国家の信用と品格

ブラジル経済動向レポート(2015年11月)

地域研究センター 近田 亮平

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第3四半期GDP:2015年第3四半期のGDPが12月1日に発表され、前期比▲1.7%、前年同期比▲4.5%、年初累計比▲3.2%、直近4四半期比▲2.5%、時価額がR$1兆4,814億であった(グラフ1)。前年同期比の▲4.5%は1996年から現行の算出方法になって以降、前月(▲3.0%)に続いて過去最大の落ち込みを記録した。また、前期比でも3期連続してマイナスとなったため、ブラジル経済は依然として景気後退局面にあるとともに、インフレが同時進行するスタグフレーションの状態に陥っている。第3四半期の弱いGDPに加え、11月はじめに発表された第3四半期の鉱工業生産指数も前年同期比で▲9.5%を記録しており、2015年のGDPは▲3%以上になるとの予測が政府や市場関係者の間で強まっている。

ブラジルはこれから年末年始およびカーニバルの休暇や商戦を迎えるが、国家としての信用格付けが引き下げられる可能性もあり、また政府は、議会で2015年の新たな財政目標が承認されるまで光熱費や一部職員の給与を一時ストップせざるを得ない状況にある。そのため、政府や国民の財布の紐は固く、景気回復への道のりは遠く険しいものだといえよう。なお、政府の経済チームは第3四半期GDPの発表前、2016年のGDP成長率の見通しを▲1%から▲1.9%へ下方修正した。

グラフ1 四半期GDPの推移
グラフ1 四半期GDPの推移
(出所)IBGE
(注)GDPの成長率(%)は左軸、時価額(R$)は右軸。

第3四半期GDPの需要面を見ると、家計支出(前期比▲1.5%、前年同期比▲4.5%)と投資を意味する総固定資本形成(同▲4.0%、同▲15.0%)の落ち込みが、依然深刻であることがわかる。一方、政府は財政支出の削減を試みているが、政府支出(同+0.3%、同▲0.4%)は前期比でプラスとなっており、前年同期比のマイナス幅も相対的に小さくなっている。輸出(同▲1.8%、同+1.1%)と輸入(同▲6.9%、同▲20.0%)は、為替相場でのドル高レアル安の影響があったものの、ブラジルにとって最大の貿易国である中国の景気減速もあり、輸出は前期比でマイナスを記録した。

供給面では、各分野で全てマイナス成長となった。農牧業(同▲2.4%、同▲2.0%)は、コーヒー(▲6.4%)やサトウキビ(▲4.2%)の年間生産量の減少が見込まれることが影響した。工業(同▲1.3%、同▲6.7%)では、製造業(同▲3.1%、同▲11.3%)や建設業(同▲0.5%、同▲6.3%)の落ち込みが顕著であった。依然は比較的好調だったサービス業(同▲1.0%、同▲2.9%)でも、個人消費の減退が商業(同▲2.4%、同▲9.9%)に表れるかたちとなった(グラフ2と3)。

グラフ2 2015年第3四半期GDPの受給部門の概要
グラフ2 2015年第3四半期GDPの受給部門の概要
(出所)IBGE
グラフ3 四半期GDPの受給部門別の推移:前期比

グラフ3 四半期GDPの受給部門別の推移:前期比

(出所)IBGE

貿易収支:11月の貿易収支は、輸出額がUS$138.06億(前月比▲14.0%、前年同月比▲11.8%)、輸入額がUS$126.09億(同▲10.3%、同▲29.9%)で、貿易黒字はUS$11.97億(同▲40.0%、同+150.9%)を記録した。また年初からの累計は、輸出額がUS$1,743.49億(前年同期比▲16.0%)、輸入額がUS$1,609.11億(同▲24.0%)で、貿易黒字はUS$134.42億(同+418.3%)となった。

輸出に関しては、一次産品がUS$58.64億(1日平均額の前月比▲15.8%)、半製品がUS$20.16億(同▲10.1%)、完成品がUS$55.72億(同▲3.0%)であった。主要輸出先は、1位が中国(US$20.61億、同▲12.1%)、2位が米国(US$17.17億、同▲9.8%)、3位がアルゼンチン(US$10.37億、同+1.4%)、4位がオランダ(US$8.17億)、5位が日本(US$4.22億)だった。輸出品目を前年同月比(1日平均額)で見ると、増加率では遠心分離機(+901.8%、US$1.93億)、大豆(+575.4%、US$5.51億)、銅カソード(+122.3%、US$0.47億)が100%超、減少率では鉄鋼半製品(▲52.8%、US$1.35億)が50%超の増減率を記録した。また輸出額では(「その他」を除く)、鉄鉱石(US$9.01億、同▲43.0%)とトウモロコシ(US$7.99億、同+52.4%)の取引高が多かったものの、US$10億を超える品目はなかった。

一方の輸入は、資本財がUS$26.70億(1日平均額の前月比+1.5%)、原料・中間財がUS$61.69億(同▲2.9%)、非耐久消費財がUS$10.66億(同▲14.6%)、耐久消費財がUS$9.17億(同▲13.3%)、原油・燃料がUS$17.88億(同▲14.7%)であった。主要輸入元は、1位が米国(US$20.87億、同▲2.0%)、2位が中国(US$19.67億、同▲9.7%)、3位がアルゼンチン(US$8.40億、同+4.0%)、4位がドイツ(US$8.35億)、5位がナイジェリア(US$4.20億)だった。輸入品目を前年同月比(1日平均額)で見ると、増加した主な品目は飲料・タバコ(+12.2%、US$0.63億)のみで、減少率では自動車・オートバイ等(同▲54.3%、US$3.22億)や家庭用機器(同▲49.3%、US$1.65億)が顕著だった。また輸入額では、原料・中間財である化学薬品(US$18.32億、同▲13.5%)と鉱物品(US$10.65億、同▲30.9%)、その他の燃料(US$11.08億、同▲35.4%)の3品目のみがUS$10億を超える取引額を計上した。

物価:発表された10月のIPCA(広範囲消費者物価指数)は0.82%(前月比+0.28%p、前年同月比+0.40%p)で、再び上昇傾向を示す数値となった。食料品0.77%(同+0.53%p、+0.31%p)や運輸交通分野が高い伸びとなったことが影響した。その結果、年初累計は8.52%(前月同期比+3.47%p)、過去12カ月(年率)は9.93%(同+0.44%p)で、11月はじめに政府が下方修正した今年の物価予想値9.99%に迫り、2015年は2002年(12.53%)以来の2桁に達する可能性が高まった。

食料品に関しては、鶏肉(9月1.45%→10月5.98%)をはじめ、氷砂糖(同0.01%→4.43%)、ニンニク(同1.11%→4.12%)、ビール(同1.69%→4.06%)が4%以上値上がりし、全体の価格を押し上げた。非食料品に関しては、燃料(6.09%)や航空運賃(4.01%)の価格が高騰した影響で運輸交通分野(同0.71%→1.72%)の値上がりが顕著であった。また、住宅分野(同1.30%→0.75%)は前月より上昇率が低下したものの依然高い伸びを示し、その他の分野も9月に比べ若干高い伸びを記録した。

金利:政策金利のSelic(短期金利誘導目標)を決定するCopom(通貨政策委員会)は25日、Selicを14.25%で据え置くことを決定した。Selicの据え置きは3回連続であるが、今回の決定は全会一致だった前回と異なり、8人の委員のうち2名が14.75%への引き上げを主張し意見が分かれた。12月1日に発表された第3四半期GDPやIPCAに表れているように、ブラジル経済は景気後退と物価上昇というスタグフレーションの状況にある。今回のCopomでSelicの更なる引き上げの意見が出たことは、来年以降の利上げの可能性を示すものであり、過去にハイパー・インフレを経験したブラジルとしては、景気回復も重要だが物価高騰のトラウマが依然強いといえる。

為替市場:11月のドル・レアル為替相場は、月の半ば以降まで緩やかにレアルが値を戻す展開だったが、月の後半にブラジル国内の混乱からレアル安となった。その結果、前月末比でほぼ同じ水準となるドル▲0.22%下落のUS$1=R$3.8506(売値)で取引を終えた。

米国が今年中に金利を引き上げるとの期待からドルを買う動きも見られたが、月の後半まで次のような要素から基本的にドル安レアル高の展開となった。それらは、中央銀行がUS$5億にのぼる為替入札を設定したこと、大型企業買収の発表で大量の資金がブラジルに流入するとの期待、司法公務員の給与引き上げと年金のインフレ調整に対して財政支出の増加の点で反対していた政府案に議会が賛同したこと、などである。

しかし月の後半、政府与党PTの有力上院議員と民間投資銀行のトップが逮捕されたことを受け、政治および経済的な混乱が深まるとの見方からレアル売りが強まった。そして、Petrobrasや2014年のサッカーW杯をめぐる汚職事件で大手ゼネコンのトップが逮捕され、政治家の逮捕者も今後増えるとの観測や、格付け会社S&Pがブラジルを訪問予定との報が伝わり、ブラジルの信用格付けが更に引き下げられる可能性が高まったため、レアルが売られる展開となった。

株式市場:11月のブラジルの株式相場(Bovespa指数)は、月の後半までは横ばいで推移したが、為替市場と同様に月の後半、ブラジルという国家への信用が揺らぐかたちで値を下げた。その結果、月末は45,120pと月内の最安値を記録し、前月末と比べ▲1.11%値を下げて11月の取引を終了した。

月の前半、ブラジルで今まで続発していた政治に関するネガティヴなニュースがない中、化粧品などでの大型買収案件が発表されたこともあり、それまで値を下げていたブラジルの株を外国人投資家が大量に購入する動きが見られた。その後、ブラジルにとって最大の貿易相手国である中国の貿易収支が予想を下回ったこともあり、株価は下落。しかし、財務大臣がLevyから経済運営の評価の高かったMeirelles前中央銀行総裁に交代するとの憶測が流れたことや、議会採決で政府の財政緊縮案の2件が承認されたことを好感し、月の半ばに株価は再び上昇した。

月の後半になると、Petrobras汚職事件で与党PTのDelcídio上院議員が任期中にも関わらず、最高裁の判断および上院議員の賛成投票により逮捕される事態となった。1988年の憲法公布以降のブラジルで、現職の上院議員が逮捕される初のケースとなった。Delcídio議員はPTの上院議員団のリーダーかつDilma大統領やLula前大統領の側近であるため、今後の政治だけでなく経済対策に関する議会での審議にも大きな影響を与えると考えられる。また、汚職関与でBTG Pactual銀行のトップも同時に逮捕されたため、金融関連株が売られるなど市場をはじめとする経済的なインパクトも大きかった。ブラジルの汚職事件の拡大だけでなく、格付け会社によるブラジルの更なる格下げの見方が強まり、月の後半にかけて株価は続落することとなった。

そして、議会で今年の財政目標を引き下げる政府の法案が成立せず、総額R$112億もの公費を凍結しなければならなくなるなど、政治経済的な状況の更なる悪化に直面したDilam大統領は、12月はじめに予定していた日本訪問を直前に急遽キャンセルした。Dilma大統領の訪日ドタキャンは、2013年の全国規模の抗議デモ発生時に続き2回目である。ただし、今回は安倍首相との首脳会談や天皇との会見も既に予定されていたなかでの中止であった。また、日本ブラジル外交関係樹立120周年を記念して、秋篠宮ご夫妻が11月のはじめにブラジルを訪問された際も、Dilma大統領はLula前大統領との会議を優先し歓迎パーティーに遅刻した。このようなDilma大統領の行動は、ブラジルの国家としての信用だけでなく、品格をも引き下げてしまうものだと言わざるを得ないであろう。