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南シナ海問題とASEAN(1)

 

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049525

2016年8月
はじめに

2016年7月24日、第49回ASEAN外相会議(AMM)が開かれた。南シナ海の領有権をめぐる問題は2010年頃からAMMの重要議題として、ASEAN地域内外の関心を集めている。今回の会議では、会議直前にこの問題について、オランダ・ハーグにある常設仲裁裁判所(PCA)の判断が示されたことで、ASEANの出方が注目された。

南シナ海の島や岩礁に対して、中国と台湾、フィリピン、ブルネイ、マレーシア、ベトナムが領有権を主張している。南シナ海の沿岸国であるこれらの国の排他的経済水域(EEZ)が重なっていることも対立の争点となっている。中国は南シナ海のほぼ全域をカバーする「九段線」と呼ばれる境界線を引き、その内側の岩礁を埋め立てるなど、実効支配を強化している。

南シナ海問題をASEANの議題とする仕方について、ASEAN内には対立がある。ASEAN内で領有権を主張する国は、マレーシア、ベトナム、フィリピン、ブルネイである。このうちベトナムとフィリピンは、中国による実効支配の影響を直接に受けているために、中国に対して非難の度合いを強めるべきだと主張する。一方、係争国でない国々の中でもカンボジアやラオスは、対中経済関係を重視して中国に配慮する態度をみせている。マレーシアやインドネシアは中国に対して穏健的な態度で臨んできたが、中国の実効支配が南下するにつれて、近年警戒を強めつつある。係争国ではないインドネシアが中国を警戒するのは、インドネシアの領土であるナトゥナ島を起点としたEEZに中国漁船が侵入する事件が起きているからである。

2013年1月、フィリピンは、中国の行為が国連海洋法(UNCLOS)に抵触するとして、PCAに審理を求めた。7月12日、PCAはフィリピンの主張を全面的に認める決定をした。ここでは、PCAの判断に関係するASEAN諸国および中国の反応、AMMでの協議や共同声明の内容を紹介し、今後の見通しを示す。

1. 2015年までの経緯

南シナ海の領有権問題に対して、ASEAN諸国は1990年代からさまざまな形でその方針を発表してきた。まず、1992年に「南シナ海に関するASEAN宣言 1を発表し、この問題が東南アジアの平和と安全に重大な影響を与えることを主張し、領有権の平和的解決やそのための対話の重要性をアピールした。

2002年、ASEAN諸国と中国は「南シナ海に関する関係国の行動宣言(DOC)」2を発表して、領有権をめぐる紛争の平和的解決を目指し、敵対的行動を自制すること、軍関係者の相互交流や環境調査協力を実施することで信頼醸成を高めていくことを約束した。その後、南シナ海における行動規範を策定することで合意したものの、中国の消極姿勢やASEAN内の対立などもあり、その後、ASEAN諸国が合意できたのは、信頼醸成を目的とした共同作業に関するガイドライン(「DOCを実施するためのガイドライン」)3を策定することだけであった。

2012年、この問題で中国の立場を代弁するカンボジアがASEAN議長国となり、同国の反対によってASEAN史上初めてAMMの共同声明が発表されないという事態に陥った4。AMMの直後、「南シナ海のおける6方針」5が発表され、ASEANの方針がかろうじて提示されたが、その内容はDOCで描かれた原則や方針を踏襲するにとどまった。

中国の実効支配がますます強まる傾向をみせるなか、対中強硬派のフィリピンは、ASEANでこの問題を取り上げるよう主張すると同時に、国際法上の手段に訴えた。2013年1月、中国の領有権に関する主張やその主張のもとで展開されているさまざまな活動がUNCLOSに抵触すると主張し、その主張の妥当性についてPCAに審理を求めたのである。

ASEAN内に対立を残しながらも、2014年以降、中国の実効支配が強まっていくことに対してASEANとして強い懸念が表明されるようになった。2014年には、「最近の動きに関するASEAN外相による声明」が発表された6。2015年には、AMMにおいて中国を名指ししないものの、暗に中国による行為を非難する形で「埋め立て」などの活動に対する懸念が表明された7。興味深いことに、2015年のAMMの共同声明には「フィリピンは特にUNCLOSに関係する問題の進展について説明した」という文言が盛り込まれた。この文言は、フィリピンのPCAへの提訴を示唆していると考えられる。利害対立が存在するにもかかわらず、ASEAN諸国がすくなくとも国際法を重視したフィリピンの行動に留意した点は注目に価する。

2. PCAの判断前の動き

2015年10月、PCAはフィリピンが審理を申請した15項目のうち、7項目に関して、PCAが審理する権限があるという見解を発表した8。審理の対象となった項目の内容は、要約すると、第一に、南シナ海の岩礁がEEZおよび大陸棚に関する権利を主張する根拠になるかどうか、第二に、フィリピンが最も警戒するスカボロー礁周辺における中国の行動が、フィリピンの漁民の漁獲や海洋環境の保護との関係においてUNCLOSに違反するかどうか、である。以上の点についてPCAの判断が近々示されるという見通しの中、ASEAN諸国と中国は、この問題に対して何らかの新しい方針を打ち出す必要性に迫られていた。

2016年2月、ASEAN諸国は非公式外相会議を開き、声明を発表した。その声明では、埋め立てや行動の過激化などに対する懸念を表明し、そうした行動が関係国間の信頼を損ない、地域の平和と安定を阻害しているとした。また、武力に訴えることなく「司法的・外交的過程を尊重して(full respect for legal and diplomatic process)」平和的な問題解決を目指すことが表明された9。司法的過程(legal process)に言及した点は、PCAの動きを受けたものと解釈しえよう。

一方、中国は強硬路線に傾きつつあるASEANの分断を図ろうとしていた。3月19日、インドネシア領のナトゥナ島周辺に中国漁船が侵入、インドネシア当局に拿捕されるという事件が発生した。中国は、ナトゥナ島がインドネシア領土であることを認めつつも、拿捕された中国漁船の返還を求めた。3月24日には、マレーシアのサラワクのミリ(Miri)に中国漁船が侵入している10。こうした中国側の行動は、ASEAN内では対中穏健派とみられていたマレーシアとインドネシアを刺激した。たとえば、インドネシアのジョコウィ大統領がナトゥナ島を訪問し、中国をけん制している11。一方、中国はASEAN内親中派のブルネイ、カンボジア、ラオスとともに、南シナ海の領有権問題は係争国に任せるべきだとする声明を発表した12

このように、対中非難を強めるという点でASEAN諸国間のコンセンサスができあがる場合もあれば、中国の分断戦略のもとでASEAN内の対立が顕在化し、ASEANの結束が揺らぐこともあるというのが現在の状況である。中国も常に自国の思惑通りに物事を進められているわけではない。この点は、2016年6月の中国とASEAN諸国の特別外相会議(雲南)でもみられ、ASEAN側・中国側双方にとって外交上の失敗を露呈した。

この特別会議は、2016年がASEAN・中国関係25周年を祝う準備のために開かれたとされるが、南シナ海問題も議論された。会議終了直前に中国が「10項目のコンセンサス」を提示し、ASEAN側に支持を求めた。しかし、ASEAN側が受け入れられるような内容でなく、共同議長で中国とのコーディネーターを務めたシンガポールは共同記者会見を欠席するという事態となり13、ホストを務めた中国の外交上の失態が露呈する。

一方、ASEAN側も結束を示すことに失敗した。マレーシア外務省によると、この会議でASEAN諸国は、南シナ海に関して従来の立場を確認する共同声明を発表することでほぼコンセンサスを確立していた。しかし、各国外相が会議場を去った後で、声明は急遽取り下げられた14。ブルネイ、ラオス、カンボジアが直前で声明の発表を拒否したためといわれている15。これら3カ国の取り下げは、4月に中国と南シナ海問題で声明を発表していることと関係があるだろう。その意味では、中国の分断戦略の効果があったといえるが、声明を発表することで一旦は合意した事実は、中国寄りのASEAN加盟国の立場が揺れ動いていることを示している。

3.PCAの判断とASEAN各国の反応

ASEAN側も中国側も打開策を見いだせないまま、しかし、協議の継続を確認しながら、PCAの判断を迎えることになった。2016年7月12日、PCAはフィリピンの主張を全面的に認める判断を下した16。すなわち、南シナ海で中国が埋め立てを進めている地域はそのほとんどが岩礁であり、EEZや大陸棚を主張する根拠とならないこと、また、中国の行為がUNCLOSに違反しているという見解を示したのである。当然この判断について中国側は反発し、PCAはこの問題について審理する権限はないと主張した。

フィリピンはPCAの判断を歓迎し、この判断についてASEANの共同声明案を回覧したが、共同声明の発表にカンボジアが反対を表明したため、各国ベースで見解を発表することになった。フィリピンと同様、ベトナムは判断を支持すると表明した。ミャンマーとシンガポールは判断を留意すると表明、ブルネイは判断には触れず、これまでのASEANの取り組みについて述べたという17。フィリピンやベトナムほどではないものの、間接的に判断を支持する意向を表明したのがマレーシアとインドネシアである。マレーシアはUNCLOSの遵守や外交的・司法的解決を望むとし18、インドネシアは自制と国際法の遵守を求めた19

このようにASEAN内にはPCAの判断に対する立場の違いがある。一方で、インドネシアを中心にさまざまな形で自制が呼びかけられたことも事実である。特に、当事国のフィリピンの外相は、PCAの判断を支持するものの、関係国には自制を求め、共同作業などの緊張緩和に向けた調整を進めるべきだと発言している20

4.第49回AMMの結果に関する評価

こうして迎えた第49回AMMでは、当然のことながら、南シナ海問題に関して共同声明の文言をどうするかについて加盟国間の調整が必要となった。ASEAN諸国外相は、公式会議の前後に特別会議を開き、調整をおこなった21。フィリピンやベトナムがPCAの判断に言及すべきだと主張したのに対し、カンボジアが反対したため、結局、フィリピンなどが主張を取り下げ、これまでの声明の内容を再確認するにとどまった22。2015年のAMMではフィリピンのPCAへの提訴を示唆する文言がみられたが、今回のAMMではPCAの判断を示唆するような文言は見当たらない。つまり、PCAの判断に対してASEANとしての立場や方針を示すことは見送られたのである。

さらに、「司法的・外交的過程を尊重」という表現の位置付けが若干後退している。2月の非公式外相会議ではこの表現と南シナ海問題との関係が明確なのに対し、今回のAMMの共同声明では必ずしも明確になっていない。AMMの共同声明では、この表現は「南シナ海問題」の項目ではなく、共同声明の冒頭部分に示されているからである23。このことは、2月の非公式外相会議の時と比べ、「南シナ海問題の司法的解決」を重視する方針が若干後退したことを物語る。

他方で、ASEAN議長国が親中派とされるラオスだったにもかかわらず、2012年のAMMの時のように共同声明が発表できないという事態は避けられた。また、「埋め立て行為に対する懸念を表明する」といった文言も再確認された。このことは、互いに意見を対立させながらも、ASEANのこれまでの方針を確認する必要があるという点ではASEAN諸国間で一定のコンセンサスがあることを示している。6月のASEAN・中国特別外相会議でASEANの方針を示せなかったことへの反省として、かろうじて団結を誇示することをASEAN諸国は重視したのかもしれない。

中国との関係にも微妙な変化がみられている。PCAの判断に対する立場については、一部のASEAN諸国と中国とのあいだで深い溝があることは否めない。しかし、2016年がASEAN-中国関係の25周年であることもあり、中国側にも一定の歩み寄りはみられている。第一に、「DOCの迅速な履行に関するASEAN-中国外相による共同声明」が発表された24。この共同声明では、航行の自由や問題の平和的解決、武力の不行使と自制、海上救助や科学調査などの共同作業の実施、行動規範の早期策定など、DOCの内容がほぼそのまま繰り返された。ただし、同じ文言でも現状が変化することでその解釈や重みは変わりうる。たとえば、「現在人が居住していない島や岩礁などへの居住行為を慎むこと」という文言はDOCだけでなく、今回の声明にも盛り込まれたが、中国による岩礁埋め立てや建造物建設などの行為が加速してきた現在では、その重みは異なっている。第二に、ASEAN諸国と会談後、中国が来年(2017年)半ばまでに行動規範の策定を目指そうという提案を行った25。こうした提案に対して、フィリピンは中国との協議の可能性を探る姿勢を見せ、中国との協議の糸口を探るべく、ラモス元大統領を特使に任命し26、8月8日、ラモスは香港で中国関係者との接触を開始している27

PCAの判断は中国側に不利なものであり、ASEANと中国の対立を煽るきっかけとなる可能性は十分にあった。しかし今のところ、ASEAN諸国および中国双方が一定の自制を見せ、協議を加速させようという姿勢を見せていることから、PCAの判断は協議を進展させるきっかけとなったようである。ただし、中国がASEAN側と合意した通りに、南シナ海での行動を自制するかはわからない。中国が埋め立てを実施し、すでに人が居住している地域は「現在、人が居住していない島や岩礁」に相当しないと中国が主張することも可能である。また、行動規範の策定を加速したとしても、行動規範の中身次第では、ただの紙切れに終始してしまう可能性もある。引き続き、中国および中国に対するASEAN諸国の動向を注視する必要がある。

脚 注
  1. ASEAN Declaration on the South China Sea , Manila, Philippines, 22 July 1992
  2. Declaration on the Conduct of Parties in the South China Sea , Phnom Penh, Cambodia, 4 November 2002.
  3. Guidelines for the Implementation of the DOC, July 2011
  4. 鈴木早苗「南シナ海問題をめぐるASEAN諸国の対立」2012年7月
  5. ASEAN's Six-Point Principles on the South China Sea , Phnom Penh, Cambodia, 20 July 2012
  6. ASEAN Foreign Ministers' Statement on the Current Developments in the South China Sea, 10th May 2014, Nay Pyi Taw.
  7. Joint Communique of the 48th ASEAN Foreign Ministers' Meeting , Kuala Lumpur, 4 August 2015
  8. 【解説】南シナ海問題をめぐる比中仲裁裁定:管轄権設定及び受理許容性にかかわる裁定(10月29日)(コラム074 2015/12/04)
  9. Press Statement by the Chairman of the ASEAN Foreign Ministers' Retreat , Vientiane, 27 February 2016.
  10. "Rising China confronts maritime Southeast Asia," 19 July 2016, The Nation
  11. "How Indonesia can defuse tension in the South China Sea," 12 July 2016, The Jakarta Post
  12. "Vivian to co-chair ASEAN-China foreign ministers' meeting," 13 June 2016, The Straits Times
  13. "China 'consensus' statement left Asean divided," 16 June 2016, The Straits Times
  14. "Asean media statement on South China Sea had consensus," says Malaysia, 17 June 2016, The Straits Times
  15. "Asean discord blocks issuance of joint statement on sea feud," 18 June 2016, Philippine Daily Inquirer
  16. Permanent Court of Arbitration, Press Release: The South China Sea Arbitration (the Republic of the Philippines V. the People's Republic of China)
  17. "Cambodia remains Asean's maverick," 18 July 2016, The Nation
  18. "Malaysia calls for South China Sea dispute to be resolved by diplomatic and legal processes after Hague ruling," 13 July 2016, The Straits Times
  19. "RI calls for self-restraint and respect for int'l law," 13 July 2016, The Jakarta Post
  20. "Detrimental to all if issue allowed to fester," 19 July 2016, New Straits Times
  21. このうち公式会議前の会議はインドネシアが開催を提案したという。"Hard work forging an Asean consensus, 26 July 2016," The Straits Times
  22. "Asean treads gently around South China Sea dispute as Beijing watches on," 26 July 2016, The Nation
  23. Mergawati Zulfakar "Asean unites for communique," 26 July 2016, The Star (Malaysia)
  24. Joint Statement of the Foreign Ministers of ASEAN Member States and China on the Full and Effective Implementation of the Declaration on the Conduct of Parties in the South China Sea , 24 July 2016, Vientiane
  25. "China calls for fast-track talks on Code of Conduct," 26 July 2016, The Straits Times
  26. "Philippines to China: Let's start with things we can agree on," 30 July 2016, Philippine Daily Inquirer
  27. Uy, Jocelyn R. "Ex-Philippine president to see old Chinese friends in Hong Kong," 9 August 2016, Philippine Daily Inquirer