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資料紹介: 信念の呪縛 ——ケニア海岸地方ドゥルマ社会における妖術の民族誌——

アフリカレポート

資料紹介

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信念の呪縛 ——ケニア海岸地方ドゥルマ社会における妖術の民族誌——
■ 資料紹介:浜本 満 著 『信念の呪縛 ——ケニア海岸地方ドゥルマ社会における妖術の民族誌——』
津田 みわ
■ 『アフリカレポート』2014年 No.52、p.36
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東アフリカの多くの社会では、妖術——人に知られることなく他人に危害を及ぼすことのできる特別な手段——が存在すると信じられている(本書p.1)。ケニア海岸地方のドゥルマという社会を出発点とし、そうした妖術信仰のありようと現実との相互作用のメカニズムをつぶさに、かつきわめて分かりやすく読者へと提示するのが本書である。

まず第1部では「妖術は存在する」と信じる信念のセット(妖術信仰の「仕様」)が記述される。そうした「仕様」をもつ妖術の効力と、妖術を行使する「妖術使い(他人を不幸にする目的で妖術を用いる者)」の存在を、ともに現実的なひとつの可能性としなければならない時、そこで人はどう生きるか——これを説明するのが第2部「妖術に対する対処」である。続く第3部では、具体的な3人のケースが紹介され、妖術をめぐる信念セットが各人の不幸の経験に対する解釈を提供し、半信半疑だった人すら妖術の物語に次第に囚われていく様が提示される。最後の第4、第5部では植民地支配および独立後の地方行政、政治変動の中で、共同体的次元、エリート層との対決という新たなリアリティが妖術信仰に付け加わる過程が描かれる。

おそらく、「妖術なんて…」と半身に構えてしまいがちな一般の読者も想定されているのだろう。私たちになじみ深い、星占いなどの「相性の語り」を例にとり、夫婦が小さな喧嘩をきっかけに「やはり相性が悪かった」との物語に囚われ、やがて本当に破綻する可能性を示すなど、説明では随所に工夫が施されている。加えて、所々の話し言葉文体(たとえば、「いるわけはないとは思うが、やはり地縛霊はなんとなく恐い(p.13)」、「ぐだぐだ(p.431)」など)が、重厚な内容をもつ本書を読みやすくしている。ねだりと嫉妬のメカニズムを問答形式の画期的な分かりやすさで伝える「あとがき」も魅力的である。本書は、専門的な研究書であるだけでなく、優れた入門書としての側面をもつ。アフリカ理解を目指す人、さらには信じるとは何かについて考察したい人にもお勧めしたい1冊である。

残された疑問はただひとつ。ありうる選択肢の中で、なぜある社会では妖術信仰の信念セットが選ばれ、他では選ばれないのか。著者自身、その解明作業を「信念の生態学」と名付け、本書の射程を超えた次の課題と位置づけている(「序論」、「結論」)。著者の次の作品も心から待ち遠しい。

津田 みわ(つだ・みわ/アジア経済研究所)