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アジ研ポリシー・ブリーフ

No.187 気候変動対策の目標と実際 ──インドネシアの森林保全メカニズムの事例

2024年4月17日発行

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  • 気候変動対策の目標は各国により掲げられてきたが、十分な成果が得られていない
  • インドネシアの森林保全メカニズム(REDD+)は成果の検証が行われ、成功にみえる
  • しかし実施過程にはインドネシアが直面する課題があり、支援対象以外の排出量が大きい

気候変動の締約国会議等国際会議において、各国は温室効果ガスの削減目標を掲げてきた。野心的な目標を掲げる途上国には国際社会から資金支援が表明され、その実施に期待が集まってきた。しかし期待どおりに目標が達成されていない現状も明らかになってきた。気候変動対策の個別の目標と実績にはどの程度乖離がみられるのか、背景にある課題やリスクを把握することは、今後日本が実効的な気候変動支援策を策定するために欠かせない。また、各国地域・セクター等で経済・社会・政治的背景が異なるため、多角的な知見の蓄積が必要である。本稿では世界第三位の熱帯雨林保有国であるインドネシアの森林セクターに焦点を当てて論じる。

インドネシアの森林保全対策REDD+

インドネシアは2015年のパリ協定で、温室効果ガス排出を2030年までに自国の努力で基準年から29%、国際支援があれば41%削減する目標を表明した。2021年のCOP26では2060年までのネットゼロを打ち出し、さらに2022年のCOP27で削減目標を32%、国際支援で43%と引き上げた。この目標の17~25%は森林セクター(植林・森林再生、森林破壊抑制、炭地利用)で達成する計画である。インドネシアの主要な温室効果ガス排出源では、森林・土地利用変化が最大となっており、全体の63%を占める。

気候変動枠組条約の森林関連の国際支援による温室効果ガス削減メカニズムがREDD+である。REDD+は、途上国が森林伐採や劣化を抑制して温室効果ガス排出量を削減すれば、客観的な検証を経て、相当のカーボンクレジットを先進国が買い取る仕組みである。同時に、関連する制度やガバナンスの仕組み作り、計測やモニタリングの整備や報告方法の確立も対象とする。

目標と実績

2012年にインドネシアでREDD+国別戦略が策定されて10年以上が経過した。2016年時点では37の活動が15の州で実施された。実施後の検証結果も出ており、2020年には日本も資金拠出する「緑の気候基金」やノルウェー、「森林炭素パートナーシップ基金」から2014~2000年の削減分CO2換算6020万トンに対し、総額1億8千万ドルが支払われた。1トンあたり4~5ドル相当の価値である。REDD+による森林保全は進展しているが、削減規模は概算で年1千万トンの削減量は、2019~20年の森林破壊による排出推計量の約0.03%となる。

図:インドネシアにおけるREDD+プロジェクトサイト

図:インドネシアにおけるREDD+プロジェクトサイト

  1. 出所: Atmadja, S.; Komalasari, M.; Alusiola, R.; Barboza, I.; Sartika; L.; Theresia, V.; Simonet; G. 2023. The International Database on REDD+ projects and programs Linking Economics, Carbon and Communities (ID-RECCO) - Project tables, V.5.0.をもとに筆者作成。
    注:赤い丸はプロジェクトサイトがある地方自治体を示す。

REDD+では制度も整備された。泥炭地回復庁の設立、泥炭地利用禁止のモラトリアムの延長、森林利用許可の取り消し、先住民の森林利用権の確認など様々な改革も行った。ただし実際に削減が認められた量は、検証の結果、報告より8%程度少なかったほか、途中ノルウェーがプロジェクトを一旦破棄するなどの混乱もあった。

REDD+という森林政策

REDD+は実施対象地域の住民のFPIC(自由意志による、事前の、十分な情報に基づく同意)を必要とする。インドネシアでは土地利用政策の変遷で伝統法と近代法が混在し、共有地を利用する先住民もおり、土地利用の制度や実態が複雑である。REDD+の制度構築では、先住民の森林利用権の確認が求められていた。また、1999年林業法では共有地を国有林と定めていたが、2012年に憲法裁判所で共同体の森林であると判決が出された。しかし9つの先住民に利用権を与える大統領令が出されたのは4年後と実施に時間を要した。近代法と市場メカニズムに根差した国家間のREDD+を、伝統的な慣習が残る村レベルに導入する難しさがある。

実施体制

REDD+発足時にはスシロ・バンバン・ユドヨノ大統領直下に独立機関が設立されたが、ジョコ・ウィドド(ジョコウィ)政権交代後に環境林業省に統合された。その際プロジェクトの情報が散逸したといわれている。さらにREDD+は所有地管理と支払いが紐づいている。土地利用と土地所有の証明については、農業省が農業政策を実施する一方で、環境林業省が国有林を、農地空間計画省が非国有林を管轄し、許可書等は地方政府が発出する、といったように、制度が複雑である。制度の内容を住民が理解し、複雑な行政手続きを行うことにも困難がある。

政治の意思

グラスゴーで開催された気候変動枠組条約締約国会議COP26ではインドネシアも森林破壊をゼロにすると合意した。しかし、その後も「ジョコウィ政権下での大規模開発は、温室効果ガスや森林破壊の名のもとで止められるべきでない」(シティ・ヌルバヤ環境林業相)といった合意を覆す発言がみられる。また2020年に成立した雇用創出オムニバス法は、環境や社会に問題を引き起こすプロジェクトに対し、市民社会が問題を指摘する機会を制限するなど、森林破壊を抑止する政治的な意思は揺らいでいると受け止められた。

住民の意識

気候変動に対する政策実施には国民の問題認識と理解が欠かせない。インドネシアで2021年に3490人を対象に行われた調査1では、「気候変動についてほとんど知らない」(55%)、「聞いたことがない」(20%)と、7割以上の回答者は気候変動の理解が十分ではなかった。先住民や農業従事者を含む多くの人々がかかわる森林政策において、背景理解が十分でない住民に対してFPICを求めていくことはハードルとなる。加えて、行政への信頼性が低い地域ではプロジェクト参加や継続を拒むところもでてきた。

計測技術と対象設定の課題

森林破壊の抑制により削減された温室効果ガスは衛星データ等を用いて検証される。しかし検証には課題もある。第一に対象地域の面積が小さい場合や画像の解像度が十分ではないといったデータの問題がある。第二に、ノルウェーのプロジェクトでは、森林火災を対象に含むことで削減量が変化した可能性があり、プロジェクト対象の選定や定義、基準年や天候に依存して結果が左右される。

まとめ

インドネシアの熱帯林保全は気候変動政策の柱である。REDD+は国際的なメカニズムを、インドネシア地域住民を対象に適用する挑戦的な手法である。先住民を含む多くの農業・林業従事者との合意形成が不可欠であるが、それが実施の難しさとなっている。複雑な土地所有制度に切り込む制度変更に時間を要し、温室効果ガス削減量の計測も課題がある。

さらに、インドネシアの森林セクターの最大の温室効果ガス排出源は泥炭地である。泥炭地からの排出増が森林保全の効果を相殺する可能性がある。政策の成功と実際の削減にも乖離がある。森林セクターの気候変動対策は、温室効果ガス排出の全体像の把握が必要であろう。

みちだ えつよ/新領域研究センター
ひがしかた たかゆき/地域研究センター)

  1. Leiserowitz, A., Rosenthal, S., Verner, M., Lee, S., Ballew, M., Carman, J., Goldberg, M., Marlon, J., Paramita, E., Chamim, M., Mohamad, P. & Daggett, M. (2023). Climate Change in the Indonesian Mind. Yale University. New Haven, CT: Yale Program on Climate Change Communication.

本報告の内容や意見は執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません

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