論考:西アフリカにおける若者の商売展開――コーラ交易を通じた信用の形成と拡散――

アフリカレポート

No.56

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論考:西アフリカにおける若者の商売展開――コーラ交易を通じた信用の形成と拡散――

■ 論考:西アフリカにおける若者の商売展開――コーラ交易を通じた信用の形成と拡散――
■ 桐越 仁美
■ 『アフリカレポート』2018年 No.56、pp.22-35
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要約

18~19世紀の西アフリカにおいて、アサンテ王国とハウサ諸王国間のコーラ交易が発展した。現在でもコーラの交易は盛んにおこなわれ、そのなかでは多くの若者が活躍している。本稿では、コーラ交易に携わる若者に着目することで、現在のコーラ交易における信用取引の実態と、若者がコーラ交易を通じて自らの商売を発展させていく過程を明らかにすることを目的とする。コーラは西アフリカのイスラーム社会において儀礼的・社会的に高い価値をもち、高値で取引されている。コーラは西アフリカの森林地帯から内陸乾燥地域のあいだに張りめぐらされた巨大な商業ネットワークを介し、民族の枠を越えて輸送される。人びとは傷みやすいコーラを迅速に輸送するために、前払いや委託販売といった手法を採用しており、そのなかでは信用や連携が重視される。コーラの交易に参入する若者は、そこで得た信用を、巨大な商業ネットワークに乗せて拡散させることを目的としていることが明らかとなった。

キーワード : コーラ・ビジネス 若者 信用形成 ハウサ社会 商業ネットワーク

はじめに

これまでアフリカの商人に関する研究では、商人間で信用が欠如している事例が数多く報告されてきた。とりわけ都市部または都市近郊で長距離交易に携わる移民に関しては、その傾向が強いとされてきた。

たとえば、タンザニアのダルエスサラームに居住する商人の経済活動の分析を試みたvan Donge[1992]は、商人のネットワークは親族関係の枠を越えることはないが、近しい者による道徳的な再分配の要請や嫉妬への恐れから、その関係において信用は欠如しており、不測の事態に協力して対応することや市場価格の統制ができず、経営の安定化が図れないと論じている。また、ガーナのアクラにおいてムスリム・コミュニティに属さない移民を対象にフィールドワークをおこなったHart[1988]は、移民の築く商業上のネットワークは親族関係や夫婦関係に閉じていると論じている。Hart[1988]は、西アフリカの商売世界において信用貸しなどの信用にもとづくやり取りは日常的に見られるとしている。しかし、都市部の移民社会においては首長制や家長制のような伝統的な社会構造による統制がとれないために、親しい者による借金の踏み倒しや道徳的な再分配の要請などが常態化することを指摘している。それゆえHart[1988]は、事業の成功と信用形成のあいだの相関性を見いだすのは難しく、商売においては伝統社会にみられる信用が喪失していると結論づけている。

だが、このような信用の欠如・喪失がアフリカ商人の一般的特徴だと捉えることは誤りであり、信用にもとづいた連携をおこなってきた事例が現実には存在する。その一例が西アフリカのムスリム・コミュニティである。ナイジェリアの穀物の流通に着目したClough[1985]は、複数の民族が連携して穀物生産・流通の仕組みをつくり上げていることを記述している。また、ガーナのクマシ近郊における移民の商業ネットワークを分析した桐越[2016]も、ムスリムの商業ネットワークのなかでは、民族や地域の枠を越えた信用が形成されていることを指摘している。このように、ムスリム・コミュニティに着目して移民の商業活動をみる限り、既存の研究が指摘する信用の欠如・喪失によって商人間の連携がとれないといった印象は受けず、信用にもとづく連携によって交易が成立しているといえる。

では、そこでは信用は具体的にどのように商人活動にかかわっているのだろうか。ハウサ商人を中心とした商業ネットワーク上の信用形成においては、ハウサ語のガスキヤ(gaskiya)という概念が相手を評価する基準として用いられ、ガスキヤの概念にもとづく信用が民族や世代を越えて形成されている。ガスキヤは人びとのあいだで、真実や正直、公正などの意味を包含する概念として用いられている。本稿の目的は、コーラ交易における若者の学びに注目することで、信用取引の実態と、若者がコーラ交易を通じてガスキヤの概念にもとづく信用を獲得し、商売を発展させていく過程を明らかにすることである。最新のフィールドワークの結果にもとづき、ムスリムの商業ネットワークにおける信用形成と商売の成功に対する認識、およびその認識の西アフリカ経済への広がりについて描き出していきたい。

1.調査地の概要と交易の特徴

調査は、コーラの消費地にあたるニジェール共和国の首都ニアメと、生産地にあたるガーナ共和国南部で実施した(図1)。ニアメではグランマルシェ(日用品や食材の市場)およびカタコ(資材市場)に位置する2つのコーラの配荷場を対象とした。主要な民族はソンガイ・ザルマおよびハウサであり、植生区分は乾燥サバンナ地帯にあたる。ガーナの調査地は、東部州の町ンココから北西に約15キロメートルの距離にあるF村とS村の2ヵ村である。この地域の植生区分は半落葉性広葉樹林帯であり、コーラの産地である。F村から西に80キロメートルほど進むと、ガーナ国内で最大の市場をもつ都市クマシに至る。コーラはS村で生産されF村に集積されたのち、ニジェールやナイジェリア北部などの内陸乾燥地域へと輸送される(図1)。F村とS村にもともと住むのは、アカン系民族のクワウとアサンテの人びとであるが、アカン系民族のほかにハウサやガーナ北部のクサシといった多くの移民も生活している。本稿は2014年8月18日~2015年3月15日と2017年3月6日~21日の調査の結果にもとづいている。

図1 調査地とコーラナッツの流通路

図1 調査地とコーラナッツの流通路

出所:筆者作成。

調査地域の交易では交易品ごとに流通システムが確立しており、交易上の主要都市には特定の交易品に特化するかたちで作物市場や家畜市場、資材市場などが個別に存在する。ひとつの市場のなかには交易品ごとの区画がつくられており、それぞれの交易品ごとに取引がおこなわれる。クマシの卸売市場では、交易を英語の「ビジネス(business)」を用いて表現する。たとえば穀物の交易は「穀物ビジネス(millet business)」というように表現され、それぞれに独自の取引方法や流通がみられる。

流通は交易品ごとに確立しているが、一人の商人がひとつの交易品を取り扱うわけではない。商人は取り扱う交易品を変更したり、複数の交易品を同時に取り扱う場合が多い。19~20世紀の西アフリカでは、それぞれの交易品を専門に扱う商人が存在していたわけではなく、同じ商人が取り扱う商品をかえていくことで交易が成立していたとされる[Clough 1985; Lynn 2002など]。このような傾向は現在の西アフリカの交易でも同様にみられ、それぞれの交易品の流通は相互にかかわりをもっている状況にある。

商人には男性も女性もいるが、男性商人が長距離輸送を必要とする交易品を取り扱うことが多いのに対して、女性商人は輸送距離の短い作物を取り扱うことが多い[Hart 1988; Clark 1994]。商人は、おおむね30代以上の男性や子どものいる女性であり、10~30代の若い男性を下働きとして雇い、商品の買取りや運搬などの補助的な仕事を与えることで、円滑な取引を成立させている。ガーナ北部やナイジェリア北部などの内陸乾燥地域の商人のもとで働く若者は、ハウサ語で「男の子」を指すヤロ(yaro)と呼ばれる。ヤロという語は、弟子などの未熟な若者を指しても用いられる。

ヤロについては「商人が成功をおさめるためには、信頼のおける若者にヤロを依頼しなくてはならない」と語られ、未熟ではあるものの重要な存在とされている。どの交易品の流通においても若者が下働きを務めているが、その多くが商人になることを目指しており、資金調達や商売・交易について学ぶことを目的としている。なお、未婚の若い女性が商人やヤロになることは稀である。

2.コーラの特徴と輸送行程
(1)コーラの特徴

コーラは西アフリカのイスラーム社会のなかで広く認められた嗜好品である。コーラは、森林地帯を原産とするアオイ科コラノキ属コラノキ(Cola nitida)の種子であり、カフェインやテオブロミンといった成分を含んでいる。内陸乾燥地域の人びとは、コーラを眠気覚ましや興奮剤として利用する[Lovejoy 1980, 2-5]。

17世紀後半から現在のガーナ南部に興隆したアサンテ王国では、奴隷や金とならびコーラが重要な交易品とされた。コーラの主要な輸出先は、現在のニジェール南部とナイジェリア北部にまたがる地域に建設されたハウサ諸王国であった。コーラ交易の特徴として、生産は南部の森林地帯に限られるが、大きな消費地は北部の内陸乾燥地域である点と、ときには2000km以上にもなる道のりを、鮮度を維持したまま輸送する点があげられる。そのため、南は森林地帯から北はサハラ砂漠、西はアサンテ王国から東はチャド湖周辺に至る広大な範囲において、ハウサ商人は各民族とのあいだに信用を形成し連携を確立する必要があった。ハウサ商人は、コーラ交易を通じて近代国家の境界を越えたネットワークを形成するに至ったとされる[Lovejoy 1980, 33-35]。また、コーラは長距離輸送を必要とするにもかかわらず、高温と乾燥によって劣化が進んでしまうことから、輸送に多大な労力と財力を必要とした。その結果、商品価値が高まり、内陸乾燥地域においては富と権力の象徴として儀礼的・社会的に高い価値が与えられた[Abaka 2005, 126-128]。19世紀後半まではアサンテ王国域内に内陸乾燥地域の商人が立ち入ることは許されておらず、ハウサをはじめとした商人は、アサンテ王国の東部に位置した町サラガにおいてアサンテ商人からコーラを購入していたとされる[Lovejoy 1980, 64-69]。

現在でも、内陸乾燥地域の人びとの多くがコーラを好み、指で小さく刻んだものを口のなかに入れ、10分から30分ほどかけてチューインガムのように噛む。こうすることで空腹や眠気をやわらげることができるとされる。成人は男女問わず農作業や家事、試験勉強のときなど日常的にコーラを噛み、多い人であれば一日に3~5個(60~100円程度)を消費する。また現在でも、首長への貢物や訪問先に贈る品、祭りや儀式の供物として欠かせないものである。西アフリカ社会におけるコーラの重要性は高く、市場では必ず目にする商品である。

人びとの語りによると、長い歴史をもつコーラ交易と塩交易だけが、ガスキヤの概念を基準とした信用取引の手法を現在まで残している。西アフリカの商売をコーラ交易のなかで学び、ほかの商売へと発展させるのが、西アフリカ商人として成功するためのひとつの方法であるとされている。

(2)輸送行程

F村において、コーラ交易は「コーラ・ビジネス(kola business)」と呼ばれている。現在のコーラの輸送行程は、各村における買付け、コーラを覆う種皮の除去、集荷、輸送からなり、収集したコーラをシャゴ(shago)と呼ばれる集荷場に集積させ、まとめてナイジェリアのラゴスやニジェールのニアメへと輸送する。コーラはナイジェリアやニジェールに到着すると配荷場(これも同じく「シャゴ」と呼ばれる)に輸送され、そこから各地の市場へと卸される。集荷場や配荷場には1人のオーナーがおり、複数のコーラ商人が出入りしている。

このようにシャゴ(集荷場)からシャゴ(配荷場)へと輸送する方式は、F村周辺の人びとにより「シャゴ・システム(shago system)」と呼ばれている。シャゴ・システムでは、内陸乾燥地域の商人がコーラの産地で直接買付けをおこなっており、この点が19世紀後半までの歴史的コーラ交易の流通と大きく異なる。本稿では、おもに買付けから輸送の行程に携わる若者を分析対象とすることから、以降は、シャゴ・システムにより成立する現在のコーラ交易を歴史的なコーラ交易と区別して「コーラ・ビジネス」と表記する。

コーラ・ビジネスにおけるコーラの輸送方法は大きく2つに分類することができる。それぞれの輸送方法は、①商人と卸業者が直接取引をしているか、②商人と卸業者が集荷場と配荷場のオーナーを介して取引をしているかによって特徴づけられる。近年は②の方法が主流になっているため、ここでは①の説明は割愛し、②の輸送方法のみを取り上げる(図2)。

商人たちはまず、各村に居住している現地買付人からセメント用の袋に詰められたコーラを買い付ける。コーラの詰められた袋はアオウ(aowu)と呼ばれる。買付けの際、下働きのヤロが商人の代わりに現地買付人のもとに行き、買い付けたコーラを集荷場へと運搬する。このとき、商人はコーラの保管・管理とともに販売を集荷場オーナーに委託する。ヤロは、コーラの種皮を取り除き、アオウ2袋分のコーラを3等分し樹木の葉で包むようにして袋に詰めなおす。詰めなおした袋は「送り荷(tafiya)」と呼ばれ、袋の中の樹木の葉が輸送中の衝撃や乾燥からコーラを守る。ひとつの集荷場に500~1000袋の送り荷が集まると、集荷場のオーナーが大型トレーラーを手配し、コーラを輸送先に送る。輸送先の町には集荷場オーナーのもとで働くヤロが駐在しており、集荷場のオーナーが送ったコーラを受け取る役を担う。コーラを受け取ったヤロは、集荷場オーナーと取引関係にある配荷場を順に回ってコーラを引き渡し、配荷場オーナーからコーラの代金を受け取る。配荷場では、オーナーが卸業者に掛売りでコーラを販売し、卸業者が各地の市場へとコーラを運んでいく。

図2 集荷場と配荷場のオーナーを介した輸送行程路

図2 集荷場と配荷場のオーナーを介した輸送行程

出所:筆者作成。

シャゴ・システムを採用することで、コーラ・ビジネスは熱と乾燥に弱いコーラを迅速に輸送することを可能としている。迅速な輸送のためには円滑な取引が必要であるため、シャゴ・システムでは信用取引の手法が採用されている。次節では、シャゴ・システムにおける取引事例をとりあげ、迅速な輸送を可能とする信用取引について詳述する。

3.商人Aの取引事例

ここでは、コーラの輸送におけるガーナ側の商人の取引について詳細に説明しよう。表1に2017年3月15日現在、オーナーMの集荷場に出入りしていた商人とそれぞれの送り荷の数を示す。調査時、オーナーMの集荷場には23人の商人が送り荷を保管しており、すべての商人がオーナーMに販売を委託していた。オーナーMはラゴスの集荷場と取引をしているため、商人たちのコーラはすべてラゴスに輸送された。送り荷は販売先のナイジェリアの通貨で取引されており、2017年3月現在の送り荷1袋の価格は1万7000ナイラ(約6200円)であった1。商人A(表1の商人No.1)は、オーナーMの集荷場で最多の78袋を所有しており、これは132万6000ナイラ(約48万円)に相当する。

表1 オーナーMの集荷場に送り荷を預けている商人とそれぞれの送り荷の数

表1 オーナーMの集荷場に送り荷を預けている商人とそれぞれの送り荷の数

出所:2017年3月に実施した聞き取り調査のデータをもとに筆者作成。

ここでは商人Aを事例に、取引の手順とその間にやり取りされた金銭について検討しよう(図3)。まず、商人Aは2017年2月末から3月15日にかけての約15日間で、52袋のアオウを買い付けた。商人Aは複数の現地買付人からアオウを買付けており、アオウ1袋の買付け額はガーナの通貨で150セディ(約3750円)2であった (図3中の①)。買付けでは、商人がコーラの買付け額を現地買付人に先払いし、現地買付人が買付け額に見合う量のコーラを準備したのちに商人がコーラを回収するという方法がとられていた。この際、商人A のもとで働くヤロBがオーナーMの集荷場までコーラを運搬した。運搬後、ヤロBは52袋のアオウから78袋の送り荷を準備した。準備した送り荷は、輸送日までオーナーMの集荷場で管理された。

オーナーMと商人たちは、ナイジェリアのコーラの市場価格をモニタリングし、高値で売れると判断される3月18日を輸送日と決めた。輸送日に、オーナーMは集荷場で管理していた送り荷をまとめてナイジェリアの取引相手に向けて出荷した。オーナーMは輸送用トレーラーと運転手を手配し、トレーラーの使用料と運転手への賃金、ガソリン代を負担した3

図3 集荷場と配荷場のオーナーを介した輸送における金銭のやりとり

図3 集荷場と配荷場のオーナーを介した輸送における金銭のやりとり

出所:筆者作成。

オーナーMはヤロNをナイジェリアのラゴスに住まわせている。ヤロNはオーナーMの送り荷を受け取ったあと、オーナーMの複数の取引先(配荷場)に指定された数の送り荷を運搬し、1袋につき1万7000ナイラ(約6200円)を受け取った(図3中の②)。ヤロNは随時、ナイジェリアの銀行からオーナーMに売上金を送金した(図3中の③)。3月25日、オーナーMは取引先の配荷場から「本日、商人Aの送り荷を78袋受け取った」という連絡を受けたので、銀行から売上額132万6000ナイラ(約48万円)に相当する1万9200セディを引き出した。オーナーMは集荷場に商人Aを呼び、保管手数料として送り荷1袋につき10セディ(78袋で780セディ: 約2万円)を差引いた1万8420セディ(約46万円)を支払った(図3中の④)。

ここで記述したように、シャゴ・システムでは、一度に多くのコーラをまとめて輸送しており、大金またはそれに値するコーラが人から人へと受け渡されていく。シャゴ・システムによって成立しているコーラ・ビジネスは、取引額が大きくなるにもかかわらず、前払いや委託販売、掛売りといった信用にもとづいた取引が採用されているのが特徴である。塩をのぞくほかの交易品の取引には信用取引は採用されておらず、家電製品などの取引額が大きな交易品であっても、お金のやり取りを商品の受け渡し時に一緒に済ませるのが一般的である。

長い時間と空間にわたる交易が発達した西アフリカでは、商業が円滑に進むように信用貸しや委託販売による卸売りの慣習が成立したとされる[坂井2003, 136]。コーラ交易や塩交易では、数世紀にわたって信用にもとづいた卸売りの慣習が踏襲されてきたために、現在までその影響が強く残っていると語られる。人びとは、信用取引を採用しているコーラ交易や塩交易においては、信用できる商売仲間や取引相手を見つけることが最も重要であると考えている。

4.ヤロとガスキヤ

ヤロは、商人やオーナーにとって重要な商売仲間である。そのため、信頼のおける若者をヤロにすることが商売の成功への第一歩とされており、信頼がおけるかどうかはガスキヤの概念にもとづいて判断される。ガスキヤは真実、正直、誠実、信頼、公正、客観性といった意味を包含する倫理的な概念であり、ハウサ社会においては優れた人物の特性のひとつであるとされる[Adamu 2001; Aminu 2003]。この語は、ハウサ社会だけでなく西アフリカの広い範囲で使われており、ナイジェリア北部では新聞名4に用いられ、ほかの国々でも政党名やラジオ名5などに使われている。

では、具体的にどのような場面においてガスキヤが求められるのか、前述の商人Aの事例から検討しよう。まず着目したいのは、商人Aが繊細なコーラの管理をヤロBに任せている点である。前提として、商人Aは売上金を手にする前に買付け額を一時的に負担している。商人Aは52袋のアオウを買い付けているので、負担額は合計7800セディ(約20万円)にもなる。生鮮品であるコーラは熱によって劣化しやすいため、ヤロにはコーラを袋に詰め込む技術の習得やこまめな温度調節が求められる。仮にヤロBが管理を怠りコーラを劣化させてしまった場合、商人Aは利益を得られないどころか、負担している7800セディを回収できない事態に直面することになる。

次に、オーナーMが商人から預かっているコーラやその売上金の管理をヤロNに任せている点に着目しよう。たとえば表1にあるように、オーナーMは23人の商人から合計619袋の送り荷を預かり、ナイジェリアへと輸送している。送り荷は1袋あたり1万7000ナイラ(約6200円)で取引されるので、オーナーMは、合計で384万円相当のコーラの管理をヤロNに任せていたことになる。ヤロNの過失によりコーラが劣化してしまったり、盗難や紛失により予定通りに販売できなかった場合や、ヤロN自身がコーラや売上金を持ち去ってしまった場合には、オーナーMが商人たちの損害を賠償しなければならない。

商人やオーナーが自ら選んだヤロが失態をおかすことで、人びとに「ガスキヤがない」と評価を下された場合、それは商人やオーナーにとっては損失を受けるととともに取引相手からの信用を失うことになり、商売の失敗を意味する。よって商人やオーナーの商売の成功にはヤロがガスキヤ(誠実、公正など)をもつかどうかが重要であり、商人やオーナーはヤロを慎重に選択する必要がある。

5.コーラ・ビジネスへの若者の参入

コーラ・ビジネスは、ほかの商売と比べて厳しい商売であると語られ、商人として独立できるようになるまでに10年以上の歳月を要することもある。ここでは、若者たちがコーラ・ビジネスを選択する理由を明らかにするため、ヤロとして働く若者10人を対象に聞き取り調査を実施した(表2)。本節ではおもに質問項目のなかの「コーラ・ビジネスを始めた理由」について検討する。この質問に対する若者たちの返答は、大きく2つに分類することができる。ひとつは高い収入が望めることであり、もうひとつは次の商売を始める際に有利になることである。

まず収入が望めるという点について、F村に居住するニアメ出身のハウサ男性C(表2のNo.3)は「コーラ・ビジネスは、西アフリカの強い商売であるため収入が望める」と語った。前述のように、コーラ・ビジネスは一度に大金が動く商売であり、コーラの劣化や盗難などによる損失が出ない限りは高い収入が見込める。コーラは内陸乾燥地域の多くの民族が好む嗜好品であり、西アフリカ社会における重要性が高いことから、人びとのあいだでコーラ・ビジネスは「需要がなくなることのない強い商売」と評価されている。

表2 コーラ・ビジネスにかかわる若者10人の民族、出身地、
現在の仕事、コーラ・ビジネスを始めた理由、将来の展望

表2 コーラ・ビジネスにかかわる若者10人の民族、出身地出所:2017年3月に実施した聞き取り調査のデータをもとに筆者作成。

次の商売を始める際に有利にはたらくという点については、交渉術の習得、人脈の形成、信用の獲得の3つの理由があげられた。カノ出身のハウサ男性D(同No.1)は「コーラ・ビジネスで交渉術や人脈を形成する術を学ぶと、次の商売に容易に結びついていく」と語った。またF村に居住するセシクラヴィ出身のモシ男性E(同No.4)は「商人たちから、地元の人(クワウまたはアサンテ)とどう接していくのか、どのように交渉するのか、人びとと良好な関係を築くにはどうすればいいのかを学んでいる」と語り、両者とも商売を学ぶ場としてのコーラ・ビジネスの重要性に言及した。

交渉術や人脈とともにあげられた信用の獲得に関しては、クサシの人びとの母語であるクサール語のセーラ(sera)という語を用いて説明がなされた。セーラはハウサ語のガスキヤにあたる語である。調査地にはクサシの町ボクを出身とする多くの人びとが暮らしているため、彼らのあいだではセーラが使われているが、通常コーラの取引で用いられるのはハウサ語であり、ガスキヤがより広く使われる。S村に居住するボク出身のマンプルシ男性F(同No.6)は、コーラ・ビジネスに参入した経緯について「以前からコーラ・ビジネスを始めたいと思っていた。なぜならコーラの仕事はセーラのある仕事だからだ」と語った。またF村に居住するボク出身のクサシ男性G(同No.7)は「コーラ・ビジネスはセーラがなければ成立しない。西アフリカでは、コーラ・ビジネスで成功することによって、信用に足る者であることを証明することができる」と語り、コーラ・ビジネスにおけるセーラと信用形成の関係について説明した。このように、内陸乾燥地域の人びとのあいだではガスキヤ(またはセーラ)の概念にもとづく評価基準が共有されている。コーラ・ビジネスに参入し誠実な仕事ぶりを心がけることで、自らがガスキヤをもつ者であることを証明することができ、商売における信用が獲得できるとされている。

6.コーラ・ビジネスから新たな商売へ

コーラ・ビジネスに参入した理由に関する聞き取りのなかでは、しばしば「次の商売につながる」といった語りが得られた。また、表2の「将来の展望」の項目に着目すると、10人中7人の若者がコーラ・ビジネスだけでなく、そのほかの商売についても言及している。本節では、若者たちへの聞き取り調査の結果から、若者たちが重視するコーラ・ビジネスとそのほかの商売とのつながりについて検討する。  

表2の「将来の展望」の項目をみると、ナイジェリア出身のハウサ男性2人が父の跡を継いでほかの商売に移行する予定であり、そのほかの若者のうち5人がコーラ・ビジネスとほかの職業を兼業している。父の跡を継ぐと語ったハウサ男性Dは「コーラ・ビジネスで獲得した交渉術や人脈によってもたらされる情報が、父の商売の手助けになる。まずはコーラ・ビジネスを学び、そのあとナイジェリアに戻って父の仕事を継ぐ」と語り、コーラ・ビジネスで学んだのち、兼業することなく次の商売に移行する考えを示した。

兼業している男性5人は、全員がガーナ北部の町ボク出身であり、5人全員が故郷のボクとガーナ南部のF村を行き来する生活を送っている。このうちタマネギの交易にも従事しているF村居住のクサシ男性H(同No.10)は、タマネギの交易を始めた経緯について「2007年にF村に来てコーラ・ビジネスを始めた。2017年からはタマネギ・ビジネス(交易)もやっている。コーラ・ビジネスでは、セーラをもって取引をしていたし、同じようにセーラをもっている商人を見極めていた。その点をタマネギ・ビジネスのマスター(雇い主)に認めてもらった。マスターはセーラをもっている商人と取引をしたいから、一緒に商売をしないかと声をかけてきた」と語った。またF村在住のクサシ男性I(同No.8)は「2000年にF村に来てコーラ・ビジネスを始めた。2015年からは穀物ビジネス(交易)を並行しておこなっている。コーラ・ビジネスをやっていたことでマスターの信用を得て、穀物ビジネスに誘ってもらった」と語った。この2人は、まずはコーラ・ビジネスから始め、その数年後に新たな商売を加えた。どちらもセーラ(ガスキヤ)や信用に言及しており、コーラ・ビジネスに参入したことによって次の商売に関する話が舞い込んだと話している。ほかのクサシ男性3人もコーラ・ビジネスを先に始めて、そののちに他の商売を並行しておこなうようになったと語った。

7.考察

長く苦しい下積み時代を必要とするにもかかわらず、若者がコーラ・ビジネスを選択する理由として、コーラ・ビジネスの成功によって得られる「信用に足る者」という評価と、商業ネットワークにおける評価の拡散があげられるだろう。

まずは「信用に足る者」という評価について、評価基準となるガスキヤに着目して検証しよう。ハウサのことわざには「ガスキヤはバッグいっぱいのお金の価値を上回る(Gaskiya ta fi jaka)」や「ガスキヤは鋼の馬よりも強し(Gaskiya ta fi dokin karfe karfi)」といったものがある。これらのことわざでは、ガスキヤは富をも凌ぐものであり、ガスキヤをもつ者はどんなに困難な出来事にも勇敢に立ち向かう強力な友に恵まれることが示されている[Aminu 2003]。商売の文脈では、高い収入よりもガスキヤを得ることが重視され、ガスキヤをもつ者は優れた友(商売を成功に導く取引相手や商売仲間)を得ることができる。取引額が大きいにもかかわらず、信用にもとづく卸売りの慣習を踏襲しているコーラ・ビジネスでは、ほかの商売に比して商売仲間や取引相手のガスキヤが重視される。コーラ・ビジネスにおけるヤロの仕事ぶりが「ガスキヤがある」と評価されれば、西アフリカの商売世界において、ほかの商売にも通用する「優れた商売人」というプレステージを得ることができるのである。

次に評価の拡散について検証しよう。評価を得ることに加え、若者が視野に入れているのは評価の拡散である。コーラ・ビジネスの商人の多くがほかの交易品の取引もおこなっているため、コーラ・ビジネスで良い評価を得られれば、その評価は商人の人脈を通じてほかの交易品の商業ネットワークにまで拡散することになる。ただし、悪い評価を下された場合には、逆に商売の世界に生き残ることが困難になる。小川[2011]は、タンザニアで古着を扱う零細商人の商売世界においては、信用の不履行があったとしても、不安定な商売を継続してきたこと自体が交渉術や販売能力をもつ証として評価されるとしている。そのためネットワーク内の評判と特定の商人の評価は必ずしも一致せず、商売を続けることで評価を回復することが可能であることを論じている。しかしコーラ・ビジネスでは、商人間のネットワークにおける評価が個人の商人の評価と一致することが一般的であり、信用の不履行によってその者は商売世界から淘汰される。コーラ・ビジネスにおいて一度でも信用の不履行がみられれば、その情報は巨大な商業ネットワークに乗って広く拡散してしまい、評価を回復させることは難しい。

タンザニアの古着商人の商売世界では商売を継続していること自体が評価対象となっているのに対し、コーラ・ビジネスではガスキヤを維持し続けることが評価対象となる。コーラ・ビジネスにおける一度の信用の不履行は「ガスキヤをもたない」すなわち「優れた商売人ではない」という評価に連なるものであり、その後の商売展開に不利にはたらく。このような両者間の評価基準の違いには、仮説的に次の2点が影響していると考えられる。第一に、タンザニアの古着商売においては信用の不履行による被害が比較的小さいため、その後の経営の建て直しが可能であるのに対し、コーラ交易では取引額が大きいために、一度の信用の不履行が商人の破産に結びつく危険性があるという点である。第二に、古着の取引は流行や輸入状況に影響を受けるために変化が生じやすく、信用よりも順応性が高く評価されるのに対し、コーラ交易は取引手法の変化が少ないために、ガスキヤの概念にもとづいた一定の評価基準が広く共有されているという点である。

前述のようにコーラ・ビジネスでは、信用の獲得と商売の成功のあいだに相関があるという価値観が広く共有されている。若者は、コーラ・ビジネスにおいて技能をしっかりと身につけ仕事を勤勉にこなすことで、自身が「ガスキヤを維持する者」つまり「信用に足る者」であることを示すことができ、いずれ事業拡大などの成功への活路が開けると考えている。このような若者の人生観については、大山[2015]の論じる人生の「糸口」にかかわる記述にもみられる。大山[2015]によると、ハウサの若者はみずからが生きる「糸口(bida)」を探して、都市に出て商売に従事し、師匠のもとで技能を身につけ、自分自身の適正を試すなかで自身の生きる道を定める。商人を目指す若者は、人生の「糸口」を見つける過程としてコーラ・ビジネスを捉えており、コーラ・ビジネスで学んだのちに別の商売を始めるというように、自らの商売を発展させていく。

コーラ・ビジネスで学んだのちに別の商売を発展させるという若者の一連の活動によって、信用形成と成功のあいだに相関があるという価値観が、結果的にほかの商売にも持ち込まれていくこととなる。コーラ・ビジネスは「ガスキヤをもつ優れた商売人」と評される若者をほかの商売へと輩出することで、信用にもとづく商業ネットワークを西アフリカ経済のなかに拡大させる役割を担っていると捉えることができるだろう。

[謝辞]本稿の調査は、日本学術振興会特別研究員奨励費による「西アフリカ・サヘル地域における野生樹木を利用した砂漠化への対処法」(課題番号:13J02096、研究代表:桐越仁美)および科学研究費補助金による「「アフリカ潜在力」と現代世界の困難の克服:人類の未来を展望する総合的地域研究」(課題番号:16H06318、研究代表:松田素二)によって実施いたしました。本稿の執筆にあたっては、東京外国語大学の武内進一先生、査読者の方をはじめ、多くの方々から貴重なご意見をいただきました。記して感謝いたします。
参考文献

〈日本語文献〉

  • 大山修一 2015.『西アフリカ・サヘルの砂漠化に挑む―ごみ活用による緑化と飢餓克服、紛争予防』昭和堂。
  • 小川さやか 2011.『都市を生きぬくための狡知―タンザニアの零細商人マチンガの民族誌』世界思想社。
  • 桐越仁美 2016.『西アフリカにおける気候帯を越えた民族の連携と結節―サバンナおよび森林地帯の生業とコーラ・ビジネスの展開』京都大学学位申請論文。
  • 坂井信三 2003.『イスラームと商業の歴史人類学―西アフリカの交易と知識のネットワーク』世界思想社。

〈外国語文献〉

  • Abaka, Edmund 2005. Kola is God's Gift: Agricultural Production, Export Initiatives & the Kola Industry of Asante & the Gold Coast c.1820-1950. Accra: Woeli Publishing Services.
  • Adamu, Abdalla Uba 2001. "Tarbiyar Bahause, Mutumin Kirki and Hausa Prose Fiction: Towards an Analytical Framework." Hausa Literature Debates Series, 9: 1-14.
  • Aminu, Muhannad Lawal 2003. "The Hausa Code of World – Life: A Paremiological Exposition." African Studies Association of Australasia and the Pacific 2003 Conference Proceedings – African on a Global Stage: 1-21.
  • Clark, Gracia 1994. Onions are My Husband. Chicago and London: The University of Chicago Press.
  • Clough, Paul 1985. "The Social Relations of Grain Marketing in Northern Nigeria." Review of African Political Economy, 12: 16-34.
  • Hart, Keith 1988. "Kinship, Contract, and Trust: The Economic Organization of Migrants in an African City Slum." in Trust: Making and Breaking Cooperative Relation. ed. Diego Gambetta. Oxford: Basil Blackwell Ltd.
  • Lovejoy, Paul 1980. Caravans of Kola –The Hausa Kola Trade, 1700-1900. Zaria: Ahmadu Bello University Press.
  • Lynn, Martin. 2002. "The West African Palm Oil Trade in the Nineteenth Century and the'Crisis of Adaptation'." in From Slave Trade to'Legitimate'Commerce: The Commercial Transition in Nineteenth-Century West Africa. ed. Robin Law. Cambridge: Cambridge University Press.
  • Philips, John Edward 2014. "The Early Issues of the First Newspaper in Hausa Gaskiya ta fi Kwabo, 1939-1945." History in Africa, 41: 425-431.
  • van Donge, Jan Kees 1992. "Waluguru Traders in Dar es Salaam: An Analysis of the Social Construction of Economic Life." African Affairs, 91 (363): 181-205.

〈インターネット〉

(きりこし・ひとみ/東京外国語大学現代アフリカ地域研究センター)

脚注


  1. 2017年3月現在のレート(1ナイラ=0.365円)を用いて換算した。
  2. 2017年3月現在のレート(1セディ=25.0円)を用いて換算した。150セディは当時のこの地域におけるアオウの相場価格である。
  3. 調査期間中に、オーナーMが負担した輸送費用を聞き取ることはできなかった。
  4. ナイジェリアで1939年より発行されたハウサ語の地方紙「ガスキヤは通貨よりも価値がある(Gaskiya ta fi kwabo)」は、ハウサ語で書かれた最初の新聞であり、第二次世界大戦に関する情報をナイジェリア国民に伝える役割を果たした[Philips 2014]。
  5. ニジェールにはガスキヤを政党名に入れたガスキヤ社会民主連合(Rassemblement social démocratique-Gaskiya)、ガーナのブロン=アハフォ州にはGASKIYA FMというラジオ局がある[SONIDEP 2016; Ghana Media Info]。