中国の対外膨張と東南アジア

政策提言研究

末廣昭 (東京大学社会科学研究所所長)
2011年11月

※以下に掲載する文章は、平成23年度政策提言研究「 中国・インドの台頭と東アジアの変容 」第6回研究会(2011年9月25日開催)における報告内容を要約したものです。

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2010年、中国の名目GDPは日本を抜いて世界第2位に躍進した。鉄鋼生産は世界の50%に達し、自動車生産は世界の25%を超えた。外貨準備は、2011年3月時点で3兆ドルを超え、その規模は一国で世界全体の3分の1を占めるほどに膨れ上がった。そして、実物経済での目覚ましい成長は、国際社会での地位向上につながり、国際金融機関における発言権の強化、人民元の国際化の検討などが進んでいる。

本報告では、こうした中国の経済的台頭とその影響を、東南アジアにおける中国の対外経済戦略の展開に重点を置いて検討してみる。

中国の対外経済戦略の概観
中国の対外経済戦略は、2000年代に入って三つの転機を経験している。第1の転機は、対外直接投資(「走出去」)戦略が採択され、同時に、世界貿易機関(WTO)への加盟が実現した2001年である。中国が国と企業の「国際化」を宣言した年である。第2の転機は、国際化のための諸制度の整備、例えば、対外直接投資手続きの簡素化や進出先の国・地域の投資環境に関する調査報告の刊行などが進んだ2003年と2004年であり、第3の転機は、世界金融危機以降、向上した国際的地位を基盤に国際化に本格的に乗り出した2009年以降の時期である。

その具体的動向は、貿易、対外直接投資、対外援助、対外経済合作(建設請負、労務提供、設計コンサル)の指標において確認できる。輸出を除き、いずれの項目も2000年代半ば以降の増大が顕著であり、中でも対外直接投資の増加が目立つ。また、対外援助を遥かに上回る経済合作金額も注目ポイントである。重要なのは、これらの要素が相互に密接に関係していることである。すなわち、対外援助の増加が直接投資や対外経済合作の増加を誘発し、この両者の増加が製品の輸出を促し、さらに貿易黒字の増加が外貨準備の増加に貢献するというリンケージが見られるのである。こうした、貿易、投資、援助、経済合作の「四位一体体制」こそが、中国の対外経済戦略の大きな特徴といえる。
 
対外直接投資と対外経済合作
中国の対外直接投資を地域別にみれば、2002年以降、アジア地域への投資が増大したのに対して、租税回避地域、及びアメリカへの投資比率は減少傾向にあることが分かる。特に注目すべきは、アジア向け投資の大半を占める「香港向け投資」である。この香港向け投資の中で比率が最も高いと思われるのは、中国本土への還流である。つまり、いったん香港に投資し、外国資金として中国本土に還流させることで、国内資金に対するさまざまな規制を「外国資金」として回避する「迂回投資」戦略が、香港への投資を促しているのである。また、東南アジアの華僑、華人ネットワークを使った投資やインド・中東向け投資の場合にも、香港の企業や金融機関を利用することが少なくない。しかし、詳細は不明であり、更なる実態分析が求められている。

次に、対外経済合作の動向では、2009年の契約金額が同年の対外直接投資の2倍に達していることが注目される。中国の対外経済戦略をみるとき、対外経済合作はこれまであまり注目されてこなかった要素であるが、中国の外貨獲得や資源確保におけるその役割は極めて大きいことに留意する必要がある。例えば、中国の海外建設請負市場の国・地域は、1970年代に8カ国・地域を数えるにすぎなかったのが、1990年にはこの数が140カ国・地域に、そして2005年末には200カ国・地域に増加した。また、海外で建設工事を請け負う企業の数は、国有と民間を合わせて1000社、対外労務経営企業の数も1900社(1990年代初めは600社)に上ったことが報告されている。

中国のエネルギー需給と電力体制
急成長を遂げる中国経済は国内のエネルギー需要を急増させ、その結果、海外における「資源確保戦略」が本格化している。中国のエネルギー需給の現状は、石炭の需給はバランスしているものの、石油は既に国内消費量のうち国内生産量が50%を切る水準にまで至っている。石油と天然ガスの需給は、2020年に向けて一層海外依存率が高まることが予想されており、国有石油企業の海外展開は、中東・アフリカや中南米だけではなく、原油輸入先の比重を下げてきた東南アジア諸国にも、再び向かっている。

中国の3大国有石油企業(中国石油天然ガス、中国石油化工集団、中国海洋石油総公司)が株式公開を実施した子会社は、3社とも世界で有数の巨大株式公開企業に成長している。2005年の3社合計で、総資産額が15兆3010億円、株式時価総額が21兆5600億円に達している。2010年の日本の株式時価総額で第1位のトヨタ自動車のそれが11兆円であることに鑑みると、その規模の大きさが窺える。

他方、中国の発電事業については、石炭をエネルギー源とする火力発電への過度の集中から、水力・原子力・風力への多様化の傾向が観察され、そのうち水力発電については、中国国内での大規模な開発事業が、下流に位置する東南アジア諸国との間に、「水資源」をめぐる対立を招いている。その一方で、中国の国有電力企業(「5大電力集団」)は、ミャンマー、ラオス、カンボジアなどで、多数の水力発電ダムの建設に積極的に関与している。

中国企業の海外進出と国家機関
国有石油企業とは別に、急増する外貨準備を原資として、海外の資源エネルギー関連企業の株式を積極的に購入し、国家の資源・エネルギーの確保に貢献しているのが、中国投資有限責任公司(CIC)である。CICは、政府系ファンドの一種で、2007年に設立されたものである。設立の目的は、(1) 中国の主要商業銀行の株式引き受け、(2) 国内銀行への融資、(3) 優良外国企業の株式購入の三つであるが、特に注目されるのが、(3) の優良外国企業の株式取得の活動である。当初金融会社や不動産会社を主な投資先としていたCICは、2009年以降、資源・エネルギー関連企業の株式取得に積極的に向かい始め、2010年末の時点で海外の資源エネルギー関連企業への投資は2兆8000億円に達している。

なお、政府系ファンドだけでなく、海外に進出している中国企業に対して、貿易信用や外貨貸付を行う政策性国家金融機関の存在も無視できない。こうした国家金融機関には、(1) 1994年設立の国家開発銀行(CDB)、(2) 1997年設立の中国輸出入銀行(EXIMB)、(3) 2001年設立の中国輸出信用保険公司、の三つがある。2005年以降、CDBの融資活動は、海外に進出した中国企業の支援に向かっており、EXIMBの融資活動の中、「走出去」関連プロジェクトへの融資の比重は年々増大している。
 以上から、中国企業の対外進出を総合的に把握するためには、単に「対外直接投資」の統計データの分析だけでなく、CIC、CDB、EXIMBなどの後方支援活動も視野に収めた分析が必要不可欠となろう。

中国の海外資源確保戦略と3大鉱物資源集団
2000年代以降、中国政府が石油・天然ガスと並んで資源戦略のターゲットとして力を入れてきたのが、希少鉱物資源の探鉱とその確保である。IT製品の国内生産・輸出の急増が希少鉱物資源の需要を急増させてきたからである。

希少鉱物資源に対する海外戦略は、2006年の「第11次5カ年計画」の中の「走出去戦略綱要」によって明確に位置づけられている。具体的には、(1) 国内で不足する銅、亜鉛、アルミニウム、ニッケルについては、国内鉱山の探鉱・開発を外国企業と共同で推進し、(2) レアアース(希土類)、タングステン等については外国企業の参入を規制し、(3) 戦略的資源であるウラン鉱物は、外国企業の探査・開発を全面的に禁止する、(4) 銅、ニッケル、タングステンなどについては、海外の鉱山の探鉱・開発を積極的に進める、というものである。

このうち(4) の海外での鉱山探鉱・開発の役割を期待されたのが、「国有資産監督管理委員会」の管轄下にある、三つの国有企業グループ(中国有色礦業集団有限公司、中国五礦集団公司、中国冶金建設集団公司)である。これら三つの国有企業は、中国国有石油企業と同様に、国家の資源確保の先端を担っている。そして、海外における事業展開を見ると、アフリカ(銅、ウラン、コバルト)、オセアニア(銅、ニッケル、タングステン、コバルト)、中南米(銅、ベースタル、金)に加えて、銅、ボーキサイト、タングステン、ニッケルなどの鉱床を持つラオスやミャンマーを含むアジア地域への進出も注目される。

中国の海外戦略と東南アジア・CLMV
中国の台頭と東南アジアにおけるその影響は、CLMV(カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム)の対内直接投資においてとりわけ顕著に見られる。4カ国の直接投資の受入れを、1990年前後から2003年までの期間と、2004年から2008年までの期間に分け、それぞれ投資国の上位3カ国、業種分布の上位4業種を抽出してみると、2000年代半ば以降の中国の同地域への投資拡大、及びその結果として電力(発電)、石油・天然ガス、鉱業の比重増大は明らかである。

まず発電は、中国の国有電力企業の東南アジア進出が極めて活発な分野である。例えば、中国華能集団がミャンマーで、中国大唐集団がカンボジアとミャンマーで、中国国電集団がカンボジアで、中国華電集団がインドネシアとカンボジアで、中国電力投資集団がミャンマーで、それぞれ事業を展開している。なお、これらの国有企業の進出形態は、BOT(Build, Operate, Transfer)と呼ばれる方式を採っている。つまり、中国企業が相手国政府と契約を結んでダムや発電設備を建設(Build)し、発電事業を運営(operate)し、最後にその設備の所有権を相手国に移転(Transfer)している。

石油・天然ガスも、中国が強い関心を持ってCLMV、そして東南アジア諸国に接近している分野である。もっとも、現時点での輸入量からすれば、CLMVを含む東南アジア諸国は、原油輸入相手先としては、中東・アフリカより遥かに少ない地位しか占めていない。しかし、原油の輸入依存率が今後、70%以上へと上昇する見通しの下で、東南アジア諸国が保有する石油・天然ガスは、中国にとってますます重要な意味を持つ。

加えて、東南アジアの鉱物資源の探鉱・開発に対しても、中国政府は積極的な働きかけを行っている。この点を最もよく示すのがラオスである。ラオス政府が事業運営権を与えた鉱区を取得した65社の外国企業のうち中国企業が39社を占め、ベトナム(9社)、タイ(7社)、オーストラリア(6社)等を圧倒している。

中国の対外経済戦略とその特徴
以上の検討から、現在の中国と東南アジア諸国の関係は、増大する貿易だけでなく、直接投資、対外援助、対外経済合作の動き、そして、外貨準備と政策性国家金融機関の活動とも密接に絡んでいることが明らかになった。これらの動きと活動は相互に補完的な関係にあり、「四位一体」、「五位一体」、あるいは「六位一体」の様相を含んでいる。しかし、特定の地域・国家を見ていくと、対外経済戦略の具体的な展開が、国民経済の要請に基づいた中央政府の「計画と調整」通りの様相を示しているとは到底言えない。むしろ、中国の対外膨張の牽引役は中央政府ではなく、民間企業と国有企業集団の旺盛な自己利益の追求の結果であり、必要に応じて、国家機関がそれを支援しているといった方がより正確な現状認識であろう。