アフリカにおける中国—戦略的な概観 (China in Africa)

7. アフリカにおける中国のエネルギー政策の軌跡

わずか2~3年のあいだに中国は、アフリカ大陸におけるもっともアクティブな外国のエネルギープレイヤーとして地位を確保した。これは、国内の石油生産が減退するかどうかにかかわらず、より確実な石油供給を探索しようとしていることを意味している。中国企業は、地層深くの石油探索プロジェクトを行う技術能力は欠いているが、シェブロン・テキサコ、ペトロブラス、西アフリカにおけるトタルのような会社と戦略的同盟を組むことでこれを可能にするだろう。

2000年まで、アフリカの石油業界における中国のプレゼンスはスーダンだけに限定されていた。そこでは、国有の中国国家石油会社(CNPC)が1997年から、スーダンのスダペット、マレーシアのペトロナス、インドのOil and Natural Gas Corporation (ONGC) Videshとともに、グレーターナイル石油プロジェクト会社(GNOPC)の主要株主であった。現在中国人は20近いアフリカ諸国の上流および下流部門双方で操業し、長年にわたって圧倒的な支配勢力であったメジャーや、小規模独立系の双方に対して、大きな戦略的経済的挑戦をいどんでいる。

7.1. 9/11危機

増大する中国の石油需要と2001年9/11の世界貿易センターでの悲劇がきっかけとなって、中国のエネルギー政策決定者は、当時石油輸入の60%近い供給源であった中東への依存度を低下させようとした。ロンドンに本拠をおく世界エネルギー研究センター(CGES)の上級アナリストであるManouchehr Takinによれば、エネルギー供給の確保は中国の政策決定者の戦略策定における最優先事項である[2004年2月2日、AFP]。

結果として中国は、海外の「確実な」石油資源(ときとしてreserve transitional marketsと呼ばれる)を開発するために素早く動いた。ペルー、カナダ、ベネズエラ、タイ、クエート、中央アジア、ロシア、スーダン、アンゴラ、ニジェール、ナイジェリア、サントメ・プリンシペ、赤道ギニアのようなさまざまな場所である。この動きの背後にいたブレーンには、特筆すべき人物として、CNPC傘下の中国石油エンジニアリング建設企業グループ(CPECEG)会長で先見の明がある石油エンジニアQin Anminや、中国石油産業協会(CPCIA)会長でKunshan Dikun Fine Chemicals Ltd.の名誉会長Tan Zhuzhouがいる。

2004年4月、全国人民代表会議(NPC)と中国人民政治諮問会議(CPPCC)が催したセッションにおいて、多くの代議員とメンバーが、信頼できる石油供給とさらに効果的な国の石油資源探索を確保できるような新法制の、早急な立法化を要求した。ある意味でこれはCPCの戦略的政策決定機関が表明した最初の意思表示であった(そしてすぐさま承認された)。

中国開発計画委員会エネルギー研究所のYang Qingによれば、国内の石油企業を梃入れ中である。「石油安全保障の問題は石油市場と石油供給安定性の双方に関連している。それは構造改革の問題である」[Peoples Daily, “Oil Security: A top Priority for China”, 1 May 2004]。

結果として、中国の企業は国内石油資源を開発するばかりでなく、積極的なビジネス獲得戦略を追及して国際市場での新しい安定した石油供給源を探し求めている。重要なのは、石油供給を市場取引から区分けしようとする計算された動き、自由な商業活動の原則に反する動きがあることである。

7.2. アフリカへの急接近

エネルギー供給先確保の政策上の優先順位が高まったことにより、中国はアンゴラやナイジェリアといった重量級の産油国の石油産業に参入し、チャド、スーダン、モーリタニア、ニジェール、赤道ギニアといったハイリスク地域にも入り込んで、エチオピア、ケニア、マダガスカル、ウガンダなどでも新規探査を始めた。各国の国有石油会社と合弁事業に乗り出すのは、エネルギー市場で政治的意思決定者と緊密な戦略関係を保ちたいという中国の意向の、もうひとつの現れである。これはスダペット(スーダン)、ソナトラック(アルジェリア)、ソナンゴル(アンゴラ)、ナイジェリアの国家石油会社と樹立した合弁事業において明らかである。

アフリカへの参入はChina national petroleum Corporation (CNPC)、China National Offshore Oil Corporation (CNOOC) 、Sinopecが担っており、China National Oil and Gas Exploration and Development Corp (CNODC)、PetroChina, BGP International、the China Petroleum Engineering & Construction Group (CPECC)といった系列会社がそれを支えている。彼らはアンゴラやナイジェリアといった国々のオフショア深水ブロックの埋蔵石油を確保するために、世界最大のオイルメジャーと直接対決してきた。2006年1月9日にCNOOC は、ナイジェリアのOML130深水油田の株式45%を23億米ドルで購入したと発表した。これはCNOOCによるアフリカでの最初のベンチャーであり、当時アフリカ大陸でなされた投資で二番目に大きいものだった。数ヵ月後、シノペックは世界の競合企業を打ち負かしてアンゴラで、24億米ドルの豊かな油層をもつ深水オフショア探査ブロックに関する権利を獲得した。

中国のアフリカでの石油獲得プログラムにおける転機は2000年にやってきた。それは、2000年1月から5月の終わりにかけて、アフリカからの中国の石油輸入が30万7000bpdに跳ね上がり、前年の数字13万2000bpdから174%上昇したからである。中国に対する最大の原油輸出国はアンゴラで、前年わずか4万3000bpdだったものが17万4000bpdに増大した。その次はスーダンで、前年ゼロだったものが4万3000bpdになった。これに続くのがコンゴ共和国の1万9000bpdで、これも前年はゼロだったものである。

2001/2002年、中国の石油会社は自らの現場を北西アフリカ、マグレブ地域、ギニア湾に設置して、アフリカ中で積極的に展開し始めた。CNPCは一部民営化した関連会社ペトロチャイナならびにエンジニアリング部隊であるCPECCを伴って、アルジェリア、リビア、ニジェール、モロッコ、それに台湾と外交関係を有しているチャドにも参入した。その後モーリタニアとマリに入ったが、その間姉妹会社でライバルであるシノペックはアルジェリア、アンゴラ、エジプト、ガボン、ナイジェリアに入った。

双方において不可欠な戦略的考慮事項があった。中国の北アフリカ進出は、新彊地区から出たウイグル族イスラム過激派の動向と活動を追跡することに関連した、安全保障上の顧慮とリンクしていたのである。アルジェリアやニジェールのような国では、国際テロリズム、より正確には、その地域で活動し中国のウイグル分子と共同していると考えられているサラフィスト分子と闘うための安全保障協定が締結された。中国海軍の戦艦を使用するために港湾の使用を確保することは、その地域に対する中国の経済的外交的攻勢のもうひとつの構成要素であった。これらにはアルジェリア、エジプト、チュニジアの港湾使用が含まれている。

米国と同じように中国もギニア湾を重要な原油源とみなしたし、また少なくとも今後十年間は、石油産出が増加する見込みの国々からは、ボーキサイトや材木などのその他天然源の採掘も見越していた。これは、今度は中国に原油を供給するための石油ルートを往復するタンカーを保護するために、その地域のシーレーンを確保するという中国軍の認識を高めた。結果として、主として海軍防衛協力に関連する軍事協定が、この地域の多数の国々と締結された。これにはシエラレオネ、ナイジェリア(沿岸防衛)、カメルーン、赤道ギニア、アンゴラが含まれる。

ナイジェリアは、欧米の石油メジャーがすでに確立した地位を有していることを考えれば、おそらく最重要ではなかったが、ギニア湾での足場を確保する上で重要な国とみなされた。そこで中国は、ワシントンの監視の目から遠いと思われたアンゴラへと焦点をシフトし、可能性のある地域としてチャド、赤道ギニア、ニジェール、サントメ・プリンシペに着目した。その任務は、中国第二の石油会社で最大の石油精製企業であるシノペックに託されたが、ごく最近になって深海油田採掘活動に特化しているCNOOCも登場した。ただし、最近のアンゴラでの挫折によって中国は、ナイジェリアへの関与を再び強めることとなった。

赤道ギニアでは米国グループが躍進する石油ビジネスを支配しているが、中国は同国の石油産業に地歩を固めるため、軍事訓練とその専門家をパッケージで提供した。テオドロ・オビアン・ンゲマ大統領は2005年10月の北京訪問で、中国を自国のメイン開発パートナーと評した。

2004年までに中国はアフリカから自国の石油需要の28.7%、約3500万トンを輸入した。現在ではこの数字は31%に近い。
出所:20051212-13日北京で開催された中国=アラブ共同フォーラム(CACF)における、昆明省雲南大学のWu Lei国際関係学教授のペーパー。
中国の国有資源企業はそれゆえ、アフリカのような地域で中国の対外政策の旗振り役となっていくのだが、そこでは、ビジネスと政治的配慮の間の線引きが意図的に曖昧にされ、競合する企業からは中国政府の政治的意図が読みにくいのである。西アフリカや北アフリカのような地域は、エネルギー源として潜在的に成長しうる、より安定したソースとして認識されており、中国やフランス、米国といった世界的パワーのあいだでの緊張が高まっていくのをみてとれる。

しかしながら重要なのは、中国の大陸との石油取引はきわめて低いベースから始まったという点である。中国の石油会社はアフリカの石油探索と生産に比較的遅れて参入した。中国による石油部門への総投資額106億米ドルは、他の国際石油会社がすでに同地域に投資した1680億米ドルの、十分の一にもとどかない。

そうはいっても、アフリカの石油部門における現在の中国の投資傾向には、機能不全に陥りつつある世界的景気後退にもかかわらず、大陸で最大級のプロジェクトのいくつかを含んでいる。世界の株式市場での時価総額の暴落により、欧米企業が新規投資を延期したり停止した一方で、資源豊富ながら体力の弱った外国企業を安値で買収し世界資源の獲得を進めようとする中国の意欲を高めることとなった。もっとも有名な計画は、世界第2位の資源企業リオ・ティントの株式保有を9.5%から18%へと二倍にするための、チャイナルコの165億米ドル投資である。これは失敗したとはいえ、いずれ他の案が出てくるだろう。

「チャイナデイリー」の最近の記事によれば、CNPCの Jiang Jiemin会長は、同社が世界的な金融危機で大きく被害をうけた海外の資源会社を買収する可能性を検討していると語った。「いくつかの世界的資源会社の現在の株価低下はわれわれに好機を提供している」という。たとえば2009年4月17日、CNPCはカザフスタンの石油生産組織中最大級のもののひとつであるMangistauMunaiGazを共同購入するために、カザフスタンのKazMunaiGaz EPに50億米ドルを貸与する取引に署名した。

これに遅れをとることなくシノペックは、西アフリカとイラクのクルディスタン地方に石油権益をもつスイスの石油会社アデックスに72億米ドルを投入した。ペトロチャイナは2009年に石油とガスに対する投資を60%から70%に増加すると発表した。ただしこの情報ではアフリカの割合については開示されていない。

CNPC、シノペック、CNOOCならびにペトロチャイナはすべて、アフリカへの投資を増やす計画である。たとえば2009年6月にCNPCは、3億バレル以上の原油を有するといわれる広大なアガデム油田を開発するために、ニジェール政府と50億米ドルを追加する契約を交わした。これには、追加コスト50~70億米ドルで南方ベニンまで給油するため2500kmのパイプラインを建設するという、検討中の計画は含まれていない[2009年6月24日, AEI No. 607]。

つい最近、CNOOCがナイジェリアの有名な油田のほぼ30%、60億バレルを購入するためにナイジェリア政府と協議中であるという報告がなされた。これは、現在ナイジェリアが14の石油ブロックを入札にかけていることから、同国の油田購入と開発を通じて行われることとなるだろう。ナイジェリア当局はこれらの噂についてはコメントを避けた。

7.3. 新たな挑戦

欧米石油メジャーにとっての問題は(現在は低下する原油価格、在庫、資本の目減りにより新しい投機機会を探索できないという制約を抱えてはいるが)事実上国家と同等である中国石油企業が、政治的リーダーシップにより積極的な世界戦略の成果を掌中にし始めていること、そして、開発途上世界における欧米覇権に挑戦する決意を固めたということである。

開発途上世界に新しく出現してきた、独断的な新しいナショナリズムを支えとするそれらの国家は、自らエネルギー生産と供給管理を行うことを欲している。その最初の犠牲者はベネズエラや、最近ではブラジルに位置する欧米のIOCで、(これらの国は)南大西洋で発見された新規の巨大な沖合油田からあがる全生産を独占すると決定した。

加えて、透明性とコーポレートガバナンスの要請が、中国企業と競合する欧米企業には足かせとなっている。

結果として、伝統的な欧米の石油・ガス利権は、世界市場が拡大するにつれて、中国からの増大する脅威の前に敗退しつつあるのである。

7.4. 数ヵ国の事例研究

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ここ2~3年のあいだに中国は、フランス、ブラジル、ポルトガル、英国、米国といった、長年にわたってエネルギー権益を有する伝統的なパートナーをさし置いて、世界でもっとも重要なアンゴラの経済パートナーになった。

開発途上国世界における戦略的エネルギー拠点として西アフリカをターゲットとすることに決めて以後、中国は精力的にアンゴラのリーダーシップに取り入ろうとしてきた。重要な転機は、2000年5月のKundy Payhamaアンゴラ防衛大臣の北京訪問であった。彼は中国の将官から、中国はアンゴラをSLOCs(Sea Lanes of ommunications)を確保するうえでの戦略的要衝として見ていると聞かされた。SLOCs とは、増大する中国深水艦艇船団が通る石油ルートに海軍拠点を展開することで、ペルシャ湾や西アフリカのような産油地帯からの原油搬入を防衛するという中国の戦略に関するものである。

次のステップはアンゴラの石油業界に足場を確保することだった。中国指導部はアンゴラを、ナイジェリアよりも「真に独立した供給者」とみなしており、アンゴラの指導部はラゴスのようには欧米権益に縛られてはいないと考えている。驚くことではないが、中国は広範なエネルギー協力プロジェクトを用意してアンゴラに関与した。

シノペックの参入

シノペックは最初に大量の石油を購入し、その後多種多様な上流下流プロジェクトに参画することで、事業を進めてきた。1999年段階では、中国へのアンゴラ石油輸出はたったの4万3000bpdであった。翌年のKundy Payhamaの訪中と相俟って、アンゴラの輸出は2000年に17万4000bpdに躍進した。2006年上半期には輸出は50万bpdまで増大し、中国の全石油輸入の18%以上を占めるようになった。

アンゴラと中国の石油をめぐる関係は、2004年初頭のソナンゴルのManuel Vicenteの北京訪問が転機となった。この訪中はアンゴラの上流と下流部門における中国の権益を増加することを主眼としていた。協議のなかには24万bpd分の精製石油製品を生産できるロビト製油所建設計画にシノペックが参加する可能性が含まれていた。

重要なのは、これらの議論が、中国からアンゴラに対する20億米ドルの譲許的融資交渉が進行中であったときになされたことである。これは今日までルアンダが得た最大のものであり、2003年にはアンゴラは中国の石油輸入の三番目の供給源となった。2004年3月の中国輸銀の融資枠拡大は主としてアンゴラのインフラ整備プロジェクトを意図したもので、同国での中国のオイル権益の地歩をいっそう固めた。これは2006年3月の追加10億米ドル支払でかさ上げされ、さらに2006年6月に追加20億米ドルが続いた。

シノペックのアンゴラ参入はさらに、グッドガバナンス問題での米国とIMFとの緊張関係、ルアンダの政治エリートを巻き込んだ不正資金問題が明らかになったPierre Falcone事件でのフランスとの緊張関係によって、さらに後押しされた。2004年後半にはFalcone事件でのフランスの頑なな姿勢に対する報復として、ブロック3の持分(ブロック3/80)からトタル社が追放されたが、これが、2005年2月にシノペックをアンゴラのオフショア事業に参入させる道を開いた。新企業チャイナ・アンゴラ石油が設立された(現在はSonangol-Sinopec International)が、これはソナンゴル、シノペック、シノペックの多目的石油貿易部門United Petroleum & Chemicals Co Ltd. (Unipec)から構成されている。

2004年にはアンゴラの石油部門への中国の参入が加速された。

  • シノペックは、BP-Amocoが経営するブロック18のシェル・オイルの持分50%をインドのONGC-Vindeshが獲得しようとしたのをやめさせた。シノペックの買収が成功したのには、ふたつの理由があった。a) 当時の約20億米ドルのローン供与交渉と、b) 同社がロビト製油所計画に参画する方針を明らかにしたことである。
  • 2004年3月、利息1.5%で17年間償還の対アンゴラ20億米ドル融資が1万bpdの原油供給とタイアップされた。
  • 2004年、Portuguese/Angolan Escom Internationalの仲介によって、香港に拠点をおくグループBeiya International Development Companyとソナンゴルとの合弁会社が、香港上場のChina-Sonangol International Holdings (CSIH) として創設された。その業務のひとつは、有望な原油が見込まれるサントメ・プリンシペに中国が参入する道を開くことと引換えに、ソナンゴルの技術者訓練を支援することである。

Zeng Peiyanの訪問

2005年2月の中国のZeng Peiyan副首相のアンゴラ訪問は、中国とアンゴラの関係を接近させた。彼はJoao Dos Santos大統領ならびにFernando da Piedade Dias dos Santos "Nando"首相と会見した。副首相が帯同した中国高官は、影響力を有するWang Yan国務院副秘書長、Wei Jianguo貿易副大臣、Zhang Guobao、国家発展改革委員会担当大臣(ギニア湾石油探索戦略担当)、Cai Xiyouシノペック副社長、および防衛省と外務省の高官である。

協議に参加したアンゴラ高官にはKundy Paihama(防衛大臣)、Aguinaldo Jaime(当時副首相) José Pedro Morais(財務大臣)、再建委員会議長のHelder Viera “Kopelipa”将軍、ソナンゴルのManuel Vicente、鉱業大臣などが含まれていた。

会議の終了時には9件の協力協定がルアンダで調印された。5件が政府間案件で4件がビジネスレベルのものだった。石油がメインテーマで、以下のようなものである。

  • エネルギー、鉱業、インフラストラクチャー
  • 協力委員会の設立
  • 中国政府からアンゴラへの新規ローン63億米ドルを含む技術協力
  • アンゴラの石油・地質・鉱業省と中国国家発展改革委員会との協力
  • アンゴラのソナンゴルから中国のシノペックへの石油供給
  • アンゴラのブロック3/05(以前のブロック3/80)の石油探索に関する共同研究と、ソナンゴルとシノペックおよび第三者間での石油精製所に関する共同研究MOU
  • 中国のグループZTE Corporation Internationalとアンゴラの企業Mudostartel間の6900万米ドル相当の電話ネットワーク協力契約

この部門における中国の主な進展には以下のようなものがある。

2006年2月:アンゴラは、サウジアラビアを抜き中国の総輸入の13%をカバーする主要原油供給国となった。スイスに拠点をおくPetromatrix gmbh (PG) によると、中国はこの月アラブ諸国からの輸入198万トンに対して、アンゴラから原油212万トンを輸入した。

2006年3月:中国とアンゴラは、Sonangrefとシノペック間で懸案となっていた24万bpd超の能力を有する34億米ドルの製油所をロビトに建設するため、合弁会社の設立を発表した。とるに足りないプロジェクトだとして長年にわたり海外投資家から無視されてきた同プロジェクトは、石油価格の高騰と精製石油製品不足によって、中国に突破口を開かせた。

2006年4月:アンゴラはサウジアラビアを抜いて中国への原油供給単独一位となる(約45万6000bpd)。

2006年6月: SSIは総額22億米ドルでオフショアブロック15、17、18の大量株式を取得した。3つのブロックは確認埋蔵量が総計32億バレルで、2007年の操業開始時には、シノペックの石油生産を10万bpd押し上げるとみなされている。BP-Amocoやトタルといった業界の大物を打ち負かしたSSIは、オフショアブロックでそれぞれ27.5%、40%、20%の株式を取得した。シノペックはSSIとの合弁事業で55%株式を保有する。この取得は、計画されているロビト製油所への原油供給とリンクしている。

2007年3月:この月ソナンゴルがシノペックとのロビト計画を打ち切ると発表、中国は大きな挫折を味わった。アンゴラの情報源によると、中国側はプラントを中国市場にのみ適合する燃料と製品を生産するよう設計したがったとのことである。ソナンゴルはこの条件受入れを拒み、交渉を打ち切った。ソナンゴルのVicenteは「われわれは中国のためにのみ生産する製油所を作ることはできない」としている。

シノペック筋によると、ソナンゴルの決断の背後には米国の圧力があったという。しかしながら真実は、ソナンゴルが自社製品を自分たちが望む市場に販売するため、最大限のフレキシビリティを保つという「経営判断」を下したということである。

Sonaref案件の失敗は、アフリカのエネルギー市場における中国の、初めての大きな後退であった。そこに費やした時間と金額、外交努力が無駄になり、エネルギー供給源を多様化しコトロールするという戦略中核上、失敗であった。だが、これは中国アフリカ関係にとって決定的な影響は及ぼさないであろう。

2008年:廃棄されたロビト製油所案件に関連して、シノペックはブロック15、17、18の持株を引き上げて売却するという噂が流れた。だが、現在にいたるまで売却は一件もない。



ガボンの原油生産は減退しているが、2004年初頭の胡錦濤主席によるガボン訪問の主目的はトタル・ガボン社が産出するガボン原油から年間100万トンの輸入契約を獲得することであった。2004年1月31日に署名された取引にはUnipecのTang Suxinとトタル・ガボン社トップのJacques des Grottesが関わり、二国間での改訂合意に従って原油供給を増加するという条件が契約に組み込まれた。ユニペックは中国シノペックの輸入輸出部隊である。

このときの石油取引の立役者はトタル・ガボン社のJacques Marraud des Grottesで、彼は50代後半のフランス人エコノミストで弁護士、かつ石油案件に長けたテクノクラートとみなされており、数ヵ月間止まっていた交渉をまとめた人物であった。過去にデ・グロットはElf Aquitaneの石油事業の実力者としてナイジェリア、アンゴラ、トリニダード・トバコ、コロンボで仕事をした。2001年にトタル・ガボンの取締役に昇進し、現在はナイジェリアのTotal Upstream社を率いている。

この商談の主要側面は、ガボンには新規の油田発見がないため今後2~3年間はオイル産出量の減少が見込まれているにも関わらず、中国に年間100万トンの原油を保証したことである。

さらに重要で、かつ一般メディアが気づいてないことは、ガボンのRichard Onouviet石油大臣と、中国オイルビジネスの新星でシノペックの有望幹部であるChen Tonghaiが主宰したセレモニーで、シノペックとガボンのエネルギー石油大臣とが交わしたふたつ目の取引であった。

この商談はいくつかの領域をカバーしており、「民間財界の民間案件」として2004年2月1日に、胡錦濤が出発したわずか数時間後、署名された。

それは基本的に「技術評価協約」であり、Port Gentilの南東と北東の3つのブロックLT2000、DT2000、GT2000について、フィージビリティスタディと技術サーベイを行うことを中国に許可するものであった。それは中国に、深海・超深海の沖合、および未だ探索されてない密林地域陸上油層の探索を許すものである。同時に、石油精製業への中国の参入と、ガボン官僚と従業員の技術訓練を取り決めており、ある意味でトタルとユニペックの取引を「完結」させるものである。というのは、エンジニアリングとサーベイ活動を含む共同作業とプロジェクトについての条項も含んでいたからである。中国企業の超深海調査と探索作業に関わる能力については疑問が呈されていたが、その技術的制約は克服されつつある。

トタルはトタル・ガボン株を58~60%所有するが、新規油田を開発するためにリスクをとろうとする事業者を探していた。中国は、ワシントンを相手にするだけのグローバルな展望を共有できる、潜在的に有用なパートナーである。これは、ベネズエラのような土地でトタルと中国企業とのあいだで署名された合同事業において明瞭である。

現地のアナリストは、中国のガボン進出は隣国サントメ・プリンシペで進行中のオイル探索の拡大に関連したものであり、アフリカにおける新しい「クエ-ト」となる可能性を秘めた赤道ギニアの出現に大きく関係していると見ている。

ナイジェリアは中国にとってアフリカで最重要の戦略的パートナーであり、西アフリカでもっとも重要な国である。北京にとってのナイジェリアの魅力は、いくつかのポイントに依拠している。

  • ギニア湾地域における戦略的ロケーション
  • 人口1億3千万人の、潜在的に巨大な国内消費市場
  • アフリカ連合(AU)、Nepad、Ecowas、Ecomogといった機関における大陸的で地域的な影響力
  • もっとも重要な点として、莫大な石油埋蔵量

中国のナイジェリアに対する関心は、欧米の影響力拡大とナイジェリア国内問題への介入に対してオルセグン・オバサンジョ大統領がミレニアムの始まりにあたって発出した「ルック・イースト政策」と共時した。この政策決定は、ナイジェリアが欧米企業から不公平に扱われているという不満の現れであり、欧米諸国政府の「介入主義」的性質や、経済的政治的な勢力バランスが東方にシフトしつつあるという認識の現れでもあった。それと同じ頃中国のアフリカとの関係が、共産主義体制やマルキストの反乱を支援するという強力なイデオロギー志向から、市場と資源獲得を重視するものへと変わっていった。

みずからの「ルック・イースト政策」に実を与えるため、2005年9月にオバサンジョは、中国製F-7航空機15機を推定2億5100万米ドルで購入するよう個人的にプッシュした。お返しに中国は、ナイジェリアを国連安全保障理事会常任理事国にすべく、強く主張した。

大統領に近い政府筋によると、中国からの武器購入を推進したオバサンジョ大統領には、ナイジェリアの外交関係を多角化して、国連安保理改革問題において同国のポジションを強化する狙いがあったという。中国はナイジェリアに対する関心の中心を石油におきながら、ナイジェリアが国連、IMF、世界銀行などのグローバルフォーラムにおいてもっている影響力に注目していた。

オイルリンクを構築する

エネルギーリンクを構築するうえで最初の接触は、2000年1月に当時中国の外務大臣であったTang Jiaxuanが政府代表団を率いてアブジャを訪問したときにもたれた。協議の中心は、ナイジェリアの石油産業への中国の参入と防衛協力の増進であった。その当時の報告によれば、中国代表団はナイジェリアの石油業界がChina Geological Engineering Company (CGEC)と数百万ドルの契約を交わすよう要請した。

一年後、China National Petroleum Company International (CNPC) Nigeria Ltd.の関連会社であるBureau of Geological Prospecting (BGP) は、Igbomarotu (River Nun))とNembeにおける地震調査作業の入札を勝ち取った。

2003年2月の終わり頃、ナイジェリアのアティク・アブバカル副大統領は海外友好中国協会(CPAFFC)の実力派会長であるChen Haozhuの訪問を受けた。Haozhuは、中国がナイジェリアを「戦略的に不可欠なパートナー」とみなしていると語るとともに、両国間の協力分野の拡大をめざすオバサンジョ大統領の政策を歓迎し、それらがごく近い将来に実質的に拡大することを期待していると述べた。

中国政府にとってのナイジェリアのエネルギーの戦略的重大性の増大は、2004年11月に、中国共産党の有力政治局員で立法議員、戦略家であり国家人民会議(NPC)のWu Banggoがナイジェリアを訪問した際、明確に示された。滞在中に彼はいくつかの経済協定に署名したが、その中にはナイジェリア政府とのさらなる石油取引が含まれていた。

Wu Bangguo

彼の側近には中国石油業界で強大な権力を有するメンバーがおり、Nigerian/Sao Tome and Principe (STP) Joint Development Zone (JDZ)の入札用に企図された、石油ブロックの最後の査定を行うために来ていた。オバサンジョ大統領との協定は石油探索を含むさまざまな産業領域を包含するもので、そのなかには、中国とナイジェリア企業の合弁によって双方が関心をもつアフリカ諸国で天然ガスの地震調査、探索、マーケティングを行うことが含まれていた。対象国にはサントメ・プリンシペとチャドが含まれていた。

ナイジェリア石油会社のサポート

当時、シノペックをはじめとする中国石油会社やSinosureのような保険会社は、JDZのような難しい地域でエネルギー資源を確保するため、裏方にまわってナイジェリアの石油会社をサポートするよう中国政府から指示を受けていた。一例を挙げれば、シノペックはJagal Venturesと仕事をしていたといわれるが、これはAnwar Jarmakaniがオーナーのグループであり、現地で唯一石油を扱えるNigerDocksを運営している。Jagal Venturesは、JDZを管理する合同開発機構(JDA)が公式に公開したもののなかには名前が出てこないが、JDZの署名販売において石油ブロックに資金投入した企業のひとつである。

シノペックのような中国石油会社はまた、同国石油産業に繋がっている現地の石油ビジネスマンや政府高官と良好な関係を作りだした。そのひとつは、元エネルギー大臣でOPEC総裁のEdmund Daukoru博士で、ナイジェリア政府におけるシノペックの主要な協力者であった。2005年、CNOOCはナイジェリアのTheophilus Danjuma元将軍が所有するSouth Atlantic Petroleum Inc. (Sapetro)の株式45%を購入した。

中国はまた、ナイジェリアの石油採掘権を取得する過程で援助と開発のパッケージを用いた。たとえばCNPCは、プラトー州マンビラに水力発電プラントを建設し、11万bpdのカドゥナ精油所の持分51%(20億米ドル)を引受けるというオファーを出した後に、2005年7月のライセンス発給で4つのブロックを得ている[下記参照]。

2004年以降、中国の石油会社はナイジェリアの石油生産におけるさまざまな権益を獲得した。

  • 2005年9月、CNPCの関連会社ペトロチャイナは3万bpdを5年間輸入する8億米ドルの契約をナイジェリア国家石油会社(NNPC)と締結した。
  • 2006年1月9日、CNOOCはニジェール・デルタのブロックML130の45%を購入した。これは推定埋蔵量6億バレルで、約500平方マイルのアクポ油田とその他資源を包んでいる。CNOOCがオファーした取引の合計は27億米ドルに相当した。現在これらの油田はCNOOCに17万5000bpdを産出している。
  • それからわずか数ヵ月後にCNPCは、合計20億米ドルでカドゥナ精油所株式の51%の取得を完了した。この精油所は日量11万バレルの石油を精製するよう設計されていたが、メンテナンス不足のため実際の能力はその70%にすぎなかった。この取引と併せて、CNPCは4つのオイルブロック-(OPL471、721、732、298)のライセンスを受領した。
  • 中国の積極的なエネルギー購入政策は、2009年9月初旬に再び明らかにされた。中国の最大上場沖合石油ガス生産者であるCNOOCが、60億バレルの石油を購入するというオファーを出したのである。これは、ナイジェリアの確認埋蔵量の6分の1に相当する。ナイジェリアの石油当局は実現しそうにないとしながらも、300億米ドルという提示額は魅力にあふれている。本報告書執筆時点(2009年)時点で、CNOOCとナイジェリア政府の協議はまだ進行中である。

7.5. 最近の石油開発

アフリカにおける最近の中国の石油部門での開発には以下が含まれる。

  • 2009年初頭、CNOOC、CNPC、シノペックは、ガーナの油田入札に参加していると発表した。ガーナの沖合油田は非上場の米企業Kosmos Energyの資産であるが、30億米ドル以上の値がつくことが予想され、世界中の石油会社から応札を集めることが期待されている。この油田は、すでに明らかになった埋蔵量で12億バレル以上あると見られている。中国は、国有石油企業のうちのひとつを選んで応札に当らせると思われる。だが中国当局はこれらの噂を否定した。
  • 2009年6月初旬にCNPCは、3億バレル以上の原油を埋蔵するといわれる広大なアガデム油田を開発するために、ニジェール政府と50億米ドルの契約を調印したと報道された。これには、追加コスト50~70億米ドルで南方のベニンまで2500kmのパイプラインを建設するという検討中の計画は含まれていない。
  • シノペックは、ナイジェリア/サントメ・プリンシペ合同開発ゾーン(JDZ)における掘削プログラムに最初に着手することとなるだろう。探索作業の遅れは深水用リグの不足によるものであった。シノペックはTransocean社のSEDCO-702深水リグを使って、ブロック2の最初の油井にボーリング設備を設置する予定で、これは2009年6月初旬に現地に到着した。
  • 6月16日、中国国有企業であるSinopec International Petroleum Exploration and Production Company Nigeria Limited (SIPEC)とNigerian Petroleum Development Company (NPDC)が、ナイジェリアの紛争地帯であるニジェール・デルタ地方で原油を発見したと発表した。シノペックの関連会社であるSIPECと、ナイジェリア国営のNigerian National Petroleum Corporation (NNPC)の探査・生産部隊であるNPDCが共同して、Oil Mining Lease (OML) 64(Kakaku-1 wellとして知られている)で原油を発見した。
  • 6月中旬の中国工商銀行(ICBC)の16人の代表団によるウガンダ訪問中に、ムセベニ大統領は、自国の石油精製所建設と、精製油を海岸まで運送するためのケニアまでのパイプライン建設にICBCの参加を招請した。ICBCはスタンダード銀行の株式20%を所有しており、スタンダード銀行はウガンダのスタンビック銀行の80%を所有している。
  • ここ数カ月でもっとも重要な進展は、スイスに本拠をおくAddax Petroleum(ナイジェリアの独立系石油企業としてはトップ)を72億米ドルで購入するという中国石油会社(シノペック)のビッドである。アダックスの役員会はすでにオファーを受諾しており、残るのはスイス当局の承認だけである。これは、ナイジェリアの石油産業において確立されている欧米企業に挑戦しようとする中国の方針を確認するものである。

アダックス・ペトロレム社を傘下におくことは、シノペックにとって西アフリカにおける大きな足場となり、この地域での拡大の基礎となる。アダックスは13万6000bpdの推定生産量をもち、現在ナイジェリア、ガボン、カメルーン、イラク北部に油田を所有している。シノペックがアダックスを所有することによって中国は、頭の痛い一連の応札と、大陸のさまざまな石油ガス当局との交渉を行うことなく拡大することが可能となった。

  • 本年6月、CNPCはチャドでオイルパイプラインの建設に着手した。300 kmのオイルパイプラインは、Koudala油田からDjarmaya精油所まで原油を運ぶものである。パイプラインのコストやキャパシティーは開示されていない一方、デビィ大統領府は、Koudala油田がある地域は最終的に6万bpdの原油を産出するだろうと言っている。CNPCはまた、2008年10月に年間精製能力100万トンの精油所の建設を開始した。CNPCは精油所の株60%を所有しており、これは国内市場と隣接諸国の双方を視野に入れたもので、チャドの国家石油会社SHTが残りの40%を所有している。