中東地域の政治変動—政軍関係、民主化、国際関係—

2012年1月31日(水曜)
シェラトン都ホテル東京
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主催:ジェトロ・アジア経済研究所、世界銀行、朝日新聞社

基調講演1 「指導者、体制、および国家:アラブ世界における民主主義の展望」

リサ・アンダーソン氏(カイロ・アメリカン大学総長)

本日はシンポジウムにお招きいただきましたことに感謝申し上げます。「アラブの春」をめぐる政治的状況について講演させていただきます。

過去1年でアラブ地域の政治状況は劇的に変化しました。頑強と思われていた権威主義体制、独裁体制が人々の抗議行動によって変わりつつあります。過去数十年のアラブ世界は一貫して権威主義が続き、政治体制は画一的と見られてきました。しかしながら,現在の政治状況は国によって大きく異なるものとなっています。各国の違いはどこから来るのでしょうか。

これまでアラブ諸国の独裁体制の相違を明確に認識できなかったのは、指導者、政治形態、国家の3つを混同して分析した部分があったためだと思われます。例えば、指導者に焦点を当てたとき,その政治形態を詳細に分析することを怠ってきました。しかしながら、アラブ各国は、政権運営の規準、政府と国民との関係などにおいて違いがあり、さらに国家の統合、能力にも大きな差があります。

チュニジアに端を発し、アラブ地域全体に広がった抗議行動を通じて、人々は経済的な要求だけでなく、市民権、自由、尊厳を求めました。それは各国に共通する要求でした。なかでも、インターネットによって国境を越えたコミュニケーションを実現した若者たちは、抗議行動を先導し、政府を動かすのに大きな役割を果たしました。

抗議行動において、各国の人々は共通の要求を掲げました。しかしながら,その後の過程は国によって大きく異なるものでした。その違いはどこからくるのでしょうか。まず、これまで体制を維持している政府は、その生き残りを可能にした要因として、次の2つ、ないしは3つの特徴を指摘できます。

ひとつは、豊富な財政収入です。石油資源からの豊富な財政収入を分配することで、人々の経済的な不満を沈め、抗議活動を沈静化させました。この手法は、サウジアラビア・アルジェリア・オマーンなどに見られました。しかし、リビアの例は、豊富な財政収入が体制生き残りを保証する手段では必ずしもないことを示しています。

2つ目は、タイミングの重要性です。人々の要求に対して、迅速かつ断固とした対応をすることで、体制存続の可能性が高まったのです。体制崩壊に至ったチュニジアやエジプトにおいて、もしヨルダンやモロッコのように機敏な対応をしていれば、現在も政権が存続していた可能性は高かったでしょう。

3つ目は、君主制です。国王が政治的な失敗から距離を置き、その責任を政府に負わせることができれば、体制の生き残りに有効かも知れません。王政国家が体制崩壊に至っていないのは、君主制のゆえとも解釈できます。ただし、アルジェリア政府が体制崩壊を免れた例からは、君主制かどうかよりも、先に述べた2つの要因(財政収入とタイミング)の方が重要だったと言えそうです。

他方、体制崩壊に至った国、あるいは現在崩壊に向かっている国についてはどうでしょうか。こちらのグループは、これまでに大きな相違が見られます。エジプトやチュニジアでは新体制への模索が行われていますが、リビアとイエメンでは内戦状態に決着がつかず、またシリアでは政権による弾圧が続いています。これらの相違を分析すると、先に述べた3つの要因とは別に、さらに4つの命題を示すことができます。それらは、体制と国家の関係から導き出されるものです。

第1に、国家として強固な基盤がある国(strong state)は、体制崩壊は脅威とはなりません。エジプトやチュニジアの国民は、体制崩壊が国家分裂にまで結びつくとは考えていないでしょう。

第2に、国家として脆弱な国(weak state)では、体制転換が国家崩壊を伴います。リビアでは、体制の破綻が国家の崩壊を引き起こしています。また、イエメンは、体制崩壊によって国家崩壊の危機に直面しようとしています。

第3に、体制の目的が国家建設である場合、体制のイデオロギーと国家のアイデンティティーが緊密に結びついています。国家建設を進める体制は、正当性を持つ支配者となり、軍などの国家機構も体制に忠誠を誓います。そのため、体制への挑戦は国家への挑戦と解釈され、反体制勢力は軍などによって厳しく抑圧されることになります。

第4に、国家基盤の脆弱な国ほど、外国からの介入を招きます。そして、介入側の利害によって、体制の存続可能性(抗議運動の成否)が変わります。

以上のような命題から、今後のアラブ諸国の行方について、以下の見通しが得られるでしょう。まず、エジプトとチュニジアについては、楽観的な展望を抱けそうです。国家基盤は強固であり、経験豊富な政治指導者がいるためです。それに対し、リビアやイエメンでの国家再建は極めて困難な作業となることが予想されます。新体制の構築には、国際社会による長期間の協力が不可欠でしょう。また、シリアについては、安定を取り戻すには国際社会による介入が必要とされるでしょうが,その一方でイラクの例と同様に,効果的な介入は容易ではないでしょう。

現在、アラブ世界の政治情勢は混沌としています。明るい見通しを期待できる国から、国家分裂に直面している国まで、多様な様相を呈しています。今後しばらくは不安定となる国もあるでしょう。しかしながら幸いなことに、アラブ地域全体で、良い政府の構築を目指す動きが始まっています。

リサ・アンダーソン氏(カイロ・アメリカン大学総長)

リサ・アンダーソン氏
(カイロ・アメリカン大学総長)