時事解説: 開催都市・横浜の取り組み——TICAD開催地問題について考える——

アフリカレポート

No.51 特集:TICAD Vをどう見たか

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■ 時事解説: 開催都市・横浜の取り組み——TICAD開催地問題について考える——
■ 望月 克哉
■ 『アフリカレポート』2013年 No.51、pp.25-28
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はじめに
本稿では2度目の開催地となった横浜市での、第5回アフリカ開発会議(TICAD V)をめぐる取り組みを紹介しながら、この会議と開催都市、すなわち行政と市民の関わり方について考えてみたい。まず横浜市が行った広報活動等による一般市民への働きかけにふれたのち、同市の取り組みの体制と具体例を紹介し、とくに「女性の地位向上」をめぐるサイド・イベントの背景を掘り下げてみる。それらを通じて、TICADプロセスへの市民参加のあり方について、また今回の会議で焦点の1つとなったアフリカ開催の問題にも示唆が得られると思うからである。

1.市民へのアウトリーチ
2013年5月に入り、横浜市営バスのフロントフェースには小ぶりながら色鮮やかなTICAD Vを予告するバナーが張られるようになった。そのサイズゆえに人びとの目にはとまりにくかったかもしれないが、市民への啓発効果も小さくなかったはずである。折りしも「横浜アフリカ月間」がスタートしており、市営地下鉄でもアフリカのデザインを施した車両が運行されていた。あざみ野駅と湘南台駅を結ぶ「ブルーライン」に導入された1編成は「アフリカ号」と名づけられ、6両の車両それぞれが異なる気候帯をテーマにして、車内側面や中吊りの広告スペース、そしてドアや窓にも色鮮やかなアフリカの光景や物産、人びとのイメージが掲げられていた。

市営地下鉄の取り組みとしてもうひとつ忘れてはならないのが「一駅一国運動」である。こちらは前回のTICAD IVでも行われた企画で、今回は「地下鉄に乗ってアフリカ一周気分を味わおう!」をキャッチフレーズにして、趣向を凝らした「アフリカ・トラベル・スタンプラリー」も併催された。40ある駅のそれぞれに、1国もしくは複数国を紹介したパネルが展示され、あわせてスタンプ台が置かれた。ちなみにスタンプを集めた御褒美は、アフリカ54カ国の国旗をあしらったクリア・ファイルだったそうである。

この「一○一国運動」は、決して横浜市交通局だけの取り組みではない。その一つが日本郵便、ゆうちょ銀行とのコラボレーション企画として展開された「一局一国運動」である。「一駅一国運動」と同様、参加店舗には対象国を紹介するパネル等が展示され、これと並行して郵便集配車両によるTICAD Vと関連キャンペーンのPRも行われた。赤い車両にはロゴマークとともに、国連世界食糧計画(WFP)と協同でアフリカの学校給食を支援するキャンペーン「レッドカップforアフリカ」のラベルが貼られ、ゆうちょ銀行ではボランティア貯金のキャンペーンも行われた。横浜市が日韓サッカー・ワールドカップやTICAD IVで培ってきた「一駅一国運動」のモデルが、ここでも生かされたと言えるだろう。

一連の市民に対するアウトリーチ「運動」の中で、とくに注目されたのが2012年10月からスタートした「一校一国運動」である。前回のTICAD IVの際の実施対象は55校の市立小学校のみであったが、今回はそれが59校に増え、さらに市立中学校8校も加わった。在京アフリカ大使館やその関係者の支援を受けて対象国の理解を増進するというスタンスは変わらぬものの、交流の幅はさらに広がり、対象国との直接交流に踏み出す動きもでてきた。年若い世代がアフリカ人と直接にふれあい、交流やイベントにも参加したことは、今後の市民レベルの交流、さらには次回会合における市民参加にも大いなる期待を抱かせるものであった。


2.横浜市のイニシアティヴ
開催都市としての横浜市の取り組みは、すでに2012年から本格化していた。同年5月に神奈川県内の50以上の団体が参加してTICAD V支援のために「横浜開催推進協議会」が設立され、次いで7月には副市長をトップとして市役所の各部局を横断する「横浜市開催推進本部」が発足している。後者の下には「イベント・市民交流」「国際貢献」のほか「ビジネス交流」「女性の地位向上」など8つのワーキング・グループが置かれ、それぞれ具体的な取り組みが進められてきた。

その先陣を切ったと言えるのは、やはり「イベント・市民交流」であろう。2012年6月1日、恒例の横浜開港祭にあわせて横浜市文化観光局による「キックオフ・ウィーク」がスタートした。会場にはアフリカとの交流のためのブースが設けられ、夕刻には市長も参加して「横浜開催1年前セレモニー」が執り行なわれた。翌週半ばからは会場をJICA横浜に移して、セミナーや映画上映会、音楽イベントなども開催され、いずれも無料で市民に開放された。以後も頻繁に市内各所でさまざまなイベントが催され、広報媒体の関係もありもっぱら横浜市民が対象にはなったものの、アフリカ人やその文化にふれる機会が提供されたのである。

「国際貢献」として早い時期から検討されてきたのは、港湾、水道、野生生物保全といった分野における技術協力であった。いずれもJICAとの連携によるアフリカからの研修員受入れ事業が中核となっていたが、港湾都市としての強みを生かし、また自然豊かな市域をアピールする機会にもなったと言えよう。隣接する神奈川県にも水源涵養林を有する水道事業では、2012年10月からTICAD V支援のためのペットボトル「はまっ子どうし The Water」を発売、TICAD V会場での公式テーブル・ウォーターとされたほか、その売り上げの一部をアフリカの水環境改善に活用するためのキャンペーンが展開された。これは「レッドカップforアフリカ」とともに、市民が直接アフリカを応援するキャンペーン「ヨコハマ for アフリカ」に位置づけられている。

横浜市による民間への働きかけという点では、TICAD Vのプロセスでも展開されてきた「ビジネス交流」にもふれておかねばなるまい。上述した「横浜開催推進協議会」には企業団体も名を連ねており、ビジネス面でのアフリカとの交流が模索されてきた。TICAD Vにあわせて開催されたアフリカン・フェスタ2013にも横浜市の企業13社が出展しており、アフリカで事業展開している大手企業に比べれば規模こそ小さいながらも、地元企業らしいアピールが行われていた。TICAD Vの準備プロセスで強調されたWin-Winな関係構築、そして日本企業によるBOPビジネスの実現には、こうした地道な取り組みによる裾野の拡大こそがカギになるであろう。


3.厚みを増したサイド・イベント
ビジネスとの関わりで、もうひとつ注目したのが、横浜市が中心になって推進してきた「女性の地位向上」に関するイベントであった。5月31日にはマラウィのジョイス・バンダ大統領を招いた「女性の活躍と経済成長」シンポジウム、6月2日にはTICAD Vテーマ別会合「ジェンダー平等と女性のエンパワーメントを通じたアフリカ開発の推進」が開催されている。焦点となったのは女性企業家とその支援であり、双方に出席した林文子横浜市長は、アフリカ開発に女性が大きく貢献することを確信し、アフリカの女性企業家のエンパワーメントに取り組むとも述べている。

横浜市は女性企業家支援における先進自治体のひとつと言え、女性の活躍による経済活性化を同市の成長戦略に掲げて、2011年度からは女性企業家のための総合的な支援事業をスタートさせている。同年度予算で女性の中小企業診断士による「女性企業化支援チーム」を結成して相談窓口を設置するとともに、女性企業家支援資金として2億円の融資枠を設定、さらにシェア・オフィス「F-SUS(Female Start Up Support)よこはま」も創設した。女性の社会進出を促進するためのインフラ整備と言ってよいだろう。

これらを生かした具体的な取り組みがTICAD Vに向けて打ち出された。JICAと協力してアフリカの女性企業家やこれを支援する行政職員を招聘し、シェア・オフィス「F-SUSよこはま」ほか支援事業を視察するとともに、日本の女性企業家との意見交換の機会をもつことになっている。林市長は1回の招聘で6~8カ国から15人程度のアフリカ人女性を受け入れると表明しており、早ければ2013年秋にも第1回目の招聘事業が実施されることになる。

こうした取り組みは、2010年に開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)の女性企業家サミットにもさかのぼることができる。そこで女性企業家が交流するための仕組みづくりやネットワーキングを課題とした横浜市は、まず地元の女性を支援する制度やスキームを整備し、それらのインフラやリソースを生かす取り組みを提案したのである。こうした素地があったことによってTICAD Vのサイド・イベントは厚みを増し、横浜市も開催都市としての存在感をアピールすることができたのである。


4.むすびにかえて——開催都市と市民に求められるもの——
「誰のためのTICADなのか?」。これはTICAD Vの開催を捉えて、6月1日に横浜市従業員労働組合の施設である市従会館で開かれたシンポジウムのタイトルである。その趣旨が今回の会議に賛同するものとは言えず、そのあり方にも異議を申し立てていることは、「グローバリゼーションのなかで搾取と排除に抵抗するアフリカとアジアの人々」というサブ・タイトルやアピール文、そしてシンポジウム後のデモンストレーションに象徴されている。いまやプレッジング会合の様相を強めつつあるTICADにつきまとうグローバリゼーションの影が指摘された背景には、横浜で開催された2010年のAPEC、そして2012年のIMF・世銀総会も影響しているであろう。シンポジウム参加者からは上述してきた横浜市の取り組みに対しても、トップ・ダウンの施策やそれらへの市民の動員などに批判的な見解が示された。しかしながら、それら異議申し立ては横浜市民ならではのものとも言え、決して受け入れがたいものばかりではない。

むしろ筆者としては、このシンポジウムの問い掛けを重要なものと考えており、開催都市において、こうした問題提起がなされるのは健全なことであるとさえ思う。なぜなら、こうした問い掛けこそが、「アフリカ開発は誰のものか?」「どのようにアフリカを開発するのか?」といった本質的な問いを引き出すものだからである。いかなる市民も排除されることなく、参加の機会と場を得られること。そして、なにより自由な発言が保証されること。第6回アフリカ開発会議(TICAD VI)の開催地にふさわしいのは、そうした条件が確保される国であり、都市であらねばならないと筆者は考えている。

(もちづき・かつや/東洋英和女学院大学)