2019年政府活動報告のポイント
中国経済レポート
新領域研究センター 田中 修
2019年3月27日
はじめに
3月5日、全人代が開催され、李克強総理が政府活動報告(以下「報告」)を行った。このうち、2019年の経済政策関連部分の主要なポイントは以下のとおりである 。1
1.構成
第1部は2018年の政策回顧、第2部では2019年の政策の総体要求・政策方針、第3部では2019年の政府活動任務を個別に列挙している。
活動任務の比較
2019年 | 2018年 |
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2019年報告は、経済減速を反映してか、マクロ・コントロールが筆頭となり、サプライサイド構造改革と3大堅塁攻略戦は第2部に移行した。また、内需拡大が18年の第7位から第3位に昇格した。さらに改革のうち市場化改革が分離され、第2位についた。従来単独項目であった「三農」は、小康社会の全面的実現・脱貧困と合体された。環境対策は3大堅塁攻略戦が第2部に移ったため、単独項目として復活した。このため、各論の項目が1つ増えている2。
2.2018年の回顧
冒頭で、「わが国の発展は、長年あまりなかったような内外の複雑・峻厳な情勢に直面しており、経済には新たな下振れ圧力が出現した」とする。経済関連の主なものは、以下のとおりである。
(1)経済運営は、合理的区間を維持した
都市新規就業増が1361万人、調査失業率が5%前後のかなり低い水準で安定していることにつき、「14憶人近い人口の発展途上大国としては、比較的十分な雇用を実現した」としている。
(2)人民生活は引き続き改善した
個人所得税の課税最低限引上げ、6項目の特定付加控除の新設が強調されている。
(3)中国が直面するもの
まずは、1.「我々が直面しているものは、深刻に変化した外部環境であった」とし、「経済のグローバル化は曲折に遭遇し、マルチ主義は衝撃を受け、国際金融市場は動揺し、とりわけ米中経済貿易摩擦は、いくらかの企業の生産・経営、市場の予想に不利な影響をもたらした」と米中経済摩擦の影響を認めている。
2. しかし他方で、「我々直面しているのは、経済転換の陣痛が際立った峻厳な試練である」と、経済の困難の主たる原因は、国内要因であるとする。これは米国への配慮であろう。具体的には、「新旧の矛盾が交錯し、周期的・構造的問題が相乗し、経済運営は安定の中で変化があり、変化の中で憂いがある」とする。
さらに、3.「我々が直面しているのは、ジレンマや多くの困難な問題が増大する複雑な曲面である」とし、「安定成長の実現・リスク防止等の多重の目標の実現、経済社会の発展のための多くの任務の達成、当面と長期等の多様な関係をうまく処理することは、政策の選択と施策の推進の難度を顕著に増大させている」とする。これは、2018年前半に金融当局がリレバレッジを重視するあまり、シャドーバンキングや銀行の理財業務を厳しく管理し、結果的に民営企業、中小・零細企業の資金調達難・資金調達コスト高を招き、経済減速を加速させたことへの反省であろう。
これだけの困難に直面しながらも、報告は「全国上下の共同努力を経て、わが国の経済発展は、高いベースの上で総体として平穏であり、安定の中で前進があり、社会の大局は安定を維持した」と、容易ならざる成績をおさめたとする。
そして、この1年、「米中経済貿易摩擦に穏当に対応」し、マクロ・コントロールにおいては、「新たな情況・新たな変化に直面して、我々は『バラマキ』式の強い刺激を行わないことを堅持した」とし、積極的財政政策では、年間で企業・個人のために約1.3兆元の減税・費用引下げを行い、穏健な金融政策では、前後4回の預金準備率引下げを行い、多くの措置を併せて打ち出し、民営、小型・零細企業の資金逼迫情況を緩和し、資金調達コストが上昇する勢いに初歩的に歯止めをかけた、とする。
対外開放面では、通関時間を半分以上短縮し、関税総水準を9.8%から7.5%に引き下げるとともに、外資参入のネガティブリストを大幅に圧縮し、金融・自動車等の産業の開放を拡大したとする。
そして、最終的には、過去1年得た成績は、1. 習近平同志を核心とする党中央の堅固な指導の結果であり、2. 習近平「新時代の中国の特色ある社会主義」思想による科学的指導の結果であり、3. 全党、全軍、全国各民族・人民の団結・奮闘の結果である、とし、習近平総書記の果たした役割の大きさを強調している。
(4)経済社会の抱える問題・試練
報告は、次の点を指摘する。
- 世界経済の成長が鈍化し、保護主義・自国優先主義が激化し、国際大口取引商品価格が大幅に変動し、不安定・不確定要因が顕著に増加し、外部からの輸入性リスクが上昇している。輸入性リスクは、主に米中経済摩擦・欧州の経済不振を示唆していると思われる。
- 国内経済の下振れ圧力が増大し、消費の伸びが減速し、有効な投資の伸びが力を欠いている。
- 実体経済の困難がかなり多く、民営、小型・零細企業の資金調達難・資金調達コスト高の問題が、なお有効に緩和されておらず、ビジネス環境と市場主体の期待になお大きな開きがある。
- 自主的なイノベーション能力が強くなく、カギ・コアとなる技術の脆弱問題が際立っている。
- 一部の地方財政収支の矛盾がかなり大きい。
- 金融等の分野のリスクの隠れた弊害が、依然として少なくない。
- 貧困地域の脱貧困の堅塁攻略の困難がかなり多い。
- 生態保護・汚染対策の任務が依然として繁雑で荷が重い。
- 教育、医療、高齢者ケア、住宅、食品・薬品の安全、所得分配等の方面において、大衆にはなお少なからぬ不満なところがある。
- 2018年は、なお多くの公共安全事件と重大生産安全事故が発生し、その教訓は極めて深刻である。
- 政府の活動に不足があり、いくらかの改革・発展措置が十分に実施されず、形式主義・完了主義が依然として際立ち、監査・検査・考査が過剰・頻繁に過ぎ、活動記録を重視し実績を軽視し、末端の負担を加重している。
- 少数の幹部が行政に怠惰となっている。
- いくらかの分野の腐敗問題が、依然多く発生している。
3.2019年経済社会発展の総体要求と政策方針
報告は、「2019年は中国成立70周年であり、小康社会を全面的に実現し、第1の百年奮闘目標を実現するカギとなる年である」とする。
3.1 総体要求
「習近平同志を核心とする党中央の堅固な指導の下、習近平「新時代の中国の特色ある社会主義」思想を導きとし、19回党大会・19期2中全会・3中全会精神を全面的に貫徹し、『五位一体』3の総体手配を統一的に企画・推進し、『四つの全面』4の戦略的手配を協調的に推進しなければならない。
1. 安定の中で前進を求めるという政策の総基調を堅持し、2. 新発展理念を堅持し、3. 質の高い発展を推進することを堅持し、4. サプライサイド構造改革を主線とすることを堅持し、5. 市場化改革の深化・ハイレベルの開放拡大を堅持しなければならない。
現代化した経済システムの建設を加速し、3大堅塁攻略戦を引き続きしっかり戦い、ミクロ主体の活力を奮い立たせることに力を入れ、マクロ・コントロールを刷新・整備し、安定成長の推進・改革の促進・構造の調整・民生の優遇・リスクの防止・安定の維持政策を統一的に企画し、経済運営合理的区間に維持しなければならない。
雇用・金融・対外貿易・外資・投資・予想を一層安定させ、市場のコンフィデンスを奮い立たせ、人民大衆の獲得感・幸福感・安全感を増強し、経済の持続的で健全な発展と社会の大局の安定を維持し、小康社会の全面的実現の手仕舞いのために決定的基礎を打ち立て、卓越した成績をもって中華人民共和国成立70周年を慶祝しなければならない」。
指導思想として従来必ず頭出しされていた、「マルクス・レーニン主義、毛沢東思想、鄧小平理論、『3つの代表』重要思想、科学的発展観」が全て消去され、「習近平思想」のみとなった。また、中央経済工作会議以来、2019年の経済政策のキーワードとされている、「5つの堅持」「6つの安定」が盛り込まれた。
「ミクロ主体」とは、民営企業を示唆しており、2018年11月の「民営企業座談会」以降、民営企業の役割が重視されている。
2019年は建国70周年という政治イベントがあるため、「社会の大局的安定」が重視される。そのためにも、大衆の獲得感・幸福感・安全感を高めなければならないのである。
3.2 内外情勢
「2019年、中国の発展が直面する環境はより複雑、より峻厳であり、 予想できるリスク・試練と予想し難いリスク・試練が、より多く、より大きくなっている」としながらも、「中国の発展はなお重要な戦略的チャンスの時期にあり、十分な強靭性・巨大な潜在力・不断に前進するイノベーション活力があり、人民大衆が追求する素晴らしい生活への願望は十分強烈である」として、「 我々は各種困難・試練に戦勝する確固たる意志と能力があり、経済が長期に好い方へ向かう趨勢は変わっていないし、変わることはない」と、経済の先行きに強気の姿勢を示している。
3.3 2019年の経済社会発展の主要な予期目標
(1)経済成長:6%~6.5%(2018年は6.5%前後、実績は6.6%)
成長目標が下方修正されたが、国家発展・改革委員会の経済報告は、次の点を考慮したとする。
- 経済運営における不安定・不確定要因を十分推し量り、「実事求是(実際に基づき正しく判断する)」の原則に基づき、経済成長の予期目標を適切に調整した。同時に、経済成長の季節的変動を考慮し、区間式予期目標を採用し弾力性を増した。
- 合理的な経済成長速度を維持する目的は、新規就業増の需要を満足させかつ質の高い発展を推進し、サプライサイド構造改革を深化させ、3大堅塁攻略戦に打ち勝つために必要なマクロ環境を提供することは、市場の予想安定に資するからである。
- この予期目標は、現在のわが国の経済成長の潜在力に合致しており、2019年の1次・2次・3次産業の成長目標と釣り合っており、3次産業の安定成長は経済が中高速成長を維持するために有力な支えを提供するものである。
(2)雇用
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都市新規就業増:1100万人以上(2018年は1100万人以上、実績は1361万人)
経済報告は、「2019年の新たな都市労働力の就業需要増と、生産能力削減に伴う従業員の転職、失業者の再就職、農村からの労働力の移転就業のために一定の余地を残すものである。経済のファンダメンタルズと経済成長の雇用吸収能力から見て、6-6.5%の経済成長は、新規就業増目標を実現できる」と説明している。 -
都市調査失業率:5.5%前後(2018年は5.5%以内、実績は12月末全国都市調査失業率4.9%、31大都市調査失業率4.7%)
経済報告は、「主として、輸出入の国際経済環境の不確定さの影響と大学卒業生増加等の要因を考慮したものであり、雇用を安定させる決意と、雇用を優先させ雇用保障を強化するという政策方針をかなり好く体現したものである」と説明している。 - 都市登録失業率:4.5%以内(2018年は4.5%以内、実績は12月末3.8%)
(3)消費者物価上昇率:3%前後(2018年は3%前後、実績は2.1%)
経済報告は、「2018年からの後年度影響要因が約0.7ポイントあり、新たなインフレ要因としては、アフリカ豚コレラ等の影響を受けて、一部食品価格が上昇すること、サービス価格が上昇傾向を維持する可能性があり、輸入大口商品価格が上昇する可能性が依然存在することを考慮したものである」と説明している。
(4)その他
- 国際収支は基本的均衡、輸出入は安定の中で質が向上
- マクロ・レバレッジ率を基本的に安定させ、金融・財政リスクを有効に防止
- 農村貧困人口は1000万人以上減少、個人所得の伸びは経済成長と基本的に同歩調
- 生態環境は一層改善、GDP単位当たりエネルギー消費は3%前後低下、主要汚染物質排出量は引き続き低下
3.4 マクロ政策の方針
正確にマクロ政策の方向を把握し、積極的財政政策と穏健な金融政策を引き続き実施し、 雇用優先政策を実施し、政策の協調・組合せを強化し、経済運営を合理的区間に確保し、経済社会の持続的で健全な発展を促進しなければならない。
マクロ政策に財政政策・金融政策と並ぶ項目として、「雇用優先政策」が新たに加わった。それほどに雇用の安定は重要なのである。
(1)積極的財政策:力を強め効果を高めなければならない
2019年度の財政赤字の対GDP比率は2.8%とされ、2018年度の2.6%より0.2ポイント高められた。財政赤字額は2.76兆元(2018年度予算は2.55兆元)、うち中央財政赤字は1.83兆元(同1.55兆元)、地方財政赤字は9300億元(同8300億元)である。2019年度の財政支出は23兆元を超え、前年度6.5%増である。地方への中央の均衡性移転支出5は10.9%増である。
報告は、財政赤字の対GDP比率を「適度に」引き上げた理由として、「財政収支・特別債券の発行等の要因を総合的に考慮するとともに、 今後出現する可能性があるリスクに対応するため、政策余地を留保することをも考慮した」と説明している。特別地方債は、収益性のあるプロジェクトの資金に用いられるため、地方政府の債務にはカウントされない。このため、債務リスク軽減と両立が可能となる。財政赤字の対GDP比率を一気に3%に戻さなかったのは、今後の米中経済摩擦の行方しだいで、景気対策を発動できる余地を残そうとしたのであろう。
また報告は、「県レベルの基本財政力の保障メカニズムを改革・整備し、財政困難地域の財政運営圧力を緩和し、 決して基本的民生保障で問題を発生させてはならない」とする。経済社会の問題点の1つとして、「一部の地方財政収支の矛盾がかなり大きい」とされており、一部地方で財源不足が深刻化していることが窺える。この結果として、社会保障支出に支障が出れば、社会は一気に不安定化するので、これを懸念しているのであろう。
(2)穏健な金融政策:緩和と引締めを適度にしなければならない
「M2と社会資金調達規模の伸びは、GDPの名目成長率と釣り合うようにし、経済運営を合理的区間に維持するという需要をより満足させなければならない。実際の執行においては、マネーサプライの総バルブをしっかり把握し、 「バラマキ」を行わないだけでなく、多様な金融政策手段を柔軟に運用して、金融政策の伝達メカニズムを円滑にし、 流動性の合理的充足を維持し、実体経済とりわけ 民営、小型・零細企業の資金調達難・資金調達コスト高の問題を有効に緩和し、金融リスクを防止・解消しなければならない。
金利市場化改革を深化させ、実質金利水準を引き下げる。為替レート形成メカニズムを整備し、合理的均衡水準における人民元レートの基本的安定を維持する」。
金融政策の表現から「(景気)中立性維持」が落とされた。また、2018年の流動性の合理的な「安定」が「充足」に置き換えられている。これからすれば、2018年より金融政策が緩和気味に運営されることは明らかであるが、それは「バラマキ」ではなく、重点は民営、小型・零細企業の資金確保にある。さらに、従来M2と社会資金調達規模の目標は具体的数値が定められることが多かったが、今回は名目成長率に合わせることとされた。
なお、人民銀行の易綱行長は3月10日の記者会見において、「中立性」が落ちたことにつき、「実際上、穏健な金融政策の中身に変化はない」とし、「緩和と引締めを適度」の意味は、M2と社会資金調達規模の伸びを大体名目成長率に一致させることである、と説明している。
人民元レートについては、従来の表現が復活したが、これは為替レートにつき米中間のコンセンサスが進んだことを反映しているのであろう。
(3)雇用優先政策:全面的に力を発揮しなければならない
「雇用は民生の本であり、富の源である。 2019年は、初めて雇用優先政策をマクロ政策のレベルに置いたが、その趣旨は、各方面が雇用を重視し、雇用を支援する方針を強化することにある。
当面及び今後一時期、中国の雇用総量圧力は減らず、構造的矛盾は際立ち、新たな影響要因も増加しており、 雇用をより際立てて位置づけなければならない。安定成長は、第一に雇用を維持するためでなければならない。2019年、 新規就業者増については、予期目標を実現する基礎の上で、 ここ数年の実際規模に達するよう努力し、都市労働力の就業を保障するだけでなく、 農業余剰労働力の移転就業のために余地を残しておかなければならない。雇用が安定し、所得が安定してこそ、我々はより自信をもつことができるのである」。
「合理的区間」の中で李克強総理は、下限としての雇用指標を最も重視している。これまで新規就業増目標は例年超過達成されていたので、1100万人を達成するだけでは実質減となる。他方で、現在中国は「3つの1億人政策」の1つとして、2020年までに1億の農村余剰労働力を近場の都市に移動させるとしており、このためにも雇用目標は超過達成が必要とされているのである。
3.5 サプライサイド構造改革
サプライサイド構造改革を主線とすることを引き続き堅持し、「強固、増強、向上、円滑」」6 に努力しなければならない、とする。具体的には、より市場化・法治化の手段を運用しながら、
- 強固:「過剰生産能力削減、過剰在庫削減、リレバレッジ、コスト引下げ、脆弱部分の補強」の成果を強固にする
- 増強:ミクロ主体の活力を増強する
- 向上:産業チェーンの水準を向上させる
- 円滑:国民経済の循環を円滑にする
ことにより、経済に質の高い発展を推進するものである。
この方針は、2018年12月の中央経済工作会議で示されたが、政府活動報告での扱いは、徹底的に簡略化されている。記載箇所も各論の大項目の筆頭からはずされており、経済の減速の中で、サプライサイド構造改革の位置づけが低下しているのであろう。
3.6 3大堅塁攻略戦
それぞれについては、次のように記述されている。
(1)重大リスクの防止・解消
最低ライン思考7を強化し、構造的リレバレッジを堅持し、 金融市場の異常な変動を防止し、地方政府の債務リスクの適切に処理し、 輸入性リスクを防止・コントロールしなければならない。
(2)精確な脱貧困
現行基準を堅持し、貧困が深刻な地域と特殊貧困層に焦点を絞り、堅塁攻略を強化し、脱貧困の質を高めなければならない。
(3)汚染対策
「青空防衛戦」等重点任務に焦点を絞り、統一的に企画し様々な要素を併せ配慮し、表面と根本の問題を共に解決することにより、生態環境の質を持続的に改善しなければならない。
こちらも2018年中央経済工作会議では、多くの字数が割かれていたが、政府活動報告では大幅に簡略化され、記載箇所も各論大項目からはずされた。そもそも、「サプライサイド構造改革」「3大堅塁攻略戦」は、習近平総書記のスローガン的な政策であり、その実質内容は個別政策の集合体であるため、政府活動報告に入れると各論政策との重複感が強くなる。2018年までは、それでも李克強総理はこれに一定の字数を割り当てていたが、今回は形式的な記載にとどまっている。ここにも指導部の力関係の変化がみられる。
3.7 政策の留意点
(1)国内と国際の関係を統一的に企画し、精神・パワーを集中して自身の事柄をしっかり処理しなければならない
ここでは、「発展は絶対の道理である」という鄧小平理論の考え方8と、「発展は科学的発展と質の高い発展という戦略思想でなければならない」という、胡錦濤の「科学的発展観」及び習近平思想の「質の高い発展」を、共に「いささかも動揺することなく堅持しなければならない」としている。つまり、冒頭で指導思想から消去された鄧小平理論と科学的発展観が、ここで復活しているのであり、結果的にはマルクス・レーニン主義、毛沢東思想、江沢民の「3つの代表」重要思想が完全に消去されているのである。
また、「試練に大胆に対応し、危機をうまくチャンスに変え、発展の主動権をしっかり把握しなければならない」とし、経済の減速と米中経済摩擦を契機として、改革・開放を進める姿勢を示している。
(2)安定成長とリスク防止の関係をうまくバランスさせ、経済の持続的で健全な発展を確保しなければならない
「長期に累積した多くのリスク・隠れた弊害は解消しなければならないが、ルールを遵守し、方式・方法を重視し、『揺るぎなく、コントロール可能で、秩序立ち、適度』の要求に基づき、発展の中で徐々に解消しなければならず、システミック・地域性のリスクの発生を断固として回避しなければならない。
当面の経済下振れ圧力が増大する情況の下、政策・施策・措置を打ち出す際には、予想の安定・安定成長・構造調整に資するものでなければならず、リスク防止はテンポ・程度をしっかり把握し、引締め効果が相乗作用をもたらすことを防止し、決して経済を合理的区間から滑り落としてはならない。
同時に、目の前にだけとらわれ、長期の発展に損害を与える短期の強い刺激政策を採用し、新たなリスク・隠れた弊害を生み出してはならない」。
これは、2018年前半、金融当局が債務比率削減に拘泥するあまり、シャドーバンキング・銀行の理財業務を厳しく規制した結果、民営企業、小型・零細企業の資金調達難をもたらし、経済の減速を加速させたことへの反省である。ただ、ここでも2009-10年のような大型景気刺激策の発動には慎重な姿勢を示している。
(3)政府と市場の関係をうまく処理し、改革・開放に依拠して市場主体の活力を奮い立たせなければならない
「 市場主体に活力があってこそ、内生的発展動力を増強し、経済の下振れ圧力を耐え抜くことができる。改革・開放を大いに推進し、統一し開放され、競争が秩序立った現代市場システムの確立を加速し、市場参入を緩和し、公正な監督管理を強化し、法治化・国際化・円滑化されたビジネス環境を作り上げ、各種市場主体をより活躍させなければならない」。
これは、市場化改革を一層進めることの意思表示である。なお、報告はこれに続き、「市場活力と社会の創造力は、多くの人民の積極性の発揮に由来する」として、「基本民生を確実に保障し、重点民生問題の解決を推進し、社会の公平・正義を促進し、人民によい暮らしをさせなければならない」としている。
4.2019年の政府活動任務
政策各論については、主要なものを紹介する。
4.1 マクロ・コントロールを引き続き刷新・整備し、経済運営を合理的区間に確保する
市場化改革の考え方と方法によって発展の難題を解決することを堅持し、マクロ政策のカウンターシクリカルな調節作用をよく発揮させ、財政・金融・雇用政策手段を豊富・柔軟に運用し、コントロールの展望性・的確性・有効性を増強し、経済の平穏な運営のために条件を創造する。
(1)より大規模な減税を実施する
包括的な減税と構造的な減税を併せ打ち出し、製造業と小型・零細企業の税負担を重点的に引き下げる。
- 増値税改革の深化
製造業の税率を16%から13%に、交通運輸業・建築業等の業種の税率を10%から9%に引き下げる。6%の税率対象は変えないが、生産関連・生活関連サービス業税控除措置を通じて、全ての業種の税負担を減らすのみで、増やさないようにする。
税率を3段階から2段階への統合を推進し、税の簡素化を進める。 - 年初に打ち出した、小型・零細企業への包括的減税政策を実施する
この減税は、発展の持続力を増強し、財政の持続可能性を考慮したものであり、企業の負担を軽減し、市場活力を奮い立たせる重大措置であり、税制を整備し、所得分配構造を最適化する重要改革であり、マクロ政策により安定成長・雇用維持・構造調整を支援する重大な選択である。
なお、劉偉財政部副部長は、3月7日の記者会見において、2. の中身につき、1月1日から、1)小型・零細企業の認定基準を、一律資産総額5000万元以下(以前は、工業は3000万元以下、その他企業は1000万元以下)、人数は300人以下(以前は工業100人以下、その他企業80人以下)に改定。この結果、1798万社が新たに調整範囲に組み込まれ、これは全国納税企業総数の95%以上を占め、うち98%は民営企業である。2)課税所得100万元以下の企業所得税率は5%、100万―300万の企業は10%とする。3)小規模納税者の増値税課税最低限を3万元から10万元に引き上げる。4)地方政府は6項目の地方税につき、税を半減する、と説明している。
(2)企業の社会保障費用負担を顕著に引き下げる
- 都市従業員基本年金保険の単位保険料を16%まで引き下げる。
- 各地方は、徴収体制改革のプロセスにおいて、小型・零細企業の実際の保険料負担を増やす方法を採用してはならず、過去の未徴収分を集中徴収してはならない。
- 失業・労災保険の保険料を段階的に引き下げる。
- 2019年は、企業とりわけ小型・零細企業の社会保険料負担を実質的に引き下げる。
- 年金保険の省レベルでの統一改革を早急に推進し、企業従業員基本年金保険基金の中央による調整比率を引き続き高め、一部国有資本を切り分けて社会保障基金を充実させる。
(3)減税・費用引下げの完全実施を確保する
- 年間で、企業の税と社会保険料負担を2兆元近く軽減する。
- 中央財政は、特定国有金融機関と中央企業からの利潤上納を増やし、一般支出を5%以上圧縮し、「公費接待、公費海外出張、公用車の購入・維持」経費を3%前後圧縮し、長期遊休資金を一律に回収する。地方政府も支出構造を最適化し、各種資金・資産を多様なルートで活性化する。
減税・費用引下げの規模が2018年度の1.3兆元から2兆元へと、大幅に拡大した。これに対し、できるだけ歳出削減と財源捻出で、赤字規模の拡大を防ごうとしている。
(4)企業の資金調達難・資金調達コスト高の問題緩和に力を入れる
- 適時預金準備率・金利等の手段を運用して、金融機関の貸出拡大を誘導し、貸出コストを引き下げる。
- 資金を空転させ、あるいは実体経済からバーチャル経済に向かわせてはならない。
- 中小銀行への方向を定めた預金準備率引下げを強化し、解放された資金を全部民営、小型・零細企業への貸出に用いる。
- 大型商業銀行が多くのルートで自己資本を充実させることを支援する。
- 2019年、国有大型商業銀行の小型・零細企業向け貸出を、30%以上増やさなければならない。
(5)地方債の役割を有効に発揮させる
- 2019年度は、特別地方債を2.15兆元計上(前年度比8000億元増)し、重点プロジェクト建設のために資金を提供する。特別地方債の使用範囲を合理的に拡大する。
- 引き続き一定額の借換地方債を発行し、地方の利息負担を軽減する。
- 市場化方式を採用し、融資プラットホームの満期が到来した債務問題を適切に解決し、プロジェクトを中途放棄させてはならない。
インフラ投資の財源として、特別地方債の役割が重視されている。
(6)様々な措置を講じて雇用を安定・拡大する
- 大学卒業生・退役軍人・出稼ぎ農民等の重点層の雇用施策をしっかり行う。
- 農村貧困人口・都市登録失業半年以上の者を雇った各種企業に対し、3年以内で定額税・費用の減免を行う。
- 雇用において性別・身分による差別を断固防止・是正する。
- 失業保険基金残高から1000億元を抽出し、延べ1500万人以上の従業員の技能向上・転職転業訓練に用いる。
- 高等職業学校の入試方法を改革し、より多くの高校卒業生・ 退役軍人・一時帰休者・出稼ぎ農民等の受験を奨励し、今年は入学募集定員を大規模に拡大して100万人増やす。
これまでの大学新卒者・出稼ぎ農民に加え、新たに退役軍人と一時帰休者の雇用問題が深刻化していることが分かる。
4.2 市場主体の活力を奮い立たせ、ビジネス環境の最適化に力を入れる
中国は億を上回る市場主体があり、かつ不断に増加しており、市場主体の活躍度合をしっかり維持し、これを引き上げることは、経済の平穏な成長を促進するカギである。「行政の簡素化・権限の委譲、開放と管理の結合、サービスの最適化」改革を深化させ、 制度的取引コストの引下げを推進し、懸命に努力して好ましい発展のソフト環境を作り上げなければならない。
(1)審査・認可の簡素化とサービスの最適化により、投資・事業を円滑化する
「市場による資源配分は、最も効率的な形式である」「政府は断固として管理すべきでない事項は市場に譲り渡し、最大限度資源に対する直接配分を減らさなければならない」と市場化改革の方向を鮮明に打ち出している。具体的には、審査・認可をできるだけ減らし、確実に必要な審査・認可のプロセス・段階を簡素化するとしている。
(2)公正な監督管理により公平な競争を促進する
「公平な競争は市場経済の核心であり、公正な監督管理は公平な競争の保障である」とする。公平な競争と公正な監督管理は米国の強い要求でもある。具体的には、ルールを簡素化・透明化するとともに、環境保護・消防・税務・市場監督管理等の執行方式を最適化し、検査項目を減らし、恣意的な法執行を許さず、偽物・劣悪商品の製造販売を法に基づき取り締まる、としている。
(3)改革により企業に係る費用徴収引下げを推進する
- 電力の市場化改革を深化させ、一般工商業の平均電力価格を10%引き下げる。
- 道路・橋の通行料引下げを推進し、全国の高速道路の省境界料金所を2年以内に基本的に廃止する。一部の鉄道・港湾のサービス料金を廃止あるいは引き下げる。
4.3 イノベーションによる発展牽引を堅持し、壮大な新動力エネルギーを育成する
(1)伝統産業の改造・グレードアップを推進する
「製造業の質の高い発展を推進することを軸に、工業の基礎と技術革新能力を強化し、先進製造業と現代サービス業の融合発展を促進し、 製造強国の建設を加速する」としており、 製造強国の看板は下ろしていない。ただ、米国からの批判が強い「中国製造2025」は消滅している。また、企業の技術改造・設備更新を支援するため、固定資産加速度償却の優遇政策を全製造業に拡大するとしている。
(2)新興産業の急速な発展を促進する
「ビッグデータ・AI等の研究開発・応用を深化させ、 新世代情報技術・ハイエンド装置・バイオ医薬・新エネルギー自動車・新素材等の新興産業集積群を育成し、壮大なデジタル経済を発展させる」とする。また、2019年は、中小企業向けブロードバンドの平均使用料を15%引き下げ、モバイルデータ通信の平均バケット料金を20%以上引き下げる、としている。
(3)科学技術の支えとしての能力を高める
「 知的財産権保護を全面的に強化し、知的財産権侵害への健全な懲罰的賠償制度を整備する」とする。 知的財産権保護も、米国が強く要求しているものである。
また、「科学技術イノベーションは、本質的に人の創造的活動である」とし、科学研究人員に一定の裁量権を認める一方、科学技術研究の倫理について、「学術的な不正行為を処罰し、うわついた傾向を厳しく戒める」という記述も見られる。
(4)大衆による起業・万人によるイノベーションを一層深く誘導する
- 小規模納税者の増値税課税最低限を、月当たり販売額3万元から10万元に引き上げる等の優遇税制を実行する。
- 「科学技術イノベーションボード(科創板)」を設立して、登録制のテストを進め、「大衆による起業・万人によるイノベーション」債券の発行を奨励し、ベンチャー投資の発展を支援する。
4.4 強大な国内市場の形成を促進し、内需の潜在力を持続的に発揮させる
(1)消費の安定的伸びを推進する
「多くの措置を併せ打ち出し、都市・農村住民の所得を増やし、消費能力を増強する」。
- 改正個人所得税法をしっかり執行し、減税政策に合致する約8000万人の納税者に恩恵を与える。
- 消費需要の新たな変化に順応し、多くのルートで質の優れた商品・サービスの供給を増やし、民間資本参入の障害を打破しなければならない。
- 中国は60歳以上の人口が既に2.5億に達しており、老人介護とりわけコミュニティの老人介護サービス業の発展に力を入れなければならない。
- 二人っ子政策の全面実施後の新たな情況に対応し、多様な形式の幼児保育サービスの発展を加速しなければならない。
- 観光業を大いに発展させ、新エネルギー自動車購入の優遇政策を引き続き執行する。
(2)有効な投資を合理的に拡大する
- 鉄道投資8000億元、道路・水運投資1.8兆元を完成し、いくらかの重大水利プロジェクトを着工し、四川―チベット鉄道の計画・建設を加速し、都市間交通、物流、地方都市インフラ、災害防止、民間・一般航空等のインフラ施設の投資を強化し、新世代情報インフラの建設を加速する。
- 2019年度、中央予算は投資5776億元を計上(対前年度比400億元増)する。
- インフラプロジェクトの資本金比率を引き下げ、開発性金融手段をうまく用いて、より多くの民間資本を重点プロジェクト建設に参加させる。民間投資支援政策を実施し、政府・民間資本協力(PPP)を秩序立てて推進する。
- 政府は信義誠実を守る契約をリードし、決して「新しい役人が旧い債務を反故」にしてはならず、償還が遅延している企業への債務は、年末までに半分以上を償還し、決して新たな未償還債務を増やしてはならない。
4.5 重点分野の改革を深化させ、市場メカニズムの整備を加速する
(1)国有資本・国有企業改革を加速する
「国有資産の監督管理を強化・整備し、国有資本投資を・運営会社の改革テストを推進し、国有資産の価値の維持・増加を促進する。
混合所有制改革を積極かつ穏当に推進する。 コーポレートガバナンスを整備し、市場化された健全な経営メカニズムを整備し、専門経営者等の制度を確立する。
『ゾンビ企業』を法に基づき処理する。
電力、石油・天然ガス、鉄道等の分野の改革を深化させ、自然独占業種は異なる業種の特徴に基づき、インフラ網担当と運営担当を分離し、競争的業務を全面的に市場に開放する。
国有企業は改革・イノベーションを通じて、身体を強く健全にし、発展活力とコアコンピタンスを不断に増強しなければならない」。
以前は、「国有企業の強大化」が主張されていたが、ここでは強化・健全化が述べられ、規模の大型化への言及はない。
(2)民営経済の発展環境の最適化に大いに力を入れる
「非公有制経済の発展を奨励・支援・誘導する。 競争中立性の原則に基づき、生産要素の獲得・参入許可・経営運営・政府調達・入札等の方面で、各種所有制企業を平等に扱う。親しみやすく清廉な新しいタイプの政府・民営企業の関係を構築し、政府と企業の健全な意思疎通のメカニズムを整備し、企業家精神を奮い立たせ、民営経済の発展・グレードアップを促進する。 断固として財産権を保護し、権利侵害行為を法に基づき懲罰処分し、誤審・冤罪事件を見つけしだい必ず正さなければならない。 良好なビジネス環境を作り上げるよう努力し、企業家が安心して企業を経営できるようにしなければならない」。
2018年11月1日の「民営企業座談会」以降、民営企業の発展は、重要な政策課題となっている。なお、同年12月の中央経済工作会議では、「民営企業家の人身の安全と財産の安全を保護しなければならない」とされていた。
(3)財政・税制・金融体制改革を深化させる
- 財政・税制改革
「予算公開の改革を強化し、予算の業績効果管理を全面的に実施する。
中央と地方の財政権限と支出責任の区分改革を深化させ、中央と地方の収入区分改革を推進する。財政移転支出制度を整備する。
健全な地方税システムを整備し、不動産税の立法を着実に推進する。
地方政府の起債による資金調達メカニズムを規範化する」。 - 金融体制改革
「実体経済に奉仕するという方針により、金融システムの構造を改革・最適化し、民営銀行とコミュニティ銀行を発展させる。
資本市場の基礎的制度を改革・整備し、様々なレベルの資本市場の健全で安定した発展を促進し、直接金融とりわけ株式による資金調達のウエイトを高める。
保険業リスクの保障機能を増強する。金融リスクのモニタリング・事前警告と解消措置を強化する」。
最後に報告は、「中国の財政・金融システムは、総体として健全であり、運用可能な政策手段が多く、我々はシステミックリスクを発生させない最低ラインをしっかり守る能力がある」と、財政・金融システムの健全性を強調している。また、不動産税については、前年と同じ表現であり、立法作業がうまく進んでいないことが分かる。
4.6 全方位の対外開放を推進し、国際経済協力・競争の新たな優位性を育成する
「一層開放分野を開拓し、開放構造を最適化し、製品・生産要素の流動型開放を引き続き推進し、ルール等の制度型開放をより重視し、ハイレベルの開放により改革の全面深化を牽引する」。
2018年12月の中央経済工作会議では、「流動型開放から制度型開放への転換を推進する」としていたが、両者を並立させる言い方に変わった。
(1)対外貿易の安定の中での質向上を促進する
- 輸出の多元化を推進する。輸出信用保険のカバー率を高める。
- クロスボーダーのEコマース等新たな業態の支援政策を改革・整備する。サービス貿易のイノベーション・発展を推進し、加工貿易の転換・グレードアップ、中西部への移転を誘導し、総合保税区の役割をよく発揮させる。
- 輸入構造を最適化し、輸入を積極的に拡大する。第2回中国国際輸入博覧会を首尾よく開催する。通関の円滑化水準向上を加速する。
(2)外資導入を強化する
- 市場参入を一層緩和し、外資参入のネガティブリストを縮減し、より多くの分野で外資の独資経営を認める。
- 金融等の業種の改革・開放措置を実施し、債券市場の開放政策を整備する。
- 国際的な経済貿易の一般ルールとのリンクを加速し、政策の透明度と執行の一致性を高め、内資・外資企業が同一視され、公平に競争する公正な市場環境を作り上げる。外資の合法権益の保護を強化する。
- 自由貿易試験区により大きい改革・イノベーションの自主権を賦与し、上海自由貿易試験区に新たなエリアを増設し、海南自由貿易試験区の建設を推進し、中国の特色ある自由貿易港の建設を模索する。国家レベル経済技術開発区、ハイテク産業開発区、新区が自由貿易試験区に関連する改革テストを展開することを支援し、放射・牽引作用を増強して、改革・開放の新たな拠点を作り上げる。
最後に報告は、 「中国の投資環境は必ずますます好くなり、各国企業の中国における発展のチャンスは必ずますます多くなる」と外資への開放強化を強調している。
(3)「一帯一路」共同建設を推進する
「共同協議・共同建設・共同享受」を堅持し、市場ルールと国際一般ルールを遵守し、企業の主体的役割を発揮させ、インフラの相互連結を推進し、国際生産能力協力を強化し、 第三国市場での協力を開拓する。
第2回『一帯一路』国際協力サミットフォーラムを首尾よく開催する。対外投資協力の健全で秩序立った発展を推進する」。
米国の「一帯一路」批判を踏まえ、全体のトーンはかなり抑制気味である。この構成をみると、「第三国市場協力」は、中国にとっては、あくまでも「一帯一路」の一部分という位置づけであることが分かる。
(4)貿易・投資の自由化・円滑化を促進する
「中国は断固としてグローバル化と自由貿易を擁護し、WTO改革に積極的に参加する。ハイレベルなFTAネットワークの構築を加速し、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)交渉、日中韓FTA、中国・EU投資協定交渉を推進し、米中経済貿易協議を引き続き推進する。中国は互恵協力・ウインウインの発展を旨とし、平等な交渉を通じて貿易紛争を解決することを一貫して主張している。我々は行った約束は真剣に履行し、自身の合法権益を断固として擁護する」。
2018年報告の「保護貿易主義に反対」というような、米国を刺激する表現を避けている。米中経済貿易協議は他の交渉と並列させて、さらりと言及しており、トーンは抑制的である。
4.7 その他
その他の個別政策の中で留意点を簡潔に紹介する。
(1)小康社会の全面的実現を目指し、脱貧困堅塁攻略と農村振興を着実に推進する
「農業・農村の優先発展を堅持し、脱貧困堅塁攻略と農村振興を統一的に企画・リンクさせ、期限通りの脱貧困堅塁攻略目標を実現し、農民の生活を全面的な小康水準に達することを確保する」。
農村最貧困人口5500万人の脱貧困実現が、小康社会の全面的実現に事実上置き換えられている。しかし、実際にはその上にさらに多数の貧困層が存在し、いったん最貧困から脱しても、再び最貧困層に転落する者もいるのである。農村建設では、6000万人の農人口の水供給の保障水準を引き上げ、農道20万キロを新建設・改造するとしている。
(2)地域の協調発展を促進し、新しいタイプの都市化の質を高める
- 地域発展構造を最適化する
西部地域については、開発・開放の新たな政策措置を制定する。東北地方については、従来の「旧工業基地の振興」から「全面的振興」に表現が改められた。このほか、メインのプロジェクトとして、1)北京・天津・河北共同発展の重点を首都機能移転とし、雄安新区をハイレベルで建設、2)広東・香港・マカオ大ベイエリア建設計画要綱の実施、3)長江デルタ地域一体化発展の国家戦略への格上げ、が掲げられている。 - 新しいタイプの都市化を深く推進する
中心都市によりメガロポリスの発展をリードする。農業からの移転人口の戸籍を転換し、 都市基本公共サービス常住人口100%カバーを推進する。不動産市場の平穏で健全な発展を促進し、困窮層の基本的な住居需要を保障する。都市旧市街地の改造・グレードアップを進める。
(3)汚染対策・生態建設を強化し、グリーンな発展を大いに推進する
青空防衛戦の成果を強固にし、拡大する。環境対策の方式を改革・刷新し、企業に対して法規に基づき監督管理を行い、企業の合理的な言い分を重視し、支援・指導を強化し、目標達成・全面改善に必要な合理的過渡期を与え、単純・粗暴な企業閉鎖処置を回避するとし、環境基準を理由とした民営企業、小型・零細企業への圧力軽減を図っている。
(4)社会事業の発展を加速し、民生を更に好く保障・改善する
「2019年は、財政収支のバランス圧力が増大しているが、基本的民生への投入を増やすのみで減らさないことを確保する。社会(民間)パワーを支援し非基本的公共サービスの供給を増やし、大衆の様々なレベル・多様な需要を満足させる」。 2019年は建国70周年で、社会の大局の安定が最優先されるため、教育・大病保険・医療保険・基本的公共衛生サービス・基本年金・退役軍人保障・最低生活保障等への財政支出を増やし、民生の保障・改善が重視されている。
他方で、社会管理の強化として、都市・農村コミュニティガバナンスの新構造の構築、健全な社会信用体系の整備、違法な資金集め・マルチ商法等経済犯罪の取締り、個人情報侵犯対策も強化する、としている。
(5)政府の任務
「各レベル政府は、『四つの意識』9を牢固に樹立し、『四つの自信』10を確固とし、『二つの擁護』(習近平の全党・党中央の核心としての地位の擁護と、党中央の権威と集中・統一的な指導の擁護)を断固として実行し、自覚的に思想・政治・行動の上で、習近平同志を核心とする党中央と高度の一致を保持しなければならない」と、 習近平指導部への忠誠を強調する。
また、最近の役人のサボタージュ傾向については、「全ての行政の不作為人員に対し、断固として責任追及しなければならない」とする。さらに行政の効率化策として、「2019年、国務院及びその各部門は 大幅な会議簡素化をリードし、断固として 文件を3分の1以上削減する」としている。
(6)国防
「新たな1年は、引き続き『党の新時代の強軍目標』を導きとし、『習近平強軍思想』の国防・軍隊建設における指導的地位を牢固に確立し、政治による建軍・科学技術による興軍・法による軍統治を深く推進しなければならない。軍に対する党の絶対的指導という根本原則を堅持し、軍事委員会主席が責任を担う体制を全面的に深く貫徹する」とし、党とりわけ習近平党中央軍事委員会主席への忠誠を強調している。なお、2019年度中央財政の国防支出は、1兆1899億元(18年度は1兆1070億元、約7.5%の伸び)である。
(7)香港・マカオ
「香港・マカオが『一帯一路』共同建設と広東・香港・マカオ大ベイエリア建設の重大なチャンスをしっかり掴み、自身の優位性を更に好く発揮し、内地との互恵協力を全面的に深化させることを支援する」とする。
(8)外交
「現在、世界百年なかった大変局に直面している」との認識を示し、「断固として平和発展の道を歩み、互恵・ウインウインの開放戦略を励行する」と従来の主張を繰り返すとともに、「グローバルなガバナンスシステムの改革・整備に積極的に参加し、開放型の世界経済を断固として擁護し、人類運命共同体の構築を推進する」「グローバルな試練への適切な対応と地域のホットイシューの解決のために、積極的により多くの建設的な方案を提供する」とし、 国際的な課題解決に積極的参加し、これをリードする意欲を示している。
(9)むすび
「我々は、習近平同志を核心とする党中央周囲により緊密に団結し、中国の特色ある社会主義の偉大な旗印を高く掲げ、習近平『新時代の中国の特色ある社会主義』思想を導きとし、困難に立ち向かい、開拓進取の精神で、経済社会発展の卓越した成績をもって中華人民共和国成立70周年を迎え、小康社会の全面的実現に決勝し、新時代の中国の特色ある社会主義の偉大な勝利を奪取するため、さらにわが国を富強・民主・文明的で調和がとれた美しい社会主義現代強国に作り上げ、中華民族の大復興という中国の夢を実現するために、弛まず奮闘しなければならない」としている。 「習近平思想」のみならず、「中国の特色ある社会主義の旗印」を入れたのは、鄧小平・江沢民・胡錦涛への配慮であろう。
注
- 本稿は、新華社北京電2019年3月16日で公表された、全人代修正後のバージョンを参考にしている。
- 下線は、筆者のコメントないし補充事項である。また、太字は報告の中で注意すべきフレーズである。
- 経済建設、政治建設、文化建設、社会建設、生態文明建設を一体的に進める。
- 小康社会の全面的に実現、改革の全面深化、法に基づく国家統治の全面推進、全面的な厳しい党内統治。
- 日本の地方交付税の性格を有するもの。
- 中国語では別の表現になっている。
- 最悪事態を想定し、それを回避し、最低ラインを維持するという思考。
- ここではほかにも「中国はなお長期に社会主義初級段階にある」「発展は中国の一切の問題を解決する基礎・カギである」「経済建設という中心をしっかり把握しなければならない」といった鄧小平理論のキーワードがちりばめられている。
- 政治意識・大局意識・核心意識・一致意識。特に、習近平を「革新」とする意識と、党中央に「一致」する意識が重要とされる。
- 中国の特色ある社会主義の道・理論・制度・文化への自信。