インド・東南アジア/ASEAN関係に関する文献紹介

政策提言研究

2012年3月

※以下に掲載する文章は、平成23年度政策提言研究「 中国・インドの台頭と東アジアの変容 」第13回研究会(2012年3月23日開催)における報告内容を要約したものです。


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2011年度に開始した「中国とインドの台頭と東アジアの変容」研究会では、中国を軸に分析した初年度に続き、2012年度にはインドに焦点を当てながら、その台頭が東アジア、特に東南アジアにどのような影響を与えているのかを見ていくことになる。その準備の一環として、以下にこの主題に関する簡単な文献紹介を行う。なお、ここでは地域相対としての東南アジアあるいはASEANとインドの関係に限定しており、二国間関係に関する文献は一部の例外を除き取り上げていない。

1. インド・東南アジア関係研究の前史
歴史的、宗教、文化、経済的なつながりにもかかわらず、インド・東南アジア関係に関する研究は、2000年頃までは決して多くなかった 1 。1990年代の半ば、インドの対ASEAN地域関係研究の先駆けともいえるSridharan (1996)は、インドと東南アジアとの関係は、ネルー政権の1940年代末から1950年代がピークで、その時期を含むネルー政権期(1947~64年)のインド外交の実態に関する研究が行われたが、その後は研究の空白期があったと述べている。またインドシナ半島諸国と当時のASEAN諸国のうち、研究の関心は前者に集中していた 2 。ほぼ同じ時期に書かれた佐藤(1997)も、「インドをめぐる国際関係研究のなかでも、インド・東南アジア関係は周辺的な対象にとどまってきた」と記している。こうした状況は、その時期のインド・東南アジア関係の実態を示したものにほかならない。独立後ネルー首相の掲げた非同盟外交は、当初、東南アジア諸国にも向けられたが、東南アジアにおける中国とアメリカの対立、そして1962年の印中国境紛争におけるインドの敗北は、インドの東南アジア地域への関心、関与を希薄化させた。1980年代には、インド・東南アジア関係の中心的イシューとしてのカンボジア問題が、インドのベトナムとの友好関係、ASEAN5カ国との疎遠な関係を規定した 3 。ASEAN5カ国との二国間関係は、カンボジア問題の解決によって、1980年代の後半以降ようやく進み始めた。

1990年代には、経済および政治の両面で、インド・東南アジア関係の緊密化を促す変化が生じた。冷戦の終結、すなわちインドが同盟関係にあったソ連の崩壊とインドの統制経済政策の行きづまりを背景に、第1には、インドの経済自由化と東南アジアの経済的地位の向上という双方向からの経済的緊密化の必要性の上昇がある。第2は、機構としてのASEANとインドの関係の進展である。インドは1992年にASEANの部門別パートナー(観光、貿易、投資の3分野)、1995年に完全対話相手国の地位を得た。さらに翌1996年にはASEAN 地域フォーラム(ARF)の加盟国となった。インドは、1976年以来ASEANとの恒常的対話を希望し、1980年にはオブザーバー・ステイタスを承認されていたが、カンボジア問題によって進まなかったASEANとの関係が、経済自由化後急速に接近することになったのである。

2. 第1期
こうした状況変化を受けて、インド・東南アジア関係に新たな関心が寄せられるようになる。独立以後1950年代までを現代インド・東南アジア研究の前史とするならば、Sridharan や佐藤らの研究が著された1990年代半ばから2000年頃までが、インド・東南アジア関係研究の第1期と言えるだろう。この時期には、機構としてのASEANが誕生した1967年から1990年代半ばまでのインド・東南アジア間の政治・戦略的関係を分析したSridharan (1996) や経済関係も視野に入れて1980年代以降のインド・東南アジア関係を整理した佐藤 (1997)の他には、Journal of Asian Economicsの特集のように、インド・東南アジアの経済関係の可能性を探るもの[Rao (1996)、Zainal-Abidin (1996)、Yue (1996)、Chirathivat (1996)]、インドと東南アジアにアメリカを加えた枠組みの視点を示す報告書Limaye and Mukarram (1998) 4 などが公刊されている。ただし、インドの経済自由化からまだ日も浅く、経済改革の実施のスピードへの東南アジア側の不満、1997年のアジア通貨危機、1998年のインドによる核実験など、インドと東南アジアの相互評価における負の材料が浮上した。そのため、1990年代後半に著された文献の大半は、実態の分析というよりは、インド・東南アジア関係改善の可能性を展望するというものが多い。その代表的なものが、RIS (2002, second impression 2004)である。発行年は後述するASEAN=インド・サミット開催にちなんで、とやや後になるが、内容は1995年にインドがASEANの完全対話相手国となった後、インド・ASEANのパートナーシップを人的交流によって補填する目的で1996年にインド政府が開始した、インドと東南アジアの著名人による連続講演録である。21回(講演者は東南アジアから14人、インドから7人)の講演者の中にはマハティール元マレーシア首相、タクシン元タイ首相なども含まれている。連続講演をつらぬくモットーは ‘Renewal and Symbiosis through Knowledge (知識を通じた刷新と共生)’だった。

3. 第2期
2000年代初めから現在に至る第2期は、インド・東南アジア研究が最も隆盛を極めつつある時代といえる。第1期の、いわば期待を抱きつつも手さぐり状態だったインド・東南アジア関係は、まず核実験で一旦は冷え込んだインドに対するアメリカの態度が、インドの戦略的重要性や外交姿勢の一貫性、在米インド人コミュニティの役割への理解等によって変化したことによって大きく動き始め、2000年3月のクリントン大統領訪印で完全に正常化された。さらに2001年9月のアメリカ同時多発テロを契機に、インドはアメリカにとってテロとの戦いにおける不可欠のパートナーと位置づけられることになった。そこには中国の台頭を牽制するためのインド重視という観点もみられる 5

印米接近は、東南アジア・インド関係の急速な深化も促すことになる。2002年11月、第1回ASEAN=インド・サミットが開催され、2003年の第2回サミット開催時には,東南アジア友好協力条約とともに、インド・ASEAN包括的経済協力協定枠組み合意が調印された(2009年8月にインド・ASEAN自由貿易協定締結、2010年1月発効)。なお、タイとは2003年に自由貿易地域の枠組み合意(アーリー・ハーベスト指定の84品目のみ、2004年9月発効)、2005年6月にはシンガポールとの包括的経済協力協定(2005年8月発効)、2010年9月にマレーシアと包括的経済協力協定(2011年7月発効)が締結されている。

第2期には、インド・東南アジア関係の研究も飛躍的に増加したが、ここではインドのルック・イースト政策と包括的なインド・東南アジア関係に関する文献、経済関係、東南アジアにおけるインド人、東南アジアをめぐるインドと中国に分けて紹介する。

3.1. ルック・イースト政策と包括的インド・東南アジア関係
既に述べた1990年代に始まるインドによる東南アジアへの接近、すなわちナラシンハ・ラーオ首相をもって嚆矢とされるルック・イースト政策は、一般的には東南アジアとの関係が中心であると理解されるが、もともとはアジア・太平洋と、より広い地域を念頭に置いていた 6 。2000年代になると、およそ10年を経た同政策の評価に関する文献が出版され始めた。Grare and Mattoo (2001)はインドのジャワハルラール・ネルー大学とシンガポールの東南アジア研究所 (ISEAS) およびフランス政府が支援する在インドの研究機関Centre de Sciences Humaines(CSH)の共同研究の成果である。インドとASEAN諸国・機関の外交戦略、安全保障関係を中心に複数の論者が分析している。また同じ編者によるGrare and Mattoo(2003)や、ISEASとインドのRIS(Research and Information System for Developing Countries)共催の国際会議の成果Kumar, Sen and Asher (2006)は経済関係を取り上げている。Nanda (2003)は書名の通り、日本、中国、韓国、オーストラリアも含むインドのルック・イースト政策の形成を歴史的に叙述している。Reddy (2005)もやはり国際セミナーの成果であるが、インドのルック・イースト政策における台湾やオーストラリアの位置づけを扱った論文が所収されている。なお、パキスタンの戦略問題研究者によるRahman (2001)は、インドと東南アジア・東アジアの戦略的関係強化は、後者の地域における冷戦の再開を招きかねないと警告している。

2005年には第1回東アジア・サミットが開催され、インドがASEAN+6の枠組みの一角をなすことになった。インド・東南アジア関係の主題は、引き続きインドとシンガポールの研究機関(主にISEAS)で、単独あるいは共同研究として少なからず取り上げられている。2000年代後半に見られる一つの特徴は、安全保障問題の比重が高まったことである。東アジア・サミットの誕生によってインド・東南アジアを含む地域の関心は否応なしにアジア・太平洋全体の安全保障に包摂されることになった。同時に、安全保障概念の再検討を背景に、非伝統的安全保障の問題も取り上げられるようになっている。元インド外交官の手になるDevare (2006) は、伝統的および非伝統的安全保障問題に関して、インドと東南アジアの利益が収斂しつつある一方で、相違点も存在するとし、両者を踏まえた協調的安全保障の推進を提起している。Raghavan (2007)は、経済、環境、民族問題との関係でインド・ASEAN諸国の安全保障を分析している。Singh (2007)は、東アジア・サミットをインド、シンガポールがそれぞれどう見たかという問題関心から、2006年に行われた研究対話(ISEASとインドのObserver Research Foundation: ORC)の成果である。中国、日本、アメリカの位置づけについても検討している。ISEAS=ORCの第2回は、世界経済危機後の2009年に開催されKesavan and Singh (2010)として公刊され、ミャンマーや南シナ海問題と環境問題が新たな主題として加えられている。Rao (2011、最初の出版は2008)は、インド、東南アジア、欧米の研究者による共著であるが、ASEAN=インド・サミットまでの歴史的展開、安全保障問題、中国要因、二国間関係の4セクションから構成されている。Bateman and Ho(2010)、Sakhuja (2011)は、いずれもインドと中国の海軍力増強と東南アジアの関係を分析している。前者にはインド、東南アジアに加えて、日本、中国、アメリカの専門家も執筆している。後者はインドの海軍出身の研究者になる分析である。

インド・東南アジア関係において、他の国を圧倒して密接な関係を築いているのがシンガポールであり、インド・シンガポール関係についてはISEASを基地として多くの研究、出版が行われている。インド人のジャーナリストによるDatta-Ray (2009)は、リー・クアンユーが導いたシンガポールの対インド政策を歴史的に分析している。

ルック・イースト政策は、国家の外交レベルだけでなく、インドにおけるサブナショナリズムにも影響を与えた。バングラデシュ、ミャンマー、中国、ブータン、ネパールに国境を接し、地理的にはむしろインド本土との近接性に乏しいインド北東地域は、インドの「センシティブな国境地域」とみなされ安全保障、国民統合、開発等様々な面において ‘territorial trap (領土の罠)’に陥っている。Baruah (2004)は、東南アジア地域との関係強化で国境を越えた地域を形成することで、罠からの脱却をはかる可能性を論じている。Deka (2007)も、北東地域を「インド東部大回廊」、「ASEANへのゲートウェイ」と位置づけ、北東地域地理学会の研究者たちが歴史、地理、経済(農業等)、社会文化など様々な視点から具体的な可能性を探っている。 

3.2 経済関係
既に挙げた文献の中にもインド・東南アジアの経済関係に言及したものは数多く含まれているが、邦文では唯一、絵所 (2009, 2011a, 2011b)が挙げられる。この3部作は、既存のデータを整理統合し、さらにフィールド調査を加えて、経済協定の締結実施状況、貿易、直接投資、企業活動、人的資源の移動など包括的なインド・東南アジア経済関係の整理、分析を行っており、関連の統計データソースや文献リストを知るうえでも役に立つ 7 。インドの代表的研究雑誌 Economic and Political Weekly 誌上では、枠組み合意から2009年に自由貿易協定が締結されるまで6年を要したインド・ASEAN自由貿易協定締結の影響を分析した論文がいくつか掲載されている。Nagoor and Kumar (2010)は茶産業、Veeramani and Saini (2011)は、コーヒー、茶、胡椒といったプランテーション農産物への影響中を分析し、両者ともこれらの財の輸入が大幅増加すると結論づけている。ただし後者は、消費者余剰が関税収入の損失を上回り経済的厚生はプラスとなるとし、国内の同セクターの生産構造の調整と、職を失う労働者へ支援の必要性を指摘している。Francis (2011)は、貿易統計の分析から、ASEANを中心とした地域および世界の生産ネットワークへのインドの統合度合が、多国籍企業の活動を通じて高まっていると述べている。中間財の輸入自由化は多国籍企業に対して生産合理化を促すが、中小企業や国内の農産物生産者は、価格低下や輸入品との競合で困難に直面することになると分析している。

3.3 東南アジアにおけるインド人
インド政府の調べによれば、東南アジアにいるインド人は2001年時点で500万人を超えていた。歴史を遡れば、インドと東南アジアの人的な結びつきは、まずは貿易活動を通じて、さらにイギリスの植民地化で大量のインド人労働者が東南アジアに送られた。しかし独立後、インドからの人の流れは欧米と中東へと方向を変えた。インド・東南アジア間の政治関係の希薄さも相まって、インド政府にとって東南アジアのインド人は、長い間関心の外にある存在であった。むしろインド政府は居住国の国籍選択と同化を奨励し、インドが在外インド人のために居住国の政府に敵対するような立場をとるのは望ましくないと考えていた 8 。それが変わるのは、インドの経済力の上昇と合わせて、在外インド人の役割の見直しが行われ始めた1990年代末から2000年代初期以降である。

東南アジアにおけるインド人コミュニティ研究については、シンガポールにあるISEASから出版された2冊がある。一つはSandhu and Mani (1993)で、東南アジアのインド系住民の同化と統合の程度を分析することを目標として編纂された。対象国・地域はブルネイ、インドシナ、インドネシア、マレーシア、ミャンマー(ビルマ)、フィリピン、シンガポール、タイである。全部で37の論文から構成されているが、最も多く取り上げられているのがマレーシア(19論文)である。同書は、内容は変えずに2006年に再版された。同じ年、インド,東南アジアの状況変化を踏まえて、東南アジアのインド人コミュニティを再検討する目的で立ち上げられた新たな研究プロジェクトの成果が、Kesavapany, Mani and Ramasamy (2008)である。インド(および中国)の経済的台頭、インドの熟練・専門職労働移動が新たな傾向として分析に組み込まれている。またタイトルが示すように対象地域は東南アジアから東アジアに拡大され、日本、中国、台湾、韓国もカバーされている。

東南アジア4カ国(インドネシア、マレーシア、シンガポール、タイ)への専門職インド人の労働移動については,送り出し国インド側の雇用市場なども合わせて分析したYahya and Kaur (2011)がある。こうした動きが最も集中しているのはシンガポールである。シンガポールのインド人専門職についてはKesavapany, Mani and Ramasamy (2008)所収のいくつかの論文に加え、Barman (2009)がある。

なお、一国研究としてはタイのインド人社会について近代史、文化交流、企業活動など多面的に捉えた佐藤 (1995)がある。またShamsul and Kaur (2011)は、東南アジアのシク教徒についての論文集である

3.4.東南アジアをめぐるインドと中国
我々の研究会と問題関心を共有する先行研究としてはジェトロのシンガポールセンターがまとめたJETRO (2006a, 2006b)がある。経済と安全保障(比重は前者にある)の観点から、東南アジア諸国を個別にとりあげ、印中と各国との間で見られる政府レベルの動き、企業の活動の概要その対中国、インド認識を分析している。結論としては、東南アジア諸国において、2001~2003年頃までは印中の台頭脅威論があったが、両国がもたらした経済的利益の結果、その後はASEANの競争力は再構築と再編によって両国の挑戦に応じられるようになったという現実があるとする。また、印中に対する競争力よりも、地域内の競争力較差が問題とされるようになっている。最後に,台頭するインド、中国と東南アジアの関係を見る際に、ミャンマーも含むインドシナ地域と東南アジア海域に分けて考えることが有効であると提示している。印中の台頭に対して,前者は地理,地政学、経済に基づき、また後者は経済的実証主義に基づく地域の均衡達成を念頭に動いていると分析する。

Zhao (2006) は、インドのルック・イースト政策が中国・ASEAN関係に及ぼす影響。ならびに同政策に対する中国の見方を論じている。最初の点については、インドはまだ中国・ASEAN関係を左右するほどの国際的影響力は持っていないと述べる。またインドの台頭と東、東南アジアへの関与について、当初中国はインドがアジアにおける政治的、軍事的大国として認識され、アジアの政治状況を複雑化するのではないか、またアメリカが中国を封じ込めるために、インドの対ASEAN関係を利用するのではないかとの懸念を持っていた。しかし、多国間主義に対する中国の姿勢が、最初の慎重な対応から、アメリカに抵抗して国益を守るためには、伝統的な同盟関係に基づく力の均衡アプローチよりも多国間主義の方が安全な方法であるという理解に変わるにつれて、インドの新たな役割もアジア・太平洋地域の多極化のために有効であるという見方に変わってきた。他方で、ASEANとの関係において、中国とインドが競合相手であるという側面も否定できないと述べている。

その他、Rao (2011)には、中国要因を分析したZhao (2011)、Baviera(2011)、 Singh(2011)、Kondapalli(2011)、Reddy(2011)が所収されている。
 

4.インド・東南アジア関係の分析視角
先にも言及した1980年代から1990年代前半のインド・東南アジア関係を分析した佐藤(1997)は、インド・東南アジア関係分析の視点として、第1にインド・東南アジア間に固有な要因、第2に、域外からの他律的要因があるとしている。前者の固有要因には、(1)国際的立場の共通性(民族主義、反植民地主義)、(2)隣接地域としての関係(インド洋の戦略的位置、大陸棚の境界確定と海洋資源問題)、(3)在外インド人の存在、(4)貿易・投資関係が含まれる。他方、他律的要因には(1)冷戦、(2)対中関係が存在した。これら2つの要因に加え、機構としてのASEANとのインドの関わりには、東南アジア諸国との二国間関係とは別の次元の要因が働いているとする。すなわち、南アジアと東南アジアの地域安全保障、さらにインド経済自由化後の経済関係の緊密化といった目的である。このような諸要因が存在するなかで、佐藤論文が分析した1980年代以降1990年代半ばまでのインド・東南アジア関係の大きな流れは、二国間関係でなくインドとASEANという多国間ないし地域間関係が、インド・東南アジア関係深化の主要な要因となってきたこと、在外インド人の存在や相互の貿易・投資市場としての存在意義は大きくないこと、インドの対東南アジア外交は対中、対米など対大国外交に従属するという、つまり他律的要因がより大きな決定力をもってきたと佐藤は整理していた。

他律的要因を重視したのは、Sridharan(1996)も同様である。同書は、インドとASEANの関係を’derived relationship (派生的関係)’と呼んだ。派生的関係とは国家の二次的関心(国家の存立に関わる絶対的関心を間接的に維持するもの)から生まれる相互作用の産物であり、中心的、周辺的現象の間で、上昇、下降の多様な動きをとる可能性がある。インドとは対照的に、日本や中国は東南アジアに対して一次的な関心を有していると説明されている。

こうした枠組みは、現在のインド・東南アジア関係を分析するうえでどこまで有効であろうか。修正を要するとすればどのような点であろうか。佐藤やSridharanの時代からおよそ15年の間に、インド・東南アジア関係を巡る状況は劇的ともいえる変化を経験した。第1に、インドの台頭がある。1990年代半ば、インドは南アジアの大国であっても、世界のメジャー・パワーではなかった。第2に、インドと東南アジアとの自由貿易協定の締結、その内容、実施のスピードなどが、インドにとって東南アジアの各国の経済的位置づけに濃淡を生み出している。そのもっとも進んだ事例が、サービス貿易や人の移動も可能にしたシンガポールである。他にも様々な変化が生じている。こうした変化を背景に、インドと東南アジア諸国の二国間関係や在外インド人などが、インド・東南アジア関係を見るうえで新たな重要性を提示している。また過去においても重要であった中国要因は、印中関係そのものが変化したことによって、協調と警戒が交差するその関係が、 9 東南アジアにどのような影響を及ぼしているのか、その実態を丁寧に見る必要がある。2012年度の研究会では、これらが課題の一部をなすことになるだろう。
引用文献:

日本語
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絵所秀紀 2011b 「台頭するインドと東南アジアの経済関係(3):予備的考察」(『経済志林』Vol.79, No.1. pp. 51-123)
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佐藤宏 1997「インドと東南アジアの国際関係-1980年代以降を中心に—」(近藤則夫編『現代南アジアの国際関係』アジア経済研究所)
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西原正・堀本武功編 2010『軍事大国化するインド』亜紀書房
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英語
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脚 注
  1. インドと東南アジアの歴史的、文化的、宗教的な相互関係についてはGovt. of India (1980)、 Pande ed. (2006)等を参照。
  2. インド・東南アジア関係を分析した初期の研究には、Ton That Thien (1963)、 Majumdar (1982)、 Saksena (1986)、 Ayoob (1990) 、またインド・東南アジア関係が疎遠であった1966年から1977年のインド外交の「失われた機会」を分析したものにDixit (1998)がある。
  3. インドは、 ベトナムに支援されたヘン・サムリン政権を支持し、そのため当時のASEAN諸国との関係は距離を置いたものとなった。佐藤(1997)はこれを、インドの対東南アジア外交において対ASEAN関係よりも対中関係が優先されたことを露呈したものと述べている。しかしその後、ベトナム、カンボジアとの友好関係をもとに、インド外交の自主性についての認識を改め始めたASEAN諸国との仲介役の役割を果たすようになった。
  4. ただし「アメリカ、インド、東南アジア間の絆強化」と題するセクションに納められた3つの論文とも、インドと東南アジア関係の強化について論じており、アメリカへの言及はわずかである。
  5. 近年の国際関係におけるインドの位置づけ、インド外交に全体像ついては、近藤 (2011)、西原・堀本 (2010)を参照。
  6. ルック・イースト政策の開始年については、1991年という説と1994年のラーオ首相によるシンガポールでの演説とする説がある。後者は、Mohan (2003) P.211。.ラーオ首相の演説はRao (1994)。
  7. その梗概は、 http://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Download/Seisaku/120223.html
  8. Sridharan (1996)、 p.23。
  9. 堀本(2010)。