IDEスクエア

世界を見る眼

2024年台湾総統・立法院選挙と今後の展望

The Political Prospects for Taiwan’s 2024 Presidential and Legislative Elections

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/0002000855

2024年2月

(4,612字)

2024年1月13日、台湾の総統、立法委員(国会議員)選挙が行われ、与党の民主進歩党(以下、民進党)は、頼清徳副総統が558万6019票(得票率40.05%)を獲得して総統選挙で勝利した。しかし、立法委員選挙では過半数の57議席に届かなかったばかりか、51議席の獲得にとどまって第二党に転落し、少数与党として今後の政権運営に臨むことになった。海外のメディアやジャーナリストは、対中政策を中心に今回の台湾の総統選挙を見てきたが、今回の選挙は、これまでと比べ、実態がかなり異例であったといえる。本稿では、なぜ異例な選挙であったのか、この異例な選挙の結果が今後の台湾政治にどのような影響を与えるのか、について述べる。

2024年1月13日開票当日、民進党中央党部、頼清徳の選対本部の前で開かれた集会。

2024年1月13日開票当日、民進党中央党部、頼清徳の選対本部の前で開かれた集会。

政策論争のない総統選挙

今回の選挙で注目されたのは野党協力である。最大野党の中国国民党(以下、国民党)と第二野党の台湾民衆党(以下、民衆党)は、それぞれ2023年5月17日に侯友宜新北市長、柯文哲主席を総統選挙の立候補者として公認した。国民党は当初、民衆党との総統選挙における候補者の一本化を目指し、10月末に向けて両党による交渉が本格化していった。ただし、国民党と民衆党は重要政策のすり合わせをしようとせず、世論調査の扱いをめぐる議論しか行っていなかった。

一方、選挙戦では政策をめぐる議論がほとんど展開されていなかったといってよい。2023年4月に党の公認を得た頼清徳は、6月に私立大学生に対する一人あたり2万5000新台湾ドルの授業料助成金を提供することを皮切りに、記者会見やメディアのインタビューなどを通じ、10月にかけて対中政策や経済などの政策白書を発表してきた1。しかし、野党は候補者一本化の交渉が本格化していった時期には、政策の議論をしようとしなかっただけではなく、最後まで明確な政策方針を打ち出さなかった。侯友宜は7月よりメディアのインタビューでたびたび対中政策の理念を述べていたが、陣営は具体的な政策白書を発表しなかった。また、侯友宜は8月9日に第4原子力発電所の建設再開を含むエネルギー政策の白書を発表したが、これは原子力発電に反対したのではなく、安全性が確保されれば支持するとしたものであり、それまで新北市長として第4原子力発電所の建設再開に否定的な姿勢を見せていたことと整合性が取れていない。野党候補の一本化が11月23日に破局したのちも、国民党はこれまでの選挙のように、詳しい白書をオフィシャルサイトで発表することはなかった2。民衆党も柯文哲を公認してからSNSを通じて宣伝を始めていたが、9月に医療と住宅に関する政策を発表するに留まっており、12月に入りようやく外交や財政に関する政策を発表し始めた。ただし、対中政策の詳しい方針については発表していない3

結局、各陣営による本格的な政策をめぐる議論は、12月下旬以降の3回にわたる総統候補者および1回の副総統候補者の政見発表会、ならびに総統・副総統候補者の弁論会しかなかった。国民党寄りとして知られる『聯合報』の一面記事を見れば明確である。2023年7月から12月20日の総統候補者による最初の政見発表会までの間に、侯友宜を中心とした、総統選挙候補者の政策の一面記事は5日間しか掲載されていない。その一方で、前述の候補者一本化の交渉が本格化した10月中旬から決裂した11月下旬にかけて、『聯合報』は交渉について計21日間にわたり一面記事として掲載しているのである。つまり、政策よりも政局にマスコミの注目が集まっていたといえる。したがって、対中政策だけではなく、経済や社会などの内政に関する議論も深まっておらず、いずれの政策分野も争点にならないまま総統選挙が行われたのである。

こうした今回の選挙の特徴は、前回の2020年の選挙と比べるとよくわかる。2020年の総統選挙では、民進党や国民党は2019年5月から予備選挙を行うための政策討論会をすでに始めていた。香港で2019年に発生した一連の民主化を求めるデモによって、蔡英文が発表した中台関係の現状維持、一国二制度反対という主張は選挙の主軸になり、蔡英文の再選につながった。再選に向けて2016年の選挙で掲げたマニフェストの達成をアピールしていた蔡英文総統や民進党に対し、国民党も積極的に政策の発表を行った。韓国瑜高雄市長(当時)を7月末に公認したのち、2018年に当選したばかりの高雄市長を除くと政務の経験がない韓国瑜をサポートするため、馬英九政権を支えた政務官や研究者を中心とする国政顧問団というアドバイザー・チームが8月17日に結成され、8月22日に第4原子力発電所の建設再開を含むエネルギー政策、10月10日に馬英九政権期の中台関係をアピールする内容の対中政策の白書を公表し、SNSを通じて政策についての発表も行っていた。

このほか、今回の選挙では、1996年に行われた初の総統直接選挙から、これまで同じ政党が8年以上政権に就くことはなかったという点も海外のメディアに注目され、国民党も積極的に政権交代をアピールしてきた。しかし、調査機関の立場の違いにかかわらず、蔡英文総統の支持率は基本的に40%程度あるいはそれ以上を維持していた4。野党が候補者を一本化できなかったとはいえ、民進党による政権継続に対する世論の支持は優勢であったという調査結果もある5。国民党に近い『聯合報』であっても、政権交代を支持する世論が45%であったものの、民進党公認の頼清徳・蕭美琴ペアの支持率は終始1位であった6。そのため、政権交代も総統選挙の重要な争点にはならなかったといえる。

各選挙区の事情で勝敗が決した立法委員選挙

立法委員選挙は2012年から総統選挙との同日選挙となった。これによって立法委員選挙の候補者は選挙区での政治活動だけではなく、国政の方針で争っている総統選挙に向けた国会議員としての責務・考え方も有権者に示さなくてはならなくなった。また、有権者が総統選挙と立法委員選挙で同じ党に投票する可能性が高まるため、政府と国会が対立しやすい少数与党政権という分割政府の可能性が低くなることが指摘されている7。対中政策が争点となった2012、16、20年の選挙結果はこれらの指摘に合致していたといえる。

しかし、2012年は馬英九政権(国民党)の対中政策への信任投票、2016年は同政権の対中政策に対する世論の反発・不信感、2020年は中国による圧力、一国二制度への反発などを争点とする選挙戦であったのに対し、今回の総統選挙では、中国による選挙への影響力行使が話題にはなったものの、主軸、争点にはなっていなかった。対中政策が争点となった選挙戦ならば、中台関係に影響を与える出来事が与野党の拮抗する立法委員選挙区の情勢に影響を及ぼす。例えば、2016年の選挙では、選挙の直前に国民党と民進党が10の選挙区で拮抗していた。このとき、韓国のガールズグループTWICEの台湾人メンバーであるツウィ(当時16歳)が、韓国のテレビ番組で中華民国の国旗を手にしたことにより中国からバッシングを受け、選挙前日の1月15日の夜に謝罪した動画が公開された。この「ツウィ謝罪事件」により、国民党は拮抗していた選挙区をすべて失ったとされている。ただし、今回の選挙戦では、TikTokを使った中国による影響力行使が話題になったものの、与党に有利に働くことはなかった。

今回の立法委員選挙における激戦区に注目してみると、2016、20年の選挙で国民党の地方派閥が強かったものの、対中政策を争点とする総統選挙との関連で、民進党公認あるいは推薦の候補者が勝利、あるいは僅差で敗れた選挙区として、台北市第7区、新北市第7・8・12区、桃園市第1区、台中市第3・4区を挙げることができる。また、2020年以降の補欠選挙において地方派閥による政治活動への批判が全国区のメディアで取り上げられたため、民進党が勝利したとされる選挙区として、台中市第2区、南投県第2区がある。さらに、今回の選挙において民進党陣営が分裂した選挙区として、台東県選挙区がある。結局、民進党はこの10の選挙区すべてで負けている。特に新北市や桃園市、台中市第4区、南投県第2区、台東県選挙区では勝敗が得票率約5%の差で決まっている。国政上の明確な争点がないため、激戦区とされる選挙区では、国民党の地方派閥の力や分裂選挙など各選挙区の事情が勝敗を決めたといえよう。

今後の展望

民進党は立法院で少数与党となったため、対中政策をはじめとする政策の推進には、国会対策が重要となることはいうまでもない。頼清徳は台南市長時代から野党との対決を辞さない人物として知られているが、野党と調整するなど柔軟な姿勢を見せる必要がある。また、かつて陳水扁政権も少数与党による政権運営を強いられていたが、1970年代から立法院で活躍していた康寧祥が国家安全会議秘書長(事務総長)として野党と調整し、国家安全会議組織法の改正を野党提案で進めたように、国会運営を熟知し、野党との話し合いができるスタッフを政府に配置するかどうかもポイントであろう。

次に野党である。野党はそれぞれ問題を抱えており、民進党政権と協力するか、対抗するか、はたまた党としてまとまって対応するか不明であるが、野党の決断は今後の政局だけではなく、党勢にも関係するものといえよう。

民進党も国民党も議席が立法院で過半数に届かないため、現時点では民衆党がキャスティングボートを握っている。柯文哲はすでにケースバイケースで二大政党に協力する意向を示している。最初の焦点は立法院長の選出である。国民党から立法院長として指名される可能性が高い韓国瑜と柯文哲との関係は悪くない。ただし、韓国瑜は高雄市長の職を史上初めて住民投票によって罷免され、さらに罷免票数が約1年半前の当選票数よりも多かったこともあり、柯文哲の支持層とされる若者、中間層からの印象はよくない。しかも、国民党の選対本部は、総統候補者一本化の失敗は柯文哲の選対責任者であった民衆党比例代表第1位の黄珊珊にあると批判している。8議席を擁する民衆党がどの党に票を入れるかが注目される。

国民党については、同党に近い無所属の2議席と協力し、54議席という過半数にわずかに達しない体制で国会運営に臨むことになる。今回の選挙では、侯友宜の得票数が立法委員選挙における国民党の小選挙区、比例代表の総得票数よりそれぞれ18万票、10万票ほど少なく、また小選挙区で国民党は民進党より1議席多かったとはいえ、総得票数が民進党より40万票ほど少なかった。さらに比例代表は両党ともに13議席であったものの、得票率や得票数は民進党に及ばなかった。国民党は選挙中に国防体制の強化を支持し、一国二制度に反対する方針を明示していたが、中国との関係、交流も重視している。このため、国民党の執行部はこれから中国、地方政治家の力、世論の反応、民衆党との関係という様々な要因が絡み合うなかで立法委員を束ね、国会対策を行っていくことになる。

このように、対中政策の方針をはじめ、頼清徳による少数与党の政権運営、立法院における三大政党の駆け引き、野党内部の事情といった要素がどのように政局を動かすかが、これからのポイントであろう。

(2024年1月20日脱稿)

【付記】2024年2月1日に行われた立法院長・副院長選では、三党がそれぞれ候補者を擁立した。民衆党は得票上位2人による2巡目で投票を見送ったため、国民党の韓国瑜・江啓臣が54票で民進党の游錫堃・蔡其昌(51票)を破り、当選した。民進党の国会対策を担当する柯建銘・立法院党団総召集人(日本でいえば、政党の国会対策委員長に相当)は交渉のプロセスで柯文哲および民衆党への不信感を表している。そのため、行政と立法のねじれ、および立法院における三党間の駆け引きによって対中政策を含む政局がさらに混迷していくと考えられる。 

 (2024年2月3日)

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
  • 筆者撮影
著者プロフィール

黄偉修(Wei-Hsiu Huang) 東京大学東洋文化研究所特任研究員。台湾生まれ。博士(学術)。現代中国・台湾政治、中台関係、政策過程論が専攻。主要な著作に、『李登輝政権の大陸政策決定過程(1996~2000年)』(大学教育出版、2012年)、「台湾における政権交代と外交安全保障政策決定過程──大陸政策に関するNSCの役割を中心に」『国際政治』第177号(2014年10月)、「安全保障」赤松美和子・若松大祐編著『台湾を知るための72章【第2版】』(明石書店、2022年)など。


  1. 頼清徳公式YouTubeを参照。
  2. KMT2024総統暨立委大選資訊網站を参照。
  3. Keep Promise 相信 美好台灣、参照。
  4. 美麗島民調:2023年12月国政民調」『美麗島電子報』2023年12月25日、財団法人台湾民意基金会「蔡英文総統声望(2023年12月29日)」。
  5. 美麗島民調:2023年12月国政民調」『美麗島電子報』2023年12月25日。
  6. 「2024総統大選 本報最新民調 賴蕭32% 侯康27% 柯盈21%」『聯合報』2024年1月2日。
  7. 陳世凱「国民党推動合併選挙的算計與可能影響」政策報告、台湾新社会智庫、2011年7月13日、謝相慶「総統與立法委員選挙合併弁理之分析」『国政研究報告』財団法人国家政策研究基金会、2011年10月18日、陳陸輝主編『2012年総統與立法委員選挙:変遷と延続』(台北:五南、2013年)。