2008年1月 不安な幕開け

月間ブラジル・レポート

ブラジル

地域研究センター 近田 亮平

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2008年1月
経済
貿易収支:

1月の貿易収支は、輸出額がUS$ 132.77億(前月比▲6.7%、前年同月比20.9%増)、輸入額がUS$123.33億(同16.6%、45.6%増)となり、輸出入ともに1月としての過去最高額を記録した。一方、輸入額の輸出額を上回る大幅な増加により、貿易黒字額はUS$ 9.44億(同▲74.0%、▲62.5%)にとどまった。

輸出に関しては、一次産品がUS$39.93億(一日平均額の前月比▲25.6%、前年同月比25.0%増)、半製品がUS$20.16億(同2.3%、15.9%増)、完成品がUS$68.64億(同▲13.6%、18.3%増)となった。前年同月との比較において、一次産品に関しては全体的に輸出量の伸びよりも価格の伸びが大きく、完成品に関しては国際原油価格上昇の影響により、燃料油(US$3.5億:586.3%増、価格:100.1%増、量:242.5%増)の伸び率が価格および量ともに最も顕著となった。

一方の輸入に関しては、資本財がUS$27.94億(同13.3%、56.9%増)、原料・中間財がUS$64.29億(同17.5%、52.7%増)、耐久消費財がUS$8.78億(同6.1%、92.5%増)、非耐久消費財がUS$ 6.78億(同▲8.7%、14.9%増)、原油・燃料がUS$15.54億(同▲27.7%、8.7%増)となった。全項目において輸入額は前年同月比で増加したが、その中でも耐久消費財の伸びが際立っており、これは国内の自動車販売市場および個人向け信用市場の拡大により、自動車輸入が273.6%と大幅に増加したことが主な要因となっている。

物価:

発表された12月の IPCA(広範囲消費者物価指数)は、2007年で最も高い0.74%(前月比0.36%ポイント、前年同月比0.26%ポイント高)となった。12月は世界的なコモディティー価格の上昇により、食料品全体が0.73%(11月)→2.06%(12月)上昇したことが大きく影響した。特に生産地における旱魃の影響も加わり、フェイジョン豆(インゲン豆に似たブラジルの主食品の一つ)各種の価格が12.47%~38.61%、牛肉類が8%以上の上昇を記録した。

一方、国際原油価格の上昇などからガソリン価格が0.64%(同)→1.03%(同)、アルコール燃料価格が5.29%(同)→9.35%(同)へ大幅に上昇し、食料品価格に比べると小幅ではあったものの、非食料品価格を0.28%(同)→0.38%(同)へと押し上げる要因となった(グラフ1)。

また、2007年の年間IPCAはかろうじて政府目標の4.50%を達成したが、過去4年間連続で低下していたトレンドとは異なり、前年比1.32%ポイント高の4.46%となった。2007年の物価上昇は、2006年に年間1.22%の上昇と安定していた食料品価格が10.79%と高騰したことが主な要因となった。その一方で、為替相場におけるドル安レアル高の影響で輸入品価格の上昇が抑えられたことなどから、2006年に年間4.23%だった非食料品価格全体の上昇は2.83%にとどまった(グラフ2)。

グラフ1 2007年の月間IPCAの推移

グラフ1 2007年の月間IPCAの推移
(出所)IBGE

グラフ2 過去10年間の年間IPCAの推移:1997~2007年

グラフ2 過去10年間の年間IPCAの推移:1997~2007年
(出所)IBGE
金利:

Copom(通貨政策委員会)は1月23日、政策金利のSelic金利(短期金利誘導目標)を前々回から引き続き11.25%で据え置くことを全会一致で決定した。昨年末からの食料品を中心とした物価上昇傾向からインフレ懸念が高まっていることに加え、年明けの世界同時株安により世界経済の先行きに対する不透明感が強まったことから、しばらくは状況を見極める必要があるとの判断に至ったとされる。

為替市場:

1月前半の為替相場は緩やかなドル安レアル高基調が続き、14日には約2ヶ月ぶりとなるUS$1=R$1.74台までレアル高が進行した。しかし、月の半ばになると世界同時株安の影響を受け新興市場から資金を引き上げる動きが強まるとともにレアルは売られ、21日にはUS$1=R$1.8301(売値)までドル高が進んだ。

その後、サンパウロ株式市場が回復に向かったことや、米国経済の先行き不透明感からさらに積極的にドルを買う要素が見当たらなかったこともあり、再びもとのドル安レアル高傾向に戻り、US$1=R$1.7595(買値)で1月の取引を終えた。

株式市場:

2008年最初の月である1月のサンパウロ株式市場(Bovespa指数)は、世界同時株安の影響からまさに不安な幕開けとなった。昨年11月から再び強まっていたサブプライム・ローン問題に起因する米国経済への懸念から、月の前半サンパウロ株式市場は軟調に推移していた。そして、世界各国の株価の大幅な続落を受け、サンパウロ株式市場も10日に63,515ポイントをつけた後は連日大きく値を下げる展開となり、21日には53,709ポイントまで下落することとなった。また、カントリー・リスクも22日には1年半ぶりの高水準となる269ポイントまで上昇した。しかし、米国の大幅な金利引き下げなどにより世界の金融市場が取り敢えず落ち着きを取り戻したことから、30日にはサンパウロ株式市場も60,000ポイントを回復し、カーニバル休暇前の月末は59,490ポイントで取引を終えた。

結局、1月のサンパウロ株式市場の株価は前月末比で2006年5月(▲9.50%)に次ぐ下落率となる▲6.88%を記録するとともに、下げ幅は最大で10,000ポイント弱に達した。今後に関しては依然として予断を許さぬ状況といえるが、1月のブラジルへの直接投資(FDI)をみると、外国人投資家がUS$18億あまりの資金をサンパウロ株式市場から引き上げるなど、投機的な短期の資金流出はみられたものの、生産部門などへの長期的な投資は引き続き活発で、1月のFDIは昨年同月比でほぼ倍となるUS$45億に上ると予測されている。これはブラジル経済のファンダメンタルズやそれに対する信用の高まりを意味しており、金融市場の混乱は一時的だと予測し長期的には楽観視する見方もある(Estado de São Paulo, 29 de janeiro)。

直接投資:

2007年の海外からの直接投資(FDI)は、6月の外資系企業による大型参入案件や10月のスペイン系企業による投資などがあったことから(各月のレポート参照)、年間でUS$346億に達した。この金額は、大型民営化案件が相次いだ2000年のUS$327.79億を上回る過去最高額となった。また、このようなFDIの増加には外資系による国内企業の買収などに加え、非居住者が購入した国債の運用利益に対して税金を免除する措置を2006年2月に政府が採用したことも少なからぬ影響を与えている。一方、2006年にはリオドセ社(CVRD)による海外企業の大型買収案件が成立するなど、近年はブラジル企業による海外への直接投資も活発化している(グラフ3)。特にエネルギー産業などの一次産品の分野において、ブラジル企業の世界的なプレゼンスが高まっている。

グラフ3 過去10年間の直接投資の推移:1997~2007年

グラフ3 過去10年間の直接投資の推移:1997~2007年
(出所)ブラジル中央銀行
雇用・所得:

12月の雇用と所得に関する統計が発表され、6大都市圏の失業率は現在の算出方法で初めて8%を下回る7.4%(前年同月8.4%)を記録した。2007年を通しては年央から失業率が低下し、年平均でも現在の算出方法に変更されてから最も低い9.3%(前年10.0%)となった。また、12月の実質平均月額所得はルーラ政権発足以降最も高いR$1,163.90(前年同月比2.3%増)となった。2007年平均でも3年連続の上昇となるR$1,143.72(前年比3.2%増)を記録し、全般的な雇用状況の改善と実質所得の上昇を裏付けるかたちとなった。業種別には国際的な需要増に支えられた一次産品関連産業や、第2期ルーラ政権の経済政策であるPAC(2007年1月レポート参照)などの影響を受けた建設業の伸びが顕著であった。しかし、失業率の低下はパートタイムや契約社員の増加などの雇用の柔軟化に因るものでもあるため、依然として実質平均所得は2002年半ばよりも低い水準となっている(グラフ4)。

グラフ4 月間失業率と実質平均所得の推移

グラフ4 月間失業率と実質平均所得の推移
(出所)IBGE
(注)失業率(%)は2001年10月以降の6大都市圏の数値。
実質平均所得(R$)は2002年3月以降の6大都市圏における
10歳以上の就業者が主要収入源から得た平均月額。
政治
CPMF:

政府は1月、昨年末に廃止が決定したCPMF(金融取引暫定納付金:先月レポート参照)分の税収(年間R$400億)を補填する財源に関する発表を行った。その内容は公費削減によるR$100億、IOF(金融取引税:融資、貸付、保険取引、為替や債券の取引などに課せられる税金で、税率は対象取引によって大きく異なる)とCSLL(対純益社会納付金:社会保険への充当を目的に法人に課される税金の一種で税率は9%~12%)の税率引き上げによるR$200億、そして、経済成長にともなう税収の自然増によるR$100億というものである。

しかし、税率の引き上げに関しては野党が反発していることに加え、国民の理解と法的な手続きに基づき正式に決定されたわけではない。また、政府もCPMFに類似した新たな税金の導入やPACの予算削減などにも言及していることから、それらの可能性も完全に否定はできず、依然として流動的な部分も残されている。しかし、できるだけ早い時期に2008年の予算調整を行う必要があることから、2月中にはCPMF廃止分の財源が明確になるものとみられている。

大臣交代:

1月21日、ルーラ大統領によって任命された連立与党内の最大政党であるPMDB(ブラジル民主運動党)のEdison Lobão上院議員が、鉱山エネルギー大臣のポストに就任した。今回のLobão上院議員の大臣就任に関しては、ルーラ政権が上院を軽視しているとの不満が上院、特に連立与党を組むPMDB内で高まっていたことが昨年末の上院によるCPMF延長否決の一要因であったとの考えに基づいているとされる。また、今後、CPMFに代わる財源を確保する上で厳しい議会での交渉が予想されることからも、ルーラ政権は重要ポストである鉱山エネルギー大臣をPMDBに与える決断をしたと考えられる。

今回の件により、PMDBは鉱山エネルギー大臣だけでなく、同省の管轄下にあるEletrobrásなどのエネルギー関連機関の重要ポストの任命権も獲得することとなった。しかし、Lobão上院議員がエネルギー分野にあまり精通していないとされることや、同議員に関しては汚職疑惑が取り沙汰されていること、さらにはLobãoの大臣就任に反対していた、ルーラ政権内で権力を持つDilma文民大臣との関係などを考慮して、省内の重要ポストには政権と結びつきの強い人材を配置する人事が行われた。

2008年は10月に全国市長選挙が実施されるが、サンパウロなどの重要都市の市長選挙へ立候補すると見られている現職大臣は選挙前に大臣職を辞することになる。したがって、それらのポストの後任をめぐり、今後、連立与党内で政治的な駆け引きが活発化していくものと考えられる。

社会
黄熱病:

ブラジルにおいて黄熱病が発生し、今回初めてヒトへの感染が報告された昨年12月17日から1月25日までに19名の感染者が確認され、そのうち10名が死亡する事態となった。今回の黄熱病の発生地は中西部のゴイアス州、南マットグロッソ州、ブラジリア連邦区を中心とした地域であり、政府は同地域への旅行などを控えることや、用意した1,000万人分の無料予防ワクチンを接種することを呼びかけている。黄熱病による死者が発生した直後には、発生地域を中心に各地で予防接種を受けるために多くの人が病院などに押しかけ、予防接種を受けるまでに時間がかかったり予防ワクチンが不足したりするなど一時混乱した状況となった。また、政府は国内の黄熱病予防接種対象地域を拡張するなど、ブラジルへの入国者に対しても予防接種の義務付けを強化している。

黄熱病はヒト同士では感染しないものの病原菌を持った蚊などを介して感染し、ブラジルの一部を含む中南米の内陸部やアフリカ大陸などに特有の風土病とされている。2008年のカーニバルは例年より早い2月最初の週末から始まるため、ブラジルは既にカーニバル気分で盛り上がるとともに休暇を利用して旅行に出かける人も多くいるが、カーニバル前の黄熱病の発生により世界の金融市場と同様、不安な2008年の幕開けとなった。