国際価値連鎖:その展開と通商政策への影響

主催:ジェトロ・アジア経済研究所、世界貿易機関(WTO)

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パネルディスカッション

パネリスト:
ロバート・クープマン(米国国際貿易委員会研究事業本部長)   報告資料
金子知裕(経済産業省通商政策局通商機構部参事官(全体総括))   報告資料
パトリック・ロウ(世界貿易機関チーフエコノミスト)
フランシスコ・モンヘ(コスタリカ貿易省貿易局次長)   報告資料
アンドリュー・ワイコフ(経済協力開発機構科学技術産業局長)   報告資料

モデレーター:
中富 道隆(ジェトロ顧問、経済産業研究所コンサルティングフェロー)   報告資料

パネルディスカッションの様子1

テーマ1 「GVC分析の展望:政策への応用、限界、そして今後の課題」

  1. 付加価値貿易統計は伝統的な貿易統計に取って代わることになりうるか?あるいは、それらの間でどのような補完関係を作ることが可能か?
  2. 付加価値貿易統計の新たな活用方法について。
  3. 付加価値貿易統計に関わるデータの整備・供給について、将来的な改善の見通しは?
アンドリュー・ワイコフ

OECDにおける国際産業連関表の整備状況を説明する。OECDには「OECD-WTO TiVA Database」がある。このデータベースは今年の1月と5月の2回に分けてリリースされた。現在57か国(すべてのG20含む)をカバーしており、OECDのデータベースの中で最もダウンロード回数が多い。ただし、サービス貿易の計測などに課題があり、この意味でデータベースは完璧ではない。これと並行して、OECDではさまざまな分析も行っている。GVC分析については『Interconnected Economies』という本を今年の5月に刊行した。GVCは貿易だけでなく、投資、開発問題、リスク分析、そしてイノベーションなどさまざまな観点から見ることができる。今後の課題としては、IMFと協力してデータの対象国と期間を拡充すること、各国の雇用表・資本フロー表・所得フロー表を充実させること、企業レベルのミクロデータを活用し、企業の異質性を考慮した分析を行うことを検討している。

フランシスコ・モンヘ

現在、コスタリカではアジア経済研究所の協力のもと、産業連関表の作成を進めているところである。また、この産業連関表をアジア経済研究所の『アジア国際産業連関表』や付加価値貿易統計へ組み込むことを目指している。この作業はGVCの実態を把握する上できわめて重要と考えている。また、ラテンアメリカ諸国の間で産業連関表を統合することも視野に入れている。さらに、ミクロデータ・リンキングのプロジェクトも進めている。これは、GVCにおける企業のパフォーマンス評価に有用で、今後の課題は企業レベルのミクロデータ整備である。

パトリック・ロウ

GVCには様々な呼び方があるが、それはすべて同じ現象を指し示しており、それを理解することはきわめて重要と考えている。私がもっとも興味があるところは、GVC分析を政策にどのように活かせるのかという点である。また、GVCにおけるサービス取引を理解することは重要であり、近年の研究でサービス産業が価値や生産性の源泉になっていることが分かってきた。ノウハウや技術などがどのように国際間で取引されているのかを考えるときに、GVCの中でサービス取引を考察することが重要である。最後に、サプライチェーンへの参加やマネージメントが金融市場にどのような影響を及ぼしているのか、これについても今後研究を進めるべきである。

金子知裕

付加価値貿易とGVCについて、日本政府の立場から3つのコメントをしたい。第1に、伝統的な貿易統計と付加価値貿易統計の関係は、企業会計で言えば売上と利益の関係に似ており、したがって両者は代替的でなく補完的なものである。国際貿易の実態を把握するためにはどちらも必要で重要な統計である。第2に、付加価値貿易は経済分析への応用に大きなポテンシャルがある。付加価値貿易統計がCGEモデルに組み込まれたならば、政策的な観点から新たな知見が得られると考えている。第3に、各国はこれまで自国の貿易黒字を増やすことばかりを目指してきた。その背景には、「輸入は悪、輸出は善」という価値観があったと考えられる。しかし、付加価値貿易統計を使うと貿易の見方が変わり、貿易政策の力学も変わると思われる。最後に、貿易政策のさらなる発展について2つの方向性を提示する。1つ目は、付加価値貿易統計の国・産業のカバレッジを拡充すること。2つ目はGVCの所得フローを分析すること。後者は、多国籍企業の外国直接投資がGVCを支えているため、所得の国際的な流れを明らかすることは政策的にも学術的にもきわめて重要であるからである。

ロバート・クープマン

GVC研究への期待は大きく、通貨問題や国際貿易、所得フローの問題など様々な局面に対してGVC分析の知見が求められている。とくに、産業セクターごとの二国間貿易分析はその応用例としてよく知られている。ミクロデータの整備も重要である。そして、最近になって、GVCにおける中小企業の役割も重要であることも分かってきた。米国の通商政策のために行った分析によれば、米国の輸出総額における中小企業のシェアは28%だったが、GVC分析と似たような方法を使って分析したところ、輸出における国内中小企業の貢献分は41%にまで及んだ。ここで、多国籍企業が国境を越えてタスクを分散させていることを十分に理解する必要がある。また、GVC分析は原産地規則を理解するために必要なものとなっている。しかし、そのためのデータベースは完全とはいえず、分析できる産業セクターは限られている。最後に、この分野の人材育成が非常に重要と考えている。米国の大学ではこのようなトピックはあまり扱われないこともあり、GVCを理解し分析できる人材が不足している。人材育成は学術界にとっても重要な課題である。

パネルディスカッション2

テーマ2 「GVC分析と貿易政策へのインプリケーション」

  1. GVCs分析は貿易政策に対してどのような含意を持つか?
  2. GVCs分析をベースにすると、これまでの貿易政策は再考を迫られることになるか?もしそうであれば、具体的にその方向性を挙げることができるか?
  3. メガFTAやWTOの役割、あるいは貿易のグローバルガバナンスの問題について、GVC分析は何を示唆しているのか?
  4. 途上国がGVCに参入するための方法や条件は何か?
ロバート・クープマン

GVCの主たる政策的インプリケーションとして、1つに、生産工程が国境を越えて分散した生産ネットワークの下では、経済活動にかかわる制度や政策の明確さ、質、そして安定性がきわめて重要であるということ、そして、もう一つは、貿易コストと併せて国内措置問題にも目を向ける必要があるということである。21世紀の通商政策としては、政策当局はなるべく幅広い政策を視野にいれながら、新しいニーズや状況に対して柔軟に対応できることが求められる。「事実上の」労働者が増加していること、そして資本やテクノロジーのモビリティが高まっていることをもはや無視することはできない。次に、多国間貿易協定あるいは地域貿易協定へのインプリケーションだが、これは単なる関税の問題ではなく、国内措置問題にも密接に関係している。

金子知裕

GVCの登場は「輸入が悪、輸出が善」という考え方に疑問を投げかけるかもしれない。例えば、電子機器産業はもっとも高度な生産ネットワークを築いたことにより、輸出競争力を得るためには良質の部品を安く輸入することが重要になった。そして、1996年に始まったWTOの情報技術協定(ITA)の加盟国(中国、EU、アメリカ、韓国、日本、アセアンなど)は情報技術関連製品の関税を撤廃し、グローバルな生産ネットワークを強化することを決めた。これは当然の動きといえる。関税を引き上げることで国内産業を保護しようとする動きは、むしろその国の競争力を低下させるであろう。GVC分析の知見を用いることで、こうしたメッセージがより強く発信されると考えている。また、GVCにおけるサービスの重要性も強調したい。付加価値貿易の約30%がサービス関連産業(ビジネスサポート、物流、ファイナンス)から発生すると言われている。

次に、メガFTAやTPP、T-TIPなどを考える場合、国内措置問題(投資、知財、非関税障壁など)をうまく処理しなければならない。また、日本は21世紀の国際貿易協定に貢献するという重要な役割を担っている。我々はどうすれば多国間貿易システムがより強固なものになるのかについて考える必要があり、決してこうした取り組みの阻害要因となってはならない。最後に開発問題について考えると、コスタリカは非常に良い例となりうるであろう。自国のビジネス環境を整備することでGVCに参入し、より多くの外国直接投資を誘致すること、それによってGVCの参入をより深めていくことができるはずである。

パトリック・ロウ

GVCに参入し、それをどうやって経済成長につなげていくかが重要と考えている。すべての生産工程を一国で担う必要はない。一部の工程を引き受けるだけでも生産活動の集積を生み、ネットワークを広げていくことで、GVCに参入するチャンスをつかむことができる。また、GVCに参入することで流動性リスクを減らすこともできる。開発政策の問題としては、GVCへの参入を促すためには政府の役割がきわめて重要と考えている。たとえば社会インフラの整備や人的資本への投資は、コストはかかるが重要な課題である。最後に、グローバルなサプライチェーンを踏まえた上で、国際協力をどう考えるべきか。EUはもっとも成功した事例だが、資本の移動、モノの移動、ヒトの移動の3つの統合の軸があり、GVCを踏まえた上でどの軸の統合あるいは協力が必要なのかを考えるべきであろう。また、GVC分析をしたとき、その結果をアンチダンピング等の問題にどうやって使うのか、といった点も考えていく必要がある。

フランシスコ・モンヘ

20世紀の通商政策は最終財の貿易にのみ焦点が当てられ、非常にシンプルなものであった。すなわち、生産のための原材料が輸入され、最終財が輸出されるという単純なフローのみを考えればよく、通商交渉も一元的なものであった。しかし、21世紀の貿易はマルチフローになっている。すなわち、中間財、外注サービス、知識、資本、労働、最終財のフローは一方向ではなく、多様なルートで取引されている。この複雑化した国際取引が通商政策も複雑化・多様化させている。さらに、通商政策だけでなく、GVCへの企業の参入を促すこと、外国直接投資を誘致すること、国内企業の国際化を促すことなどが重要である。コスタリカは対外開放政策(貿易自由化、輸出プラットフォームの整備、外国直接投資の誘致)や人的資本への投資、社会経済の安定化政策など通じて、自国経済がGVCへより深く統合することを目指している。GVCはコスタリカのような途上国でかつ小国の経済に対しても新しい成長の機会を提供してくれる。GVCに参入すれば、より洗練された生産活動に参加することが期待できる。資源のない国でもGVCを活用することで工業化のチャンスはある。優先されるべき政策は、財・サービス貿易の自由化、外国直接投資の誘致、そして貿易促進である。

アンドリュー・ワイコフ

GVCの世界の中ではより包括的な貿易協定を結ぶことが重要である。一つの地域に障壁があれば、ほかの地域にも広くその影響が及ぶため、包括的な観点から協定の在り方を考える必要がある。次に、サービスの側面から考えると、サービス産業の付加価値が輸出総額のおよそ半分を占めている。日本のデータを見ると、サービスの中でもビジネスサービスの付加価値シェアが大きい。スマイルカーブを見ると、組立工程の前後にあるサービス産業の価値が高くなっている。そのサービスとはKnowledge-based capital (KBC) に含まれるものであり、私はこれが非常に重要であると考えている。iPadを例に考えると、この商品の価値はアプリやユーザーインターフェース、すなわちソフトウェアにあり、これはKBCの一種である。2010年のデータをみると、KBCへの投資は有形資産への投資よりも多い。しかしながら、無形資産であるKBCの国際取引は十分に捉えきれていない。OECDはKBCを計測し、GVC分析にKBCを統合することを考えている。

総括:中富 道隆

パネリストはGVC分析によって、保護貿易はもはや意味がないこと、そして、グローバルなマーケットへのアクセスが重要であることを主張した。関税だけでなく、国内措置の問題(非関税障壁)にも取り組んでいく必要性が強調された。サービスや人的資本の重要性についてもコメントがあった。「メガFTAやWTOの役割、あるいは貿易のグローバルガバナンスの問題について、GVC分析は何を示唆しているのか?」という質問に対して、パネリストの意見は、やはり、多国間の枠組みをグレードアップしていくべきというものであった。どうやってグレードアップさせるかについての意見は特になかったが、これについてはWTOの問題解決を含めて今後さらに議論を深めていく必要がある。GVC分析はメガFTAや高度なFTAの重要性も示唆している。メガFTAが引き起こすかもしれない諸問題を予測することも重要であるという指摘もあった。また、WTOそのものの重要性も指摘された。そして、開放的な経済政策こそが途上国をGVCに組み入れる重要な手段であるという認識が共有されている。最後に、GVC分析はグローバル経済の課題や政策を考えるにあたって有用であるという合意が得られた。しかし、GVCについてさらに理解を深めていくことが重要であることは疑いないであろう。

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