本質は党軍関係にある。

しかし、こうした権威関係における党の優越性は、必ずしも軍統制の貫徹を保証するものではない。党の権威に正面から挑戦しなくても、軍が党の利益や考えに反する行動をする可能性があるからである。こうした観点からして中国の党軍関係に際立つ特徴は、軍の強い自律性である。建国以降人民解放軍は、軍事戦略の策定と組織管理における幅広い権限を与えられ、外部からの監視はほとんど存在しない状況にあった。こうした軍の自律性は、改革開放以降、軍の専門性が強調されるにつれより一層強まってきた。多くの解放軍研究者が「条件付きの服従(conditional compliance)」として中国の党軍関係を捉えるのは、党の権威の優位という建前と自律した軍という実態を捉えるものである2

もちろん、軍の自律性を無制限に認めるわけではない。鄧小平以降の共産党のリーダーは、例えば軍事に対する政府部門の関与と役割を認めることで軍の自律性を制限しようとしてきた。党=国家体制の中に軍をより深く組み込み、間接的ながら軍の行動を統制しようと試みたのである3

一方で、日常的な政策決定過程において党の指導を保障するのは軍の中の党組織、特にその頂点にある中央軍事委員会(以下、中央軍委)である。しかし、先に述べた軍の自律性を考慮すると、党の支配を実質的に保障する制度は、中央軍委の主席を務める党のシビリアン・リーダー(現在は総書記)、そして彼に軍統制の排他的権限を認める主席責任制である。まとめれば、党軍関係を規定してきたこれらの慣行やルールが、中国のリーダーと軍の相互関係を形作る初期条件となる。そうした条件から生まれる制約と機会のもとで習近平は自らの権力強化を図っていくことになる。

軍事改革と軍統制の個人化

しかし、軍に対する習近平の権力強化のプロセスには、こうした制度的要因に加え、いくつかの状況的要因が介在していたことも見逃せない。第一に、前任者の胡錦濤が党と軍の職責から完全に退いたことである。胡の決断がいかなる背景でなされたかはさておき、結果として習が党と軍のトップの座を同時に掌握できたことの意味は大きい。第二に、軍の腐敗、とりわけ軍内の深刻な規律弛緩の状況である。もっとも、軍の腐敗は新しい事象ではない。だが、人事と絡んだ収賄が組織全体にはびこっている状況は、アメリカとの対立が深まりつつあるなかで軍の存在意義を脅かすものとして懸念されていた4

このような状況をフルに活用して習近平は軍事改革の実施に踏み切り、軍における権力を強化していった。2015年より実施が始まった軍事改革の公の目的は次の二つである。一つは戦争遂行能力、とくに異なる軍・兵種間の連合作戦能力の向上である。もう一つは党の軍に対する指導の強化、とくに軍内規律違反に対する監視体制の強化である。

多くの先行研究が指摘しているとおり、習近平の軍事改革は、戦争遂行能力の向上に向け、少なくとも組織体制の上では歴史上前例を見ないほど抜本的な改革がなされた5。行政上の便宜を重視していた大軍区体制、および権力が集中していた中央総部の解体と再編、さらに陸軍の創設による組織構成の変更は、鄧小平すら成し遂げられなかった大業である。当然のことながら、これほどの大改革が習近平個人のイニシアティブのみで実現しえたとは考えにくい。改革の必要性に対する軍内の共鳴と支持が改革のプロセスを後押ししていたであろう。関連して注目すべきは、習近平が就任以来一貫して人民解放軍の「戦闘部隊」としての役割を強調していたことである。もとより国内外の様々な脅威への対応を求められてきた人民解放軍からすれば、改革の目標に関する習近平のメッセージは極めて単純明快なものであった6

他方、軍事改革のもう一つの目的である党の支配の強化はどうだろうか。既存の大方の説明は、改革の結果、当初の狙いどおり軍に対する党の統制と監視が強まったと論じる7。しかし、この方面での改革のプロセスは、軍における習近平個人の排他的権力を「再確認」することに重点が置かれ、軍の行動と思想に対する実質的な監視システム構築の動きはほとんど見当たらない。もう少し具体的に見てみよう。

例えば、多くの観察者が注目してきた中央軍委主席責任制は、すでに存在している制度の意義を改めて強調しているに過ぎず、軍統制の強化に向けた新たな制度構築の試みではない。また、大掛かりな組織改革の結果、中央軍委は延べ15個の部局体制に拡大したが、情報の集合と政策調整がどこでどのように行われているか依然として不明である。さらに、軍内で行われてきた反腐敗キャンペーンは、財務管理や人事慣行上の不正を正すうえで一定の成果を出したものの、制度改革の側面に限って言えば、既存の軍政(政治工作)系統から規律検査部門を分離したこと以外の変化を生み出していない。

代わりに進んできたのは、軍統制の「個人化」とも呼びうる現象である。軍内外における主席責任制の大々的な宣伝キャンペーンはそれがあたかも習近平による制度革新の産物であるかのような印象を与えている(本来の意図はおそらくそこにある)。人事面で目立つのは、軍事改革の司令塔となっている軍事改革指導グループ(軍事改革領導小組)主任の鐘紹軍の存在である。鐘は浙江省時代から習近平に付き添ってきたシビリアンの秘書で、2013年より中央軍委主席弁公庁主任、2017年よりは中央軍委弁公庁主任の職についている(2013年に人民解放軍大尉、2016年に少将、2019年に中将に昇進)。関連して、習近平を除く中央軍委の構成員が全員軍幹部であることに変更はないが、その数が胡錦濤時代の11人より6人に減らされていることは注目に値する。組織は拡大しているものの、軍指導部は縮小しているのである。最後に、改革の結果独立した組織系統となった規律検査部門は習近平に直接報告の責任を負う組織体制となっている。

以上を要約すれば、軍の戦闘能力の増大と党による軍統制の強化を掲げて始められた軍事改革は、これまでの政策執行の状況を見れば、これらの目標の半分しか達成できていないということができる。ただし、軍事改革のこうした帰結は、上述した党軍関係の制度的仕組みと、政治体制全般における習近平への権力集中の傾向を合わせて考えれば、むしろ自然な展開であるように思われる。中国の党軍関係は、権力強化への意志と条件を備えたリーダーをして、軍における(他のリーダーはアクセスすらできない)排他的な権力基盤を作り上げる可能性と誘因を内蔵していたのである。

第三期習近平政権と党軍関係

こうして軍内における習近平の権威と権力は既に確固たるものとなっており、予見できる将来において軍事改革のさらなる推進が何らかの組織的抵抗に遭う可能性は極めて低い。では、より長期的に「習近平一強体制」の持続は中国の党軍関係にどのような影響を及ぼすだろうか。

従来の議論は、個人支配の強化が軍事的効率性を低下させ、政軍関係に不安定をもたらす可能性に注目する。想定されるメカニズムの一つは、人事決定にかかる権力バイアス、すなわち軍事的専門性や能力よりリーダー個人への忠誠を優先する人事の「政治化」である。加えて、政権維持に不安を感じるリーダーが軍内に独立した情報機関を設置し、軍指導部を監視させるようなケースも考えられる。いずれの場合も、リーダーの権力への執着が軍内の反発や分裂につながる要因となる8

では、こうした予想は「習近平一強体制」下の人民解放軍にも当てはまるだろうか。手がかりになるのは先述した党の権威と軍の自律性である。軍に対する党の優越は時間の経過とともに規範化しており、党軍関係の現実は軍の離反に対するリーダーの不安を駆り立てるほど対立的な様相を示していない。もっとも、最近の観察は、習近平政権期の軍内人事にこれまでとは幾分異なる様相が現れてきたことを指摘する。軍指導部の入れ替わりが比較的頻繁かつ大規模に行われていること、既存の慣行に従わない破格の人事がみられるようになったことである。先般の党大会後の中央軍委副主席人事もその一つの証左である。72歳の張又俠の再任と河衛東の抜擢は、既存の人事慣行とは確かに一線を画するものである9

とはいえ、こうした軍指導部における昇進パターンの変化が軍の専門性や自律性を脅かすほどの影響を与えているかはもう少し慎重な検討が必要である。実際、軍事改革のプロセスとその帰結は、軍の自律性の保全を習近平自身が明確に認識していることを示している。「戦える軍隊」に向けた大胆な組織改革とは裏腹に、軍に対する外部の監督・監視体制の導入および強化については、いかなる制度改革の試みもなされていないからである。シビリアンの秘書を中央軍委の要職に就かせたことは、実は鄧小平と江沢民時代にも前例があり、しかも弁公庁主任は中央軍委委員と同格でない。ロシアのプーチンは2007年、シビリアンの元官僚(元連邦税務庁長官)を国防相に大抜擢し軍事改革を実行させたが、同様の事柄は、少なくとも中国では起こりそうにないのである10

総じて言えば、習近平は党のリーダーに与えられている制度的権威と権限を最大限活用しつつ軍に対する権力の強化と確立に成功してきた。おそらくその結果として、長年にわたり党軍関係を安定させてきた制度と慣行そのものを掘り崩そうとする動きは、これまでのところ見せていない。しかしこれは、今後の個人支配のさらなる強化、とりわけ習近平による権力の永続化への試みが、党軍関係のあり方をこれまでとは本質的に異なる方向へと向かわせる可能性を否定するものではない。権力の個人化がもたらす様々な弊害をめぐる理論的知見はともあれ、毛沢東時代における党軍関係の実質的「崩壊」の経験も、「習近平一強体制」の今後に巨大な不確実性と不安を投げかけている。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
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著者プロフィール

林載桓(イム・ジェファン) 1976年生。ソウル大学社会科学部卒、東京大学大学院法学政治学研究科修了。博士(法学)。現在、青山学院大学国際政治経済学部教授。専門は現代中国政治、比較政治。著書に『人民解放軍と中国政治』(名古屋大学出版会、2014年)、共編著に『現代中国の政治制度』(慶應義塾大学出版会、2018年)など。


  1. 文民統制の問題を「エージェンシー問題(agency problem)」の特殊例として捉える論考として、Feaver, Peter D. 1996. "The Civil-Military Problematique: Huntington, Janowitz, and the Question of Civilian Control." Armed Forces & Society 23(2): 149-178; Brooks, Risa A. 2019. "Integrating the Civil-Military Relations Subfield." Annual Review of Political Science 22: 379-398を参照。
  2. Mulvenon, James. 2001. "China: Conditional Compliance." In Coercion and Governance: The Declining Political Role of the Military in Asia, by Muthiah Alagappa. Stanford, California: Stanford University Press; Shambaugh, David. 2002. "Civil-Military Relations in China: Party-Army or National Military?" Copenhagen Journal of Asian Studies 16: 10-29.
  3. Scobell, Andrew. 2006. "China's Evolving Civil-Military Relations: Creeping Guojiahua." In Chinese Civil-Military Relations: The Transformation of the People's Liberation Army, by Nan Li. New York: Routledge.
  4. Wang, Peng. 2016. "Military Corruption in China: The Role of Guanxi in the Buying and Selling of Military Positions." The China Quarterly 228: 970-991
  5. Saunders, Philip C., and Joel Wuthnow. 2016. "China's Goldwater-Nichols?: Assessing PLA Organizational Reforms." Strategic Forum 294: 1-11; Saunders, Philip C., and Joel Wuthnow. 2019. "Large and In Charge: Civil-Military Relations under Xi Jinping." In Chairman Xi Remakes the PLA: Assessing Chinese Military Reforms, by Philip C. Saunders, et al. eds., Washington D.C.: National Defense University Press.
  6. 人民解放軍の「戦闘部隊」としての性質を強調することは、伝統的に中国軍に与えられてきた「生産」と「(政治)工作」の役割を相対化することになる。人民解放軍が果たしてきた様々な役割については、拙著『人民解放軍と中国政治――文化大革命から鄧小平へ』(名古屋大学出版会、2014年)を参照。関連して、A・スコベルは、習近平の言説が胡錦濤政権期に強調された軍の「多様な非軍事的任務」の相対化を同時に意図していると指摘する。Scobell, Andrew. 2017. "Civil-Military 'Rules of the Game' on the Eve of China's 19th Party Congress." The National Bureau of Asian Research.
  7. 例えば、Kou, Chien-wen. 2017. "Xi Jinping in Command: Solving the Principal-Agent Problem in CCP-PLA Relations?" The China Quarterly 232: 866-885; Saunders, Philip C., and Joel Wuthnow. 2019. "Large and In Charge: Civil-Military Relations under Xi Jinping." In Chairman Xi Remakes the PLA: Assessing Chinese Military Reforms, by Philip C. Saunders, et al. eds., Washington D.C.: National Defense University Pressを参照。
  8. Talmadge, Caitlin. 2015. The Dictator’s Army: Battlefield Effectiveness in Authoritarian Regimes, Cornell University Press; Way, Christopher, and Jessica L. P. Weeks. 2014. “Making It Personal: Regime Type and Nuclear Proliferation.” American Journal of Political Science 58(3): 705-719.
  9. The Economist, “Preparing for Fight.” (November 5th 2022)
  10. 小泉悠「消耗戦へ回帰する『現代の戦争』――軍事思想から見たロシア・ウクライナ戦争」『外交』Vol. 74、2022年、7-17ページ。