国際標準化にむけた日中韓における技術協力

アジ研ポリシー・ブリーフ

No.18

黒岩 郁雄 ・鍋嶋 郁・ 田中 清泰
2013年9月13日

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日中韓における学術的協力
今後の日中韓の経済連携を深めるうえで、また3カ国がアジアのみならず世界的に今後の産業発展をリードしていくうえで、日中韓の技術交流は不可欠だと考えられる。昨今のグローバル市場の競争は個々の技術の競争力から規格・基準の競争へと移行している分野が多く、如何に規格・基準を国際化できるかが重要になっているともいえるであろう。この規格・基準・規制に関しては政府の役割が重大であり、民間の取り組みだけでは不十分である 1



今後の3カ国の企業の世界市場での競争力維持・強化のためには、産官学連携を3カ国で組織だって行い、新規基準・規格の共同策定を軸にした技術交流を行う必要がある。そうする事により、3カ国間における貿易の円滑化が促進され、また、それらの規格・基準を国際標準化するうえでも有利な立場に立てると考えられる。現在、日中韓の間では、2005年から「日中韓フォーサイト事業」を行っている。これには日本学術振興会(JSPS)、中国国家自然科学基金委員会(NSFC)と韓国研究財団(NRF)が関わっており、主に各国の大学・研究所間による学術的な共同研究活動を目的としている。また北東アジア標準協力フォーラムの活動は、主に既存の規格・標準に焦点を当てており、産業発展を意図したものではない。産業界内では個々の取り組みとして日中韓内の企業同士の技術協力、提携は行われている。今後は、これらの活動を包括的に、体系的に捉える取り組みが必要であると思われる。

今まで、日本は様々な形でアジア各国との技術交流を政府開発援助(ODA)として実施してきた。これらは主に政府間の合意により、文科省や科学技術振興機構(JST)等が主体となった科学技術協力である。これらの取り組みが日中韓における技術革新に与える影響は間接的である。なぜなら、主に学術的な研究、人材交流、人材育成に重点が置かれているからである。


EUにおける共同研究の取り組み
これに対して、EUは1970年代 2 から域内での研究開発に関して協力体制を構築してきた。技術開発に関するEU内での取り組みを統合して1984年からフレームワークプログラム(FP)が実施された 3 。FPの目的はEUにおける研究の質の向上そのものに加え、競争力強化にある。そのなかで今後の指針となるのが、2010年に発表された新経済成長戦略である。FPは新経済成長戦略を達成するための取り組みと明確に位置づけられている。FPで資金を得るためには、最低でも3カ国、5機関の参加が必要とされる。このような形態を取る理由は、EU内の研究活動を幅広い地域で支援するためである。

現在は第7次FP(2007~2013)が実施されており、2014年以降は名前を変えて、Horizon2020となる。FP7の予算はこの7年間で532億ユーロである。FP7には「協力」「人材」「能力」「構想」という4 本の柱があるが、一番の中心はcooperation program(協力)であり、EU域内国間の共同研究を支援するプログラムである 4 。EU委員会で、10の重点テーマを定めており、個々の共同研究プロジェクトはそれに沿う形で提案され、競争的公募を経て採択される。このような共同研究プロジェクトは、特に、産官学連携を通じた欧州内での規格や新技術に基づくプラットフォーム作りには有効な手段と認識されている。またこれらの共同研究プロジェクトは海外企業や機関にも開放されているのが特徴である 5

FPでは人材育成も重要な柱の一つであり、域内の研究者の労働市場がより開放的になるよう、研究者の移動支援や生涯学習支援なども行っている。また、頭脳流入を図るために域外からの研究者招聘も積極的に促進している。

EUは2010年から、欧州研究圏(European Research Area: ERA)の構築を計画してきた。これはEU全域を一つの研究圏として認識し、今までバラバラであった各国の研究に対する政策・施設を一つの融合体として扱おうとする取り組みである。FP7から本格的にERA 構築にむけて始動したのが欧州研究会議(European Research Council: ERC)の設立である。ERCの設立によって、従来、応用研究重視であったFPでの新規開拓分野での最先端基礎研究の実施が容易になった。


東アジアにおける共同研究体制の促進
東アジアでも共同研究促進の動きはある。日本は2010年10月に「東アジア・サイエンス&イノベーション・エリア構想」を提案した。これは、東アジア地域において科学技術分野における研究交流を加速させ、研究開発力を強化し、東アジア諸国が共通して抱える課題の解決を目指すものである。この構想自体はまだ東アジアサミットで議論中であるが、この提案に基づいた「東アジア・サイエンス&イノベーション・エリア構想」共同研究プログラム(e-ASIA 共同研究プログラム、e- ASI A JRP)が2012年に発足した。共同研究を支援することを目的とし、参加国が合意した分野において共同研究を実施することを通じて、地域課題の解決や経済発展、人材育成に寄与していくというプログラムである。創立メンバーは主に東南アジアの国々と日本の8カ国9機関である。この共同研究では3カ国の参加が必要など、EUのERAやFP7を意識した構想がなされているといえるであろう。しかし、現在の段階では残念ながら、中国と韓国からの積極的な参加はない。

物品貿易、投資、ヒトの動きなど様々な形でのグローバル化が進むなか、技術革新もまた、グローバル化が今まで以上に進むことが予想される。各国の技術革新における取り組みもよりオープンでグローバルな体制が必要である。また、競争力の源泉も個々の技術力から規格・規制などの競争の基盤的な部分へと移行しつつある。日中韓も同様に国内規格・基準を新規策定する際には積極的に共同研究の段階から国際化していかないと、それぞれの国で策定された規格・基準が他国で受け入れられる可能性は低く、国際標準化にしにくいであろう。このような状況を回避するためにも、日中韓技術交流を促進すべきであり、それを足掛かりにして国際標準化を目指すべきである。                       

(くろいわ いくお/開発研究センター長、なべしまかおる・たなか きよやす/新領域研究センター)




脚 注

  1. これを踏まえて、日本政府の知的財産戦略本部による知的財産推進計画2011では国際標準化が重要な取り組みのうちの一つであると認識している。
  2. 原子力分野での協力、欧州原子力共同体(The European Atomic Energy Community: EURATOM)は1958年から始まっている。
  3. FPは1986年に欧州単一議定書の合意に基づいている。
  4. 実際には域外の国も参加が可能である。日本が参加しているプロジェクトもある。また市場の確保もFPの重要な目的であるため、新興国の参加も積極的に促している。
  5. 例えば、日立製作所は欧州法人が主体となって、欧州におけるEVの効率的なエネルギー管理を可能にする、統合した情報通信技術のプラットフォームの開発を目指すプロジェクトを、FP7の下で行っている。

本報告の内容や意見は、執筆者個人に属し、日本貿易振興機構あるいはアジア経済研究所の公式見解を示すものではありません。