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ナジブ首相の7億ドル受領疑惑とマレーシアの政治危機(2)

 

PDF版ダウンロードページ:http://hdl.handle.net/2344/00049540

2015年7月

前回の記事から1週間が経過した。不透明な取引を通じて7億ドル近い資金がナジブ・ラザク首相に流れたとされる事件の捜査は、少なくとも表向きには、あまり進展していない。

この間、ナジブ首相の妻ロスマ・マンソールの口座に今年2月から4月にかけて200万リンギ(6500万円)が入金されていたことが確認され1、ポリマー紙幣の発行にかかわるナジブ首相、アブドラ前首相関係者の収賄疑惑が報じられるなど2、新たなスキャンダルが浮上した。

しかし、それでもナジブ首相は意気軒昂であり、巻き返しに成功しつつあるようにもみえる。7億ドル問題の捜査は、警察と法務長官府、汚職対策庁、中央銀行が合同で設置した特別タスクフォースが担っている。7月13日に警察長官は、首相の疑惑を報じたウォール・ストリート・ジャーナルへの情報漏洩に関して、タスクフォースのメンバー全員を取り調べると言い出した3。捜査当局が、疑惑の対象ではなく身内の捜査に力を注ぐというのだ。国営投資会社ワン・マレーシア開発(1MDB)の乱脈経営問題をめぐってナジブ首相の責任を追求してきたマハティール元首相が、情報の隠蔽は犯罪だと訴えて抵抗したものの4、政府・与党の現役幹部からはマハティールに同調する声は聞こえてこない。首相は捜査が終わるまで職務を離れるべきだという提言が、野党だけでなく与党・統一マレー人国民組織(UMNO)の長老からもあがっているが5、ナジブ首相がそれに従う気配はない。

1MDB資金の不正流用疑惑

7億ドルがナジブ首相の個人口座に振り込まれたのではないかという疑惑は、1MDBに対する捜査の過程で発覚したものだ。財務省が保有するこの国営投資会社から、不透明な取引を通じて巨額の資金が流出した疑いがある。

1MDBは、ナジブが首相に就任した2009年に設立された。同社は当初、トレンガヌ州政府が受け取る石油ロイヤルティを管理する会社としてスタートしたが6、まもなく「首相に直接報告する」連邦政府の投資会社に変わった7。ナジブ首相の強いイニシアティブのもとに始まったこの投資会社は、いまでは多額の負債を抱え、スキャンダルにまみれた問題企業に成り果てた。

1MDBの問題は、簡単にまとめると二つある。ひとつは経営状態が著しく悪いことである。同社は2014年3月時点で420億リンギ(1兆3700億円)の負債を抱えており、今年の2月には債務不履行に陥るのではないかと懸念されていた。与党と太いパイプをもつ企業家アナンダ・クリシュナン氏の支援を得て急場はしのいだものの8、翌月には公的資金が投入される事態となった9

もうひとつの、より深刻な問題は、資金が不正に流用された疑いがあることである。わけてもスキャンダラスなのが、弱冠33歳の華人企業家ロウ・テックジョー(通称ジョー・ロウ)が管理する会社にあわせて11.9億ドル(1475億円)が流れたのではないかという疑惑である。この問題は、内部情報を入手したイギリス人ジャーナリストが主宰するウェブサイト「サラワク・レポート」によって詳細に報じられてきた。ネット上にはジャーナリストの末永恵氏による的確な解説記事10も公開されているので、ここでは簡単な記述にとどめたい。

ジョー・ロウは、ペナンの企業家の子であり、留学先のロンドンでナジブ首相の義理の息子(妻ロスマの連れ子)リザ・アジズと知り合った。1MDBの前身であるトレンガヌ投資庁の立ち上げに顧問として関わった11後、引き続き1MDBの意思決定に深く関わってきたとみられている(本人は、1MDBへの関与については否定)。

1MDBの最初の事業は、サウジアラビアの王族が関わる投資会社ペトロサウジ・インターナショナルとの合弁事業であった。1MDBは、合弁企業1MDB PetroSaudi Limitedに10億米ドルを出資したが、「サラワク・レポート」の報道によれば、合弁企業の立ち上げ直後に7億ドルがペトロサウジを経由してジョー・ロウの企業グッド・スターに流れたとされる。これが事実なら、1MDBは最初からマネーロンダリングを目的として設立されたファンドだということになる。

1MDBとペトロサウジとの合弁事業はわずか半年で終了したが、1MDBの資金はマレーシアに戻ることなくペトロサウジへ融資された。合弁企業の株式から融資への転換は、監査を逃れるための操作とみられている。

さらに1MDBは、ペトロサウジに対して2010年9月に5億ドルを貸し付けたが、このうちの1.6億ドルがグッド・スターに流れ、2011年5月には、3.3億ドルが1MDBからグッド・スターに直接支払われたと報じられている12

これらの疑惑は、いうまでもなくきわめて深刻なスキャンダルだが、1MDBやジョー・ロウ、あるいはナジブ首相らがサラワク・レポートを提訴する動きはない。ごく最近になって与党関係者が、記事は捏造だと言い出した程度である13。ナジブ首相は、一方では1MDBに関わる発言をめぐって野党の指導者や機関誌を名誉毀損で提訴しているから、一連のスクープが事実無根なのであれば、海外報道機関に対して同様の措置をとらないのは不自然だ。これでは疑惑は解消されない。

ジョー・ロウが関連する取引のほかにも、1MDBによる発電所の買収が不当な高値で行われ、資金の一部が首相の管理する財団に還流して選挙資金になったのではないかという疑惑もある14

自浄能力を欠く与党と分裂する野党

1MDBの乱脈経営やナジブ首相の口座への資金流出疑惑が明るみにでたのは、関係者や捜査当局からメディアへの情報提供があったからである。マレーシアでは、国家機密法によって公務員の守秘義務違反を厳しく取り締まっており、政府関係者からのリークによって権力者のスキャンダルが知られることはまれである。今回これだけの疑惑が発覚したのは、深刻な事態に対して関係者が強い危機感を抱いているためだと考えられる。

これほどのスキャンダルであり、かつ国内外の世論を納得させる説明ができない以上、首相の責任を問う声が出るのは当然である。しかし、いまの与党に自浄作用は期待できない。与党UMNO内で首相の退任を表立って求めているのは、早くから1MDBへの懸念を表明してきたマハティール元首相のみである。ナジブ首相は、3月と5月の2度にわたってUMNOの支部長を招集し、地方幹部の支持固めにつとめている。

首相はまた、7億ドル疑惑が発覚する一週間前にあたる6月26日の党最高評議会において、来年に予定されていた党役員選挙を18カ月延期することへの同意を取り付けた15。これは首相にとって、きわめて大きな政治的勝利といえる。首相の退任を迫るには、総裁選挙の際に圧力をかけるのが唯一の現実的な手段といえるからだ。アブドラ前首相は、2008年総選挙で多くの議席を失った責任を問われ、同年中に実施予定だった党総裁選挙を前に退任に追い込まれている。ほかに首相の責任を問う手段としては、党規律委員会で処罰を下す、あるいは下院で不信任案を可決するといった方法があるが、党規律委員会には独立性がなく、不信任案の可決は与党連合の分裂が条件であるため、いずれも実現困難である。

そのなかで与党の空気を変えていくには世論を大きく動かすしか手立てはないが、その担い手となるべき野党は分裂している。2008年総選挙以降、野党は政党連合・人民連盟を結成して支持を拡大してきた。ところが宗教政策をめぐるイスラーム政党PASと華人・インド人主体のDAPとの対立が今年に入って激化し、ついに先月、人民連盟は解体してしまった。

与野党どちらからの圧力も、いまのところ首相を倒すほどの強さはない。そのなかで、疑惑は積み重なり政府の信頼は失われ続けている。ナジブ首相は政局が荒れる展開を回避できたのかもしれないが、マレーシアが抱える政治リスクはむしろ高まっている。

脚 注
  1. "Law firm confirms Rosmah’s account, wants authorities to probe into privacy breach," The Malaysian Insider, July 10, 2015.
  2. "Bribery scandal linked to Malaysian Prime Minister Najib Razak," Sydney Morning Herald, July 14, 2015.
  3. "Special task force members investigated over WSJ leak," The Malaysian Insider, July 13, 2015.
  4. "Hiding information also a crime, Dr Mahathir says as Putrajaya hunts for 1MDB whistleblowers," The Malaysian Insider, July 14, 2015.
  5. "Going on leave best of 3 options for Najib, says Musa Hitam," The Malaysian Insider, July 10, 2015.
  6. "Govt agrees to body to handle oil royalty," The Star, December 14, 2008.
  7. 2009年7月20日付首相官邸声明。
  8. "1MDB repays RM2 billion loan after Ananda Krishnan bailout, say sources," The Malaysian Insider, February 12, 2015.
  9. "1MDB used up RM600 million of 'standby credit', says minister," The Malaysian Insider, March 14, 2015.
  10. 末永恵「 マレーシア首相一家と蜜月、大富豪ジョー・ローの謎 」2015年3月31日付、JBpress。
  11. "Clarifying facts about Jho Low’s businesses – Media Statement," The Malaysian Insider, May 5, 2015.
  12. "Further USD$330 million Went Straight To Jho Low's Good Star Limited From 1MDB!Sarawak Report, April 25, 2015.
  13. "Opposition worked with Sarawak Report to forge 1MDB documents, says BN," The Malaysian Insider, July 15, 2015.
  14. "Fund Controversy Threatens Malaysia’s Leader," Wall Street Journal, June 18, 2015.
  15. "Umno to delay party polls by 18 months, says Najib," The Malaysian Insider, June 26, 2015.