東日本大震災とイラン核問題

政策提言研究

鈴木 均
2012年3月

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昨年3月11日の大震災以来、私達を取り巻く風景はもはや不可逆的な変化を被ってしまった。このことはもし実際に東京から北方に車を走らせてみれば、誰でも直ぐに実感のできることである。数百km先には福島第一原発が存在し、私の車はその付近を通過することは法律的にもまた安全上も不可能である。地震と津波という未曽有の自然災害がもたらした500km以上におよぶ被災地域の主要な部分は、その向こう側に延々と広がっている。

だが変わってしまった風景は、これだけではない。私達日本人の震災後の心象風景もまた後戻りのできない程の大きな変容を受けてしまった。それは誰にとっても「忘却」や「無視」の許されない歴史的な断絶として記憶のなかに刻み込まれ、私達や子供たちの世代がずっと付き合っていくことを運命づけられた変化である。私達の多くは原子力発電所の建設を積極的ではなくとも容認し、どこかで歓迎してきたところがある。それ故に人為的な事故としての福島第一原発の事故は、直接の責任は東京電力にあるとしても、その負担を負うべき責任は行政当局や政治システム、私達の日本社会のすべてに分有されている。

この大震災をマスコミはいつの間にか「東日本大震災」と呼ぶことになっているが、当初は「東北北関東大震災」など幾つかの呼び方がなされていた。また今回の大震災は地震と津波の自然災害に加えて原子力発電所の深刻な事故が引き起こされたことが最大の特徴であり、これを切り離して論じること自体が意味をなさない。

社会学者の大澤真幸は震災後に書いた『夢よりも深い覚醒へ』(岩波新書、2012年)の中で次のように書いている。「阪神・淡路大震災/オウム事件は、何かの終わりだった。しかし、『それ』は終わらなかった。」「おそらく、東日本大震災と原発事故は、その終わり始めたものをほんとうに終わらせる事件である。」その意味は日本の戦後史のある段階が震災を機に新たな段階へと移行したということである。そしてその中には1970年代以降に始まった日本各地の原子力発電所の建設ラッシュも当然含まれているだろう。

大澤も論じているように、日本で原子力発言所の建設が盛んに行われたのは1970年代に入ってからのことだが、社会現象としての原子力ブームはそれ以前の1950-60年代にあった。その頃のことは私自身はおぼろげにしか記憶していないが、「鉄腕アトム」が「原子力エネルギーへの深いオマージュ」であったと指摘されるとアッと思い当たるところがある。広島・長崎を経験した日本において、核兵器への恐怖があったからこそ逆に原子力の平和利用に傾斜していったという逆説も心情的には理解できるものである。

日本は1945年の敗戦後数年で、当時の優秀な科学技術の延長線上で原子力関連の技術を米国から導入することが可能になった。だが現在核開発問題で揺れに揺れているイランの場合はどうだろうか。私達日本人は長年核技術を自らもつことに何の疑問を持つこともなく暮らしてきたのであるが、現在のイランのようにこれを国際的に否定されてしまった場合に、その国の国民はどのようなメッセージをそこから読み取るだろうか。

イランの国民は欧米から誤解されることが少なくないが、基本的に米国を中心とする欧米文化の受容に熱心であり、昔からいわば「米国になりたい」と願ってきた国民である。実際その心情は日本人にもよく通じる部分があるだろう。私は以前から「もし政治的な問題さえなければ、イランは中東地域で真っ先にディズニーランドの建設を歓迎する国である」と言ってきた。そのような国民が米国の繁栄の礎のひとつである原子力発電所の建設や核技術の獲得に国を挙げて熱心にならない筈がない。それはいわば1950-60年代の日本と同じような憧れにも似た心理であると言えるかもしれない。

だがここに皮肉にも、イランをめぐる国際関係の悲劇的な捩れ現象が介在している。イラン人が自らの感性に従って率直に核技術への憧れを表明すればする程、イスラエルや米国、EUはその裏に「核兵器開発を秘密裏に推進しようとするイラン宗教権力の邪悪な意図」を読み取ってしまい、とりわけイスラエル国内では建国以来の安全保障の理念に基づく「先制的防衛」思想に則ってイラン国内の核施設を先制攻撃すべきという主張が大きくなるのである。私はここでイランの政府当局が核兵器開発の意図を持っていないだろうと言っている訳ではない。むしろ問題なのは、イラン政府の側も核兵器開発の実態をあいまいにするという外交上の戦略に走っており、これによって自国の国民を破滅的な戦争の危険に晒しているという現実である。

現在イスラエルが真剣に検討しているイランへの先制攻撃は、言うまでもなくイスラエル・イラン二国間の問題に止まらない世界的な破局にすら至る危険な道である。現在オバマ大統領下の米国やEUはイランの石油輸出に打撃を与える経済制裁の強化でイラン側の態度を変化させようと躍起になっているが、その実際の政治的効果については未だ不透明であると言わなければならない。

翻って日本は西側の国としてイスラエルとイランの双方と率直に話のできる唯一の国である。もし日本がこのような外交的な資源を費やして世界を破局から救おうと考えるならば、日本として現在やるべきことは以下の三点であろう。(1)イスラエルに対してイランへの先制攻撃がむしろ世界的な破局への道であることを説得し、先制攻撃をあきらめさせる。(2)イラン側に対して核兵器開発の意図をもっていないことを国際社会に向けて徹底的に明らかにするよう努力を求める。(3)イラン国民に対して原子力エネルギーの技術が決してバラ色の未来を保証するものでないことを日本の経験から説明する。

日本は戦後、アメリカとの関係を強く意識しつつ原子力エネルギー利用の道を歩んできたが、3.11の大震災によってその経験はひとつの総括の時期を迎えることになった。他方イランは日本とは全く別の意味でアメリカとの関係のなかで現代史を歩んできた国である。とりわけイランの国民に対し、核開発問題について現在の日本が発信することのできるメッセージは少なくないように思われる。またその努力をいま行わなければ、いざイスラエルが先制攻撃をしてからでは手遅れであり、その場合の破局は計り知れない損害を人類にもたらしかねない。

私達はこの10年ほどのうちに、9.11同時テロや3.11大震災といった破局的な事態に何度も遭遇し、これらはその都度私達の生活に深甚な影響を与え続けてきた。だがそれらの意味を深く考察し適確に判断していくことで、私達はその経験を将来的にプラスに転じていくこともできるに違いない。またその逆に、私達が事件の以前にあった状態からの変化を認めようとしない場合には、将来にわたって重いツケを払い続けることになるだろう。