インドの公的サービスに関する中間成果報告

調査研究報告書

佐藤 創  編

2015年3月発行

第1章
1994年、グジャラート州スーラトで、都市ごみの収集が滞ったことが一因となり、疫病(肺ペスト)が発生した。数十人が死亡するとともに、輸出が大きく減少するなど、インド経済にも大きな影響を与えた。この事件をきっかけとして、都市ごみの収集・運搬・処理・処分についての法令が整備されてきた。都市自治体によるさまざまな取り組みも始まってきている。また、官民連携(Public Private Partnership)の枠組みを利用し、民間からの投資も行われるようになってきている。その一方で、建設された廃棄物処理施設の操業が中止、不適切な埋立処分による健康被害の顕在化、ごみ収集がとまるというような事態も起きている。インドの都市ごみ処理の変遷と近年の取り組みについて概観する。

第2章
近年、インドでは、医薬品価格の上昇による医薬品アクセスの悪化が懸念されている。インド政府は、こうした状況を憂慮して、2013年に新しい医薬品価格規制令を公布し、医薬品価格の引き下げを実施した。しかしながら、インドの所得水準を考慮すれば、依然としてインドの国民の大半にとって医薬品の購入は大きな経済的負担であり、抜本的な医薬品アクセスの改善には至っていない。医薬品の価格規制と並行して、インドでは良質なジェネリック医薬品を国民に供給するための公的医薬品供給サービスが実施されている。本稿では、インドにおける公的医薬品供給サービスの取り組みとその課題について検討する。

第3章
本章は、インドの義務教育の現状と課題を公的部門と民間部門の違いに注目しながら整理した。まず、独立後の教育政策の概観し、1990年代以降6-14歳の義務教育の普遍化に向けた取り組みが強化された背景には、国際的な教育普遍化への取り組みの影響と教育を国民の基本的権利ととらえる人権、法律的側面での変化があったことを議論した。また、義務教育に関する基本的な統計から教育普及の遅れた地域や階層の就学率の上昇が確認された。
次いで、公立校と私立校に関するデータを分析し、就学者のうち7割程度が公立校に在籍していることを示した。近年、公立校やエリート私立校のみならず授業料の低い私立校が増加し、学校の序列化や階層化が進んだこと、こうした学校階層と経済社会階層と間には一定の関係が見出せることを指摘した。
最後に、教員と学習成果に関する先行研究のレビューを行った。公立校における正規教員と非正規教員、および公立校と私立校の教員の比較研究を中心に概説した。学習成果については、公立校よりも私立校の生徒のほうが成績優秀な傾向がみられるが、すべての私立校教育が公立校教育よりも高い学習成果を生み出すわけではない。また、公立校では教員の出勤や授業への取り組みへの違いが生徒の成績に与える影響が実証されていることを紹介した。

第4章
本稿は、インドにおいて懸念が高まっている水問題を、生活用水に焦点をあてて取り上げ、公的サービスの変容について検討する準備作業を行った。水にかんする政策や判決を整理して明らかになったことは、水供給にかんする政府の政策アプローチは、1990年代後半から、上下水の処理・供給、管理・運営へ民間企業や住民の参加を促し、水インフラへのコストの回収を重視して、水利用の効率性を高める方向へ進んでいるのに対し、最高裁は、水を私有の対象、営利の対象としては馴染まない公共信託の対象として捉え、生活用水へのアクセスを憲法上の基本権である生存権に含まれると位置付けてきたことである。こうした政策や判決レベルの考え方が都市における生活用水の供給問題においてどのように具体的に表れているかを、デリー首都圏の水道の改善を図ろうとする官民連携によるパイロット事業を紹介して確認し、結びにかえて水問題の分析枠組みについて検討した。

第5章
本章では「スキームワーカー」に注目する。スキームワーカーとは、中央政府が医療、福祉、教育等に関して実施する各種のスキームのもとで、履行業務を担いながらも労働者としての地位を与えられていない人たちである。本章ではインドの公的サービスの一側面を、サービスの内容ではなく供給主体の面から論ずる。