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移民たちの太平洋――太平洋諸島をめぐる人の移動と国際制度――

一般書

CC BY-ND

移民たちの太平洋――太平洋諸島をめぐる人の移動と国際制度――

著者/編者

黒崎 岳大、今泉 慎也

出版年月

2023年3月

ISBNコード

978-4-258-04656-0

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内容紹介

内容紹介

太平洋島嶼地域においてはさまざまな人、さらには企業や国際機関など多様なアクターが地域内外を移動し、送出国たる島嶼国のみならず、オーストラリアやアメリカなど島嶼国出身者を受け入れる側の政治・経済・社会にも大きな影響を与えている。本書は太平洋島嶼地域を行き交う人びとが実践してきた「移動」という経験のなかで、障害となるだけではなく、利用もされてきた国境、移民の受け入れに関して受入国側が設定した諸制度、または国際的な取り決めが、彼らの生活や彼らの移民仲間、母国の政治経済にどのような影響を与えているかを考察している。さまざまな脆弱性を抱える移民の実態を掘り起こす一方、移民がさまざまな規制や制約に応じて戦略を練り直しながら、自己実現を図ろうとするたくましい存在としての側面にも目を向ける。

目次

序 章 太平洋島嶼国における人の移動と国際制度をめぐるダイナミズム

筆者:黒崎 岳大、今泉 慎也

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第1章 域外国との政治交流の活発化と地域統合の変容

筆者:黒崎 岳大

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第2章 地域としての「太平洋」――越境労働移動をめぐる制度構築とネットワーク形成を通じて――

筆者:小柏 葉子

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第3章 多民族国家オーストラリアの太平洋島嶼移民――ニューサウスウェールズ州ポリネシアン移民の社会経済的地位――

筆者:畝川 憲之

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第4章 アメリカ法からみたミクロネシアの法的空間――未編入領土の福祉格差と平等保護――

筆者:今泉 慎也

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第5章 中国からの移住先としてのトンガ王国

筆者:北原 卓也

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第6章 ミクロネシアにおけるフィリピン人移民――アメリカの移民政策・移民法の影響を中心に――

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資料 太平洋島嶼地域における人の移住の概況

筆者:今泉 慎也

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まえがき

まえがき

2020年1月、中国・武漢を発生源とする新型コロナウイルスの流行が世界中を駆けめぐり、世界各地でパンデミックを引き起こしていった。その猛威はとどまるところを知らず、2021年末には新たな変異種が出現し、数次の大流行が日本を含む各地で広がった。太平洋島嶼国も例外ではない。太平洋島嶼地域は歴史的には感染症の拡大によって人口が激減した経験があり、島嶼国の多くは2020年2月から3月にかけて直ちに国境を閉鎖し、海外からの航空便や船便の寄港を認めない、という極めて厳しい政策をとった。その結果、フランスやアメリカの海外領土の島々と比して、2021年上半期における島嶼国の感染者数はいずれもほぼ1桁にとどまり、どの国も水際対策が成功したものと思われた。しかしながら、新型コロナウイルスの流行は収まることがなく、その後も変異種を発生させながら、世界各地に大流行の波が押し寄せた。そのため、1年を過ぎる頃から国内経済に与える影響が厳しくなった。とりわけ、島嶼国の基幹産業である観光業には甚大な影響を与えた。2019年と比べて、2020年5月の訪問者数はどの国も90%以上の減少を示した。島嶼国とオーストラリアをつなぐバージン・オーストラリア航空が経営破たんし、各地の観光業者も従業員のリストラを余儀なくされた。さらには、インドネシアと国境を接するパプアニューギニア、インドとの交流が盛んなフィジーなどでは市内でのパンデミックが発生し、脆弱な医療体制を逼迫させる事態に陥った。2021年後半になると、比較的感染者の少ないニュージーランドからの観光客を受け入れるトラベルバブル政策がクック諸島やニウエなどでとられたほか、フィジーのナショナルフラッグであるフィジー・エアウェイズが主要国際空港への乗り入れを再開するなど、「ポスト・コロナ」ないしは「ウィズ・コロナ」に向けた政策が打ち出されたが、観光客の復活までには程遠い状況である。

本書は日本貿易振興機構アジア経済研究所が実施した「太平洋島嶼国における人の移動と国際制度」研究会(主査:黒崎岳大、2019~2021年度)の成果をまとめたものである。本書で示されるように、太平洋島嶼地域においてはさまざまな人、さらには企業や国際機関など多様なアクターが地域内外を移動し、送出国たる島嶼国のみならず、島嶼国出身者を受け入れる側のオーストラリア、アメリカなどの社会の政治・経済に大きな影響を与えている。本研究会の目的は、太平洋島嶼国における人の移動と、それに関わる国際協力・国際制度の変容をめぐるダイナミズムを捉えることにある。

しかしながら、上述のように、2020年1月より新型コロナウイルス感染症の流行が本格化し、対象国のすべてにおいて日本人を含む海外からの渡航者の厳しい入国制限措置(事実上の入国禁止)がとられたほか、日本国内での対面による研究会の開催が困難となった。人の移動が停止した状況のなかで人の移動を研究するという苦しい立場におかれたが、本研究会の委員はこれまで蓄積してきた調査データや先行研究などの文献の整理を進めるとともに、感染症流行のなかで日常化したオンラインなど新たなツールを利用したインタビューを実施するなど、さまざまな手段で困難な状況を乗り越えてきた。委員それぞれが困難な状況のもとで研究活動を継続し、無事に完遂できた今となっては、さまざまな障壁を乗り越えて太平洋島嶼地域を移動する移住者たちが抱える苦悩など、その内面に近づけたのではないかとさえ感じているほどである。

本書は太平洋島嶼地域を行き交う人びとが実践してきた「移動」という経験のなかで、利用されあるいは障害となってきた国境、移民の受け入れに関して受入国側が設定した諸制度、または国際的な取り決めが、彼らの生活や彼らの移民仲間、母国の政治経済にどのような影響を与えているかについて考察している。さまざまな脆弱性を抱える移民の実態を掘り起こす一方、さまざまな規制や制約に応じて戦略を練り直しながら自己実現を図ろうとする、移民のたくましい存在としての側面にも目を向けている。

本研究会は、文化人類学に代表される太平洋島嶼地域の研究者、および他の地域を専門としつつも比較法学、国際関係論等の視点から太平洋島嶼国をめぐる政治・経済について調査を進めた研究者によって構成されている。国際関係論等の立場から提示される現代社会における人の移動に関わる国際制度をめぐる議論と、太平洋島嶼国でのフィールド調査経験の豊富な地域研究者が紹介する、他地域と比べてもユニークな人の移動をめぐる具体的な事例を突き合わせることで、この地域における人の移動をめぐる問題や背景をより立体的に捉えることができたのではないかと考えている。「コロナ禍」を乗り越え、太平洋島嶼国の人びとは再び動きだし、新たな物語を紡ぎ始めている。本書が、太平洋島嶼地域における人の移動の新たな展開を理解する一助となれば幸いである。


2023年3月
編者