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論考

ベネズエラふたたび政治の季節――権威主義体制下の選挙と国際的要因

Preparing for 2024 Presidential Election in Venezuela: Elections under Authoritarian Rule and International Factors

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2024年2月

(10,999字)

ふたたび政治の季節

過去10年ベネズエラは民主主義の崩壊、ふたりの大統領が並び立つ政治的混乱、ハイパーインフレと経済縮小、食料や医薬品の欠乏で犠牲者が出る人道的危機、770万人(人口の2割弱に相当)の国外脱出など、複層的な危機下にある。国際社会からはニコラス・マドゥロ(Nicolás Maduro)政権に対する非難が集まり、国際仲裁の動きも活発化した。2019年後半以降はマドゥロ政権がいっそう権威主義的対応を強めたことと反政府派の弱体化により、ベネズエラ政治は混乱したまま約4年間膠着状態に陥っている。

写真1 マドゥロ(左)がブラジルのルーラ大統領(右)をブラジリアに訪問(2023年5月29日)

写真1 マドゥロ(左)がブラジルのルーラ大統領(右)をブラジリアに訪問(2023年5月29日)

しかし2024年末に予定される大統領選を約1年後に見据え、2023年10月ごろからふたたびベネズエラ政治が動きはじめた。2024年大統領選に向けてのプロセスは、国内の政治対立のみならず、国際的要因と深く絡み合いながら進んでいる。同月にはノルウェーをはじめ諸外国による仲裁のもとマドゥロ政権側(「チャベス派」)、反チャベス派双方で大統領選に向けてのはじめての合意が達成されるとともに米国による経済制裁が突如として一時解除された。12月には、マドゥロ政権が隣国ガイアナと120年以上にわたり係争中の領有権問題について国民投票を実施し、その結果を受けて同地域の実効支配を進めるとの報道が流れた。米国による経済制裁の一時解除とマドゥロ政権によるガイアナ領有権に関する国民投票実施の背景には、いずれも2024年末の大統領選がある。

本稿ではまずベネズエラの民主主義の後退、権威主義化の状況を概観したのち、2019年にふたりの大統領が並び立つ政治混乱がなぜ起きたのか、そしてその後の混乱が膠着していく状況を振り返る。それを受けて2023年10月以降の2024年大統領選に向けての動きについて考察を進める。

民主主義の後退、権威主義化

ベネズエラの国内政治に国際社会が深く関与するようになったのは、民主主義の後退と権威主義化、そして政権による著しい人権侵害が広がったためである。世界各国の民主主義に関する専門家評価、V-Demは、ウーゴ・チャベス(Hugo Chávez)前政権の初期からそのプロセスが始まっていたこと、チャベス、マドゥロ両政権は選挙を頻繁に実施しながらも、選挙民主主義の評価が低く、選挙の質が専門家によって疑問視されていることを示している(図1)。フリーダムハウスの調査でもベネズエラに対する評価は厳しく(表1)、とくに選挙の自由や中立性などに関する項目(「選挙プロセス」、満点12)では、合計評価点が2018年には2、2019年以降はゼロと評価されている。この時期には大統領選挙、国会議員選挙、地方選挙が実施されているが、専門家はこれらを形骸化し内実のないものであると認識している。

図1 V-Demベネズエラの民主主義指標の推移

図1 V-Demベネズエラの民主主義指標の推移

(出所)V-Demデータセットより作成(retrieved September 8, 2023)

表1 ベネズエラのフリーダムハウス総合自由スコアの推移

表1 ベネズエラのフリーダムハウス総合自由スコアの推移

(注)総合自由スコアはPR(政治的権利、最大40点)とCL(市民的自由、最大60点)の合計。
PRは A~Cの合計、CLはD~Gの合計。
個別質問は0~4(自由)ポイントで評価され、PRは合計 10質問、CLは合計15質問からなる。
(出所)Freedom House ウェブサイトより筆者作成

チャベス期から見られた市民に対する人権侵害や暴力も、マドゥロ期には規模と強度が増した。政権を死守するためにマドゥロ政権は、反チャベス派が支配的な国会の立法権限のはく奪、反チャベス派政治家やジャーナリスト、人権活動家に対する抑圧、抗議行動をする学生や一般市民への暴力的対応など、権威主義色を強めた。

国連人権高等弁務官とその事務所(OHCHR)の報告書によると(OHCHR 2019)、政治対立が最も先鋭化した2019年1~5月の5カ月で少なくとも1万5000人以上が政治的理由で拘束され、政府発表では29人、OHCHRの調査では66人が抗議行動の場で命を落としている。なかには治安当局側の犠牲者も少数いるが、大半は抗議行動に参加していた市民であった。

同報告書では、抗議行動への暴力的対応に加えて、治安対策として貧困層居住地域における犯罪グループ一掃を目的とした治安当局による過剰な暴力に多くの市民が巻き込まれている状況も報告されている。治安当局による暴力の犠牲者として、「当局側への抵抗」が理由で命を落とした人は2018年には5287人(政府発表数字。人権団体の報告では少なくとも7523人)にのぼる。

これらの数字が如実に示すように、ベネズエラでは反政府派の政治リーダーや政党に限らず、多くの一般市民が国家による暴力の対象となってきた。このような人権状況に対して、米国、EU、カナダやいくつかの南米諸国、OHCHR、米州機構(Organization of American States: OAS)、国際人権NGOなどがベネズエラへの監視と介入を強め、国際刑事裁判所(International Criminal Court: ICC)が人道的犯罪の責任者としてマドゥロに対する刑事捜査を開始している。

形骸化した選挙

チャベス、マドゥロ両政権下で上述のように歪められた選挙が実施されてきた背景には、すべての国家権力、なかでも国家選挙管理委員会(Consejo Nacional Electoral: CNE、以下「選管」)と司法をチャベス派が支配してきたことがある。とりわけ選挙の中立性と透明性を担保すべき選管委員長には、チャベス派の有力政治リーダーを含むチャベス派の人物が歴代任命されており、彼らがチャベス派に有利になるように選挙を歪めてきた1

チャベス、マドゥロ両政権による選挙操作は、自らに有利になるような実施時期の変更、選挙区の変更、投票方法の変更、与党キャンペーンのために国営企業の施設や設備の利用、複数の国営放送を使った与党キャンペーンなど多岐にわたる。加えて、秘密投票原則が尊重されないとのメッセージを意図的に有権者に与える戦略をとってきた。チャベス政権が導入した自動投票システムと指紋スキャナーの併用は、誰に投票したかが政権側に知られるとの恐怖心を反チャベス派有権者に与えた。その背景には、2004年にチャベス大統領に対する不信任投票が実施された際に集められた署名リストを、その後反チャベス派有権者リストとして政権が政治利用してきたことがある。たとえば、マドゥロは2013年に大統領選で辛勝した際に、「私に投票しなかったチャベス派有権者90万人の氏名、身分証明書番号を把握した」と発言し、有権者を威嚇した(坂口2013, 5)。その署名リストに氏名がある人は公務員であれば解雇され、国営銀行の融資を拒否され、中央政府からコミュニティ開発予算を受け取るための地域住民委員会の登録が認められない。

このように、チャベス期から選挙の公平性は大きく歪められていたものの、2015年までの選挙や国民投票にはいくらかの競争性がまだ残されていた。実際2007年にはチャベスが提案した憲法改正案が国民投票で否決され、2015年12月の国会議員選挙では反チャベス派が勝利し、過半数の議席を獲得している。そして、この2015年国会議員選挙での大敗こそが、チャベス派が国会の権限を奪い、また選挙の競争性を完全に否定する契機となった。というのも、最高裁、検察、選挙管理委員会のメンバーの任命権が国会にあるため、チャベス派の危機感が高まったからである。

2017年3月には最高裁が、反政府派が過半数支配する国会の立法権限をはく奪し、最高裁自らがそれを担うとの決定を下した。憲法規定を無視したその決定に対しては国内外から即座に厳しい非難が寄せられ、数日で撤回せざるを得なくなった。そのためチャベス派はそれに代わる策として、2017年7月に、制憲議会を設立するとして制憲議会選挙を公布した。憲法は、憲法制定の権限は国民にあり、その国民の意思に基づいて国会、大統領、また有権者(署名集め)が、それぞれ一定数の賛成条件を満たした場合に発議することができると規定する。しかし当時チャベス派内部でさえも憲法制定の議論はされておらず、突然の提案であった。世論調査によれば国民の大勢はこの提案に反対であり、また新憲法制定には国民投票による有権者の意思確認が必要であると考えていた2

さらにマドゥロ政権は、この選挙を一人一票ではなく、チャベス派の勝利を確実にするようなデザインの特異な選挙で実施すると発表した3。反チャベス派はこのプロセスを阻止しようと、直前に国内外で非公式の市民投票を実施した。750万人以上が参加して98%が制憲議会選挙の中止を求める意思表示をしたが、マドゥロ政権は制憲議会選挙を強行した。反チャベス派は、公平性が歪められた選挙に参加するとその正統性を裏付けることになるとして同選挙をボイコットし、その結果制憲議会は100%チャベス派で占められることとなった。制憲議会は、新憲法制定に関する議論をすることなく、反チャベス派から奪った国会機能を代替することに専念した。そして、反チャベス派のボイコットによりチャベス派が選挙で国会支配を奪還した2020年12月に解散している。なお2020年の国会議員選挙を反チャベス派がボイコットした理由は、最高裁が反チャベス派の主要3政党に内政干渉し、それら政党の執行部を「乗っ取る」という暴挙にでたためである(詳細は後述)。

これ以降も、2018年大統領選挙、2020年国会議員選挙のいずれも制憲議会選挙同様チャベス派勝利ありきの形ばかりの選挙であった。それは、上述のような公正な選挙を妨害する行為に加え、反チャベス派の有力政治家や主要野党に対する弾圧が拡大した結果である。ひとつには、反チャベス派統一候補となりうる有力な反チャベス派政治リーダーに対して、被選挙権のはく奪や公職追放、政治的理由による逮捕、または逮捕状発出により亡命に追いやるなど、立候補できない状況に追いこんできた。大統領選で2回反チャベス派の統一候補となった第一義正義党(Primero Justicia: PJ)のエンリケ・カプリレスは2017年に15年間の公職追放となっている。大衆の意思党(Voluntad Popular: VP)では、党首レオポルド・ロペス(公職追放、逮捕、脱出してスペインに亡命)、書記長カルロス・ベキオ(逮捕状を発出され米国に亡命)、書記長フレディ・ゲバラ(チリ大使館に亡命)と執行部が軒並み選挙に参加できない状況に追いやられた(坂口2019, 55)。そして後述するように2024年大統領選挙で反チャベス派の統一候補となったマリア・コリナ・マチャドも15年間の公職追放措置を受けている。

このような反チャベス派の有力政治家個人に対する政治的迫害に加え、最高裁は反チャベス派政党に対する政党活動や選挙参加への妨害を繰り返してきた。2018年大統領選挙時に最高裁は、選管に対して、反チャベス派の政党連合、民主統一会議(Mesa de Unidad Democrática: MUD)を選挙から排除するよう命令した。また最高裁は2020年12月の国会議員選挙を控え、反チャベス派の政党執行部を「乗っ取る」という暴挙にも出ている。最高裁憲法法廷は、反チャベス派の主要政党3つの執行部を無効とし、最高裁がそれら政党の執行部としてマドゥロ政権に近い人物を指名し、選挙に立候補できるのはその暫定執行部のみであるとしたのである4。反チャベス派は強く反発したが、最高裁に加えて選管、検察などもすべてチャベス派が支配しているため打つ手がなく、反チャベス派の政党連合MUDは2020年国会議員選挙をボイコットせざるを得なかった。

チャベス派としては、自由選挙の体裁を保つために、力のない対抗馬が数人選挙に参加すると都合がよい。一方、反チャベス派内でも少数派政党のなかには、反チャベス派主流派が選挙をボイコットする状況で、反チャベス派有権者の票を獲得することでチャンスをつかもうとする人物や、チャベス派からの懐柔を受け、上述のように最高裁が反チャベス派政党の「党首」として指名した人物らが立候補した。その結果、274議席(先住民枠3議席を除く)のうち与党が253議席を獲得した。しかし投票率は30.5%で、反チャベス派が勝利した2015年の国会議員選挙時の投票率74%の半分以下にとどまった(坂口2021b)。

「ふたりの大統領」

このように2015年の国会議員選挙で敗北を喫して以降、チャベス派は反チャベス派政党の自由な政党活動の妨害と選挙の公平性を棄損してきた。そして反チャベス派はそのたびに、そのような選挙に参加すべきかボイコットすべきかで内部で意見が対立し、結束力が低下して弱体化していった。反チャベス派の主要政党は、チャベス派勝利ありきの出来レースの選挙に参加すれば、その選挙結果に正統性を付与することになるとして選挙をボイコットするが、ボイコットすれば勝算はゼロだとして選挙参加を主張するグループもいる。反チャベス派主流派が選挙をボイコットした結果、2017年制憲議会選挙、2018年大統領選挙、2020年国会議員選挙はすべてチャベス派が「圧勝」してきた。そのような状況に対して国際社会は厳しく非難し監視の目を強め、それらの選挙結果を承認せず、米国は経済制裁を科してきた。

2018年5月の大統領選は、マドゥロ政権がカプリレス、ロペス、マチャドなど、反政府派の主要政治家の多くを選挙に立候補できない状況においたうえで選挙を公布したため、反チャベス派は選挙をボイコットした。しかしマドゥロ政権は選挙を強行し、「再選」されたとしたため、反チャベス派および欧米、日本、カナダや南米諸国からなるリマグループ5などは、同選挙は民主主義の最低限の基準も満たさず、その結果に正統性はないとして、マドゥロ「再選」という選挙結果を承認していない。

2019年1月10日はマドゥロ政権1期の任期の完了日であり、新政権が誕生する日でもあった。マドゥロは前年の選挙で再選されたとして同日2期目に「就任した」。それに対して反チャベス派は、その選挙結果に正統性はなく、すなわち同日をもって民主的選挙で選出された正統な大統領が不在となったとする。憲法233条は、選挙で選出された大統領が就任前に絶対的不在となった場合、新たに選挙で選出された大統領が就任するまで国会議長が暫定大統領を務めると規定する。これに基づき反チャベス派が支配的な国会の議長フアン・グアイド(Juan Guaidó)が暫定大統領就任を宣誓した。その結果マドゥロとグアイドの「ふたりの大統領」が、それぞれの正統性を主張して並び立つ異常な事態に陥った。欧米日、リマグループなど50カ国以上がグアイドを正統な大統領として承認・支持する一方、中国、ロシア、キューバ、イランなどがマドゥロを正統な大統領であるとした。

グアイドという新しいリーダーの登場と、米国をはじめ国際社会からの強力な支援を受けて、2019年前半には反チャベス派は急速に勢いを取り戻し、マドゥロを幾度となく失脚の瀬戸際に追い込んだ。しかし、グアイドらはそれらのチャンスを活かしてマドゥロ失脚や政権交代に結びつけることができなかったため、マドゥロ政権の実効支配が続いている。反チャベス派有権者は、いくつかのチャンスと国際的支援がありながら政権交代につなげられなかったグアイドに対して不満と怒りを強め、彼への支持率も大きく落ちた。2023年2月の世論調査では、グアイドを肯定的に評価した人は11.3%で、マドゥロの22%よりも下回っている6。反チャベス派市民のあいだでは政治的無力感が広がり、マドゥロ政権に対する抗議行動は2019年後半以降減少していった。そして、経済破綻による生活苦もあり、多くの人が国外に出ることを選択した。

反チャベス派が支配的な2015年選出の国会(以下「2015国会」)の憲法上の任期は2021年1月5日で切れた。チャベス派は2020年12月選挙の結果を受けて、チャベス派が支配的な国会(以下「2020国会」)を発足させた。一方反チャベス派は、その選挙が上述のように民主的な選挙ではなかったため2021年1月5日以降は正統な国会は存在しないとして、2015国会は自らの任期を延長することを決定し、グアイド暫定政権も継続することになった。しかしマドゥロの2期目の正統性がないのと同様、反チャベス派の2015国会が自らの任期を延長することの正統性も憲法上に見いだせない。米国などは引き続きグアイド暫定政権を承認しているが、EUは彼を暫定大統領として処遇することをやめるなど、国際的にも暫定政権の正統性が疑問視されるようになった。彼への支持が下落したこともあり、2022年12月には2015国会は暫定政権を終了させることを決定した。グアイドは2023年4月、自らと家族の身に危険が迫ったとして陸路コロンビアに脱出したが、コロンビアは入国させずトランジットの扱いとしてそのまま米国に出国させた。チャベス派の検事総長は、米国に亡命中のグアイドに対して同年10月に国際手配の手続きを取った(Pozzebon 2023)。

近づく2024年大統領選挙

2019年後半以降の4年間、反チャベス派は政権交代に向けて有効な手が打てず、内部対立を繰り返したことで求心力や反チャベス派市民に対する動員力を失い、弱体化した。しかし2024年大統領選挙をみすえて2022年からはふたたび統一候補擁立に向けて動き始めた。反チャベス派の政党に加えて市民社会組織も加わった広範な政治組織「統一プラットフォーム」(Plataforma Unitaria)が統一候補擁立のための予備選挙の準備を進め、2023年10月22日に国内外で約230万人が投票した。人口の約2割以上が国外に出ているため、世界30カ国80都市でも予備選投票が組織され、約13万人の在外ベネズエラ人が投票した。カプリレスなど、立候補予定だったが公職追放の身であることから選挙での混乱が反チャベス派に不利になると考え立候補を取り下げた人もいる。最終的に10人が立候補したなかで、元国会議員のマリア・コリナ・マチャド(Maria Corina Machado)が92.35%の得票率で圧勝し、反チャベス派の統一候補となることが決まった7

写真2 マリア・コリナ・マチャド(右から2人目の女性)。

写真2 マリア・コリナ・マチャド(右から2人目の女性)。 2014年5月11日、 政治犯の釈放を求める抗議集会にて。
右から3人目は、当時反チャベス派の有力大統領選候補として名前があがりながら獄中にいたレオポルド・ロペスの妻。

56歳のマチャドは、ベネズエラでも有数の企業家で製鉄企業Sivensaの所有者兼社長エンリケ・マチャド・スロアガ(Henrique Machado Zuloaga)の娘である8。選挙の透明性と政治参加の拡大をめざす政治系NGOのSúmateを設立し、反チャベス派市民社会組織の代表として活動していた。2013年の大統領選の反チャベス派の統一候補擁立のための予備選に立候補し3位に終わっており、今回が2回目の挑戦であった。反チャベス派が勝利した2015年国会議員選挙では、与野党あわせて最多票を獲得している。一方で、マチャドは反チャベス派のなかで主流派ではない。大衆の意思党(VP)、第一義正義党(PJ)、民主行動党(AD)、勇敢な国民同盟党(Alianza Bravo Pueblo: ABP)の4政党が反チャベス派の主流派をなすが、マチャドはそれらと一線を画し、個人政党「おいでベネズエラ」(Vente Venezuela)を率いる。彼女は政権交代に向けての戦略では主流派よりも強硬で、経済政策面ではもっとも急進的に自由化を主張している。たとえば、マドゥロ政権による権威主義体制を終わらせるために、米州機構(OAS)の米州相互支援条約に基づく軍事介入の必要性を主張したり(Ospina-Valencia 2020)、国際仲裁に基づくマドゥロ政権と反チャベス派の対話に反対したりしてきた。経済政策では、ほかの反チャベス派候補も破綻経済を立て直すために経済自由化を主張しているが、マチャドは国営石油会社PDVSAも含めた国営企業の民営化を主張している9

しかしマチャドの大統領選立候補には大きな懸念がある。それは、公職追放処分を受けていることである。そのため大統領選で勝利しても、チャベス派が支配する選管や最高裁が大統領就任を認めない可能性が否定できない。また、その可能性を考えて反チャベス派有権者が投票に迷えば、反チャベス派には不利になる。しかしマチャドは公職追放には正統性がないとしてとりあわず、予備選に立候補し、統一候補となった。なおチャベス派についてはマドゥロが立候補する可能性が高いが、マドゥロ自身はまだ立候補するか否かを明言していない10

反チャベス派の予備選挙直後に行われた世論調査では、大統領選においてマチャドに投票すると回答した人が70%以上、一方マドゥロまたはチャベス派候補に投票するかという問いに対する回答は、「はい」が8.9%、「いいえ」が81.9%となっている11。マチャドの公職追放が解除され、公正な選挙が行われれば、マチャドが勝利して政権交代につながる可能性はきわめて高い。

チャベス派政権を死守するためには、チャベス派は前回どおりマチャドの立候補を妨害し、選挙を形ばかりのもので済ませる必要がある。しかし前回と異なり今回は、米国やEUなど国際社会によるベネズエラ大統領選への監視の目が強まっている。2024年大統領選は、チャベス派、反チャベス派候補(マチャド)のあいだで戦われるということ以上に、国際的な監視圧力がマドゥロ政権にどれほど効果的に作用して公正で透明な選挙実施につなげられるかが重要になるといっても過言ではない。

選挙をめぐる国際社会の関与は、ひとつはノルウェーなど第三国による、チャベス派、反チャベス派のあいだの対話の仲介であり、もうひとつは経済制裁緩和を交渉カードに公正な大統領選挙の実施と政治犯の釈放などを求める米国による圧力である。大統領選を約1年後にみすえた2023年10月には、それらふたつが連携して急に大きな進展をみせた。ひとつは、ノルウェーの仲介によりバルバドスで行われていたチャベス派と反チャベス派の対話交渉において、大統領選に関して両者がいくつかの合意に達したことである(Yanuacelis 2023)。合意内容は、大統領選は2024年下半期に実施すること、有権者登録を更新すること(選挙不正の原因のひとつと見られてきた)、EU、米国のカーターセンターおよび国連の専門家を選挙監視団として参加させること、候補者は各政治勢力が自由に選出すること、などである。一方で、反チャベス派がもっとも重視する、反チャベス派候補者に対する公職追放や被選挙権はく奪の解除は合意に含まれていなかった。

バルバドスでの合意を受けて、米国財務省は即座にベネズエラの石油・天然ガス・金の取引およびベネズエラの国債と国営石油会社PDVSAの社債のセカンダリー市場における取引に対する制裁措置を一時解除すると発表した。これによりマドゥロ政権は、石油輸出による外貨収入を大幅に増やすことが期待できる。しかしこれはあくまでも一時解除であり、その条件として米国は、反チャベス派候補者に対する公職追放措置の解除と、政治犯の釈放、ベネズエラで拘束されているアメリカ人の釈放などを求めている。そしてそれらの措置が11月末までに取られない場合は制裁措置を戻すとして、マドゥロ政権に圧力をかけている。

マドゥロ政権は合意内容であった政治犯の釈放を開始した。政治犯の支援組織Foro Penalによると、10月半ば時点では273人の政治犯(146人の軍人を含む)が拘束されていたが、上述のバルバドス合意と米国による経済制裁解除の翌日に6人が釈放された12。12月には、マドゥロ政権に深く入り込み、汚職やマネーロンダリングに関与しているとして米国で拘束中であった企業家アレックス・サーブ(Alex Saab)のベネズエラ送致と引き換えに、13人のベネズエラ人政治犯と8人のアメリカ人が釈放された13

米国が経済制裁解除の条件として求めた点のうち、政治犯の釈放は直接的に大統領選には影響しないためマドゥロ政権としては取り組みやすく、米国に対して合意条件に取り組んでいると印象づけることができる。一方で、反チャベス派の統一候補マチャドの公職追放を解除することは、チャベス派にとってはきわめてリスクが高い。とはいえ、米国はそれをしないと再び経済制裁カードを切ると宣言している。バルバドスではEUや米国カーターセンターなどの国際監視団の参加についても合意しており、2024年大統領選は国際的監視の目と介入が2018年よりはるかに強いなかで準備・実施されることになる。

ガイアナ領有権問題

2023年10月4日、反チャベス派の予備選の1カ月前にマドゥロは、隣国ガイアナと120年以上にわたり係争中のエセキボ地域の領有権について国民投票を実施すると発表した。12月3日に国民投票を実施し、投票者の95%以上の賛成を得られたとして、同地域に新州を設置することや同地域住民にベネズエラ国籍と身分証を付与すること、国境地帯へ国軍を派遣することなどを発表した。ロシアによるウクライナ東部に対する一方的な領有権の主張と軍事侵攻を目の当たりにしてきた国際社会に対して、ロシアと親密な関係にあり、そのウクライナ侵攻を支持したベネズエラのマドゥロ政権が南米大陸で同様の行動に出たことは衝撃を与えた。

エセキボ地域の領有権問題は植民地時代にそのルーツがあるが、この問題が今ほど先鋭化したことはなかった。大半が密林におおわれた同地域の領有権をマドゥロが強く主張するのは、ひとつには同地域沿岸部に大きな石油埋蔵量が2015年に発見され、石油開発が進んでいることがある。それに加えて、2024年大統領選をみこして、国民の不満を外にそらし、領土問題でナショナリズムをあおることで大統領選を有利に運ぼうとの政治的思惑がすけて見える。反チャベス派有権者も賛成しやすく、また反チャベス派政治家も反論しにくい領有権問題を主導することで、自らの求心力を高めようという思惑が、この国民投票にはあると考えられる。ただ、国際社会からの反発を受け、友好関係にある隣国ブラジルからも反対されながら、広大なエセキボ地域を手中におさめ実効支配を継続することは、マドゥロ政権には軍事的また資金的にも困難で、軍事侵攻する可能性はほぼないだろう。実際、国民投票のわずか11日後にマドゥロはガイアナのアリ(Irfaan Ali)大統領と会合し、武力で問題解決を試みないことで合意している。

とはいえ、マドゥロとしては、隣国と領有権問題について交渉を続けるだけでも、有権者のナショナリズムをあおり続けることで大統領選を戦うにあたりメリットがあるだろう。実際に軍事侵攻する可能性はほぼないと思われるが、国境付近に軍を派遣して小競り合いをすることはあるかもしれない。国際社会の監視の目が厳しいなかで大統領選を今までのように歪めることができずにその結果敗北および政権交代の可能性が高まった場合、「戦争状態にある」ことを理由に選挙の延期やキャンセルの口実にする可能性がゼロではないだろう。

ふたたび動き始めたベネズエラ政治は、米国の制裁解除カードや国際社会による監視、ガイアナとの領有権問題と、今まで以上に国際的要因と絡み合いながら、2024年後半に予定されている大統領選挙に向かって展開していくことが予想される。

(2024年1月5日脱稿)

【付記】チャベス派が支配する最高裁は1月26日、マチャドに対する公職追放措置の維持を決定した。それを受けて同29日に米国は、昨年10月に解除した経済制裁のうち、ベネズエラの国営金採掘会社と米国企業の取引を禁止する措置を発表した。石油取引に対する制裁措置の再導入の可能性も高まっている。

※この記事の内容および意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式意見を示すものではありません。

写真の出典
  • 写真1  Palácio de Planalto, Brasilia(CC BY 2.0
  • 写真2  Carlos Díaz(CC BY 2.0) トリミングあり(cropped)
参考文献
著者プロフィール

坂口安紀(さかぐちあき) アジア経済研究所地域研究センター主任調査研究員。専門はベネズエラ地域研究。おもな著作に『ベネズエラ──溶解する民主主義、破綻する経済』中公選書(2021)、『チャベス政権下のベネズエラ』(共編著)アジア経済研究所(2016)、『途上国石油産業の政治経済分析』(共編著)岩波書店(2010)など。

書籍:ベネズエラ──溶解する民主主義、破綻する経済

書籍:チャベス政権下のベネズエラ


  1. 選管委員長を務めたチャベス派力政治家としては、ホルヘ・ロドリゲス(Jorge Rodríguez)とターニャ・ダメリオ(Tania D’amelio)があげられる。ロドリゲスは選管委員長を辞職した直後に副大統領に指名されるほどチャベスの信任が厚い人物で、その後も大臣や国会議長などの要職を歴任した。ダメリオは、与党国会議員を辞職した当日に選挙管理委員に就任し、その後委員長も務めた。2022年4月以降は最高裁判事を務めている。
  2. Datanalisis社の世論調査では、85%が憲法改正に反対、86.1%が憲法改正には国民投票の実施が必要と回答している(坂口2018, 50)
  3. 制憲議会選挙から同議会設立の経緯については坂口(2018)に詳述。
  4. 坂口(2021b, 11)、もとは“TSJ expropia a AD, PJ y VP con una «oposición» a la medida de Maduro.” Acceso a la Justicia, 10 de julio, 2020.(2023年12月28日アクセス)
  5. ベネズエラの政治危機解決と民主主義の回復のための協議仲裁を目的として2017年に発足した米州12カ国(当初)のグループ。主なメンバー国は、コロンビア、ペルー、アルゼンチン、ブラジル、メキシコ、カナダ、チリなど(のちに南米諸国の政権交代により加盟国に変動あり)。
  6. Encuesta de Datanálisis: Rafael Lacava duplica en intensión de votos a Nicolás Maduro.” Noticia al Día y a la Hora, 22 de febrero, 2023. 同調査でチャベス派もあわせてもっとも高い評価を受けた政治家は、2024年大統領選の反チャベス派統一候補に選ばれたマリア・コリナ・マチャドであった。
  7. Último Boletín de Resultados de la Elección Primaria.” Comisión Nacional de Primaria(2023年12月28日アクセス)。
  8. Falleció el empresario Henrique Machado Zuloaga, padre de María Corina Machado,” Tal Cual, 22 de enero, 2023. 
  9. María Corina Machado insiste en privatización de PDVSA y otras empresas públicas estratégicas.” Venezuela News, 12 de julio, 2023.
  10. Nicolás Maduro deja en manos de Dios… su candidatura presidencial de 2024.” Tal Cual, 1 de enero, 2024.
  11. Encuesta Meganálisis: María Corina Machado le ganaría a Maduro en unas presidenciales con más de 70%.”El Nacional, 9 de noviembre, 2023.
  12. Liberan a 6 opositores presos tras acuerdo entre gobierno venezolano y un sector de la oposición.” AP, 20 de octubre, 2023.
  13. Venezuela libera a 13 presos políticos y 8 estadounidenses.” DW, 20 de diciembre, 2023.
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