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ベネズエラ情勢レポート ベネズエラ国会議員選挙速報:反チャベス派の圧勝

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00050877

2015年12月

2015年12月6日(日)、ベネズエラでは国会議員選挙(一院制)が実施された。崩壊寸前のマクロ経済や治安悪化、政府内に蔓延する汚職などによって、故チャベス大統領(Hugo Chávez Frías)の後を継いだマドゥロ政権(Nicolás Maduro)の支持率は20%近くにまで低迷しており、与党候補者の苦戦は当初より予想されていた。とはいえ、167議席中112議席、絶対多数(全議席数の3分の2以上)を反チャベス派候補が獲得するという結果は、政権側のみならず、おそらくは反チャベス派も含めて、多くの人の予想をはるかに上回るものであった1

反チャベス派の圧勝やチャベス派の歴史的敗北は、獲得議席数だけでなく、有力候補者・選挙区における勝敗をみても明らかである。カラカス市内の各選挙区では、ビジェガス(Ernesto Villegas、広報大臣などを歴任)、ベルナル(Freddy Bernal、元カラカス・リベルタドール市長)、ファリア(Jaqueline Faría、元環境大臣、首都区行政長官などを歴任)など、チャベス派の有力候補がおしなべて敗北を喫した。また、チャベス大統領の出身州であり、実兄アダン(Adán Chávez)が知事を務めるなどチャベス一族の影響力が強い「チャベス王国」バリナス州においてさえ、比例区2では反チャベス派の得票率55.70%に対してチャベス派は42.57%しか獲得できなかった。また同州の小中選挙区選出の4議席のすべてを反チャベス派に奪われ、チャベス派は完全なる敗北を喫した。チャベスの実弟アルヘニス・チャベス(Argenis Chávez)も同州の中選挙区で敗北している。一方、マドゥロ大統領に次ぎチャベス派のナンバーツーであるカベジョ国会議長(Diosdado Cabello)はモナガス州のチャベス派陣営の比例代表制のリスト筆頭に名を連ねていたためかろうじて再選を果たすことができたものの、同州における与党の比例区得票率は45.56%と反チャベス派の51.55%に届かないという屈辱的結果となった。

報告者は10月時点で本選挙の展望論稿を執筆していた(注1を参照)。選挙結果は、ほぼ予想通りとなったが、予想が外れた点が2つある。1つは反チャベス派の勝利を予測していたものの、それがこれほど圧倒的なものになるとは考えていなかったこと、もう1つは政府やチャベス派が支配する選挙管理委員会(CNE)が敗北を認めない可能性があると考えていた点である。あるいは、反チャベス派の勝利が発表されたら、急進的なチャベス派市民やコレクティボと呼ばれる武装したチャベス派市民社会組織による暴力行為が広がり、犠牲者が出ることを懸念していた。しかし選挙管理委員会は若干の遅れはあったものの、投票締め切り後数時間でチャベス派の圧倒的敗北の結果を発表し、マドゥロ大統領も早々にその結果を受け入れたのである。

大きな政治社会的混乱を招くことなく選挙結果が発表され、政府もそれを認めざるを得なくなった背景には、軍高官らの動きがきわめて重要な役割を果たしていたことを示唆する情報が流れている。ベネズエラではすべての選挙において、選挙当日の投票所の秩序維持に国軍があたる「共和国計画」(Plan República)」が発動され、国防大臣の指示のもと各投票会場や集計所には国軍が配置される。今回の選挙では、反チャベス派の圧倒的勝利が明らかに予測される段階になって、パドリーノ国防大臣(Vladimir Padrino López)がマドゥロ大統領、カベジョ国会議長、国家選挙管理委員会に対して、選挙結果を正しく発表することを求めたとされる。彼自身を含めそれまでチャベス派政権に忠誠を誓ってきた国軍が、チャベス派政権やボリバル革命の死守ではなく、国軍として政治的中立性に立ち公的秩序と国民の安全を守るという組織的使命(institucionalidad)の遂行を選択したということである。反チャベス派の圧勝予想を覆すには小手先ではなく大規模な選挙不正が必要な状況になり、もしそれが実行されると大暴動が発生し多くの犠牲者が出ることが予想された。そうなると秩序維持の使命を担う国軍がその混乱や犠牲者の責任を負うのは必至で、国軍の組織防衛としてそれは避けるべきであるとの意見、そして選挙結果が正当に発表されない場合は軍事クーデターの可能性があるとの意見が、パドリーノ国防大臣を動かしたとされる。マドゥロ大統領やカベジョ国会議長とすれば、選挙当日になって国軍が「離反」するとは想定していなかっただろう。

国防大臣や軍高官らが最後の最後になって、国軍の制度的使命の遂行を選択し、民主主義を守った、そして多くの犠牲者がでたかもしれない大惨事や軍事クーデターを阻止したとして評価する声がある。しかし一方では、パドリーノ国防大臣を含め軍高官らはチャベス=マドゥロ政権下でさまざまな利権や経済的恩恵を十分に受けてきた。多くの軍人がチャベス派政治リーダー同様に汚職(麻薬関連も含む)に手を染めていたことも広く知られている。そのため、軍人らはそれらを可能にしてきたチャベス=マドゥロ政権、とくに支持率低下にあえぐカリスマなき後継大統領を支えてきたのである。しかし今回の選挙で反チャベス派の圧勝の見込みが色濃くなり、遠くない将来の政権交代が現実味を帯びるなかで、多くの「風見鶏」(軍人に限らず、裁判官や検察官などチャベス派の多くの公職につく人々も同様)は自らの保身のためには、今までのチャベス派政権への絶対的服従というスタンスを変える選択も視野に入れざるを得なくなったと考えられる。

今回の選挙結果を受けて、反チャベス派は1月5日の新国会開会に向けて内部調整を急ぐ必要がある。選挙戦では一枚岩となって圧勝を実現させたが、反チャベス派は穏健左派から中道右派まで多様な政治勢力の集まりであり、政権交代への道筋についても急進派、穏健派などさまざまな意見が存在する。国会で3分の2の議席を獲得したことで、反チャベス派は、憲法上の規定として、副大統領や大臣の罷免権、選挙管理委員、検察庁長官、最高裁判所判事などの任命権、重要な法律として成立や修正に高いハードルが課されている組織法(Ley Orgánica)の改正、憲法修正の発議などが可能になった。また、2016年春にはマドゥロ大統領に対する不信任投票の実施も可能になり、2017年春までに実施されて不信任という結果になれば、大統領選挙の実施、そして政権交代も現実味をおびてくる3。急進派は大統領不信任投票、そしてロペス(Leopoldo López)ら政治犯となっている急進派リーダーの即時釈放などを求めることが予想される。また、カベジョらチャベス派リーダーに対して汚職や人権問題で攻撃を強めることも考えられる。

しかしベネズエラは現在、3桁を記録するインフレ率、GDP成長率がマイナス10%とも言われる経済縮小、食品や医療品など基礎生活物資の欠乏、デフォルトの影が消えないドル不足など、厳しい経済状況に直面している。マドゥロ大統領にとっても新国会で絶対多数となった反チャベス派にとっても、経済立て直しが喫緊の課題であり、そのためには両者間で対話を進め妥協点を探る必要がある。反チャベス派内の急進派が早々に大統領不信任投票実施の議論を始めるなど一気に変革を進めようとすると、マドゥロ政権との対立を深め、経済政策改革を進めることは到底できないことを、穏健派リーダーのカプリレス・ミランダ州知事(Henrique Capriles Radonski、過去2回の大統領選挙で反チャベス派の統一候補)は早くも警鐘を鳴らしている。新国会が成立するまでの短い期間に、反チャベス派陣営内の意見の相違をうまくまとめていけるかが、喫緊の課題となる。

一方チャベス派内の勢力図にも大きな変化が予想される。チャベス派内の急進派からは、選挙での敗北はマドゥロ大統領とカベジョ国会議長の責任であるとして糾弾する声があがっている。弱い大統領と批判されることが多いマドゥロ大統領に対して、チャベス派内で実際には最大の権力をもつとも言われていたカベジョ国会議長は、1月以降は議長ポストも失い、一人の国会議員に過ぎなくなる。自らの選挙区(比例区)で反チャベス派に負けたこと、軍出身で軍に対して強い影響力をもつと言われていたカベジョが国軍をコントロールできなかったことなどから、チャベス派内でのカベジョの影響力の低下は免れないであろう。そうすると、チャベス派の求心力を取り戻せるようなリーダーが今のところ見当たらない。

新国会は新年1月5日に開会する。そしてチャベス派が5分の3の議席を保持する現国会はそれまでまだ数週間の任期を残している。前回(2010年)の国会議員選挙において反チャベス派が議席数を伸ばした際、それまでほぼ100%議会を支配していたチャベス派の国会は、12月から1月初めの短い間に、連日連夜国会審議を実施して、反チャベス派ブロックが拡大する新国会開会前に数多くの法律を成立させた。さらに、任期が1カ月を切った国会が、その後18カ月にわたる立法権を大統領に付与する(大統領授権法、Ley Habilitante)という暴挙に出た。今回も、残り数週間の現国会が、同様の行動に出るのではないかという懸念が出ている。

今回の選挙は、16年間続いたチャベス派政権からの政権交代に向けてソフトランディングするための大きな一歩となったと言えるだろう。奇しくもこの日は、故チャベス大統領が1998年大統領選で初当選した日からちょうど17年めの記念日であった。アルゼンチンの大統領選挙での中道右派候補の勝利、ブラジルの労働者党ルセフ政権の支持率下落と合わせ、ベネズエラにおけるチャベス派の選挙大敗は、21世紀初頭に左派政権の波が席巻した南米において、少しずつ潮目が変わりつつあることを示唆しているのかもしれない。


脚注
  1. 拙著「ベネズエラ2015年国会議員選挙の行方」(『ラテンアメリカ・レポート』2015年Vol.32 No.2, 12月20日発行予定)では、10月時点での選挙前の情勢分析を行っている。マドゥロ政権の支持率低下の背景、過去の選挙結果の推移、直前の世論調査の動向、透明な選挙が実施されない可能性などについて考察している。
  2. ベネズエラの国会議員選挙では、拘束名簿式比例代表制(lista)と小中選挙区制(nominal)の併用制がとられている。比例代表部分は各州が1つの選挙区となっており、それぞれの政治勢力が事前に順位付けされた候補者名簿の上位から得票率に応じて議席が割り振られる。小中選挙区制部分は各州がさらに複数の選挙区に分けられる。国会議員選挙の詳細については、拙著「ベネズエラ2010年国会議員選挙」(『ラテンアメリカ・レポート』2010年Vol.27 No.2、ダウンロード可)を参照されたい。
  3. 憲法は、任期の半分が過ぎた時点から不信任投票を実施することを認めている。そして任期4年以内に不信任の結果が出た場合には大統領選挙を実施して新しい大統領を選出すること、また任期残りの2年間に不信任投票が実施されて不信任となった場合には副大統領が残りの任期を暫定大統領として務めることが規定されている。