アジア経済

2014年6月 第55巻 第2号

開発途上国に関する和文機関誌—論文、研究ノート、資料、現地報告、書評等を掲載。

■ アジア経済 2014年6月 第55巻 第2号
投稿募集中
■ 2,200円(本体価格 2,000円)
■ B5判
■ 124pp
■ 2014年6月

CONTENTS
論 文

2-35pp.

26-61pp.

62-94pp.

書 評

95-99pp.

100-103pp.

104-108pp.

109-112pp.

113-117pp.

118-121pp.

英文要旨 (466KB)


要 旨

インドにおける民主主義体制と「トラスト」——政治的安定性の認識構造—— / 近藤則夫

本稿はインドの大都市部における2003,2005年の政治社会意識調査データを基に,社会的な信頼感,政府や制度に対する信頼感が人々の認識構造においてどのように位置づけられているか探った論考である。これらのいわゆる信頼=トラストは,政治的有力感,民主主義に対する認識などと密接な関係にあり,インドの政治的安定性を考える上で重要な変数である。平均・共分散構造分析による分析から,人々の政治社会の認識構図において,社会的信頼感に代表される社会に対する認識と,政治体制への信頼感に代表される政治体制に関する認識は分離されていることが示される。両者が分離していることで,社会の不安定性は政治の不安定性に転化せず,その意味で,インドの民主主義体制の安定性が保たれていること,政治体制への信頼は政府が人々の日常に関わる政治,経済政策において実績を上げることによって高まることなどが本稿の実証研究から示される。

トルコにおける市民概念の再編と都市貧困層の統治——公的扶助の実践に見る市民性への重層的包摂—— / 村上 薫

本論文では,1990年代後半以降のトルコで活発化した貧困救済事業の貧困者統治の装置としての側面を検討し,公的扶助制度の実践を事例に都市貧困層による市民的価値の内在化を論じた。トルコの公的扶助制度は,権威主義的な市民概念に代わる新しい市民概念の台頭を背景として,温情主義的な側面を維持しつつ,受給者を潜在的な依存者とみなし生産的で自立した市民へと誘導する新自由主義的な統治の装置としての性格を強めつつある。だが調査地のイスタンブルでは,公的扶助制度の実践を通じた住民による新たな市民的価値の内在化は部分的かつ流動的であり,貧困を他律的にとらえる,あるいは国の支援を相応の割り当て分ととらえる貧困救済の理解と両立する様子が観察された。論文ではこのことの含意を,トルコの歴史的社会的文脈に照らしつつ,市民性への包摂の観点から論じた。

中国都市戸籍住民における医療保険の加入行動の要因分析——医療保険加入の類型およびその選択の決定要因—— / 馬 欣欣

本稿では,中国家計調査における都市部調査の個票データを用い,医療保険の加入行動を類型化したうえで,都市戸籍住民における医療保険の加入行動のメカニズムに関する実証分析を行い,以下の結論が得られた。第1に,都市従業員基本医療保険制度の加入については,自営業者,個人企業の雇用者グループで年齢の上昇とともにその加入確率が高くなり,逆選択仮説が支持された。また低所得層グループに比べ,中・高所得層で医療保険の加入確率が高く,流動性制約仮説も支持された。第2に,低所得層に比べ,中・高所得層で都市部従業員基本医療保険,商業医療保険,混合型医療保険のいずれにも加入する確率は高い。2007年時点に低所得層グループで,公的医療保険制度と私的医療保険制度の両方によってカバーされない者が存在し,医療保険加入の格差の問題が存在していたことがうかがえる。第3に,就業部門によって各要因が医療保険の加入に与える影響は異なる。たとえば,官公庁・事業部門,国有企業,集団企業・民営企業のいずれにおいても,低所得層に比べ,中・高所得層で公的医療保険の加入確率が高い。一方,外資系企業でその加入確率における所得階層間の差異が小さい。