2000年代ベトナムにおける新たな社会階層の台頭

調査研究報告書

荒神 衣美  編

2016年3月発行

表紙 (62KB)
第1章
本章は、ベトナム社会階層研究における初歩的な取り組みとして、階層分類の検討および社会階層の実態把握に向けた課題の抽出を目的としている。既存研究で示された階層分類の精査を通じて、上位層、中位層、下層に位置づけられる職業階層が概ね特定された。一方で、とりわけ上位層と中上層について、公式統計では実態を把握しきれない資源の保有や、地域性を伴う職業階層内部での分化状況が確認された。各層内部での分化の背景を、量的・質的アプローチを組み合わせつつ明らかにすることが今後の課題となる。

第2章
本章は、ベトナムの政治エリート層、すなわち、指導的党・国家官僚層のプロファイルおよび任用プロセスの一端を明らかにすることを試み、主としてインターネット上で公開されている現役党・国家幹部の経歴等に関する情報の分析を行った。今日のベトナムの政治エリート層は、共産党の様々な構成組織の様々なレベルにおける競争、選抜を通じて抽出、形成されるが、そのプロセスの特徴として、(1)出身部門、地域、個人的属性などに関する「構成」が重要な役割を果たしていること、(2)学歴が重要な評価基準となっていること、(3)幹部の任用は、上位の機関の承認を必要とすることが多く、また制度的に前任者の意向が反映される場合があることなどが観察される。

第3章
本章は、ドイモイ下のベトナムで新たに形成された層である企業経営者層の全体像と特徴を把握することを試みた。統計資料や既存研究の検討から、(1)1990年代から2000年代にかけて人数および就業人口に占める比率が急増したこと、(2)1990年代半ばでは、国家機関や国有企業、軍などの出身者が中心であったが、2000年代以降はより広い層の参入がみられること、(3)就労人口全体に比してきわめて学歴が高く、所得や資産の保有状況からみた経済水準も突出して高いこと、が示された。

第4章
本研究は、ドイモイ政策の導入によって市場経済への移行期にあるベトナムにおいて、高等教育制度の変化がもたらした高学歴労働者層の多元化状況を、制度論的アプローチを用いて明らかにすることを最終目的とするものである。中間報告となる本章では、その準備段階として、ドイモイ政策導入以前の中央統制経済期に行われていた職業分配制度が社会階層の形成に与えた影響を探るとともに、それが1990年代初頭以降の労働市場の自由化政策によってどのような変化を受けているのかを明らかにする。
2016年にハノイ市内で実施した大卒者を対象とする調査結果の分析を通じて、今日もなお大卒者たちが公的セクターへの就業を選好する傾向にあること、ただし年齢層が若くなるにつれて私営セクター志向へとシフトしつつあることが示された。より高い収入を求めて転職行動が頻繁に行われる一方で、大学卒業後から長期的に一つの企業に定着して就業し、その中でのキャリア形成を主体的に選択する動きも観察された。