和文単行書

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寺尾忠能編『「初期」資源環境政策の形成過程――「後発の公共政策」としての始動――』

学術書

「初期」資源環境政策の形成過程――「後発の公共政策」としての始動――

著者/編者

出版年月

2021年3月

ISBNコード

978-4-258-04648-5

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内容紹介

内容紹介

「後発の公共政策」である資源・環境政策は、経済開発政策など他の多くの公共政策がすでに存在する制約された条件下で形成されてきた。そのため「初期」に受けた影響が政策形成過程の全体の方向性を決定づける経路依存性が強いと考えられる。中国、台湾、東南アジア諸国、日本とアメリカ合衆国の事例を取り上げ、国内の政策過程と各国の国際的な取り組みの相互作用も考慮しながら、政策形成過程の歷史的考察を現状分析に繋げることを試みた。

目次

まえがき

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序章 「後発の公共政策」としての資源・環境政策の形成――「初期」と因果関係について――

著者:寺尾 忠能

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第1章 中国の初期環境外交と地球環境問題をめぐる国際交渉――「共通だが差異ある責任」原則の形成過程――

筆者:大塚 健司

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第2章 台湾における水質保全政策の「初期」執行計画について――台北地区水源汚染改善計画(1973-1984)を中心に――

著者:寺尾 忠能

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第3章 アジアの環境権威主義――依存関係からみた環境政策と反転――

筆者:佐藤 仁

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第4章 環境配慮義務から代替案検討要件へ――アメリカ国家環境政策法(NEPA)の再評価――

筆者:及川 敬貴

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第5章 日本における地球環境政策の萌芽――「地球的規模の環境問題に関する懇談会」に注目して――

筆者:喜多川 進

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まえがき

まえがき

本書は、アジア経済研究所で2018年度から2019年度に実施した「『初期』資源・環境政策の形成過程」研究会の成果の一部である。共同研究会が終了し、最終成果の加筆修正、 編集作業に入った2020年春から、 新型コロナウィルス(COVID-19)の日本国内での感染拡大による緊急事態宣言の発令があり、在宅勤務の拡大、公共図書館の休館や利用制限、現地調査の困難など、研究活動も大きな制約を受けることとなった。2021年1月現在も再び関東4都県をはじめとする多くの地域に緊急事態宣言が発令されている。

世界に拡大した新型コロナウィルス感染症は、図らずも公共政策の重要な分野である公衆衛生政策に対する各国の体制と取り組みとその成果を横並びで顕在化させる機会となった。新型コロナウィルスへの対策は、まだ先が見通せない状況であるが、感染症対策の国際比較研究は、世界中の多くの研究者が今後取り組む重要な研究課題となるであろう。

本書でとりあげる資源・環境政策の形成過程は、とくにその「初期」において、公衆衛生政策と深くかかわっていた。現在、環境政策と呼ばれる公共政策の分野は、さまざまな内容を含んでいる。その政策形成の過程では、大気汚染、水質汚濁、廃棄物、騒音などの公害問題と森林、水資源、エネルギーなどの資源保全問題や生態系保全といった、それぞれ一部の領域が重複する複数の対象が「環境」という概念に組み込まれ、統合されていった。さらにその後、公共政策の対象としての「環境」の領域は拡大し続けている。

「初期」の重要な政策課題であった公害問題は、当初は健康被害を中心にとりあげられ、公衆衛生政策の一部の防疫や疾病対策の中に含まれていた環境衛生を拡張することによって対応が試みられた。経済活動に直接かかわる産業公害問題は、産業政策の対象ともみなされ、その政策手段を用いた対策も試みられた。公害対策はその重要性が高まるにつれて公衆衛生政策の中から独立し、ひとつの新たな政策分野としてあつかわれるようになった。さらに公害対策は、資源管理、自然保護などと合流し、「環境」という拡張された政策領域へと統合されていった。

全体に、産業公害による健康被害という切実な問題からはじまり、それを媒介とした自然資源の不適切な利用の問題に関心が拡張され、個人の健康から人々の生活環境全体、経済社会を取り囲む「環境」へと政策の対象が広がり、さらに「環境」が意味する内容も国境を越えた地球環境、世代を超えた超長期の永続的な利用へと、空間と時間を広げていった。

以上のように、公衆衛生政策は公害対策の直接の源流にあたり、公害対策を包含した資源・環境政策はその流れを引き継いでいる。公衆衛生という、人々に健康被害をもたらす要因を除外する対策の中からより広い「環境」へと、政策領域が拡大していった。今日では、資源・環境政策と公衆衛生政策との関連が考察されることはあまりない。長い歴史をもつ公共政策である公衆衛生政策に対して、資源・環境政策は相対的に「後発の公共政策」である。資源・環境政策が当初は公衆衛生政策や産業政策などの既存の公共政策の中に取り込まれ、その一部分として始動し、ひとつの分野として独立していく過程がどのようなものであったかは必ずしも十分に解明されていない。

新型コロナウィルス感染症に対する世界各国の対応をめぐって、公衆衛生政策に対する政治体制の影響、権威主義と民主主義の違いがもたらす影響に関心が集まっている。政府による強い強制がしばしば必要となる防疫を、民主主義体制で社会的合意あるいは広範な政治的な支持を背景に実施することは確かに容易ではない。実際、権威主義体制下で厳しい統制によって防疫に成功した例もみられる。同様の議論は資源・環境政策でも近年、行われている。本書の第3章でとりあげる「環境権威主義」(authoritarian environmentalism)は、近年の中国政府の気候変動に対する積極的な取り組みの姿勢を背景に議論されている。2017年から2021年のアメリカのトランプ政権の気候変動政策をはじめとする多くの環境政策への消極的な姿勢と対比させることも可能であろう。こうした議論は1970年代の石油危機の時期にも活発に行われていたが、当時の権威主義体制の指導者たちは環境政策に熱心に取り組んだとは必ずしもいえなかったために、下火になっていた。第2章でとりあげる1970年代の台湾の水汚染対策も、権威主義体制下 での資源・環境政策の形成過程と考えれば、一定の成果を残した数少ない事例とみなすこともできる。実際には、公衆衛生政策の防疫でも、資源・環境政策でも、強い強制力を伴う介入政策の導入と成功が民主主義体制よりも権威主義体制で実現されやすいとは必ずしもいえない。政治体制が公共政策の形成に与える影響は、個別に事例研究を積み重ねることによって検討される必要がある。公衆衛生政策と資源・環境政策の各国での形成過程を比較検討することによって、それぞれの公共政策としての特徴や共通の課題をみいだすことも可能かもしれない。

権威主義体制ではない国々の中で、新型コロナウィルス感染症対策に現時点で最も成功していると考えられる台湾やニュージーランドはいずれも島国の小国であり、防疫に有利な条件をもっているが、少なくともその一部は日本にも当てはまる。ほぼ通常の日常生活を過ごしている台湾の人々の様子は、日本に住む私たちにも可能であったもうひとつの現在としてみせつけられているようにも感じられる。国外旅行が難しくなった台湾では、国内旅行が空前の活況を呈しているという。感染症が終息しないまま国内旅行を強力に推進した日本とは対称的な状況がある。今日の台湾と日本の政治体制には違いはあるが決定的な差はない。この間の防疫の対応の違いは、現在の政治体制や制度だけではなく、少なくともその歴史的な経緯をみる必要があることがわかる。資源・環境政策の形成過程を遡って歴史的経緯を明らかにするというこの共同研究の課題の必要性、重要性を再確認したい。

新型コロナウィルス感染症の拡大が顕在化したもうひとつの問題は、科学と社会の関係、科学的知識が政治的意思決定に反映される仕組みのあり方である。2011年の東日本大震災と原子力発電所の事故によって示されたこの重要な論点が、社会的に十分に議論され共有されないまま、再び私たちの前に現れた。本書の序章で論じているように、資源・環境政策の重要な構成要素の多くは、科学的知識によって原因と被害の因果関係が認定されなければ政策課題としてとりあげられることはない。また、その科学的知見が政策形成に生かされるためには、とくにその形成過程の「初期」においては、多くの困難があった。資源・環境政策の「初期」の形成過程を研究対象にとりあげることの重要性は高まっていると考えられる。

本書は、2010年度から2011年度にかけて実施した共同研究の成果である寺尾忠能編『環境政策の形成過程―「開発と環境」の視点から―』(研究双書No.605)、2012年度と2013年度に行った共同研究の成果である寺尾忠能編『「後発性」のポリティクス―資源・環境政策の形成過程―』(研究双書No.614)、さらに2015年度と2016年度に行った共同研究の成果である寺尾忠能編『資源環境政策の形成過程―「初期」の制度と組織を中心に―』(研究双書No.638)に続いて組織した共同研究の成果に基づく。これらの研究会で、当初は研究会幹事として、後にオブザーバーとして運営と成果の取りまとめに貢献した船津鶴代(アジア経済研究所新領域研究センター)には、本書の元になった共同研究会にもオブザーバーとして参加し、今回も運営に貢献していただいた。また、安達一郎氏(独立行政法人国際協力機構緒方貞子平和開発研究所)には、研究会で外部講師として講演していただき、重要な示唆を頂戴した。また、現地調査や資料収集でお世話になった方々、アジア経済研究所において共同研究会の企画、運営でお世話になった方々、研究会成果の査読、評価の過程で有益なコメントをいただいた方々、編集、校正の過程で重要な助言をいただいた編集出版部門の方々に、深く感謝したい。

2021年早春

編者