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資料紹介: エイズと文学 ——アフリカの女たちが書く性,愛,死——

アフリカレポート

資料紹介

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エイズと文学 ——アフリカの女たちが書く性,愛,死——
■ 資料紹介: 大池 真知子 著 『エイズと文学 ——アフリカの女たちが書く性,愛,死——』
牧野 久美子
■ 『アフリカレポート』2013年 No.51、p.97
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題名からは、HIV/エイズを題材とする小説について書かれた本が想起されるだろうか。実際、本書の後半では、アフリカ女性作家による3編の小説が分析されている。しかし、本書が扱うのはそうした「狭義」の文学に限られない。著者の関心は、HIV/エイズを生きるアフリカの女たちの経験に、彼女たちが書いた文学作品を通して近づくことにある。そこでは、HIVとともに生きる母親が、やがて訪れる死を強く意識しながら、自分史や家族史を子どもに書き残す「メモリーブック」が、小説とともに重要なテキストとして参照される。

手書きのメモリーブックは、一般的な「文学作品」のイメージとはかけ離れている。しかし著者は、「声なき者の声を届ける」という文学の課題に照らして、村の母親たちが書くメモリーブックを「たぐいまれなる文学活動」(pp.168-169)、あるいは「文学の奇跡」(p.127)と呼び、高く評価する。ただし、母として書かれるメモリーブックには、性についての言及がほとんど見られない。性の問題に接近するには、「想像力を駆使して(中略)言葉で物語世界を現出させ、語り切れないものを語ろうとする」(p.173)職業作家による小説のほうが適しているという。著者が取り上げる小説はどれも、HIV感染を広げる性関係のネットワークが、強力な異性愛主義規範に支えられていることを描き出す。安易な解決策は示されず、絶望的な状況がそのまま読者に差し出されるのだが、そのことが読者に与える効果について著者は、小説に表象された絶望を生きなおすことによって、絶望を生きることができるようになる、と積極的な意義づけを行う。

本書はいくつかのテキストを深く分析するだけではなく、幅広くアフリカにおける「HIV/エイズの物語」を収集し、その全体像を提示している。そのなかには、評者が南アフリカのHIV陽性者運動に接するなかでなじんできた、著者のいうところの「エンパワーメントの語り」も含まれる。HIV陽性者運動は政策面で大きな変化をもたらしたが、個人の行動変容の面では壁にぶつかってきた。その限界が何に由来するのかについても、本書は多くのことを教えてくれる。

文学の力、そして文学研究の力を強く感じさせる本である。アフリカの文学やジェンダーに関心のある人はもちろん、否応なくHIV/エイズに影響されるアフリカ社会のあり方への理解を深めたいすべての人に本書を薦めたい。






牧野 久美子(まきの・くみこ/アジア経済研究所)