開発途上国の女性障害者

調査研究報告書

小林 昌之  編

2015年3月発行

第1章
本研究会は、女性障害者に焦点を当て、開発途上国の女性障害者がおかれている現状を提示し、権利確立のための法制度と政策措置を分析し、課題を明らかにすることを目的とする。対象国は国連障害者権利条約制定に地域として主導的に取り組んだ国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP)に属するアジアの6カ国(韓国、タイ、フィリピン、バングラデシュ、カンボジア、インド)とする。
このために、本研究では、(1)女性障害者に対する政策・措置、(2)法律・規則・ガイドラインを含めた女性障害者に対する法制度、(3)女性障害者に関する統計、(4)女性障害者差別に関わる訴訟・申立事例の調査・分析をとおして、権利条約が謳っている男女平等および複合差別の解消の実現可能性について考察する。各国においてどのように法制度と政策措置が構築され、課題を抱えているのか明らかにすると同時に、対象国間の比較により共通の課題の発見につとめる。本年度は1年目の作業として、各国の女性障害者の現状および女性障害者をとりまく政策と法制を調査し、論点となる課題の抽出を行った。
本調査研究報告書はその中間報告であり、本章ではまず研究会の課題を説明し、次に女性障害者に関する国際的な規範のうち、障害者権利条約とアジア太平洋障害者の10年の枠組みを整理し、最後に本書の構成を要約したうえで来年度の課題について紹介する。

第2章
韓国はその文化的な背景もあり、女性の地位の低さが国連等から指摘されてきている。政府としては女性問題に特化した部署を設置し、女性の社会的地位の向上等に取り組んできている。女性運動が盛んであり、さらに障害女性、女性障害者運動も活発である。障害者権利条約第6条は女性障害者に関する個別条項であり、同条項の設置には韓国が官民で主導した経緯がある。そこで、韓国における女性障害者の実態や関連法制度を整理し、本研究の最終報告に向けた課題を整理する。

第3章
カンボジア政府は、国際法上は、国際人権文書に積極的に加入し、女子差別撤廃条約と障害者の権利条約の締約国になっている。また、国内法においても「DV防止法」、「人身取引等取締法」、「障害者の権利法」を制定し、女性の人権と障害者の人権双方の国内的保障に努めている。しかしながら、女性障害者という視点は、立法上も政策上もほとんど看取されず、ある調査によれば、女性への暴力を認容する文化的背景とも相まって、女性障害者が暴力や人権侵害の犠牲者となるリスクは、女性非障害者と比較してとりわけ農村部において高いことが明らかとなっている。

第4章
タイの障害者に関する資料は東南アジア諸国の中でも多い。それは、ESCAPやUNICEF、WHOなどの国連機関やNGOなどによる多数のプロジェクトがタイで実施されてきているからである。時を同じくしてタイの障害者運動も世界的動向の影響を受けながら形成されてきた。また、障害者に関する法制度や生活に視点をあてた研究もわずかではあるが確実に行われてきた。しかし、その中で女性障害者に焦点をあてたプロジェクトや研究は極めて少ない。
考えられる理由として、男女に関わりなく障害者の置かれている状況が厳しい点に注目が置かれたため、国際機関も当事者団体もまずは社会全体や障害者全体への働きかけを目的としたことなどが上げられる。その際、障害者の性による差異が及ぼす生活環境や社会参画の機会の違いには関心が払われてこなかった。
タイの女性の社会参画に関する研究では、タイ人女性の社会的地位の高さは日本と比べて高いと称される。確かにタイの障害者運動の歴史の中でも女性障害者がリーダーシップを発揮し表舞台で活躍した事例も多い。しかしそのことが、タイの女性障害者の声が届いていることになるのだろうか。また、タイの障害者運動の中で女性障害者は果たしてエンパワメントされたのだろうか。
女性障害者は、一般社会のジェンダー規範および障害の問題など複合的問題を併せ持つと言われる。女性障害者の置かれる状況を理解するには、タイ社会の女性の位置づけについても考察する必要がある。
本稿では、特に1980年代以降活発になった障害当事者運動の経緯に即して、法律や国家福祉計画、および障害者エンパワメント国家計画などの中での女性障害者への対策、そして運動の現場での女性障害者の状況などを概観する。また、女性障害者に特化した活動や法制度が少ないことを明らかにし、その中で最終報告書へつながる女性障害者の最近の動向を示唆するものとする。

第5章
フィリピンにおける障害女性は、同国がアジアでも名高い「開発と女性」への取り組みの先進国であるのにも関わらず、同様な取り組みの十分な対象となってきたとは言えない状況にある。むしろ男性障害者よりもその窮状は経済的にも権利的にも悪い。フィリピンの障害者全般への取り組みは、1990年代から始まり、アジアでも先進的な地域だと言われてきたが、女性障害者については、やはりその政策効果を目にすることは叶わなかった。なぜそのような違いが起きたのか、まず同国の女性と障害のそれぞれのNGOの取り組みをふり返った。さらに女性と障害に関わる法制での障害女性の位置づけを確認することで政策がどのように彼女たちに届いていなかったのかを明らかにした。そして当事者たちの声にも注目することで、具体的にどのような問題に彼女たちが直面しているのかも明らかにしようとした。その結果、障害女性たちに共通する大きな問題として、フィリピンでは、性暴力の問題、リプロダクティブ・ヘルスへのアクセスの問題が大きいことが具体的に示された。

第6章
開発途上国の女性障害者は、国際的に女性、障害者、貧困者に起因する複合的な差別や不利益を受けおり、最も脆弱なグループの一つであると位置付けられている。バングラデシュでは、女性障害者に対する統計の整備が遅れており、彼女たちの困難な在り様を知ることは難しい。バングラデシュでは、近年、国際条約の批准を通じて障害者に対する法制度や年金などの福祉制度が不十分ながらも整いつつあるが、家族や地域の差別、文化的な背景などから、女性障害者は、それらの施策の恩恵を十分に受けることが出来ない現状があることが、現地インタビュー調査から明らかになった。

第7章
インドにおいては、障害者全体のうち女性が占める割合は約44パーセントとされており、その約70パーセントが農村部に居住している。その女性障害者は、識字率などからみても、障害者の中でも生活面で厳しい状況に置かれているといえ、国際的人権NGOなどがその問題点を指摘するなどしている。法制面では、新法制定の動きの中で、女性障害者への配慮を含めた条文が設けられるなど、前進しつつある状況はあるが、公的な補助事業や、司法による人権侵害に対する救済などの現状につき、より詳細に検討すべき課題が残されている。