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ホンジュラス内政からみた台湾から中国への外交関係切替

Establishing Diplomatic Relations with China from the Perspective of Honduras Domestic Affairs

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00054495

中原 篤史
Atsushi Nakahara

2023年7月

(4,121字)

ホンジュラスでのアジア問題への関心の低さと中国容認論

2023年3月14日夕方、ホンジュラス共和国のシオマラ・カストロ大統領は、自身の公式ツイッターで「私は、政府計画の達成のためと、世界各国と協調し、国境を拡大するため、レイナ外相に対し、中国との公式な外交関係の開始手続きを行うよう指示した」と発信した。それ以降、この問題に関するカストロ大統領のメッセージは何もなかった。「台湾から中国への外交関係切替」という重要な外交の転換を短いツイッターで示唆しただけであった1

カストロ大統領は2022年1月の就任以降、これまで一度も記者会見をすることもなく、メディアの前に現れても原稿を読むだけで質疑応答に答えることもない。重要なメッセージはツイッターで発信されるのみである。国内有識者のあいだでは、「そもそも要人や記者とやり取りするための十分な知識がないから同席させない」などと揶揄されることもしばしばである。セラーヤ大統領(2006~2009年、現カストロ大統領私設顧問)時代のファーストレディーであったカストロは、大統領になってからも、ファーストレディーの仕事をそのまま大統領職で続けているようである。

一方、市民レベルでは今回の中国との外交関係樹立について、国内テレビ・ラジオのニュースメディアは速報で同ツイッターの内容を報じたものの、関心は高くなかった。この理由には2点あると考える。1点目は、台湾・中国問題等アジアに関する国民の関心と知識の低さ。2点目は、ホンジュラス経済界や有識者のあいだでの、中国への外交関係切替問題に対する容認論が少なくない背景がある。台湾であろうが中国であろうが、米国との関係が損なわれなければ、また政府が中国との貿易交渉を行い、台湾以上の経済的利益を得る可能性があれば容認するといった論調である。

こうしたなかで本稿は、いかにホンジュラスは台湾との断交と中国との外交関係開設に至ったのか、その背景について内政面から考えてみたい。

北京を訪れるカストロ大統領(左)と習近平国家主席(右)

北京を訪れるカストロ大統領(左)と習近平国家主席(右)
与党・リブレ党政権による中国との外交関係樹立に至る背景
(1)リブレ党の政権公約

2021年9月5日、当時野党として選挙キャンペーンを闘っていたリブレ党は「ホンジュラス再興のための政府計画2022-2026」を発表した2。この計画は、社会民主主義を掲げたリブレ党が政権を奪取した際に、発足直後の100日以内に緊急に対応すべき30項目について発表したものであった 。その「8.外交:市民外交政策、中米主義、主権と連帯」では、中国との外交関係の樹立が言及されていた 。そのため計画発表直後には、中国への外交関係切替部分について国内外で大きく報じられることになった。しかし、この問題に触れたことで米国との関りが深い経済界から嫌悪感が示されるなど選挙キャンペーンにおいてネガティブなイメージが先行しそうになった。また、選挙日まで1カ月弱に迫った10月14日に、親米・親資本主義の党首が率いるホンジュラス救済党(PSH、以下「救済党」)や社会民主革新統一党(PINU)とリブレ党が大統領選挙において候補を一本化する野党連合「国民による同盟(Alianza por el pueblo)」を突如発表したことで左派色が薄まった。こうしたことから選挙キャンペーン終盤では中国との外交関係開設部分について言及されなくなった。

(2)政権発足後における中国との外交関係に関する動向

野党連合が大統領選挙に勝利し、大統領はカストロ、副大統領に「救済党」のサルバドール・ナスラーラ(親米・親台湾)が就いた。カストロ大統領の就任式にはハリス米副大統領も出席したが、おもな目的は台湾との外交関係維持の確認といわれている。政権発足後もホンジュラス政府では、外相らが繰り返し「台湾が重要なパートナー」と発信していた。しかし、閑職である副大統領職のナスラーラが、政策決定に参加できず不満を蓄積させ、2022年9月頃から、セラーヤ大統領顧問に対して、メディアや、自身のツイッターで「裏で支配している実質的な独裁者」などと批判を繰り返したことで、両者の関係が険悪となっていった。

国会でも連立与党であった「救済党」が、ナスラーラに歩調を合わせて、政権与党に是々非々で挑むようになり、税制改革等の重要法案や国際金融機関加盟批准へ反対の立場を取り、実質的に野党化した3

(3)カストロ大統領による中国への外交関係樹立に関するツイッター発信

政権発足約1年後の2023年1月に、ルーラ大統領の就任式に出席するためブラジルを訪問していたレイナ外相が、中国の謝鋒外交副部長と会談したことが各紙で報じられた。レイナ外相はこの会談を認めたが目的は外交関係樹立ではなく、オランチョ県に計画されているパトゥカ・ダム建設への中国からの融資の可能性についてであると述べた。

そして、冒頭のとおり、3月14日にカストロ大統領はツイッターで台湾から外交関係切替を示唆した。翌15日に、レイナ外相が朝のテレビ番組で約90分にわたり、今回の中国との国交樹立について説明した。そのなかでレイナ外相は、台湾政府に対してホンジュラスの債務借り換えのための20億ドル相当の債務や政権4年間での無償協力の倍増(約5000万ドルから1億ドル)、総合病院建設等を含めた支援要請を行ったものの、台湾側から「前向きな回答を得られなかった」と明らかにした。そのため政府として台湾との関係再構築、新しい別の選択肢を探る必要性があったと述べた。また、中国と外交関係を持ちつつも、貿易事務所を設置して台湾と貿易を続けている国は世界に多く存在しており、ホンジュラスもそれが成り立つとの見解を述べた4。この状況下、3月21日にはドッド米大統領特別顧問らが急遽ホンジュラスを訪問し、カストロ大統領らと今回の件について意見交換をおこなった。しかし、翌々日の3月23日にはホンジュラス政府は、駐台湾大使の召還と 、レイナ外相らの外交関係樹立のための中国訪問団出発を報じた。ドッド米特使の顔に泥を塗るような対応である。つづく3月25日には、ホンジュラス政府は台湾との断交を発表し、同日付でホンジュラス大統領府は中国との国交樹立に関する共同コミュニケを発表した5。4月4日には、エストラーダ大統領府副報道官が自身のツイッターで、大使館開設のため中国の外交団がホンジュラスに来訪したと発信した6

その後、6月5日、カストロ大統領は自身のツイッターで「習近平国家主席の招待により6月9日から14日までレイナ外相らとともに中国を訪問する」と短く発信した7。実際に同期間中、カストロ大統領は習近平国家主席との会談や、共同宣言、レイナ外相と秦剛外交部長による22と言われる二国間協力合意や協議議事録に署名がされた。合意文書には一帯一路へのホンジュラスの参加や、ホンジュラスへの二大洋間鉄道敷設など大型インフラへの融資などに言及されていると言われている。また、7月からは両国による自由貿易協定の交渉を始めることも発表された。

台湾との断交に踏み切ったカストロ政権の理由

今回、カストロ政権が台湾との断交に至った理由として、カストロ政権が経済不況や債務問題を抱える一方、国内で抗議活動が頻発するなど政府への不満が出つつあり、成果を急いだことが挙げられている。台湾に対して経済援助の大幅増額という無理難題を押し付け、それを受け入れなかった台湾と断交し、新たな支援要請先として中国を選んだ8。台湾にとって無理難題であったが、台湾が受け入れようが受け入れまいが、セラーヤ大統領顧問にとっては「損のない」選択であろう。その背景となっているのが、過去に米国との関係が悪かったセラーヤ自身の私怨と個人的利益である。今回の中国との国交樹立は、米国や国内の一部経済界に裏切られ2009年クーデターで追放されたことから嫌米のセラーヤの意向によるものとみられている。また、東部オランチョ地域を支配する大土地所有者であるセラーヤ一族にとって、前述の地元ダム建設計画や、二大洋間鉄道建設計画等は、実現すればセラーヤ一族が末代まで利するだろう大型国家プロジェクトである。加えてホンジュラスの台湾利権の多くは野党・国民党系でもあり9、台湾との断交でセラーヤとリブレ党が失うものは多くない。

中米における米国の地位低下

そもそもホンジュラスの一般市民で「ひとつの中国」について正しい知識を持っている市民は限定的である。加えて、中国製品はトラックから雑貨まで町中にあふれており、「安く中国製品が買えるなら良いではないか」という程度の意識でしかない。

経済界も、「政府の決定は尊重するが、米国との関係悪化の回避と台湾との断交による経済損失への埋め合わせに政府は取り組むべき」という論調であった。

こうした状況でカストロ政権は、ホンジュラスの経済問題解決を理由に国交樹立に踏み切った。台湾から中国への外交関係の切替は、過去の二大政党制(国民党と自由党)時代以降これまで政権でも幾度となく浮上しては消えた。直近ではロボ政権(国民党、2010~2014年)での二大洋間鉄道建設計画への融資、エルナンデス政権(国民党、2014~2018年、2018~2022年)でのコロナ禍における中国ワクチン獲得を狙った際にも浮上している。それでも当時の政権が外交関係切替に踏み切らなかったのは、合法・違法を問わず米国で働きホンジュラスの家族に送金するホンジュラス人移民の問題や、ホンジュラスにとって最大の貿易国である米国との関係を配慮する国内経済界の反応などが歯止めとなっていたことは間違いない。

今回の中国との国交樹立は、セラーヤ元大統領の私怨と個人的利益に加えて、国民の台湾問題への関心の薄さを背景に、台湾の援助増額拒否を理由にしたものであった。断交から国交樹立までのあまりの段取りの良さはホンジュラス政府の苦渋の判断とは思えない。そして、従来の対米関係配慮を超えた今回の政治決定は、この地域の中国の影響力の高まり以上に、米国の影響力が失われつつあるという側面も見逃すことはできないのではないだろうか10

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。
写真の出典
参考文献
  • 拙編著『現代ホンジュラスを知るための55章』明石書店、2022年。
著者プロフィール

中原篤史(なかはらあつし) ホンジュラス国立フランシスコ・モラサン教育大学 技術イノベーション研究所客員教授。


  1. カストロ大統領公式ツイッター(2023年4月23日閲覧)
  2. Partido Libre, Plan de Gobierno para Refundar Honduras 2022-2026, 2021(2023年4月13日閲覧)
  3. El Heraldo(2023年3月30日付)
  4. Frente a Frente – 15 de Marzo de 2023.”(TVC公式YouTube)(2023年4月13日閲覧)
  5. La Tribuna; El Heraldo; La Prensa(2023年3月25日、26日付)
  6. カルロス・エストラーダ・ツイッター(2023年4月13日閲覧)
  7. カストロ大統領ツイッター(2023年6月5日閲覧)
  8. 呉台湾外交部長による3月26日の記者会見でホンジュラスが24億5000万ドルの支援を台湾側に求めたことを明らかにしている。
  9. 拙編著「第37章 中国とホンジュラス」『現代ホンジュラスを知るための55章』明石書店、2022年、215-219ページ。
  10. D'Sola, Parsifal, “China’s gain is the United States’ loss,” Atlantic Councilウェブサイト(2023年3月15日)(2023年3月17日閲覧)