ダウェイ開発の経済効果:道路、国境円滑化、港

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.99

工藤年博・熊谷聡

2017年6月27日発行

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  • ダウェイの立地優位性は、タイ、とくにバンコクという大きな市場・生産拠点への近さにある。この近さの利益を顕在化させるのは、ダウェイとタイとを結ぶ道路の整備である。
  • IDE-GSMによるシミュレーションによれば、ダウェイ開発のタニンダーリ管区への経済効果の大部分は道路整備に由来する。また、国境円滑化措置はこの効果を促進する。
  • 一方、ダウェイにおける港の建設は、タニンダーリ管区には追加的な経済効果をほとんどもたらさない。しかし、この港はタイ、ベトナム、カンボジアなどメコン諸国に経済効果をもたらす。ダウェイの港はメコン地域のウェストバウンドのゲートウェイとなる可能性を秘めている。
ダウェイの立地優位性

タイの東部臨海(Eastern Seaboard)開発の成功の要因のひとつは、この地域(チャチェンサオ、チョンブリ、ラヨンの3県)が最大都市バンコクの東南方80~200キロという近さにあったことである。この地域がタイ経済の中心であるバンコク首都圏から遠く離れていたら、開発が成功したかは疑問である。バンコクに近いという利便性が産業移転をもたらし、バンコク一極集中の緩和につながった。その際、運輸・通信のインフラ整備による首都圏とのコネクティビティの強化が重要な役割を果たした。

経済活動の中心都市から遠く離れて産業集積をつくることが難しいのは、ミャンマーのような初期の発展段階にある途上国においてはいっそう明らかである。ティラワ経済特区(SEZ)が成功しているのは、最大都市ヤンゴンに近いことがひとつの要因である。ミャンマーではヤンゴンや第二の都市マンダレーから遠く離れて、産業集積をつくることは難しい。

そうした点からみれば、ダウェイはヤンゴンから約600キロ離れており、ヤンゴンからの工場移転、あるいはヤンゴンとの近さを活かした利便性で工場を誘致することは困難である。しかし、ダウェイはバンコクからは約350キロの距離にある(地図)。もちろん両都市の間には国境があるが、仮にこれがないとすればダウェイはバンコクの(少し遠いが)西部臨海地域(Western Seaboard)と考えることもできる。そもそもダウェイは王朝時代にはタイの支配下にあったこともあり、タイ人にとっては馴染みの深い土地である。東部臨海地域の産業の拡張性が困難に直面するなか、ダウェイはバンコクからの産業分散の受け皿となり得るのではないか。これがダウェイの最大の立地優位性である。

地図

道路の効果はタニンダーリ管区へ

ダウェイがこの立地優位性を発揮するために必要なインフラはなにか。IDE-GSMによって3つのシナリオを設定して、シミュレーションを行った。シナリオ1はダウェイ=カンチャナブリ間の道路整備、シナリオ2はシナリオ1+国境の円滑化、シナリオ3はシナリオ2+ダウェイ港の整備である。結果は表1のとおりである。

まず注目されるのは、タニンダーリ管区へのインパクトについてはシナリオ1、すなわち道路整備の経済効果がほとんどであるという点である。これはグラビティ的な解釈では、ごく近くにタイ(とくにバンコク)という大市場があって、これらが道路で結ばれる経済効果は、ダウェイの港を経由して何千キロも遠いインドや欧州へのアクセスが改善するよりもずっと大きいということである。さらに、こうした経済効果は国境円滑化を行うことで(シナリオ2)、より相乗効果を得られる。

表1 ダウェイ開発の経済効果(2025年、ベースラインGDP比)

シナリオ1 シナリオ2 シナリオ3
ダウェイ県 4.7% 6.6% 6.6%
コータウン県 6.2% 8.5% 8.5%
ベイッ県 4.1% 5.7% 5.7%
タニンダーリ管区 4.9% 6.8% 6.8%
ミャンマー 0.0% 0.1% 0.1%
タイ 0.0% 0.0% 0.8%
カンボジア 0.0% 0.0% 0.5%
ベトナム 0.0% 0.0% 0.7%

(出所)IDE-GSMによる試算

一方で、この道路整備による経済効果を産業部門別にみてみると、意外なことにそのほとんどがサービス業から来ていることが分かる(表2)。これは、道路整備によってタニンダーリの観光業が伸びるというイメージである。現在、ダウェイのビーチが観光地化しつつあることを踏まえると、考え得るシナリオといえよう。ダウェイ開発の当初からの目論見のように、製造業を振興したいのならば、SEZの設置などによる産業誘致策が必要ということになる。

表2 シナリオ2の産業別経済効果(2025年、ベースライン)

農業 鉱工業 サービス GDP
Dawei -0.5% 0.3% 18.1% 6.6%
Kawthoung 0.3% 1.3% 15.6% 8.5%
Myeik -0.5% 0.4% 16.3% 5.7%
タニンダーリ管区 -0.4% 0.6% 16.7% 6.8%

(出所)IDE-GSMによる試算

港の効果はメコン地域へ

ダウェイ港の整備(シナリオ3)によるタニンダーリへの追加的経済効果が、モデル内で限定的にしか出てこないのには理由がある。タニンダーリ管区とタイが道路で結ばれることで前者はサービス業、後者は製造業という比較優位が顕在化し、ダウェイ港は製造業=タイ側にとってプラスに働くためだ。実際、ダウェイ港を整備するがタイ側と繋がないシナリオでは、タニンダーリの製造業にも経済効果が出る。ただし、全産業合計した経済効果はタイ側と結んだ場合の半分以下にとどまる。

ダウェイ港は物流上重要な意味を持ち、メコン地域への経済効果は大きい。シミュレーション内では、ベースラインのレムチャバン・バンコク港の取扱量を1.0とすると、ダウェイ港を整備すると概ね同等の取扱量が出てくる。では、レムチャバン・バンコク港の取扱量が減ったかというと逆で、1.5倍ぐらいに増えている。

なぜこのようなことが起きるのか。ダウェイ港を造って、かつタイとの道路を整備すると、タイから西へ向かう貨物がダウェイ港を経由するだけでなく、香港や広東、ベトナムからの貨物がシンガポールを経由せずに、バンコクから陸に上がってダウェイから西に抜けるという物流ができるからである。これは、マラッカ海峡を不要にする点で、クラ地峡運河の構想と似ている。結果として、ダウェイ港の経済効果は、タイやベトナム、カンボジアにとって大きく出るのである。

しかし、現時点ではシンガポール港のハブ機能は金融、情報、商流、ビジネス・サービス、高度人材などに支えられているため、ダウェイ港ができたからといってすぐに「シンガポール・スキップ」が起きると考えるのは現実的ではない。ダウェイ港がこの地域の物流の大変動をもたらすためには、世界の海運会社にハブ港として利用されることが前提となるからである。

ということは、ダウェイ港は当面はメコン地域の西端に位置する輸出港というよりも、タニンダーリ管区でタイ向けの製造業を行う際の原材料の輸入港として位置付けるのが妥当といえるだろう。ダウェイ港がメコン地域のウェストバウンドのゲートウェイとなるには、さらに諸条件が必要となる。この点については別稿で論じたい。

(くどう としひろ/政策研究大学院大学)(くまがい さとる/アジア経済研究所)

本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。