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レポート・出版物

アジア経済

2015年3月 第56巻 第1号

開発途上国に関する和文機関誌—論文、研究ノート、資料、現地報告、書評等を掲載。

■ アジア経済 2015年3月 第56巻 第1号
投稿募集中
■ 2,160円(本体価格 2,000円)
■ B5判
■ 182pp
■ 2015年3月

CONTENTS
特 集  新興国の経済発展と中小企業

特集にあたって (774KB) / 駒形哲哉

3-9pp.

論 文

10-33pp.

34-53pp.

研究ノート

54-86pp.


研究ノート

87-114pp.

115-137pp.

書 評

138-143pp.

144-147pp.

148-151pp.

152-155pp.

156-159pp.

160-164pp.

165-170pp.

紹 介

171-172pp.

173pp.

174pp.

粕谷祐子著『比較政治学』 (587KB) / 鷲田任邦

175pp.

英文要旨 (526KB)


要 旨
日系中小サプライヤーの中国市場開拓に関する一考察——日本的生産システムの海外展開の視点から—— / 丁 可

本稿では,日本的生産システムの海外展開の視点から,日系中小サプライヤーの中国市場開拓の現状を検討した。現時点で,中小サプライヤーの大多数は依然として日系企業を中心に取引を展開している。しかし,非日系向けの販売に成功した中小企業も出現するようになり,日本的生産システムと他国の生産システムが徐々に融合し始めている。非日系企業と取引を展開する中小サプライヤーは「国際派」と「現状維持派」に分類されるが,「国際派」のほうは経営の現地化を積極的に進めているだけでなく,日本的取引慣行の強みも発揮している。その過程でさまざまな技術情報が顧客のほうへ流れるようになり,その成長に寄与している。

経営者の子どもの教育と職業選択に関する一考察——ハノイ近郊の産業集積地における中小企業の事例より—— / 樋口裕城・園部哲史

ベトナムに点在する産業集積村は,自由経済移行後の同国の経済発展に貢献してきた。教育水準が低く,地域間の移動が限られていた現在の経営者にとっては,家業を継いで村の産業に従事することが有利な職業選択であった。しかし,経済が発展するにつれて,村で生産される低品質の製品は,大企業の生産する高品質の製品に代替されつつあり,経営者の子どもたちには大学まで進学して都市でホワイトカラーとして働くという可能性が開けてきた。本稿は,彼らのミクロな意思決定を分析するため,親が子どもに対して利他的であるという前提で展開されるBecker流の「家族の経済学」に基づくモデルを構築し,建設資材を生産する中小企業が集積するハノイ近郊の村で集めたデータを用いての統計分析を行った。その結果,経営者の子どもは高卒で家業を継ぐか,高等教育を受けて家業からは出ていく傾向にあることが明らかとなった。とりわけ,教育水準の高い親をもつ子どもは高等教育を受け,家業以外の職業を選ぶ傾向にあり,こうした子どもの選択は,時間選好や競争志向といった親の行動経済学的な属性にも影響されている。子どもには親の事業体を継承して経営者となるほかに,親の支援の下,スピンオフして新たな事業体を立ち上げるという選択肢もあるため,複数のきょうだいが家業を継いで経営者となる事例が多くみられることも明らかとなった。

中国農村における集団所有型資源経営モデルの再検討——西北オアシス農業地域の事例—— / 山田七絵

小規模な農業経営を主体とする中国農村では,労働力の組織化や農地集積が農村発展にむけた課題である。本研究では,集団所有制下の農地等の資源の所有主体である「村」という単位に着目し,内陸半乾燥地域の甘粛省の事例研究に基づき,「村」が⑴内部資源(労働力,土地)の配分,外部経済機会への反応によりどのように利益を得ているか,⑵内部資源の配分に関する意思決定が可能となった要因は何か,⑶村民の総合的な経済厚生はどのように変化したか,の3点について考察した。外部経済機会が豊富な「村」は,村内の土地利用に関する合意形成を行うことで契約に参加し,農家の厚生は企業から生産から販売まで一貫したサービスの提供を受けることで向上した。一方,外部経済機会が少ない「村」は,余剰農地を集積した上で少数の大規模農家に請け負わせ,労働力の大部分が遠隔地への出稼ぎを行うことで全体としての資源配分の効率化を図り,大規模農家の利益を村民に平等的に分配し,社会保障機能を発揮していることが明らかとなった。こうした内部資源の動員が可能となった要因として,組織的な経営による期待利潤の高さ,リーダーの経営能力への信頼がある。

植民地期ハノイにおける街区の住民——1930年代の小商工業者層を中心に—— / 岡田友和

本稿は,植民地期ハノイの社会構造を,街区とその住民の構成の特徴において考察することを目的とする。住民の構成については1930年代の小商工業者層を中心に論じた。
まず植民地期ハノイの都市的特徴を行政区画,景観,人口から捉えた。次にその社会構造の一部分を商工業者層の制度的位置や職業分類・就業人口・地理的分布の状態から明らかにした。ここではおもに1930年代を分析対象とし,この時期に作成された商業会議所選挙人名簿や商業登記簿の史料を利用した。最後に,社会構造の動態的な側面をみるために,1937年初めに起こった労働者ゼネスト運動を事例に,そこでの小商工業者層の対応を眺め,その社会的性格や動向について考察した。都市計画によらない「すみわけ」とそれによって生じた問題,あるいは「坊」の名残の存在を指摘し,これと民主戦線期における大衆団結との関連を仮説的に論じた。

1920年代南満洲鉄道における撫順炭輸送 / 三木理史

本稿は,1920年代に満鉄の輸送を支えた柱のひとつである石炭輸送を,その輸送先の変化に着目しつつ明らかにするものである。満鉄は創業時から撫順炭鉱を所有したが,撫順炭は輸送中の発火の懸念もあって1920年代前半までは地売の割合が高く,10年代後半以後,内地工場用と船焚用の需要開拓によって次第に輸(移)出が増加した。また,「大連中心主義」に立った運賃制度も,競合輸送機関の少ない石炭では対内地炭を意識すれば充分であった。そして,関内の撫順炭流通は,その需要先が山東半島沿岸部に限られ,華北炭の市場となった地域への参入は困難を極めた。そのため陸上輸送は朝鮮への鉄道用,後年は三菱製鉄兼二浦製鉄所向け程度で,それ以外は概ね大連港を介した海上輸送であった。大連港での石炭荷役は当初苦力への依存度が高く,1930年代に荷役設備の完全機械化が進み,専用桟橋を設けた甘井子埠頭の完成で安定した大量輸送が可能になった。