国際価値連鎖:その展開と通商政策への影響

主催:ジェトロ・アジア経済研究所、世界貿易機関(WTO)

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基調講演1

リチャード・ボールドウィン  ジュネーブ国際問題高等研究所教授

20世紀の知的枠組みで21世紀のグローバル化を考えることは、あらゆる政策を誤った方向に導くことになる。今こそ考えを改めるときである。従来、グローバル化とは、貿易コストが低下し、国境が開放され、各国経済が次第に統合され共に成長する、といった「単一なプロセス」に沿って進展するものだと考えられてきた。しかしその認識は誤りであり、実際は「複線的なプロセス」で構成されているのである。

グローバル・バリューチェーン(GVC)は変化している。70年代や80年代におけるGVCの分布をみると、製造の前段階での付加価値額、加工・組立工程での付加価値額、製造の後段階での付加価値額はそれぞれ均等であったが、近年、付加価値の多くは製造段階の前後に位置するサービス産業に集中している。このGVCの変化をもたらしたのは、ノウハウが国境を越えうるという事実であり、これこそが革命的とも言うべきものである。ノウハウとは「国固有」というよりは「企業固有」なものであり、それが国境を越えて移動しうるようになったことが最大の変化なのである。

グローバル化の進展は、1)安価な輸送システム、2)生産工程間のコーディネーション、3)Face to Faceなコミュニケーションという、3つの必要条件に制約されていた。蒸気機関の発明によって、まず1)の障壁が大幅に下がるなか、各地域で産業集積が見られた。その後、ICT (Information and Communication Technology:情報通信技術)の発達により2)の障壁が低下し、生産工程の技術的分離が低コストで可能になる。それまでは先進国内に収まっていた技術が次々と国境を越えるようになり、その結果、G7のGDP対世界シェアの増加は1980年半ばを境に反転し、その一方でそれ以外の地域での生産額が急増した。

政策的な違いとしては、1)の変化の際、その影響は関税の漸進的引き下げという手段によって制御できたが、2)のICT革命の影響は制御不可能かつ予測困難である。GATTは世界がより単純な時代に作られたシステムであり、国際経済が複雑性を増した今日では、それに対応すべく貿易規律を再編し、通商ガバナンスの形態を変えていかねばならない。必要とされる新たなガバナンスとは、コミュニケーション、輸送サービス、ビジネスを迅速にするため生産拠点を連結すること、そして、財産権、労働搾取からの自由、競争政策などの観点から国営企業の存在を再考することである。また、GVC が変わったことで、開発政策も変化が求められている。開発途上国では、「工業化」がもはやそれほど大きな意味を持たなくなったということを認識するのが重要なポイントである。

リチャード・ボールドウィン ジュネーブ国際問題高等研究所教授

リチャード・ボールドウィン
ジュネーブ国際問題高等研究所教授

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