中東地域の政治変動—政軍関係、民主化、国際関係—

2012年1月31日(水曜)
シェラトン都ホテル東京
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主催:ジェトロ・アジア経済研究所、世界銀行、朝日新聞社

基調講演2 「『アラブの春』後の経済面の機会と課題」

シリル・ミュラー(世界銀行対外関係担当副総裁)

世界銀行が本日、IDE-JETROおよび朝日新聞社と共にこの国際シンポジウムを開催することができたいへん光栄に思います。リサ・アンダーソン総長の基調講演から、中東がきわめて多様性に富んだ地域であることがわかりました。私からは、経済および開発の観点からアラブ地域においてどのような課題があるのか、そして現在まさに進みつつある情勢の変化がこの地域の経済、開発にどう影響を与えるのかについて議論したいと思います。

リサ総長からこの地域の政治情勢においても複雑性と多様性が鍵であるとお話がありましたが、私は経済情勢においても全く同様のことが言えると考えています。私がきょうお話しようと考えている内容は、大きく言って4点です。第一にこの地域における経済情勢の見通し、第二に投資の機会と課題、第三にこの地域における改革アジェンダ、そして第四に世界銀行グループの役割です。

ではまず一点目の「経済の見通し」についてお話ししたいと思います。中東・北アフリカ地域(MENA)の発展途上国では、GDP成長率は2011年に1.7%に落ち込みました。しかし、世界銀行グループは2012年には2.3%、2013年には3.2%にまで回復すると見込んでおります。新たな対内投資などが想定されるためです。他方この地域におけるダウンサイドリスクとしては、(1) 国内政治の不安定性、(2) ユーロゾーン(EU)の経済低迷が与える影響、そして(3) 財政状況の悪化が挙げられます。現在進行しているヨーロッパの金融危機は、2008年に起きた金融危機と比較しても、特にMENA地域に深刻な影響を与えると考えられるからです。さらに、石油輸入国である非産油発展途上国においては深刻な影響が懸念されます。

第二に、投資の機会と課題についてお話したいと思います。マクロ経済状況の悪化がもたらす投資環境への影響をわれわれは無視することはできません。北アフリカ地域において、ほとんどの国で対内投資は鈍化しています。(例外的にモロッコにおいては、観光業などもあって湾岸諸国からの援助量流入は順調に続いています。流動性の担保にも一躍を買っています。)短期的には企業が対MENA投資を減額・保留・中止していますが、この状況はしばらく続くと思います。しかし、実際にはこの地域において、投資機会は確実に存在しているということを申し上げたいと思います。世界銀行グループは、報告書を上梓し、中東・北アフリカ地域に関して興味深い提言をしています。そこでは、短期的な低迷要素はあっても、長期的には投資家にとって大きな変化はもたらされていないことが論じられています。3億5,500万人の人口を抱えるこの地域には、分厚い中間層が存在しています。また、いくつかの重要な社会開発指標をみても改善が見られます。例えば、平均寿命はおよそ70歳に達し、初等教育修了率は90%と高く、また児童死亡率においても改善が見られます。これらは投資家にとっても魅力的な要素となるはずです。実際、世界銀行グループの多国間投資保証機構(MIGA; Multilateral Investment Guarantee Agency)によるサーベイの結果では、投資家たちは対MENA投資の準備があると回答しています。ただし彼らは最低一年間国が政治的に安定することが要件であるとしており、興味深いことに非民主的政府のもとでも安定期間が一年以上続けば投資を検討する用意があるとしています(イラン・イラクなどのホットスペースは除く)。

三点目の今後の改革アジェンダですが、自由で透明性と責任がある政府の樹立のためにはそれを下支えする経済制度・経済政策の改革が重要と考えます。またこの地域では雇用創出が大きな課題です。タハリール広場に集結したのは多くが若者たちでしたが、人的資本蓄積が進みつつあるこの地域の若者たちに見合った質と量の雇用を創出していくことが望まれます。四点目として世界銀行グループの支援策ですが、「アラブの春」以降、世銀は「透明性」を重視しており、融資条件として財務状況の公開を義務付けています。各種の法改正など制度改革に基づいて経済改革プログラムを実施し、アカウンタビリティと政府の透明性の向上に向けて支援しています。従来から世界銀行グループは経済諸要素への支援を重視してきましたが、現在では特に政府の透明性、持続的な政府の樹立、雇用の創出を支援しています。

シリル・ミュラー(世界銀行対外関係担当副総裁)

シリル・ミュラー
(世界銀行対外関係担当副総裁)